第百十一話 ギャップ
現実に戻ってまず初めにしたことは、朝のコーヒーである。タカキは一口飲んでふーっと深いため息をつき、椅子に座りゆっくりと飲むと落ち着くことができた。ついでにクッキーを持ってきてかじる、普段であればしないことだが、向こうでの最後の数日はMP切れを起こさないよう嗜好品を我慢していたためその反動で食べたくなったのだった。最初はまだシギャラス魔導国家での感覚が抜けておらず、MPを取られて具合悪くならないかと恐る恐る口に入れる。頭ではわかっていても体の感覚のアップデートが追い付いていないという状態だ。一杯飲み終わるころにはアップデートも完了したようだ。
お代わりをしてしばらくボーっとしていると、隣の部屋が騒がしくなった。どうやら子供たちも戻ってきたようだ。
土曜日はいつものように午前中の反省会という名のおしゃべりから、午後はストイックなトレーニングをして過ごした。嫌がる慎一を何とか連れ出し、数キロのランニングのあといつものように裏にある山で三人交代しながら組み手をする。身体強化を使っての組手はかなり疲れるが、いい汗をかき気分がすっきりする。藍としてはこっちの世界でのレベルアップはほとんど期待できないが、現実世界での身体能力向上をしておいて悪いことは何もない。一方で慎一はLv的にもまだまだ伸びしろはあるはずだが、本人のやる気が問題のように思われる。向こうの世界ではやる気にあふれているように見えるが、現実に戻るといつもの甘えん坊が顔を出している。まだ小学生だから仕方がないのかもしれない。
日曜日はうって変わって、近くの大型ショッピングセンターへ行き真唯と遊ぶ約束だった。いくつかのお店を見て回り、小物を買ったあとファストフード店に入る。珠莉は家の予定があり残念ながら一緒に行けないということだったので、二人でというわけである。
「ふぁー、疲れた。人多いね、見て回るだけでも大変だよ。ね、ね、さっき買ったやつ見せてよ。」
「いいよ、はい。」
キャラクターの小物を真唯はかわいーと言いつついじくりまわしている。しばらくの間お互いの買ったものを見せ合いながら過ごし、藍はフライドポテトを口に入れ何気なく店の外に目をやった。
「あ、あれ!」
藍が突然小声になり顔を隠すように下を向いた。
「ん、何、どした?」
真唯が視線を向けると、クラスメイトの河井さんと反多君が手をつないで歩いている。こちらに気づくことなくそのまま通り過ぎていった。
「なんで隠れるの?別に見つかってもいいじゃん?」
「えっと、、そうなんだけどなんとなくね。見られるのも嫌じゃない?知らんけど。」
「向こうからしたらむしろ見せびらかしたいくらいじゃん、手なんか繋いじゃってるし。」
「あれってデートかな?」
「そりゃそうでしょ。」
真唯が断言するように言うが、藍も自分で聞いておきながら明らかだなと思った。
「うわさでは聞いていたけどやっぱ付き合ってるんだね、珠莉も海東君と付き合ったらあんな感じになっちゃうのかな。。」
藍が珠莉のことを話題にしたので真唯も目を輝かせて話に乗ってきた。
「珠莉ね、返事をあいまいにしているけど、どうする気なんだろう。そういや、こないだ絡まれた時に海東君が助けに来てくれたじゃん、先生呼んで。あれで結構ポイント稼いだんじゃないかな、ねえ、どう思う?」
「友達から恋人へのステップアップってルートね、いいと思う!でも、もっともっと好感度上げないとそのルートに入らないと思うけど。」
藍が乙女ゲーのような表現をする。
「でもなー、海東君ちょっとチャラい感じがいやなんだけどなー。そんな奴にうちの珠莉はやれん、みたいな。」
真唯が笑って舌を出す。つられて藍も笑った。
「なにそれ!お父さんじゃん、うける。じゃあ私もお母さんの立場からコメントしないと。」
「えーじゃあ、私と藍が夫婦ってこと?でも、今、確かにデート中だから、合っているちゃ、合ってるかぁ。」
真唯がそう言って再び笑った。
そろそろ店を出ようと立ち上がった時、少し離れたところに見覚えのある顔があった。藍は思わず真唯の裾を引っ張り再び席に着いた。
「ちょっと?!今度はどうしたの?珠莉がデートでもしてた?」
「あっち、そっーと見て、こないだの世虚中の男子じゃない。」
藍が小さく指さした方には四人の男子学生のグループがいた。少し距離があったが、その中の一人は確かに数日前にいちゃもんをつけてきた世虚中学校の一人だと真唯にもわかった。
「ほんとだ、どうしよう?」
不自然にならないようにゆっくりと顔をそらし別の方を向き、藍と目を合わせた。
「とりあえず鉢合せないようにこっちから出よう。」
藍はそう言って真唯の手を引いて別の方向から店を出たあと、ふーっと大きくため息をついた。
「まあ、いてもおかしくはないか。」
「そうだね、ここのショッピングモール結構大きいからどうしても人は集まるよね。」
「もう今日は帰ろっか。」
もう少しぶらぶらするつもりだったが、用事も済んでいることもあり少し早めの解散とすることにした。うまく気づかれずにすんだらしく、そのまま何事もなく帰路につくことができた。
翌日、学校に行くと河井さんは普通に登校していたが、反多君はお休みだった。朝のHRで担任の木野徒先生が深刻な顔で話を始め、すぐにその理由は判明することなった。
「実は反多だが、他校の生徒に絡まれてけがをしたらしく今日はお休みだ。先生もこれから様子を見に行ってくるから1時間目は自習で頼む。先週も下校時間に絡まれたばっかりだったが、最近そういうトラブルが多いみたいだ。海東、反多と仲いいだろう、なんか知らないか、昨日は一緒じゃなかったのか?」
「いや、わかんないっすね。」
海東君は真面目な顔で答える。隣の席の河井さんは顔を真っ青にして担任の教師を眺めている、一緒にいる時ではなく別々になってからだったのだろうか、反多君の怪我の話を初めて聞いたような顔をしている。さすがにここで、河井さんといるところを見ましたというのは告げ口をするようでいやなので黙っておく。
また帰りのHRで対策を話すという言葉を残して、担任は教室を出て行った。自習の時間に話をしたかったが、代わりの先生が見張りに来たためおとなしく配られたプリントをやることにした。
休み時間になり真唯と珠莉がやってきた。
「ね、ね、反多君って、きっと昨日のあのあとだよね?」
真唯がさっそくその話題を切り出したので、藍も仕方なくそうねと相槌を打つ。
「なんか知っているの?」
珠莉が二人の顔を見ながら聞いたので真唯が説明してあげると、さすがにびっくりしたようだ。
「危なかったね、もしかしたら藍と真唯が狙われていたかもしれないじゃん。」
珠莉に言われて確かにそうかもと思ったが、なぜかこういうのは男子が狙われるのが相場だと思い込んでいた。河井さんも無事だったということもあり、指摘されるまで気が付かなかった。藍がそのことを言うと真唯も同意してくれた。
「それはあるかも、うちの学校って真面目で軟弱なイメージがあるからねー。学校内でイキっている男子も、外に出たら借りてきた猫みたいにおとなしいし。この間絡まれた時に結構言い返していたから、イメージとのギャップで生意気だって感じで目をつけられたのかな。。」
ひどい言い方だと思ったが、あながち外れてはいないかもしれない。ただ、外向けに礼儀正しくできるというのはちゃんとしている証拠じゃないとフォローは入れておいた。
「ていうかさ、反多君はこないだ直接絡まれていたじゃん、だから顔を覚えられていたんじゃない?」
真唯が世虚中の生徒が犯人と決めつけたように言った。確かに同じ場所で両方を見かけたので可能性は高いだろうが、まだ可能性の一つである。だが、珠莉も真唯の案に同意した。
「それは確かにあるかも、このこと先生に言った方がいいんじゃない?」
「そういう意味では藍もあいつらと直接やり合っていたからまずいじゃん?」
真唯の言葉に二人とも黙ってしまった。
そのあとも珠莉が何度も言うので、放課後先生に相談に行くことになった。
授業が進んでもあまり頭に入ってこなかった、昨日偶然見かけたことを先生に話すと一言伝えておこうと思ったのだが、河井さんは体調不良ということで3限目の終わりで早退していった。どうやら親が迎えに来てくれたらしい。昨日のことを何も知らない他のクラスメートは、ただただ河井さんの体調を心配しているようだ。
帰りのHRでは、他校の生徒と関わらない、見かけても近寄らない、人が多いところを通る、集団で登下校するなどの具体的だがありきたりな対策が案内された。先生たちも主要な通学路で見張りに立つということだった。
「なんか、通り魔騒ぎがようやく収まったのに、またこんな感じなのー?」
「俺がもしも絡まれたら返り討ちにしてやるぜ。」
教室がにわかに騒がしくなる、担任の木野徒先生が何とか落ち着かせその日は下校となった。
藍たち三人は木野徒先生の所へ向かった。海東君の視線がこちらを追っていたような気もしたが、とりあえず気づかないふりをする。
「反多君の具合はどうだったんですか。」
まずは話のさわりということで真唯がクラスメートを心配してみせる。
「ああ、数日で登校できるそうだ。まあ、骨折とかはしてなくて打撲だ、そこまでひどくなくてよかった。いや、とはいっても顔はかなり晴れていてよかったとは言えないな。。そんなことを聞きにわざわざきたのか。まあ、反多はモテるからわからなくはないが、、」
生徒のそういった人間関係はちゃんと把握しているようだ。安心させるように少し冗談を言っているようだが、うまく笑顔が作れていない。しかし、そんなことは重要じゃないとばかりに真唯が話の本論を話し始める。先生も一転して真面目な顔で聞いてくれた。
「じゃあ、昨日、反多と先週揉めた連中を同じ場所で見かけたのか?!」
先生は驚いたようで大きな声を上げる。
「そうか、まあただの偶然かもしれんから何とも言えんが、、反多が言うには、夕方で暗くて相手の顔はわからなかったと言っていたんだが、正面から殴られたっぽいのにそんなことあるかなって思ったんだよな。。さすがに先週の奴らだったら顔は覚えていそなもんだけどなあ。」
三人は顔を見合わせる。藍も先週のトラブルの本筋にいたと訴えたが、結局、追加の対策を考えておくとうコメントに留まった。
その後の二日間は何事もなく過ぎたが、木曜日、反多君が登校した日にまた事件が起きていたのだった。
「昨日、別のクラスの男子生徒がまた、他校の生徒に絡まれてけがをしている。世虚中の制服だったようだ。」
木野徒先生が朝のHRで言う。クラスに動揺が走る。その騒がしさを制して先生が話を続ける。
「あんまりこういう言い方は良くないんだが、世虚中はあまり風紀が良くないようだ、十分に気をつけるように。そう言えば、反多は今日から登校か、もう大丈夫か。」
「はい、大丈夫です。」
顔の晴れは引いたようできれいな顔に戻っている、イケメンが台無しにならずによかったと思う、学校の大きな損失を免れたようだ。
その日の昼休み、藍たち三人は”一軍”グループに呼び出され、人気のない空き教室に集まっていた。
「新幡さんたち以外にはもう話したんだけど、俺にけがをさせたのは先週絡んできた奴らの一人だった。それと他に知らないやつら三人。」
やっぱり、と藍たち三人は目を合わせる。
「それ、先生に言った方がいいんじゃない。」
珠莉が反多に訴える。海東君が珠莉の方を見つめている。
「奴らに言われたんだ、チクったら次はお前の仲間がターゲットだって。」
それで誰にやられたかわからないといったのかと藍は納得した。
「先生には黙っていたんだけど、結局、昨日、他の生徒が襲われて、しかも世虚中の仕業ってのが全校に伝わっちゃったから、あの時あの場にいたみんなにも伝えておくべきだと思って。脅すつもりはないけど、今後危険が高まるかもしれないから。」
「でも、もう自分たちでばらしにいった、ってことなんじゃないの?」
「昨日のは世虚中の別の奴がうちの男子生徒を狙った可能性もあるだろ。その場合、奴らが昨日の話を知らずに、俺がチクったからだと思うかもしれない。」
なるほど、確かにその可能性はあるかもしれない、反多君なりによく考えているようだ。
「もし可能なら、しばらく親に送り迎えしてもらうってのもありかもしれないけどどうかな、難しい?親にも相談してみてほしいんだ。」
そうは言うが、なかなか現実的には難しい。藍たちは再び顔を見合わせる。
「とにかく、気を付けて。巻き込むような形になってしまって本当に申し訳ない。」
反多君が頭を下げる。反多君のせいじゃないと伝えてあげたが、申し訳なさそうな表情が晴れることはなかった。
「しばらくは、奴らがどこかで見ているって可能性も考えて俺は一人で帰るよ。一緒にいるところを見られると狙われるかもしれない。」
それを聞いて、河井さんは寂しそうに視線を落とす。それほど大きなリアクションをしないということは前もって聞いていたのだろう。その場はそれで話が終わり解散となった。
トップヒエラルキーの反多君だが、復帰後はクラスでも元気がなく(もちろんいつものメンバーで集まっているが)、下校時も一人寂しく帰る形となり、なんだが別人のようだった。




