第百十二話 久しぶりのあれ
今週は多佳棋にとって入社してから初めてといっていいほど穏やかな一週間だった。
ひたすらにデスクワークとトレーニングを繰り返す日々となったが、それでも何かしらの話題に事欠かない一週間だったといえるだろう。今週は何もなかったとよく言うが、実際は何かしらがあるのが日常だ。何かしらが大きいか小さいかの違いだけである。
月曜日の午後は、トレーニングの一環ということで晴峰のチームとテニスの対抗戦を実施した。多佳棋の所属するEASの施設には地下にテニスコートが設けられている。テニス好きの多佳棋としてはずっと気になっており、いつかは利用したいと思っていたので、晴峰から対抗戦を申し込みは渡りに船であった。しかも多佳棋の部下にインターハイにも出場したことがあるテニス経験者が二人もいたため負けるわけがないと思っていた。ダブルス2本、シングルス3本の試合でだったが、多佳棋はダブルスとシングルス1本ずつ出ることになった。
「こんな年寄りに無茶させないでくれよ。」
「チームリーダーがダブるのは必須なんですよ。負けたら罰ゲームありますからね。」
そう言われて仕方なくだったが、まずはケガをしないというのが目標である。試合前にアップがてら軽く練習をするが、数か月ぶりなのでボールを打つ感覚がなかなか戻らない。
経験者の蒼場と咲良がシングルスにひとつづつ出場し、タカキは蒼場とのダブルスにも出た。インターハイ出場の二人はさすがの実力で、シングルスを勝利しチームとして2勝したが、女子ダブルスと、多佳棋のシングルス、男子ダブルスを落とし敗退となった。相手チームのリーダー晴峰は、現実世界でも身体強化スキルが使える。とはいっても、藍ほどの強化能力はなく、10%程度の能力上昇らしい(例えば握力だと、40㎏が44㎏に強化)。上昇幅が小さいため消費MPも少なく、現実世界でもスキル使用可能なようだ。元々の身体能力の高さに加え、要所でスキルで身体能力強化することでうまくポイントを取っていた。さすがにインハイ出場の咲良とのシングルスには勝てなかったが、女子ダブルスではペアとの力量差をうまくつくことで、勝利したのだった。
「これで罰ゲーム決定ね、さて何をごちそうしてもらおうかしら。」
晴峰が試合後に嬉しそうに言った。罰ゲームは筋トレの追加メニューとリーダーが勝利チームに何かごちそうするというのが通例らしく、今度みんなで食事に行くということになった。
罰ゲームの追加筋トレメニューをチームメンバーとこなしているとき、多佳棋チームの女子ダブルスに出ていた赤根が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「新幡さんすみません、私が女子ダブルスで足を引っ張らなければ。。」
「いやいや、俺が2敗しているから俺の責任だよ。」
「そうですよー、もう少しやってくれると期待したんですけどね。」
蒼場の横やりコメントは辛らつだったが、その通りなので何も言い返せない。そして、そのコメントは赤根に気を使わせないためだということも多佳棋は気づいていた。
「こんなにレベル高いと思わなかったよ、俺も実業団をやっていたといっても市の下部リーグレベルだから力不足だったな。若者のパワーには対抗できんよ。とはいえ次はせめてダブルスくらいは何とかできるように練習しないとな。」
「じゃあ、俺が鍛えてあげますよ。」
試合の反省会をしながら罰ゲームのトレーニングメニューをなんとかこなし、ヘロヘロになって帰路についた。
帰宅後、藍から学校のクラスメートが他校の生徒に暴行されたという話を聞き気になったが、何かできることがある?と聞いても、私は大丈夫と言ってあっけらかんとしている。今のところ自分に何かできる余地はない、ただ話を聞いてほしかったのだろうと思うしかなかった。
翌日、多佳棋が会社に行くと晴峰が機嫌がよさそうに話しかけてくる。
「おはよう、昨日はお疲れ様。罰ゲーム大変だったわね、いつでも再挑戦受けるわよ。」
「あー、そうだな。とりあえずもう少し練習を積んでテニスの勘を取り戻してからかな。」
晴峰もわかったわと笑った。そして、本題と言わんばかりにさらにトーンを上げて話を続ける。
「ちょっと、それよりも聞いてよ。ついにあれが来たの。」
その表情が普段のクールビューティーかつ、歯に衣着せぬ物言いをバンバンするキャラからかけ離れていて多佳棋は戸惑った。普段からその顔をしていれば素敵ですよと言いたくなったが余計なお世話なので黙っておく。しかもその発言内容が何とも反応しにくい、自分に話しかけているのかと周りを見渡してしまうほどだ。普通、男性の同僚にそんなことを言うだろうか。
微妙な表情を浮かべる多佳棋を見て晴峰はさらに畳みかけてくる。
「何よその表情、人がせっかく嬉しがっているのにおめでとうの一言もないわけ。」
「え、ああ、おめでとう。でもそういう話は同姓でするものなんじゃないかな、正直どう言っていいのか反応に困るな。」
多佳棋が言い辛らそうにしているのを見て、晴峰も理解したようだ。
「はぁ!?朝から何考えてんのよ!違うわよ、向こうの世界への転移が半年ぶりくらいにあったって話よ!」
「ああ、なんだ。そういうことか。びっくりしたよ。」
多佳棋も安心して笑みが漏れる。
「ちなみに向こうの世界ではなんて国にいたんです?冒険者とかやってましたか?」
「私がいたのはロートシルト王国よ、そこの兵士長をやっていたわ。」
聞いたことのない国だ、と多佳棋は思った。あっちの世界の情勢全てを把握しているわけではないので聞き漏らしがあるかもしれない。しかし、そのあともいろいろと異世界の情報交換をしたが、多佳棋の知っている情報は出てこなかった、やはり別の世界と考えるのが妥当かもしれない。
「そうそう、鑑定スキル使えるのよね。ちょっと、鑑定してみてよ。」
言われるがままに鑑定スキルを使うと、晴峰のLvが7になっている。確か自分が来た当初に見たときはLv6だったはずだ。
「Lv上がったんですね?」
「そうなのよ! この調子でいけばいずれ雨流を追い抜いてやれるわね。」
雨流はLv9でEASの中でもトップの男である。晴峰は他のチームリーダをライバル視する傾向にある。多佳棋も例外ではなかったが、多佳棋自身が戦闘系ではなく後方支援系だったのでどうやら敵視の対象から外れたようだ。晴峰の機嫌もよさそうだったので、同じ組織の仲間なのになぜそんなに敵視するのかと聞いてみた。
「だって、あいつら、前面に立たないってだけでいつも私たちのことを馬鹿にするじゃない。」
「まあ、それはそうだけど、彼らは危険なことをやってくれているからそれもいいと思うんだよな。」
「私のチームは危険な任務もやっているわ!別に任せてくれればもっと難易度の高い任務だって。。」
暗にEAS全体統括リーダーの眞武を批判しているようにも聞こえるので、多佳棋がまあまあとなだめる。
「そういや、先週見張っていた建物だけど、近々踏み込むらしいのよ。それも雨流と雪平チームでだって。私やあなたのチームでだって問題なく遂行できるってのに、そうは思わない?」
多佳棋としてあまり荒事に関わりたくないので、後方支援で良いと思っているが、とりあえず同調しておく。上司の眞武が来たためこの話はここで終わりとなった。
金曜日も晴峰のチームとともに内勤で、話をする機会が多かった。雨流と雪平のチームは見張っていた例の建物への突入作戦に向け準備中らしくずっと不在で、他のチームも各々任務を抱えており外に外出しがちだった。
多佳棋は、同級生がまた他校の生徒に襲われたという話を昨晩聞いたため、仕事があまり手につかず心配していた。藍自身はいざとなれば身体強化スキルで何とかすると言っていたが、大丈夫だろうか。多佳棋との週末の組手で対人戦を練習しているとはいっても実戦はまた状況が異なる。スキルを使用した攻撃で相手に大けがをさせてしまわないか、という逆の心配もある。
そんな多佳棋の様子を察して、晴峰が声をかけてきた。
「どうしたの? 今日はなんか集中していないというか、仕事が上の空って感じね。」
観察力が鋭い、と思ったが、周りの部下も同じ思いだったようだ。。
「晴峰さん、世虚中ってご存じです?」
「世虚中?中学校のこと?知っているわ。ワルが多いって有名よ。世虚中がどうかしたの?」
晴峰まで知っているとは意外だった、そんな有名な中学校だったのか。。
「なんか自分の娘の学校の生徒が世虚中の生徒から狙われているらしくて、複数の障害事件が発生しているようで。。」
「あそこの不良はたちが悪くて、半グレと繋がっている子供もいるから予備軍って呼ばれているわよ。警察などに早めに手を打ってもらうべきね。」
晴峰の言う通りだが、藍の話ではすでに学校から警察に相談済みということだから自分にできることはないだろう。娘が心配だからということでその日は早めに上がり、学校近くまで行ったが、藍とは会えなかった。仕方なく家に戻ると、藍はすでに帰宅していた。
「あら、お帰り。今日は早かったのね。」
親の心配を知らず呑気なものである。とはいえ、無事に帰っていてほっとする多佳棋だった。




