人魚のユリウルのペアリング、元カノになって下さい!
天使の様な伯爵令嬢ソフィア・ラングリッジちゃんから告白されてやがて相思相愛になってからは、まだまだ短期間だが夢なんじゃないかって思うくらいに幸せな日々だった。恥ずかしいがこの歳になって初めての女性との交際だからな、全てが手探り状態だったよ。でも俺は全力で今を楽しむ事にしていたんだ。
が、それはやって来てしまった……俺が余計な事を言ったばかりに……
「なあソフィア……何か欲しい物とかあるかな? 伯爵令嬢のソフィアちゃんに何あげれば喜んでもらえるかなんて、分からないんだよ。本当は聞かないでサプライズでプレゼントするべきなんだろうけどさ、正直に言って住む世界が違い過ぎて見当もつかないんだよ」
何度目かの逢瀬の帰り際、どうしてもさらにソフィアちゃんの歓心を買いたくて、何か欲しい物がないか聞いてみた。ソフィアは浮世離れした所が凄いあるが、それ以上に優しい心根の女の子なので、まさか金の延べ棒百本とか世界一大きいダイヤとか言わないだろうな、お花とか手製の詩とか俺でもプレゼント可能な優しい事を言ってくれるだろうなと踏んでの質問だった。
「い、いえ……アルケイドさまから頂ける物でしたら……お花でもお歌でも何でも、私幸せです……」
お、おい……俺が考えてた事と全く同じ事言ったんだが。これってもう相思相愛を越えてるんじゃないか? とは言え何度か会っただけだが、ソフィアの表情にもう一声聞いてくれと書いている様な気がして、ついついもう一回同じ事を念押しで聞いてしまった。
「い、いや、ありきたりな物じゃ無くても良いんだ、ソフィアが本当に欲しい物があったら正直に言ってみてよ……」
金の延べ棒百本とか広大な土地とか絶対に言わないだろうなとは思ったが、一か八か賭けで聞いてしまった。所がみるみるとソフィアの目が輝きだす。お? 何を言うのだろうかドキドキ。
「あ、あの……そ、その……もし、本当に好きな物を頂けるのでしたら……」
や、やばい!? この表情何か高額な物が来る??
「あ、あはは、本当、何でも言ってみてよ!」
「は、はい……」
どきどきどき、頼む、入手可能な物が来ます様に!!
「あ、あの……わたくし、はしたないのですが……ちまたの恋人たちが絶対に入手するという、人魚のユリウルのペアリングをアルケイドさまと取りに行きたいですっ!!」
ソフィアは顔を真っ赤にして思い切って力を振り絞って言っている感じだった。その表情もめちゃめちゃ可愛い、だがしかし。
ハッッッ
しかし俺は人魚のユリウルのペアリングと聞いて次の瞬間には、野良猫と目が合った時かの様にハッッとなって固まってしまった。
ハッッ
俺に釣られる様にソフィアまでもが同じ様に一瞬ハッッとした顔になる。
「うっうっ……わたくし……なんと厚かましい事を……アルケイドさまに、かつての恋人の方との思い出の品を捨てろと……なんと酷い女なのでしょうか!?」
ソフィアは両手で顔を覆って泣き出した。おろおろと慌てる俺。
「い、いや全然OKだよ、あははそうだな前に手に入れた人魚のユリウルのペアリング、どこに置いたんだっけかな~~? 捨てては無いとは思うのだがもう存在すら忘れてたぜ! ははは」
俺は慌てて泣き出したソフィアの前で適当な嘘を付いた。ここで人魚のユリウルのペアリングについて説明しなければいけないだろう。
下町からそう遠く無い場所に初心者向けのダンジョンがあり、そこに人魚のユリウルという弱いモンスターが生息している。そのモンスターが面白いのは、人間の男女のペアがそのモンスターを倒すと、何かのホルモンが分泌されて、とても綺麗なペアリングの指輪を必ずドロップする。それを恋人どうしで装着するのがこの城周辺の若い恋人達の定番アイテムになっているのだった。
そのユリウルのペアリングの面白い所は、人魚のユリウルというモンスターは種族全体で記憶を継承していて、一度倒した人間にはもう二度とペアリングはドロップしない事になってる。つまり永遠の誓いに相応しいアイテムという訳だ。例えリングを無くしてももう再ドロップはされないぞ。
が、何故か運悪く恋人どうしが破局した場合の救済措置まである。自分のリングを人魚のユリウル達の前で叩き壊せば、一時間以内ならもう一度新しく入手可能でドロップしてくれるのだ。
どうでもいい話だが、人魚人魚と言っているが、人魚とは似ても似つかないオオサンショウウオの様な姿をしたモンスターだ。ペアリングが人気過ぎて本体にまで綺麗な名前が与えられてしまった。
つまり……今度俺とソフィアがダンジョンに行って、すんなりと人魚のユリウルのペアリングがドロップされれば、ソフィアちゃんはともかく俺も初めての入手だという事があっさりバレてしまうだろう。
「アルケイドさま程のお方です……きっと数々の女性の方とお付き合いされて来た事は覚悟しております……けれど、会って僅かのわたくしが、貴方さまの大切な思い出の品をわたくしの目の前で叩き壊せ等と……あさましいっ! わたくし、おのれの言った事があさまし過ぎて恐ろしいっ!!」
大げさすぎるよソフィア! 俺なんてソフィアの為ならリングを叩き壊す事なんて朝飯前さ! だが……叩き壊すべき自分のリングなんて無いけどなっ! ああ、そうだよそんな物取りに行った事なんて無いよ!!!
しかし俺はソフィアのか細い指先を握って言ってしまった。
「安心してよ、俺にとって過去の女達なんてソフィアに比べれば何の存在意味も無いよ。捨てずにどこかにはしまってあるからさ、今度人魚のユリウルのペアリング、一緒に取りに行こうよ!」
ソフィアは天使の様な笑顔になった。
「は、はい!! わたくし……ちまたのそういう恋人達に憧れていて……でもわたくしにはそんな事縁が無い事だと思っていて……アルケイドさまに出会えて良かった!!」
屈託の無い笑顔で言い放ったソフィアの顔を見て、心が少し痛んだ。正直に言ってもソフィアちゃんなら分かってくれたかも? でももう堂々と嘘ついちまったし。
ほわんほわんほあんほわんほわわわわわ~~~ん……と俺の長い回想は終わった。
「と、いう訳なんだ! 分かったか?」
「わかるかい!!」
やはり目の前には幼馴染で武器屋の女主人、セレスティアが激怒に近い顔でイラ付いていた。
「ここまで聞いて分からないなんて、お前武器屋の癖に割とニブいヤツだな~~~」
俺は子供の頃の様に、セレスティアの頬を指で突き刺した。
「殺されたいのか? 指を降ろせや。いやアルケイドの言わんとしてる事は多少の知能があればわかるわよ。そうじゃ無くって、もしかしてだな、あたしに一緒に取りに行こうって言ってる訳じゃないよな? そんなん理解出来んわって言ってる訳だよ」
「いやその通りだよ、一緒にペアリング取りに行こうよ!」
俺は笑顔で答えた。
「お前の愛するソフィアちゃんの目の前で叩き壊す為だけに取得しに行けと?」
「そうそう!! あ……もしかしてお前もう取得済みか??」
「……いや生まれてこの方取得した事ないわよ」
しばしの沈黙が。
「あ、じゃあちょうど良いじゃん! お前も元彼にとってもらったって嘘付く為のリングが取得出来るじゃん! 一石二鳥だなあ」
「殴るぞマジで」
何故セレスティアが激怒しているのか分からなかった。
「お前、幼稚園の時に俺と結婚してくれるって言ってたじゃん? それからしたらチョロイもんだろ、な、取りに行こうよ」
「よーちえんの時の事を今持ち出すな! かーちゃんと行ってこいよ!!」
少しだけセレスティアが赤面した気がした。
「いや、それは俺も一瞬考えたが、やっぱり最初のリング取得はセレスティアみたいな若くて可愛い女が良い! な、頼むからさっ!!」
「捏造の為に叩き壊すリングを取得するのに贅沢言うな!!」
(あ、あああ、あたしって若くて可愛い女なの!?)
言葉は相変わらず乱暴だったが、俺は厳しかったセレスティアの顔が一瞬ほころびかけた事を見逃さなかった。
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