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悪魔の館  作者: 北キツネ
3/11

タツトはアケノと合流した後に最初に訪れた部屋へと戻っていた。

そこには本棚があり、中にはギッシリと本が並べられている。


「アケノさんはこういう本に詳しいですか?」

「ここにあるのはかなり古そうですね。最近の本は無さそうです。・・・これなんて古いですけどかなり有名なお話ですね。もしかして・・・。」


アケノは棚から1冊の本を取り出すと表紙を開いて中を確認する。

その顔にはさっきまで見せていた沈んだ様子はなく、まるで玩具を手にした子供のようだ。


「凄い!これは初版ですよ!しかも作者のサインまで入ってます。これが本物なら100年以上は昔の物です!これって持って行っても良いですかね?」

「それはゲームには関係が無いので聞いてみないと。」

「はい!」

「それ以外に何か気になった事は無いですか?」

「あまり気になる所は・・・ああ!」

「どうしました!?」

「ここにも面白そうなタイトルがありました!」

「・・・。」


誘った手前があるのでタツトは何も言わないが、内心では呆れた気持ちが次第に高まっている。

彼と違いアケノには明確な目的が有り、これから本気でかくれんぼをしなければならないというのにこの様子ではすぐに脱落してしまいそうだ。

その後でも滞在が許されるなら別だがそうでなければ勝ち進む必要がある。

何故なら部屋に戻った時にそこには1枚の紙が置かれていたのだ。

それには最初に執事が言っていたように予定が書かれており、これから数日掛けて脱落者を決めていくと書かれていた。

ただし脱落者に関するその後の扱いは書かれていなかったので確認が必要である。


「ん~~~!」

「何をやってるんですか?」

「本が抜けなくて・・・。」


どうやらかなり押し込んである様でアケノの力ではビクともしていない。

その姿にタツトは微妙な苦笑を浮かべるとこのままでは部屋の移動も出来そうにないと感じて手伝う事にした。


「手伝いますから何カ所か一度に引いてみましょう。」

「は、はい!」

「行きますよ。」

「うぅ~~~。」


そしてタツトも手伝って本を何冊か引くと少しずつ動き始め最後には全ての本が飛び出して床へと散乱した

その光景に2人は顔に焦りを浮かべ手元にある本を片っ端から手に掴むと折り目が付かないように閉じて棚に戻していく。

それでもアケノは欲しかった本だけは手元にキープしているので大概と言える。

しかし、そんなタツトの手にここでは不釣り合いな1冊が握られ戻す手が不意に止まってしまった。


「なんでこんな所にノートがあるんだ?」


そのノートの質感からしてかなり古い物であることが分かる。

最近は不景気のせいで以前とは紙質が変わり表紙がしっかりしてはいても薄くなっているからだ。

しかしそのノートはそれを感じさせない感触がしっかりとある事から、これはここに住む人間とは関係ない物ではないかとタツトは感じていた。


「もしかして以前にここのイベントへ参加した奴がタイムカプセルみたいに残して行ったのか?次の時にも参加できればこの思い出を回収しようとしていたのかもしれないな。」


タツトはノートを持って立ち上がるとこの場は元凶であるアケノに任せて中を見てみる事にした。

それに片付け、勉強などでこういう物が見つかると脱線してしまう事はよくあることだ。

そして1ページ目を開くとそこに書かれている内容に視線を落として苦笑を浮かべた。


「やっぱり以前にイベントに参加した奴が残したノートで間違いなさそうだね」


『俺は何百人。いや何千人もの中から選ばたのかもしれない。しかし、ここには66人の男女が集まり最後の一人になるための戦いは既に始まっている。だが今夜から始まるゲームをどう生き残るかは運の要素も強そうだ。』


そこには日記のような感覚で文章が綴られていた。

ただし何か気に入らない事でもあったのかそこにはページを埋めるように×が書き込まれている。

タツトは不審に思い次のページを開くとそこには先程までとは違い焦りを感じさせる文字が並んでいた。


『俺は見てはイケない物を見た。きっと俺達はいずれ殺される。』

『逃げるための足を潰された。もう逃げられない。』

『昨日見た奴の車が深夜の内に屋敷から出て行った。』

『次の日の説明で敗者となった者は屋敷から出て行ったと告げられた。でもそんな事があるはずは無い。だってそいつは俺の目の前で・・・。』

『何度目かの朝を迎えた。俺の精神はもう普通じゃない。あの時に見た物が現実か夢かの区別も着かなくなっている。』

『周りの奴等は欲に目が眩んで俺の話を誰も信じてくれない。それに最近は執事とメイドに監視されている気がする。次は俺かもしれない。』

『俺は最後まで生き残った。これで生きてここから出られる。それさえ叶えば金も何も要らない。ただ1つだけ言っておく。このノートを見つけたなら1人で逃げろ。どんな事をしてでもだ。』


そして日記はそこで終わっていた。

しかしノートを閉じるとそこにある跡にギョッとしてノートを手放してしまう。


「これは・・・手形だよな。」


正確には人差し指から小指までの指の跡が付いている。

しかも掠れていることからこれの付いた直後にここにノートを押し込んだということになる。

しかし、その色は赤黒い色をしておりまるで血の跡を思わせる。

そして不意に気になり本棚へと視線んを向け違和感が無いかを探し始めた。


「・・・あった!」

「キャ!急に声を出してどうしたんですか?」


タツトは本棚に顔を近づけそこに付着している模様に気が付いた。

部屋が薄暗く本棚や本も暗い色をしているので気付かなかったが違和感を探そうとすればすぐに見つける事が出来た。

ただし突然声を出したので傍で本を開いて読み始めていたアケノを驚かせてしまったようだ。

しかしその周りには本が幾つも落ちているのでタツトと同じ様に脱線中であるのは間違いない。

だがタツトはそれを気に留める余裕はなく棚を指差してアケノに声を掛けた。


「ここを見てくれ!」

「これは・・・何かの染みですか?」

「恐らくは血の跡だ。」

「え!?そんなまさか・・・!?」

「このノートをちょっと読んでくれ。」

「は、はい。」


タツトはアケノにノートを手渡すと読み終わるのをじっくりと待った。

ちなみにタツトはかなり色々な所を飛ばし気になる所だけを読んでいる。

何故なら半分以上は字が汚く殴り書きされ、書いた者の恐怖や混乱から理解できない内容になっているからだ。

ページによっては全体に『死にたくない』とだけ何度も書いてあり、それだけで埋めている所や変な絵が書き込まれていて意味が分からない所もある。

それでも読むのが好きなアケノにとっては厳しかったらしく顔を青くして口元を抑えている。


「大丈夫か?」

「はい。生の文章は幾つも読んだ事がありますが、ここまで感情的な物は初めてです。読んでいるだけでもこの方の恐怖や絶望が伝わってきます。」

「分かるものなのか?」

「感覚的なので絶対ではないですけど、これがもし偽物ならその人はかなりサイコな方だと思います。」


アケノは書いた者に対してかなり辛辣な評価をしているがそれはタツトも似た様な評価を抱いている。

それにこの部屋に来たのはタツトたちが最後で間違いないだろう。

ここは宿泊する部屋から近い場所にあり、騙し扉から考えれば気になる場所でもある。

しかし、もしこのノートを書いた者が殺されそうになり逃げていたのだとすれば、ここは一番近場の隠し場所だろう。

木を隠すには森の中と言う様に本であるノートを隠すには本棚の中と言うことだ。

恐らくノートを無理やり押し込んでこの場から離れようとした所で後ろから襲われたのだろう。

その証拠にこのノートが押し込まれた段には特に酷く血が飛び散り本にも付着している。

それが原因で本同士が貼り付いてしまいアケノだけでは抜く事が出来ず、抜けた時には本が散乱してしまったのだ。


「もしかしたらこれが偽物である可能性もある。次の時にライバルを減らすための布石をこうして残したのかもしれない。何故か世間的には知られていないけど10年に一度は開かれるイベントらしいからね。」

「はい。私も調べたらそれくらいは分かりましたけど、それ以外は情報が見つかりませんでした。」


しかし今は何でもネットに書き込む時代と言っても良い程にちょっとした事でも調べれば何かが分かる。

だがそんな噂は一切なく、願いを叶えた者の情報すらない。

もしここから帰った者が居たなら妬みから何らかの痕跡を残していてもおかしくないはずである。

但し、彼らもプロではないので情報に埋もれて見つけられなかっただけかもしれない。

それでも今の現状は警戒を強めるには十分だった。


「あの、これをどうしますか?私は皆に見せるべきだと思います。」

「いや、今の段階で冷静な判断が出来る人が誰なのかが分からない。さっきの男みたいに気が高ぶって俺達の事を嘘つき呼ばわりするかもしれないし、破り捨てたり燃やされたりしたら面倒だ。それに執事やメイドに気を付けろとも書いてあるから必要以上に持ち歩きたくない。」

「それならデータをまずはスマホに収めておきましょう。それとこれが書いてある場所の確認からですね。」

「そうだな。ここがこの時と同じでは無いだろう事も考えて早めに確認を済ませておこう。」


しかし、書いてある場所の地図がある訳ではなく、漠然とした事が書かれているだけだ。

そのため確実性は低く探すだけでも一苦労だろう。

それでも過去にこのイベントへ参加した者が最後まで見つからなかった場所でもある。

その手掛かりがある以上は他の者よりも有利に立てる事に間違いは無い。

ただし、これは他の者を見殺しにするという事と同じ意味を持っていた。


「これで誰かがリタイアして姿を消したら私達の責任でしょうか?」

「それは違う!」


すると沈んだ顔で呟いたアケノの言葉をタツトは強い口調で否定した。

その声に釣られアケノが顔を上げるとタツトの真直ぐな目が自分を見ている事に気付く。


「誰かを死に追いやったとすればそれはこの館の奴等だ。それに俺達にはそれを止める手段が今のところ存在しない。それにこのノートが真実である証拠を掴む必要もある。だから今は自分の事だけに集中するんだ。生き残ればその先でチャンスがあるかもしれない。」

「分かりました。励ましてくれて・・ありがとうございます。」


しかしアケノは頼もしさを感じて大きく励まされているが、もしこれがタツト1人だけだったらここまで堂々とは言い切れなかった。

こうしてアケノという共犯が居るからこそ心に余裕が生まれているのだ。

そうでなければゲームが終了した後には苦悩し眠る事も出来なかっただろう。


その後、2人はノートをスマホで撮影し館の探索へと向かって行った。

そして幾つもの隠されたスペースを見つけ出し探索を終え夜を迎えている。

今は晩餐が開かられるという部屋に移動し、指定された席の確認へと向かっていた。


「それにしても玉に番号なんて無かったはずだけどな。」

「そうですね。私もそう思っていましたが当選した時は興奮して見落としていたのでしょうか。」


しかし、2人はその事に疑問を感じているが、周りでは殆どの者がそんな事はどうでも良いと感じている。

そして、次第に全員が集まりタツトは周囲を見回して異変を見つけ出した。


「おかしいな。人数が合わない。」

「え!?数え間違いじゃないんですか?」

「そうかもしれないけど、俺が教えてもらった人数は女性が50人と男性が16人で合計が66人だった。」

「え~と・・・でもここには人数が揃ってますね。」

「ああ。でも女性が51人と男性が15人しか居ない。しかもさっきアケノに声を掛けていた男が何処にも居なくなってる。」

「え!まさか誰かと入れ替わって・・・。」

「その可能性が高い。顔や名前を全員知っている訳じゃないし、もし入れ替わったとしても気付ける奴はまずいない。」


そして、警戒する2人へと1人の女性が声を掛けた。

その女性はアケノの事をタツトに伝え結果として助ける切っ掛けを与えたミヤである。


「その様子だと私の忠告は役に立ったみたいね。」

「ええ。おかげで助かりました。」


そう言ってタツトはミヤの事をアケノへと紹介した。

それを聞いてアケノはお礼の言葉を言いながら頭を下げて見せる。


「ありがとうございます。でも、どうしてタツトさんに伝えてくれたのですか?」

「ちょっとした気まぐれよ。それよりも気付いてる?」

「ええ。教えてもらった人数と違いますね。数え間違いの可能性はありませんか?」

「私は数が気になる性格なの。人が来る度に何度も数え直してたから間違いは無いはずよ。」


可能性として女性が男装をしていたという可能性もあるが、ここに選ばれている女性は美人ばかりだ。

それに比べて男性は見るからに女装が無理な者ばかりなので紛れる事は不可能に近い。


「そうなるとやはり誰かが入れ替わっていると見るべきですか。」

「そうね。きっと、さっきの探索中だと思うわ。皆が個別に館中を動き回っていたからそこを突かれたのね。ただ、問題はその1人が主催者側なのか、それとも他から紛れ込んだ奴なのかって事ね。」

「俺は前者だと思っています。」

「その理由は?」


そう聞かれてタツトは明らかに迷いの表情を浮かべた。

そして視線はアケノへと向けられ目だけでどうするか訪ねる。

アケノも悩むように視線を彷徨わせたがどんな形であれ、一度は助けられているので小さく一度頷いてタツトの袖を握った。


「・・・これを見てください。」

「これは・・・ノートの書き込みね。これを何処で見つけたの?」

「探索中に隠し部屋を見つけてそこにありました。」


そして、タツトがスマホで見せた写真は最後のページにある

『俺は最後まで生き残った。これで生きてここから出られる。それさえ叶えば金も何も要らない。ただ1つだけ言っておく。このノートを見つけたなら1人で逃げろ。どんな事をしてでもだ。』

という所だけだ。


見つけた場所も出鱈目で真実は写真一枚にしか含まれていない。

何故なら2人は抽選も終わりの方で入って来ている為、他の当選者の顔をほとんど覚えていない。

それにはミヤも含まれ、どの時点で入れ替わったかが分からない以上は疑う対象から除外が出来なかった。

そして、それはアケノも同様で一度頷いて袖を握るのは事前に決めていた合図だ。

これで最後の一文だけを見せる事にして様子を窺うことになっている。


「私も幾つか見つけたけどやっぱり色々な所にあるみたいね。きっと他の皆もそれなりに見つけていると思うわ。なるべく被らない様にしないと争いになりそうね。」

「俺達も気を付けます。」

「そうしなさい。でも、これがどういう意図で書かれたかは分からないけど何でも願いを叶えてくれるゲームだからリスクも同じくらい高そうね。」

「怖くないんですか?」

「それも込みで参加してる人も多いってことよ。あなた達は違うの?」


するとタツトとアケノは揃って口を噤んだ。

しかし、その理由は互いに大きく異なっている。

タツトは興味本位で参加してしまいこの中では最も不純な動機である可能性が高い。

それとは対照的にアケノには引けない理由、どうしても叶えたい望みがあってここに参加している。

そのため今の段階でアケノが弱音を口にした事は1度もない。


「まあ、理由は聞かないわ。どうせゲームが始まれば互いにライバルで蹴落とさなければならない存在ですもの。あなた達も馴れ合いは程々にしておかないと最後の選択で間違えちゃうわよ。」


そう言って彼女は自分の席である44番へと向かって行った。

するとその不吉な番号から全ての事を話していない罪悪感と不安が背中から圧し掛かり潰そうとしてくる。

しかし2人はその重圧の中でも互いに別れると指定された席へと向かって行った。

ただしタツトも人の心配をする余裕は無く、自分の玉を取り出してそこに浮かび上がっている番号へと視線を落とした。


「なんで俺が1番なんだ。」


1番というのは如何なる時でも周囲から頭一つ浮いてしまう。

誰もがここに1位を取りに来ている事からその番号を意識し、この席に座る者が誰なのか観察している。

しかもここに設置されているのは長テーブルが1つだけで上座にはまるで玉座のような椅子が設置してある。

そしてタツトの席はそこに向かって左側の一番近い席となっている。

番号を抜きにしたとしてもここの主が座る席の隣に座りたいとは思っていなかった。

だが他の多くの者は違う様で妬みと嫉妬の籠った目をタツトへと向けている。


「俺もアレを見つけなければもう少し気楽に晩餐を迎えられたんだけどな。」

「あ、タツトさん・・・。」


すると向かいの席から声が掛かり顔を向けるとアケノが席に着いていた。

そこには66番の札がありこの中でもトップクラスで良くない番号である。

しかし、それは互いに同じだったので、互いに番号を見せ合うことはしなかった。

そのため、互いの座る位置へ移動した時に驚きで顔が引き攣るのも仕方ないだろう。


「アケノさんも大概ですね。」

「何か作為的な物を感じるのは私だけでしょうか?」


すると周囲の視線がアケノへと集中していく。

この2人が最初から一緒に行動をしていたのは周知の事実であり、心の中では憶測が飛び交っていた。

その内の一つがこの2人だけがここの主催者と面識を作り、既に何らかの密約や優遇をされているのではないかというものだ。

それは疑心の後押しもあり確証の無い確信へと変わり、ライバル同士と知りながらも小声で罵倒や憶測が飛び交っていた。


「は~・・・この空気で誰かと協力は無理そうだな。」

「ハハハ・・・。」


そしてそんな状態がしばらく続き不意に室内へと声が響き渡った。


「主が入室されます!」

「来たか。」


すると上座の近くに設置されている大きな扉が静かに開きそこから一人の女性が姿を現した。

見た感じは二十歳前後と言った感じだがその美貌はここに居る誰よりも美しい。

まさに魔性の魅力を秘めていると表現するべきか、その一つ一つの動きに視線が奪われ男女を問わずに虜にしていた。

この中で緊張しながらも平静を保っているのはタツト1人だけだ。

何故なら彼にとって美人とは鑑賞するものであってそれ以上でも以下でもない。

悪く言えばこういう事に対して枯れている、又は興味が無いと言えるだろう。

そして、周囲の視線を集めながら主と言われた女性は席へと腰を下ろした。


「今日は良く集まってくれました。皆様に厚く感謝いたします。それではどうぞご自由に晩餐を楽しみ、親交を深めてください。私も皆様との会話を楽しみにしておりましたので遠慮せずにお声をおかけください。」


すると数人が即座に立ち上がると上座の方へと向かってくる。

その手にはテーブルに置かれていたワインが握られ、まるで上司へと酒を注ぎに向かっているようだ。

そんな中で主はグラスを手にすると一番近くに居るタツトへと差し出した。


「注いでくださる?」

「ああ、はい。」


そう言って素っ気ない態度でグラスの3分の1ほどまでワインを注いだ。

彼はこういう所のマナーなど知らないので次々に来ている周りの者達に気を使い少なめにしている。

相手もそれを気に留める様子はなく、一息で飲み干すと後光でも差しそうな程の大輪の笑顔を浮かべた。


「上手く笑顔を作れるんだな。」

「そう?大抵の人はこれでイチコロよ。」

「なら俺はその大抵に入ってないんだな。」


後ろを見れば先程の笑顔にやられた奴等が膝をついている。

しかし、タツトは口で言ったように彼には作り笑いにしか見えなかった。

恐らく周りに聞いている者が居なければ、あざといとストレートに貶しただろう。

それ程までに浮かべられていた笑顔は完璧で非の打ち所は無かったが、それゆえに感情を感じさせないものになっていた。


「俺は適当に食べたらここを空けますよ。リリスさんと話したい人は沢山居るみたいですから。」

「フフフ、何処でその名を聞いたの?」

「企業秘密です。」


リリスは自らの名を呼ばれた瞬間に氷のような冷笑を浮かべた。

しかし、それを見たのはタツト1人だけで周りはいまだにダメージから抜け出せていない。


「御馳走様でした。シェフの人に美味しかったと伝えてください。」

「もう行くの?」

「小食なもので。」


そう言ってタツトは有言実行と立ち上がり背を向けて歩き出した。


「これが最後の晩餐かもしれないわよ。」

「そうならない様に努力しますよ。」


そして、タツトは食堂から出ると呼び出しがあるまで部屋で待機する事にした。

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