第十二話 日常(2)
翌日からまた一週間が始まった。
藍は登校中に慎一のほうは大丈夫かなと気になった。
藍自身は先週体験したので加減は分かっているが、慎一はレベルアップによる効果を体感していない。家を出る前に身体能力が上がっているから何事においても本気出さないようにと念を押しておいたが。。。普段であれば特に問題はないだろうが、何かもめごとがあって熱くなったりしないかというのが心配だ。自分とは違って優しい性格なので杞憂かもしれない。。
学校につくと久しぶりに会ったという感じがしたが、実際は金曜午後からの3日ぶりである。そこの感覚のずれを意識しつつ友達との会話に努めた。
「おはよー。」
「あ、藍、おはよー。退院してから体調は大丈夫?」
「うん、おかげさまで問題なし、ありがと。」
仲良しの珠莉や真唯と話していると間もなく先生が来て、ホームルームが始まる。そしてそのまま1時間目の授業と平和な日常が流れて行く。学校の授業はそれほど集中していなくても頭に入ってきて、記憶に定着しやすい。レベルアップした恩恵と思われるが、これは本当に助かっている。そのおかげで異世界でのやることリストの妄想がはかどるのであった。
その日の休み時間、3年の安川先輩が教室にやってきた。
藍の通う中学校は、1,2年生と3年生で校舎が分かれていて、藍の教室が3階にあるため、他の学年の生徒が来ることはめったにない。そのため、珍しい来訪客にクラスメイトがざわついていた。
「亜美、例の子っている?」
安川先輩が同じ陸上部の亜美ちゃんに声をかけた。安川先輩は陸上部のキャプテンで、高跳びで県大会上位の成績を持っている。しかも高身長のスレンダー美人と来ていて、学校の有名人である。
亜美が案内するようにして、二人が私の前に来た。安川先輩が声をかけてくる。
「あなたが新幡さんね。亜美から聞いたのだけど足速いんだってね。陸上部に入る気はないかしら?いやぜひ入ってほしいのだけど。」
「先輩、お誘いありがとうございます。あの、でも私、家の事情で部活とかあまりやる時間がなくて、、すみません。。」
まったく、亜美ったらおしゃべりだな、と内心苦々しく思ったが、それは表情に出さずに応える。
「そうなの?週一、二回でもいいから参加できないかしら。まずは体験入部って形でも構わないから。」
「いえ、それもちょっと、、」
「出過ぎた真似だと思うのだけど、私にできることがあるなら、あなたの家のことをお手伝いしてもよいのよ。」
「藍、私も手伝うよ。」
人の気も知らず亜美も後押ししてくる、かなり熱心な勧誘だ。普通、後輩の家の用事まで手伝うなんて言うだろうか。まっすぐな性格の人なのだろうと感じたが、藍としては陸上に力を注ぐ気はなかったので、頑なにうんと言わなかった。そして、何とか休み時間終了まで粘り切ったのだった。チャイムが鳴り、残念そうな表情を浮かべた安川先輩は去り際に
「また来るわね、私は諦めないわよ。」
そう言い残して自分の教室に戻っていった。取り残された藍にクラスメートがみな注目している。皆の視線がいたたまれなくなって、教科書に目を落とした。すぐに先生が来て授業開始となったため、その状況からは解放されることができた。
お昼休みの時間に亜美と話をする。
「ちょっと亜美、部活はやらないって言ったのに。」
「ごめんねー。まさか先輩が乗り込んでくるとは思わなくて。部活の時に、すごかったって話を少ししただけなんだけど。。」
「まったくもう、亜美ったら、困っちゃうなあ。一応、私にだって、部活じゃないけどやることあるんだよ。」
「そうなの? あの才能を眠らせておくなんて、、、もったいないなー。でも、わかったよ、私からも安川先輩に言っておくね。」
亜美が申し訳なさそうに言った。
「うん、お願いね。」
さっきまで勧誘する安川先輩寄りの発言をしていたのに、お調子者である。どこまで抑止効果があるかわからなかったが、入部する気はないと伝えてくれるとのことなので、それに免じて許してあげることにした。
また来ると言っていた安川先輩だったが、少なくともその週は来ることがなかったのは亜美の説得のおかげだろう。
水曜日の放課後、小学生になる前からずっと習っているダンス教室に向かった。ヒップホップダンスや、男女二人で手を取り合って踊るクラシックダンスではなく、歌あり踊りあり、セリフありといったミュージカル形式のものである。とはいえ、ヒップホップのステップを取り入れたり、バレエのような振付もありと、かなり動きの激しい踊りが随所に盛り込まれていることが多かった。自分は昔からやっているものでもう10年くらいのキャリアとなっている。3か月後に控えた年2回の公演に向けてチーム一丸となって練習中だ。チームの中ではセンターポジションとまではいかないが、準センターと言えるような位置づけだ。(自分のソロパートも一応あるので、勝手に準センターと思っているだけだが。。)
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
コーチの声がダンスフロアに響く。演目の見せ場である各自のソロパートからの、皆で合わせたステップ後に開脚ジャンプ。ソロパートがなければステップからの開脚ジャンプだけだが、ソロパートの後だと体力的にかなりつらい。ソロパートをもらえて嬉しかったので必死に取り組んでいたものの、以前は振付けの最後までキレを保つことが難しかった。しかし、異世界でレベルアップして戻った今の私にとっては、どうということのないものとなっており、誰よりも高く、足がまっすぐに伸びたきれいなジャンプを決められるようになっていた。
「アイさん、いいわね!」
コーチから、お褒めの言葉をいただく。チートと言えばそれまでかもしれないが、これで大金を稼いだり名声を得るわけでもなく、ただ趣味でやっているダンスなので、ちょっと上手になって楽しむくらいいいだろう、と心の中で自己弁護をしている。というかもう能力が上がってしまっているので今更戻すこともできないのだけど。。
みっちり3時間の練習を終え、寄り道もせずまっすぐ家路についた。レベルアップしていないか早くステータス確認をしたかったためである。
ステータス確認時の姿は、わからない人から見ると空中をぼーっと眺めることとなり、とても怪しく見える。そのため外でのステータス確認はしないようにと慎一と取り決めをしていた。(自分で言い出したことを、さすがに一週間もたたないうちに破る訳にはいかないだろう。)
家に到着するや否やステータスを確認したがLV10のまま変化がない、なぜだろう。慎一はこっちの世界でもレベルアップしているのに。若干の憤慨を覚えながらベッドに寝転んだ。月、火曜日も個人練習を積んでさらに水曜日のレッスンと努力したつもりだったが、ダンスの練習ではだめだったのだろうか。あるいは、アイのレベルが高いから上がりにくいということだろうか。いやきっとそうに違いない、そう思い込むことで何とか自分の中で気持ちを消化することにした。
金曜の朝、藍の指輪は先週と同様に強い光を放ち始めていた。そろそろだなと思いながら指輪をそっとなでる。一方で、家を出る前に確認したところ慎一の指輪はまだ光っていなかった。光の強くなる早さには個人差があるようだ。また手をつないで寝れば今週も一緒に異世界に行けるだろうか、いやきっといけるはず。そう言えば、現実世界で過ごしている間は、向こうの世界の時間はどうなっているのだろうか、同じように時間が流れているのか、あるいは止まっているのか。確かセルディス国王が2,3か月寝たきりだったと言っていた気がしたので、もしも時間が流れているとすると高級宿で二人の冒険者が寝たきりになっていることになる。
さすがにそれはまずいかもしれない。2,3か月分の宿代を払っておけばよかった、と後悔しつつも、いざとなればギルマスが何とかしてくれるだろうと期待していた。冒険者の厄介ごとは冒険者ギルドに相談が行くはずで、事情を知るギルマスなら何か察して手を打ってくれているはず。
そんなことを考えながら学校に向かった。
「ねえ、ねえ、今度お泊り会しようよ。」
休み時間、幼馴染の真唯が話しかけてくる。
「前から言っていたじゃない、珠莉と亜美との四人でさあ。」
「うーん、そんなこと言っていたっけ?私はたぶん大丈夫だけど、、他の二人はもうOKって言っているの?」
「いやそれはまだだけど、たぶん大丈夫っしょ。」
屈託のない笑顔でいった。
「ねえねえ、いいじゃん、やろーよ、お泊り会。非日常にあこがれる年ごろでしょ。」
こういう強引なところは私と似ているところであるが、昔から真唯にはかなわない。
やりたいことが違う時なんかでも、たいてい押し切られてしまう。
「しょーがないなー、わかったよ。いつにする?詳細決まったら教えて。」
「オッケー、じゃあ段取り決まったら知らせるね。」
嬉しそうに鼻歌を歌いながら去っていった。気乗りしないようなふりをしていたが、長いこと向こうの世界にずっといた感覚なので、久しぶりに4人で語り合うのは実は楽しみで仕方なかった(現実世界の時間軸では3日間ぶりなのだけど。。)。
家に帰り、夕食の後、慎一と藍は週末の話で盛り上がっていた。どんなレア武器を装備したいか、次の目的地はとこにしようか。
「なんだ、楽しそうだな、宿題はもうやったのか?」
そこに父親の多佳棋が割り込んできた。
「うん、もう終わってる。」
「僕も藍ちゃんに手伝ってもらって速攻で終わらせてあるよ。」
藍と慎一が答える。
「そっか、そりゃ偉いな。つーか、最近、君たち仲良くなったよな、ちょっと前までよくケンカしていたのに。」
多佳棋が不思議そうに尋ねた。
「そりゃ、背中を預ける戦友だからね、ここでいがみ合っている訳にはいかないっしょ。」
慎一が誇らしげに答える。
「ん、なんだそりゃ?新しいゲームの話か?俺も今度、仲間にいれてくれよ。」
さすがはゲーマー資質というべきか、興味を持ったようでお願いしてきた。あるいは年頃の子供たちから無視されないように一緒に遊びたいと思っているのかもしれない。
「んー、そのうち気が向いたらね。」
藍は適当にはぐらかしてお風呂に向かった。湯船につかりながら先ほどのパパのお願いについて考える。本当に連れて行ったらどうなっちゃうのだろうか。でも、家族でお出かけみたいで楽しいかも。ママも一緒にこれたらいいけど仕事だろうしなー、、などと思いを巡らせていた。
お風呂から出ると、慎一がまだ寝ないのかと言わんばかりにそわそわしている。今日寝たからと言って、必ずしもまた行けるとは限らないという説明をしたが、納得していない。というかあまり聞いていないようだった。
「カップラーメンとか持っていければいいのにね。」
と不意に慎一が言った。
「確かに、こっちの世界のもので何か役立つものを持っていけると便利かもしれないわね。」
藍も同意した。何か持っていくといいものがないかと二人で話し合ったが、急に何かというのも思いつかなかったので、慎一の提案通りカップラーメンを左手に持って寝ることにした。(右手に慎一、左手にカップラーメンがいくつか入ったビニール袋という状態で寝ることになり、客観的に見てかなりシュールな絵というのは自覚していた。)