第九十九話 トラブル
「なあ、いいじゃん、一緒に遊びに行こうぜ。」
「ちょっと、やめてよ。」
「手を放せ、嫌がってるだろ!」
反多が間に割って入るが、すぐに別の男子生徒から肩を抑えられる。
「まあまあ、お前はちょっと黙ってろよ。」
それを聞き余計に暴れて振りほどこうとする反多だが、相手の方が体が大きく抑えつけられてしまう。
かなり緊迫した状況に見えるためすぐに先生に連絡する必要があるかもしれない、珠莉はスマホを握りしめ真剣な眼差しで騒動を見ていた。
珠莉と真唯を数メートル離れたところに残し、藍が間に割って入っていく。
「ちょっと、何やってんのよ。今先生呼んだわよ。」
先生を呼んだというのは嘘だが、少しでも相手をひるませることができればと思っての方便である。しかし、その三人は藍の声に少し反応したもののお構いなしのようだ。
「だから何だってんだよ。」
そう言って抑えつけていた反多に蹴りを入れた。その反動で掴まれていた手が外れ反多は、地面に倒れ落ちた。
「サトシ!?」
河井さんが心配そうに声を上げる。
「大丈夫。」
そう言って立ち上がった反多だったが、今度は後ろにいたもう一人の男に背中を蹴られ、後ろに気を取られた反多に向かって最初に腕をつかんでいた男がさらに顔面に殴り掛かっていく。、その攻撃を藍が横から攻撃をそらし反多への直撃を回避した。
「なんだてめーは、ふざけんな。」
「クラスメートがやられているのを黙ってみていられないわよ。二人がかかりでカッコ悪いと思わないの。」
藍の言葉を聞き終わることなく男が今度は藍に殴り掛かってきた。藍はそれを腕でガードして上に逸らし、懐に潜り込んでボディーブローを一発お見舞いする。身体強化スキルは使用せず、かつ、ある程度の手加減はしているが、きれいに入ったため男の顔がゆがんだ。図らずとも多佳棋との特訓が役に立っている。訓練ではなく人を殴るのは初めてだったので、藍も少し動揺してすぐに距離を取った。
「ちっ、めんどくせーな。格闘技か何なのか知らんが、女のくせに調子に乗ってると後悔するぞ。」
どうやらヘイトを完全にこちらに向かせることは成功したようだ、先ほどまで河井さんの方にちょっかいをかけていた男もこっちに向き直り、三人がかりで仕掛けてきそうな勢いである。
こういう輩はどの世界にもいるなとうんざりとしている藍だったが、他のみんなはかなり威圧されてしまっているようだ。
そこへ一人の男子生徒が割り込んできた。
「今、体育教師の山川先生呼んだ!」
「海東君!?」
珠莉が驚いたように声を上げた。これが噂のデート相手のカイトウ君かと真唯と藍が視線を送る、河井さんの紹介だけあって顔は確かにまあまあかっこいい部類に入るだろう。身長も高く、中の上から上の下くらいだろうかと失礼な値踏みをしてしまった。
どうやらカイトウ君の発言は本当だったらしく、遠くの方に先生方の姿が見える。
「おい、人が増えてきた。この辺で引き揚げようぜ。」
「チッ、お前らの顔覚えたぞ。」
相手はそう言い残して、その場から去っていった。
「大丈夫か、お前たち。」
駆け付けた山川先生が声をかける。
「はい、でもサトシ、、反多君が彼らに暴力を受けました。あと、新幡さんも。」
「私はしっかり攻撃をそらしたので大丈夫です、先生。」
河井さんの説明のあとに藍は間髪入れず補足する。反撃の形とはいえ自分も手を出してしまっているのであまりそこは深く突っ込んでくれるなという思いだった。
「僕も大丈夫、何回か蹴られましたが、顔面を殴られそうになったときは新幡さんがうまく防いでくれました。」
「そうか、それならいいが。。それにしてもあいつらはどこの奴らだ。」
「たぶん、世虚中の生徒だと思います。以前も声を掛けられたことがありました。」
「そうか、お前たち帰れるか?親御さんを呼んだ方がいいかもしれないな、一旦学校に戻ろう。」
結局、直接被害があった河井さんと、反多君の二人は親が迎えに来ることとなり、藍たちは集団下校という形をとることになった。海東君が珠莉と帰りたそうにしていたが、珠莉はいつもの三人で帰ることを望んだため海東君の願いはかなわずとなった。先生が出動したおかげか、待ち伏せされているということもなく無事に家路についた。
翌日の朝礼でも改めて注意喚起がされた。詳細は伏せられたが、他の中学校の生徒とのトラブルがあったので、気を付けるようにとのことだった。気をつけろと言われても自分たちの学校の近くまで来て待ち構えられていたらどうしようもない気がするが、、と思ったがそんなことを発言しても先生も困るだけだろう。解決策が出ないことをこまごまと言っても仕方がないかと藍はぼんやりと考えていた。河井さんもあきれたような表情で藍の方に目配せを送ってきた。
休み時間になり、藍は河井さんをはじめとした「一軍」のグループメンバから称賛を受けて戸惑っていた。クラスメートとはいえ、今まで用事がないと長く話すこともないような距離感だったため、急に同じグループであるかのように距離が近づくのは違和感がある。真唯と珠莉も一緒だが、二人も同じ思いのようだ。
「ほんとマジで、新幡さんヤバかったよね。強すぎ。」
河井さんがまるで自分のことのように自慢げに他のメンバーに話している。
「ああ、それな。俺もあの時のパンチを防いでくれなかったらもっとひどいけがをしていたかもだし。」
反多君も同調する。グループの他メンバーもこぞって称賛している。
それを聞いていた空手部の仲村君が心配そうな表情を浮かべ藍に質問をする。
「前に空手部に体験しに来たのはこのためじゃないよね?」
「そ、そりゃもちろんよ、こんなことが起きるなんて思ってもいなかったし。」
ちょっと動揺してしどろもどろになってしまう、まるで嘘をついている人みたいだと藍は思った。
「それならいいけど、、空手は喧嘩の道具じゃないからね、体験入部に紹介した僕も責任を感じてしまうところだったよ。それよりも新幡さんの怪我がなくて安心したよ。殴った場所もボディーでよかった、普段から鍛えていない人が顔とか骨のある硬い部位を殴ると、拳を痛めてしまうから気を付けないと。」
空手部の仲村君が気遣ってくれる。
そうなのかと仲村君の知識に感心するとともに、実は身体能力が上がっているのであまり心配はないのではとも考えていた。さらに身体強化スキルを使えば間違いないだろう。とはいえ、迷惑をかけることにならないようにしなくてはと反省する藍であった。
しかし、これがのちの重大な事件を引き起こすことになるとは、藍はまだ知る由もなかった。
多佳棋は金曜日の仕事を終え、帰宅途中だった。
資料作りを早く終え、突発の案件もなかったため比較的早く会社を出ることができた。上司の秘密主義にはイライラさせられるが、事務作業の合間の時間で業務として筋トレや部下とのスパーリングで体を動かすことができたので、意外とストレスは解消できているようだ。
家に帰り夕食のとき、藍が学校の話をしていた。急に人気者のようになって戸惑っているということだった。本人も詳細を語ろうとはしなかったので、多佳棋の方から詳しく内容を聞くことはしなかった。無理に話をさせるのは違う気がする。その代わり、一点だけアドバイスをしておくことにした。
「そういうときこそ謙虚な姿勢を忘れないようにな。あからさまに調子に乗るとあまり良く思わない人もいるだろうからさ。」
「わかってるって、私としては早く元の状態に戻りたいんだけどね。」
藍が愚痴をこぼす。
それを聞いて、本人が自覚していれば問題ないだろう、時が経てば解決するものだと多佳棋は考えていた。しかし、詳細を聞いておくべきだったと多佳棋はのちに後悔することになるのだった。




