7
タツトは朝になって目を覚ますと真先にアケノの様子を確認した。
するとちゃんと息はしており、昨日の夜よりも落ち着いているようだ。
「後でミヤに頼んで軽く見てもらうか。・・・うお!」
そしてこの時になってタツトは自分の腕が痺れて感覚すらない事に初めて気が付いた。
彼にとっては初めての腕枕でオタクな彼としては心躍るシチュエーションだったが後悔とは後になってやってくる。
動かそうにもアケノが両手でガッチリとホールドしており位置的にも動かす事が出来ない。
しかも一度意識してしまうと痺れは既に痛みに近い感覚となり、神経を伝い脳へと攻撃を仕掛けていた。
「漫画の主人公はどうやってこれに耐えているんだ!?」
「う~ん。」
「ノ~~~!動くなーーー!動かないで下さい!」
「目覚ましうるさ~い。『ペシ!ペシ!ペシ!』」
「俺は目覚まし時計じゃない!そこにスイッチは無いから叩かないでーーー!」
「・・・え?」
そして、寝惚けていたアケノがようやく目を覚ますと痺れに耐えて涙目になっているタツトとバッチリ視線を合わせた。
「あ・・あの・・・お・・おはよう・・・ございます。」
「ぐ、グッド・・・モーニング。出来ればそろそろ俺の手を解放してくれませんか?」
「あ!はい!」
しかし慌てているアケノは容赦がなく、痺れている腕に頭を押し付けるとその反動で起き上がった。
その瞬間に腕には地獄の痺れが襲い掛かり思考が白一色に塗り潰される。
「うお~~~!まさかこんな事で頭が真白になるとは思わなかった~~~!」
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫じゃない。でもアケノがパンツを見せてくれたら・・・。」
「何を言ってるんですか!『パシ!』」
「うお~~~!」
アケノは照れながらタツトの痺れた腕に追撃を入れ、おかしなことを言い出した口を容赦なく塞ぐ。
そんなやり取りがしばらく続き、冷静さ?を取り戻したタツトはアケノに1つの提案をした。
「そういえば昨日は風呂に入ってないよな。」
「確かに・・・。」
アケノは昨日のゲーム中にラミアであるメイドに丸呑みされた事を覚えている。
その時に感じた生暖かい感触と体液に絡め捕られた時の感触。
鼻や口から入って来る生臭い味とニオイを思い出すと急いで服に鼻を埋めて臭いを嗅いだ。
しかも昨夜はタツトに告白のような事を口走り、あまつさえ腕枕までしてもらって同じベッドで寝ていた。
それを抜きにしてもお風呂に入っていない時点で1日の体臭が服に付いており、乙女にとっては緊急事態と言える。
「大丈夫・・アケノ・・臭くない。」
「何で片言なんですか!?」
「気にしないでくれ。それとメイドは倒したら消えたからアケノは汚れてない状態で出て来た。ただちょっと・・・。」
「あの・・・もしかして何かあったのですか?」
「あるにはあったんだけどな。」
そして言い難そうにしながらもタツトは昨夜の状況をアケノに説明した。
そこには救い出したは良いが既に呼吸が止まっていて人工呼吸をした事も含まれている。
「タツトさんは本当に命の恩人ですね。」
「あのまま死なせてほしかったって言われなくて良かったよ。」
「そんな事は・・・昨日までの私だったら言ったかもしれませんね。でも今は言いません。それになんだか少しだけ調子が良い気がするんです。」
この時タツトは蝋燭の最後の灯の様に今だけ激しく燃え上がっているのではと心配になった。
しかし、それは口にせずに「がんばろうな」と言葉を送る。
そしてアケノが寝ている間の事も追加で説明していると来客がやって来た。
「タツトよ!同士を連れて来たぞ。」
「同士?」
外から聞こえて来たのは昨日仲間になったクレナイの声である。
しかし、同士と言っても昨日は男性陣で仲間になったのは彼一人だけだ。
他の5人には断られてしまったと言うよりも話しさえも聞いてもらっていない。
もしかすると昨夜の内に誰かを説得してくれたのだろうかと思い扉へと向かっていった。
そして、扉を開けるとそこにはクレナイの他に昨日は見なかった男性?それとも女性か分からない様な中性的で可愛らしい何かが立っていた。
「こんにちは。4番のシロウです。」
「あの、もしかして男の娘?」
「僕は生れ付いての漢です!なんで皆は僕を見るとそういう目で見るんですか!」
すると気にしている所を見事に抉ってしまい、シロウは可愛らしくプンプンと言った感じに怒り始めた。
タツトはそれを両手で軽く押し返しながら宥めていると、まるで天啓が舞い降りたかのようにある事に気が付いた。
「もしかして君の望みって漢らしくなることなのか?」
「ど、どうして分かるんですか!?今の僕の望みは世紀末に出てくるようなバリバリのマッチョメンになる事なんです!」
「そうか。確かに道は険しそうだな。」
タツトは彼の見た目でバリバリのマッチョになった所を想像した。
しかし残念ながら世紀末系では表現できず、別の表現で例えるならギャグ漫画の類になる。
その中でもハムスターかチワワが限界であった。
それにこの小柄な体格を上手く利用すれば本棚にでも入れそうである。
もしここでのゲームが優勝者を決めて終わる真っ当なものなら優勝候補で間違いはなかっただろう。
しかしせっかく来てくれたので気にしている所を刺激する訳にはいかない。
タツトは考えていた事を振り払うといつもの様に表情だけは真剣なものを貼り付けて話を続けた。
「まあ、なんとなく分かった気がします。それで、昨日は何処に居たのですか?部屋にはいませんでしたよね。」
「昨日は隠れたまま寝てしまって部屋に戻ったのは深夜頃でした。それで部屋に戻る時に外を見たら車が次々に運び出されているのを見たんです。最初は失格した人が帰っているのかと思たんですけど動かしていたのはどう見ても普通の人ではありませんでした。」
昨夜のゲームには時間制限があったが開始や終了の合図は無かったので全ては自己判断で行われていた。
それぞれに時間を計る手段を有していたので何かを言う者を居なかったが、彼の様に寝てしまった者はそのまま放置されていたのだろう。
そしてタツトは納得すると次の質問に入った。
「それを誰かに話しましたか?」
「急いで戻って他の男性メンバーにも言いましたが、クレナイさん以外は誰も信じてくれませんでした。それで怖くなって昨夜は部屋に泊めてもらったんです。」
「そこで活躍したのが俺の持っているコレクションだ。アニメは良いぞ!アニメは心を癒してくれる。人類が生み出した最大の文化遺産だよ。」
「それで影響を受けて世紀末マッチョメンか。」
「モヒカンや棘付き肩パットは良いですよねー!」
「ハハハ、若いっていうのは素直で良い事だな!」
しかし一晩でここまで影響を受けているので厨二病が花開いたというよりも洗脳に近いのではと不安を感じていた。
(まさか火炎放射を作ってあの有名なセリフを言い出す事は無いと思うが、念の為に注意しておこう)
そう心の中で呟いていると再び扉がノックされた。
そして、返事をする前に扉が開くとミヤが扉を開けて入って来る。
「この様子だとこちらは成功したみたいね。」
「ええ、まあ、心強い・・・見方が出来ました。」
「その言葉を選んでる間が無ければもっと安心できたんだけどね。」
タツトが彼らをどう表現するか悩んでいる一瞬の間を逃さずミヤがツッコミを入れて来る。
それに男性の中でも体育会系の人は集まらず、話を聞いてくれたのはオタクとハムスター・・・ではなく、インテリ系頭脳派男性と、小柄な男の娘である。
0よりはマシだが昨日の夜に見た怪物と渡り合えるかと言えば人数に不安が残るのは確かだ。
しかし、それ以上にタツトには気になる事があり言葉を返した。
「そういえばそちらはどうでしたか?」
「こちは全然ダメね。全員が欲望の虜になってて話を聞きゃしない。そうでない奴等はあの女に心酔してしまって自分も彼女の様になりたいって本気で思ってるみたいね。」
その様子からある程度は会話が成立したことが窺える。
しかしミヤの方もタツトとの違いはそれくらいしかなく、結果として仲間は獲得できなかった。
「それなら彼らには恐怖を味わってもらうしかないな。」
「僕の様にですか?」
「そうだ。現実を見れない者に最初から明日はない。」
「どういう事か話てもらいましょうか。」
そしてミヤがまだ知らない昨夜に起きたリリスとのやり取りを説明した。
彼女は医者として現実主義なため悪魔と言われて少し頭を抱えたが、既にラミアという半人半蛇の存在を呑み込んだうえで行動してくれている。
そこに悪魔が加わったところで同じ様に納得するまでにそれ程の時間は掛からなかった。
「それであの女は魅了と口にしたのね。」
「はい。」
「それと名前から思い当たる存在だと聖書に出てくるリリスかしら。」
「最初の人間であるアダムの奥さんですか?」
「そうね。でもそれは一般的に良く知られている一面であって色々な肩書があるのよ。」
「それなら私知ってます。」
すると静かに聞いていたアケノがここで魚が飛び跳ねる様な軽快さで声を上げた。
彼女はカッコ良く言えばべビブリオマニアだが、日本風に言えば読書オタクである。
そのためジャンルは違うが彼女もこの集団に相応しい業を兼ね備えていた。
「リリスは女性の妖怪とも夜の女王とも言われています。悪霊たちの君主であるサマエルの伴侶であるとも言われていますし、ラミアとも同一視される事もあり今の状況にも当て嵌まります。」
「そうなると男共はリリスの魅了に掛ってるのね。女共に関しては魅了というよりも心酔に近いわ。それにあれだけの美があればどんな男でも虜に出来ると思ってるのでしょうね。」
「カリスマみたいなものですか。」
「そうね。でも見た目だけでは本当の愛は得られません!」
「あら、言う様になったわね。」
そう言ってミヤが笑いかけるとアケノは顔を赤く染めた。
すると周りの顔が揃ってタツトへと集中し、生暖かい視線を浴びせ掛ける。
「・・・まだ何もしてない。」
「まだ?」
「一緒の部屋に泊まっていて?」
「据え膳食わぬは男の恥!」
そしてタツトの一言で周囲から総ツッコミが浴びせ掛けられ、聞いていたアケノの顔を更に赤く染め上げていく。
しかし真面目な話の途中で不謹慎なようでもこうやって息抜きをしておかなければ精神が張り詰めてばかりで大事な時に切れてしまう。
そうなれば冷静な判断が出来なくなり自分から処刑台に登るのも同じである。
それは周囲で冷静さを失い他人の話を聞かない者達を見れば明らかだ。
しかも今回のルールでチームを組むことは禁止されていない。
そしてルール上では見つかるだけでは失格にならず触れられたうえでモートと3回言われなければならない以上は即死しない限り逃げるチャンスはある。
するとタツトはここである疑問に気が付いた。
「そういえばモートってどういう意味なんだ?」
するとその疑問にはアケノが再起動し素早く答えた。
「あの、確か死を意味してる言葉だったと思います。」
「そういう意味だったのか。死・・死・・・。」
「タツトよ、何か気付いたのか?」
「ああ。昨日の戦いで俺はラミアと剣を交えたがハッキリ言って勝てたのは偶然だった。正確にはあちらが自滅してくれたから勝つ事が出来た。でも、もしこれが本当にゲームなら何か対抗策が準備されていないかと思ったんだ。」
「そういえば、昨夜の会話でアイツ等もゲームの参加者ではないかと考察したな。」
「ああ。もしかするとモートの言葉は奴等にも有効なのかもしれない。ただ、奴等に触れて3回唱えるだけでも命懸けだな。デスゲームだけあって生死不問の様だし。」
メイドに絞め殺された女性は死ぬ前にモートと唱えられていたが、その前に一緒にいた男はそんな事は関係なしに殺されて連れ去られていた。
「もしかすると怪物がモートと言っているのは建前で、自分達の弱点となるルールを隠しているだけかも知れません。」
「それに聞けば最後に残った人も殺されているんですよね。もしかしてゲームの終了条件が別にあるのではないおですか?」
その時、彼らは執事のルール説明で自分達が思考の檻へと閉じ込められている事に気が付いた。
憶測の上ではあるが既におかしな点も幾つか発見しており、ピースが足りていない違和感も既に感じている。
それに敵である執事を信用してしまっていたのがそもそもの間違いであった。
「あのクソ執事がーーー!」
タツトは執事を汚く罵ったが周りのメンバーも思いは同じだ。
命を賭けたゲームでありながら自分達が都合の良い様にルールの説明を行っている。
しかし怒って執事を罵倒しても話は進まないため、彼らは気分を入れ替えると今後の為の作戦会議を始めた。
「俺は奴等に対してジェット・トルネード・アタックを仕掛けるべきだと思うぞ。」
「俺達はロボットに乗ってるわけじゃないんだぞ。そんな事をすれば先頭の奴が確実に死ぬ。」
「それにマップ兵器を使われたら終わりですよ。」
そして男性陣の3人が意見を出し合い作戦を決めていた。
ただし、そのあまりにも馬鹿げた内容にミヤだけでなくアケノも呆れた視線を向け、備え付けのポットでお茶を淹れている。
「大丈夫でしょうか?」
「命懸けになれば何とかなるでしょ。あなたは体力を少しでも回復させなさい。」
「はい。」
アケノは目を覚まして動いてはいるが体の疲労が抜けきっていないのは明らかだ。
起きた直後は気分が高まって体を動かせたが、それも長続きはせずに今は顔色も悪くなっている。
ミヤとしては今すぐにでも病院に連れて行きたいが、それが叶わないため歯痒く思っていた。
そのため、ミヤはアケノから症状を聞いたり問診をしたりと医者として出来る事をしている。
その後、アケノの事はミヤに任せ、タツトたちも夜までに出来る事をやりながら備えるのだった。