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リンコ、神弓「ゲイ」を手に入れる

 その夜、フウカはリンコの部屋のドアをノックした。

「どうぞ!」

 元気な声が、返ってきた。

 部屋に入ると、ソファでアーチェリーの弓を磨いているリンコの姿があった。

 この弓は、名古屋城見物の後、リンコの要望で弓の専門店を訪れ、手に入れたものだ。以前からアーチェリーの弓が欲しかったのだという。彼女の地元には専門店がなかったので、この機会に買おうと計画していたとのこと。日本の弓の他に、アーチェリーも練習していたらしい。

 専門店の前に到着すると、ショーウィンドウに特別目立つ弓が、飾ってある。すぐにリンコは、ガラスに貼りついた。目が輝いている。

 それは銀の光をまとい、己の存在を主張していた。フウカは、リンコをガラスから引き()がし、店内へ入る。

「いらっしゃい」

 眼鏡を掛けた中年の男が、カウンター越しに声を掛けてきた。おそらく店主なのだろう。

「あのう、ショウウィンドウに飾ってある弓を見せてもらいたいんですけど――」

 すると、店主は複雑な表情となった。

「……よろしいですが、たぶんお使いにはなれませんよ。あれは見栄えが良いので、飾りとして置いてあるだけなんです」

 そう言いながらも、弓を取り出してきた。リンコが、手を伸ばし受け取る。嬉しそうだ。

「あれは、いわくつきの物なんです」

 フウカに向かって語り始めた。

 話によると、東京の専門店から流れてきた品物なのだと言う。本物なのであるが、誰にも引けないそうだ。弓が曲がらないのである。まるで鉄で出来ているようだとのこと。ただ見栄えだけは良いので、最初から飾りとして購入したらしい。

 その際に店のオーナーから事情を聴いた。

 じつは、もう一本、同様の弓があった。あるアーチェリーの名手が持っていたもので、誰にも引けなかった。その人は国内でトップクラスの選手であったが、オリンピック出場の直前に亡くなってしまった。その悔しい思いが乗り移って、引けなくしてしまったのだと噂されていた。ところが数年前、上野の店に高校生くらいの少年少女が訪れ、その内の一人の女の子が難なく引ききり、試射でも見事な腕前を見せた

らしい。驚いたオーナーは、その女の子に言い値で譲ったとしう。

 その後、元の持ち主の遺族が再び店にやってきて、「じつは、もう一セット、予備の弓があるのです」と言った。オーナーは女の子の例もあったので引き取ったが、やはり引ける人は現れなかった。よって、名古屋まで流れてきたというわけである。

(――あきらめるしかないよね。使えなくては、どうしようもない)

 フウカは、そう言おうと思い、後ろの方を見た。少し離れた場所にリンコは居て、手にした銀の弓の(つる)(はじ)いていたのだ。弓は、十分に湾曲している。

(えっ、どういうこと!?)

 「誰にも引けない」と聞いたばかりだ。店主も驚愕していた。

「これ、いいですね。欲しいな」

 リンコは、こともなげに笑顔で言った。

 店主は、リンコの腕を引いて奥の試射場へ連れていった。そして、試し撃ちをさせた。放たれた矢は、見事に的を射抜いたのである。

 店主はリンコに弓を譲ることを承諾した。彼女は、近くのコンビニへ駈け込んでATMからお金を引き出した。代金は、四万円7であった。正規だったら中古品でも数十万円はする名品である。リンコは、大事そうに抱えて店を出た。そのまま帰宅することにした。

 ふと疑問を持ったフウカはカイトへ電話して、事のなりゆきを話した。思った通りであった。数年前に上野の専門的を訪れたのは、カイトとリンレイたちであった。

「ほう、あの(しも)()さんの――」

 現代の東京へタイムワープしたとき、上野の専門店で、買ったと話す。銀色の金属弓、通称「ゲイの神弓」である。

「ゲイ」とは、彼のニックネームであるとともに古代中国の神話に登場する「弓の名人」の名でもあった。「()(じゃ)(やじり)」も、共に譲ってもらった。その鏃は田代家が、代々受け継いできた。不思議な因縁である。

(弓の方がリンコに会い、名古屋まで来たのかもしれない)

 そんなことも考えた。

 カイトから聞いた話をリンコへ伝える。

「へぇー、そうなんだぁ」

 心底驚いた様子であった。感じ入ったように、そっと撫でる。

 カイトは、専門店のショーウィンドウに貼りついたリンレイの様子も話し、「血は争えないね」と付け加えたが、そのことは伝えなかった。

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