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それはある日の事。
日本の各地へと黒い封筒が届けられた。
それには消印も押されておらず、白い文字で宛名だけが書き込まれている。
しかし、それを手にした人々は何の疑いも感じる事はなく、家族は本人へと手渡し、本人は封筒を開いて中に入っている手紙へと視線を走らせた。
そして、その1つを受け取った大学2年生の鬼塚 辰人も例に漏れず手紙へと目を通していた。
「招待状?何かの懸賞に応募した記憶は無いけどな。」
タツトは中身を確認しながら首を傾げ、その下の文章に目を向ける。
すると何とも胡散臭い内容が書いてあり、誰かの悪戯か新手の詐欺の可能性を頭に思い描いた。
『貴方は願いを叶えるチャンスを得た事をここに明記します。次週7月20日に同封されている地図の場所まで来てください。抽選を行い最後に残った御一人様に限り、どんな願いでも叶える事を約束いたします。なお、参加に関しては抽選が行われ先着順になっており人数に限りがございますのでお早めに決断を致してください。』
そして同封されているという地図を取り出すとそこに書かれている画像と住所を確認した。
その地図にはネットでも有名なアプリのロゴがあり、情報としての信用性はある。
さらにスマホで同じアプリを立ち上げて確認すると同じ地図が表示されている。
しかも何処かで見た覚えがあると感じていると以前にバラエティー特番のドスンと一軒邸で放送された巨大な豪邸だと分かった。
その番組では世界各地にある人里離れた場所に建っている屋敷やお城を取材しており、彼自身も見た記憶がある。
そして、その時に案内を行っていた男性がある事を紹介している事を思い出していた。
「そういえば、もうじき10年に一度のパーティーを開くとか言ってたな。誰を招待するのかは最後まで言ってなかったけど、参加者には抽選で豪華景品が送られるとか何とか。」
タツトはすぐに別のアプリを立ち上げるとその時の番組を検索した。
今のご時世ではテレビで放送された映像なら大抵は何処かに転がっている。
違法である事は誰もが知ってはいても、こういう時には役に立つので利用者は後を絶たない。
「お!あった。これだこれ。」
タツトはスマホを操作して早送りをすると必要な所だけの確認を行った。
そして捨てるつもりだった手紙を封筒に戻すとテーブルの上に置いて小さく溜息を零した。
その心中ではいまだに疑問が晴れたとは言えないが、好奇心だけは十二分に刺激されている。
もしこの招待状が偽物だったとしても行って恥を掻くのは一瞬だけで終わる。
そんな考えが彼の中に浮かび当日になると恥ずかしさから誰にも行き先を伝えること無く家を出ていった。
「車で行ける所で良かった。流石に山の奥まで徒歩で行くとなると諦めてただろうからな。」
招待された場所は一番近い民家からでも車で1時間ほどの距離がある。
それに目的地までの道はしっかりと舗装されており片側一車線の道が遠くまで続いていた。
「それにしても対向車が多いな。もしかして騙されて引き返してるんじゃないだろうな。」
この先には目的地となる豪邸しかなく、そこで行き止まりとなっているはずなのに数分毎に対向車と擦違っている。
タツトは若干の不安を感じながら走っていると問題の場所へと到着した。
そこには大学の校舎すら小さく見える程の巨大な洋館が建っており、その姿はまるで周囲を威圧しているようだ。
しかもそんな建物が幾つもあり、誰がどうやって作ったのか疑問を感じさせる。
そして彼なりに調べた結果、この豪邸は100年以上前からここにあり、長年に渡り何度も増築を繰り返している事が分かっている。
映像でも中は混沌としており、統一感が無いと話していた。
何度かスタッフも迷子になり、その大きさから一部しか放送されていない。
ただしその公開されていない映像の中には知られざる真実のコメントも含まれているのだがそれを知る者は殆ど居ない。
そしてタツトは敷地内に入ると係員の誘導に従って車を止め、豪邸へと向かっていった。
「一応は大丈夫そうだな。」
周囲では引き返している人は居るが聞こえてくる声から騙されたからでは無いことが窺える。
どうやら手紙にあった抽選は既に始まっている様で彼らは落選した人達のようだ。
タツトはそんな人たちの横を通り過ぎると豪邸の前に出来ている列へと並んだ。
「人数は50人と言ったところで最初はクジ引きか。」
最初は大きな箱の中から玉を引くだけの簡単な抽選のようだ。
全員の視線がそちらへと集中しており、出てくる玉はどれも白色をしている。
それを見て本人は落胆し周りは緊張からか溜息の音が幾つも聞こえてくる。
しかし並んでいる人達の顔には例外なく焦りと不安の色が浮かんでいた。
何故なら手紙には人数制限があると書いてあり、今までに何人が当選したか分からないからだ。
そんな中で玉を引いた一人の女性から声が上がった。
「やったわ!赤い玉よ!」
「おめでとうございます。どうぞ中へお進みください。」
「やっぱり私は運が良いわね。この調子て最後の一人になってみせるわ!」
そして、女性は期待と自信に満ち溢れた顔つきで入口を潜り中へと入って行った。
その後姿を周囲は眺め、次に抽選場へと向けられる。
「それでは・・・。」
すると周囲からの緊張が高まり息を呑む音が聞こえてくる。
もし今の女性が最後の一人ならばこれで抽選は終了し、ここに並ぶ者は挑戦すら出来ずに家に帰る事になる。
「抽選を続けます。」
「「「うおーーー!」」」
そして、まだ定員に達していない事が告げられると周囲から気合の籠った声が発せられた。
しかしその後の人は全て不発に終わり、俺の番がやって来た。
「それでは御引きください。」
「はい。」
タツトは中が見えなくなっている箱に手を入れると、そこにある丸い玉を握り締めた。
そして慎重な顔つきで引き抜くと手の中にある玉の色を確認して鼓動が大きく跳ね上げる。
「赤い玉だ。」
「おめでとうございます。どうぞ中にお進みください。」
「はい!」
タツトは拳を振り上げたい気持ちを押し殺しながら指示に従い、入口へと続く階段を登って行った。
そして、周囲からの視線を独り占めするという初めての経験を味わい、豪邸の中へと足を踏み入れる。
「なんだかこれだけでもここに来た価値がある様な気がするな。」
手の中には当選クジである赤い玉が今も握られており確かな重みが存在感を強調している。
その色はとても美しく照明の光を反射して怪しい輝きを放ち、まるで中に血が満たされているようだ。
そして、周囲を見ると先に当選した人達が準備されていたソファーや椅子に座り会話やティータイムを楽しんでいた。
人数は既に50人を超えており、今までの様子からかなりの人数がここに来ていた事が分かる。
「初対面の人に話し掛けるのもな。結局の所、ここに居る人は全員がライバルだし何を話せば良いんだ?」
話をしている人の中には既に情報収集をしている者も居り、笑顔であってもそのままの絵面で受け取る事は出来ない。
ただ言える事は割合は女性の方が多く、男性は15人だけのようだ。
そして、再び入口の方から声が聞こえ一人の女性がここに追加された。
「今は空いている席に座って暇をつぶすか。でも流石にスマホは・・・電波の圏外だよな~。」
タツトはここに計画性を持って来ている訳ではないので暇潰しと言えば車に乗せているDVDくらいだ。
しかしそれを見るには車まで行かなければならず、外に出るのも気が引けてしまう。
そして仕方なく適当に一人用の席に座るとテーブルに頬杖を突いて時間が過ぎるのを待つ事にする。
しかし、そんな彼の許へと一人の女性がやって来て向かいの椅子へと腰を下ろした。
「あの・・・こんにちは。」
「あ、ああ。こんにちは。」
声を掛けて来たのは美しい黒髪を背中まで伸ばした清楚系の美人だ。
肌は白くて肌理が細かく、まるで透き通っているように見える。
声は滑らか聞き心地が良く、耳が洗われるような気さえさせる。
もしあちらから声を掛けられなければタクトは近寄る事もしなかっただろう。
「それで、何か御用ですか?」
「その・・・他に話し掛けられそうな方が居なくて。」
「確かにそうですね。ああ、俺はオニツカ タツトです。気楽にタツトで良いですよ。」
ここに居る男性陣は明らかに目がギラ付いており、欲望に憑りつかれているのが分かる。
それに対して女性陣は顔が笑っていても次第に雰囲気が刺々しくなっており、内心が透けて見え始めていた。
それに比べてタクトがここに来た理由は景品が目的というよりも好奇心を満たすためだ。
既にさっきのクジだけでも半分以上は満足してしまっており、景品に関する興味はかなり薄らいでいた。
それどころか、タクトは最初から自分が景品に辿り着けるとは微塵も考えていない。
そのくらいには自身の実力や運を理解しており、真剣さにも欠けていた。
「でも君も景品を狙っているんじゃないの?」
「私は五条 朱乃です。アケノで構いません。それと確かに景品に興味があってここに来たのですが思っていた以上に空気が重くて。」
「仕方ないよ。何でも願いを叶えてくれるって言うんだからね。それに全ては無理だとしてもこれだけの豪邸を増築しながら維持してここまで道も作るくらいなんだ。頼めば億単位の賞金くらい出そうじゃない。それだけあったら人生をかなり楽に過ごせるようになるよ。」
1億でもちゃんとした仕事をして暮らしていれば死ぬまで不安はなくなる。
家を買って結婚して子供が出来ても生活費や学費に困る事はまず無い。
しかも今の時代は宝くじでも10億はあるが分母は遥かに大きい。
その当選権をこんな少人数で奪い合えるのなら欲も出ると言うものだ。
「そうかもしれませんね。タツトさんもお金が目当てですか?」
「俺はちょっとした好奇心かな。アケノさんは?」
「私は・・・ちょっとしたお願いを叶えてもらいたくて来ました。」
するとアケノの表情が明らかに曇ってしまい、込み入った事情がある事が分かる。
タツトもそれに気付き、知り合ったばかりの相手の事情に踏み込まないように話を変えに掛かる。
「そういえばこの豪邸の名前を知っていますか?」
「名前ですか?いいえ、知りません。」
「なんでも晩餐館と言うらしいですよ。まるで焼き肉のタレみたいな名前ですね。」
「晩餐館。フフフ、確かにそうですね。美味しいお肉が食べられそうです。」
そしてアケノが僅かに笑った事で重くなっていた空気が軽くなっていく。
しかしその直後に重厚な音を立てて扉が閉まり、その前には一人の男性が立っていた。
「お待たせしました。これにて1回目の抽選を終了いたします。2回目は今夜に行いますのでそれまでゆっくりとこの館でお寛ぎください。」
「あの。部屋は貸て貰えるのですか?」
「それに関してはこちらで全て手配してあります。後ほど1日のスケジュールを書いた紙をお部屋へお届け致しますので参考にしてください。」
「それとこの内部を見て回ったり外に出ても大丈夫ですか?」
「そちらは構いませんが敷地からは出ないようにお願い致します。館の周囲には柵が巡らせてあるのでそこまでなら自由にして頂いても構いません。ちなみに敷地から出た方にはこの後に行われるゲームの挑戦権を失う事になりますのでお気を付けください。」
「あの、ここの持ち主は貴方ですか?」
「いえ、私はここの主に仕える執事い過ぎません。この館の主は今夜の晩餐時に挨拶へ現れるそうです。」
「ゲームに関して聞いても構いませんか?」
「詳しい事は告げられませんが行う内容は1つだけです。皆様には今夜からかくれんぼに参加していただきます。そして、それに勝利した1名様だけに願いを叶える資格が与えられます。」
すると周囲から騒めきが聞こえ始めた。
それぞれに考えている事は同じの様でこれからの行動が決定している。
ルールの公表がされてはいないがゲームでは明確に鬼と隠れる者に別れることになる。
そうなればこの館をどれだけ知っているかで勝敗が大きく左右される。
「それでは、係りの者に案内させますのでごゆっくりお寛ぎください。」
そしてタツトを含め全員がメイドに案内されて部屋へと割り振られていった。
しかし殆どの者が荷物を置いて部屋から飛び出すと屋敷の探索へと向かっていく。
「あの・・タツトさん。互いの部屋の位置を確認しておきませんか。何かあったら時が・・その・・・不安なんです。」
「別に良いけど俺も男だから気を付けてね。」
「ん~と・・・信じてますね。」
「それは俺がヘタレだと言いたいからだな。」
「フフフ、どうでしょうかね。」
そしてタツトは部屋に到着すると扉を開けたままで設備の確認へと移った。
こうして開けておけば外から見えるのでアケノが来た時に分かるからだ。
「え~と・・・電気のコンセントは・・・あるな。それ以外はトイレ完備、風呂完備か。ベッドも高級品みたいな感じだし敷いてある絨毯もフワフワだな。部屋1つにどれだけ金を掛けてるんだ?ハッキリ言って高級ホテル並みだな。カプセルホテル以外に泊った事が無いけど。」
「あの・・・大丈夫ですか?」
「ああ。頭は大丈夫だよ。ちょっとした独り言だから。」
タツトは冗談ではなく普段から独り言が多く考え事が口に出やすいタイプである。
周りからも指摘されることが多く、慣れていない人だと少し不気味に思われることもあるので先に説明を入れておく。
特に漫画やアニメに没頭している時などは薄ら笑いが怖いと大学でも彼を知る者の間では有名だった。
「いえ、そこまでは思っていませんが・・・タツトさんって変わっていますね。」
「よく言われるよ。それで、アケノさんの部屋は何処ですか?」
「はい。こちらになります。」
部屋の位置に本人の意思は反映されておらず、館側が勝手に決めている。
それでも男女で纏められて互いに少し離れているので場所を知らなければ訪ねる事も出来ない。
特に女性の方が圧倒的に多い為、部屋を間違えればトラブルの元だ。
そして、歩きながらタツトはアケノへと確認を行った。
「もう部屋の確認は終えましたか?」
「いえ、そちらに行ったのでまだです。でも見た感じでは同じ作りに見えましたよ。」
「それなら余計に部屋を間違えない様にしないと。」
「部屋に番号がありましたし、鍵にも書いてありますから大丈夫ですよ。」
「でも分かってはいたけど本当に迷いそうだ。」
「そうですね。ここなんてずっと同じ風景が続いてるみたいにしか見えませんよね。・・・きゃ!」
「おっと。」
しかしアケノは話の途中で急にバランスを崩すと傍に居たタツトの腕に抱き着いた。
タツトもギリギリで抱き留める事には成功したが、突然の出来事に顔を赤くしている。
「大丈夫ですか?」
「すみません。急に体がフラついてしまって。」
「ん~・・・多分これのせいかな。」
タツトは大理石を磨いて作られたような綺麗な床にしゃがむとなるべく角度を付けて覗き込んだ。
するとそこには目に見える程の歪みがあり明らかに傾けて作られている。
「人はちょっとした傾きでも意識している事と違うとバランスを崩したりするからね。」
「そうだっだのですね。でも・・その・・・受け止めてくれてありがとうございます。」
「気にしなくても良いですよ。」
そして意識して歩くとフワフワしている様な明らかにおかしな感覚が感じられる。
気分も悪くなり、まるで道の悪い道路を車で進んでいるように目が回ってくる。
人は思い込みの激しい生き物なために見た目が平たい廊下だと思ってしまうと頭で分かっていてもなかなか抜け出せなくなる。
何故こんな作りをしているのかは不明だが明らかに人為的なものに違いはなかった。
そして部屋へ到着して中に入るとアケノの言う通り違いは無さそうに見える。
「コンセントの位置は同じか。・・・あ!」
「どうかしましたか!?」
「お風呂がこっちの方が大きい!」
「・・・もう!驚かせないでください!」
アケノはそう言って笑いながらタツトの背中を軽く叩いた。
それを逃げずに受けながら真面目な表情を浮かべると言葉を続ける。
「いや、日本人としては重要な事だろ!しかもこっちなら足を伸ばしてのんびり入れる。」
「それなら夜になったら入りに来ますか?」
するとアケノは何でもないかのようにサラリと口を滑らせた。
しかし、すぐに何を言ってしまったのかを理解すると恥ずかしそうに俯いてしまう。
そしてヘタレであるタツトと言えば脊髄反射で両手をクロスさせバッテンを作って返した。
「そんな誘惑満載なイベントが起きたら俺はオオカミどころか狼男にクラスチェンジするからダメ。揶揄うのも程々にしてください。」
「・・・そうですね。でも、もしかするとこっちから入りに行っちゃうかもしれませんよ。」
しかしアケノはタツトの態度に少しだけムッとすると再び普段なら絶対に言わない事を口にしてしまった。
それが何処となく分かったタツトは揶揄う様にして笑うと先程執事がしていたように恭しく一礼して返す。
「その時は歓迎します。」
「もう、言ってる事が滅茶苦茶なんですから!」
そう言ってアケノは揶揄われている気付き笑いながらタツトの肩を軽く叩いた。
ただし、それは半分本音ではあったが、そこに恋愛感情がある訳ではない。
単純にこの館に対して説明の出来ない恐怖を感じていたため無意識に出てしまった言葉である。
人は風呂に入る時には裸になり無防備となってしまう。
それがとても不安であり、他を犠牲にしても誰かに傍へ居て欲しいという気持ちの表れでもある。
そして互いに部屋の確認を終えるとタツトはアケノと別れて車へと向かって行った。