伯爵の御令嬢に告白されました
……俺はアルケイド、どこにでもいるうだつの上がらないパッとしないBランク冒険者だ。当然魔王や勇者とは関係無いし、世界の命運とも一生関わる事は無いだろう……そんな感じの俺にとって奇跡的な出来事が起こってしまった。
しばらく前。
「これを……さる高貴な御方からのお手紙で御座います。心して読みなさい。本来は貴方程度の男お嬢様には……いえ、この辺でよしておきましょうか、ではごきげんよう」
いきなり立派な身なりをしたおばさんから手紙を渡された。しかし何なんだ? 偉そうにさる高貴な御方だ? もしかして今のおばさん自身だったら笑えるよな、おばさんのツンデレ、俺のファンかな。しかし最後にごきげんようと言う人間が実在するのだな……
バリッパサッッ
何の期待もする事無く、封蝋もぶちちぎって綺麗な封筒を乱暴に開く。
『突然のぶしつけなお手紙をお許し下さい。わたくしはソフィア・ラングリッジと申す者です。ひと目貴方の御雄姿を御前試合でお見掛けして以来、貴方の事を寝ても覚めても想わない事はありません。とても、とてもはしたないとは思うのですが、一度で良いのです、一度貴方とお話しがしたく、お会いしとうございます……〇月〇日〇時に、どうか街の東の公園でお会いしたいのです……お待ち申しております』
的な事が要約すると書かれてあった。
え、今のおばさんがソフィア・ラングリッジちゃん? めっちゃ乙女なおばさんだな……目の前にいるのに素直に告白しろよ。等と冗談はともかく、御前試合はさすがに無いだろ。なんたって俺は名前を売る為に御前試合に出ようと、一般冒険者部門の予選のモンスター選に出て、速攻で死にかけてギブアップしたヤツだぞ? そんな邪魔な一般人ふるいにかける為のマイナー予選見に来てるマニアなお嬢様がいるのかよ?
「……そうなの、最近ラングリッジ家のお嬢様の馬車をこの辺りで見掛けたのよ……とても綺麗なお嬢様だったわ……」
「ばかね、伯爵家のラングリッジ家のお嬢様がこんな下町をうろうろする訳無いでしょ!」
めっちゃタイムリーな噂話を耳にする。ラングリッジ伯爵家……げっ、貧乏人の俺でも当然知ってるくらいの超上流有名貴族じゃないか……そう思って、先程乱暴に引き剥がした封蝋を拾ってみる……ぎょっ、本物? こんなただのつまらないイタズラに大罪の貴族の印の偽造とかしないだろうし、まさか本当に深窓の御令嬢の手紙?
自慢じゃないが俺、別に今まで国家的陰謀とかに巻き込まれた事も無い小人物だし、命狙われる事とかもないだろうし、後の話のタネにいっちょ性格の悪い嬢様にからかわれてみるか……最悪あのおばさんがソフィアちゃんなら笑ってやろう。
……等と思いながら待ち合わせに行ってみた。
遂に〇月〇日〇時、城の周囲の街の東の公園
嘘だろ……
どうせ嘘だろと笑いながら公園に行くと、護衛の騎士に囲まれ、そしてえらい怒った顔のあのおばさんにも見守られ、豪華な馬車が既に佇んでいた。待ち時間より前からいるじゃないか……
「遅お御座いますよ! お嬢様をどれだけ待たせるのですかこの無礼者!!」
いやこっちは約束の時間きっちりに来たのだが。ていうかこのおばさんがソフィアちゃんという線は消えた。
「エヘーごめんごめん、で、ソフィアちゃんとやらは?」
あっ? 俺のふざけた物言いが、こんどは馬車を守る周囲の騎士達の顔に怒気をはらませる。自信がある、こいつら絶対に俺よりも強いだろう。お嬢様の命令でなければ、簡単に俺を切り捨てる顔だ。
「……お嬢様」
おばさんが馬車の中に俺の到着を告げる。
「……こほん、ふぅーはぁーふぅーはぁー、こほん、こほん、はぁっ」
えっめっちゃ緊張してる? 絶対、ほーほっほっほっ、わらわがっ伯爵令嬢さまよっ! みたいのが出て来ると予想していたが。震える様に、長いスカートを少しめくって、そーっとか細い足先から出て来る。
あっ……マジかよ……
「お、おおお、おは、おはつに、お初に御目にかかります、ソフィア・ラングリッジと、もも、申します……………………ひゃあっ恥ずかしいです……はぁはぁ……心臓が……」
騎士達やおばさんに囲まれるお嬢様……しかし顔を真っ赤に紅潮させ、自分の胸に手を当てるその姿はまるではかなげな天使だった。その天使ちゃんがBランク冒険者でなおかつ顔も中の中程度の俺なんかに声を掛けるだけで、息も絶え絶えになって倒れかけている?
頭大丈夫なのかなこの子??
「駄目です……わざわざお忙しい中、あの方は時間を割いて来て下さったのです、伯爵家の者として勇気を出します! 出さないと駄目なんです……!!」
うわ、自分の気持ちを言ってしまっている!? 演劇みたいな子だな。しかも俺忙しく無いし、凄く暇だしな……でも凄く良い子のオーラしか感じん。
「はわ……あな、貴方さまの事を考えるだけで……む、むむ胸が……ううっ、ああ涙が……止まりません」
伯爵令嬢というだけで無く、天使の様な可憐な外見で、なおかつ性格も絶対に良いとしか思えないソフィアちゃんが遂にポロポロと落涙し始めた。
いや、駄目だろこの子、俺程度の事を考えるだけで涙流してたら、将来絶対爵位を狙う悪徳貴族のバカ息子に篭絡されるだろ? この天使の様な可憐な素肌が、地位と名誉を狙う外見だけのバカ息子どもに蹂躙されるだって? 許せん……そうだ、俺のメッキが剥がれて飽きられるまで、この子と付き合ってみよう……どうなっても話のタネだな……と思っていた。
「ああ、落ち着いてくれよソフィアさん、俺程度の人間でよければ、おいおいお相手させてもらうよ。だから今は一旦落ち着いて泣き止んでくれ、この汚いハンカチで良ければ涙拭いてくれよ」
「貴様っ! 下賤の癖に!!」
「どんな菌があるかっ!!」
おいおい! ハンカチ渡そうとしただけで凄い身分差の洗礼がっ!! でも確かに汚いかもしれん。
「お止めなさい貴方達!! なんと失礼な事を!? ご無礼をご無礼をお許し下さい」
御令嬢らしくぴしっと部下達を叱ると、今度は死ぬんじゃないかというくらい真っ赤な顔でもじもじしながらハンカチを受け取るお嬢様。俺は二三言葉を交わすと、部下の騎士達にすっごい睨まれながら馬車に乗り込み、街中を走りながらぎこちなく会話を続けた。
どうせここで終わるんだろうな、すぐにお嬢様の目が覚めるのだろうな……と思っていたが、なんとお嬢様から恥ずかしがりながらもまたお会いしとうございます、という凄く積極的なお言葉が。俺はもちろん即答でOKしたのだった。
まあでも結局すぐに飽きられるのだろうな……と思っていたが、会えば会うたびに俺もお嬢様もお互い何故か身分差を越えて惹かれ合い、相思相愛と言っても良い関係になってしまった。我ながら嘘の様な話だと思う。
「……という事なんだセレスティア、ここまでは分かったか?」
「いや、わからんわ! お前のつまらん自慢話としか」
俺の目の前には、長い話に飽き飽きしたって感じの幼馴染で武器屋の女主人、セレスティアが片肘ついて半ば睨む様なあきれ顔でこちらを見ていた。
「あ、こっからが重要になるんだ!」
「ふっざけんな、こんなんがまだあんのか? こっちは営業中なんだぞ」
俺はセレスティアの機嫌など一切気にせず再び話し出した。