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『死を想え! メメント・モリ』――意識的に「今」を生きる

 教授の家を辞したカイトとユウヤは、熱田神宮の杜にある食事処で昼食を取っていた。簡素な茶屋風の建物は、深い緑に囲まれている。

 二人の目の前にあるのは、名古屋名物の「きしめん」である。

 ユウヤは、かき揚げが載った温かい(めん)、カイトは、温玉・ととろ・オクラが載った冷たいものを選んだ。

 東京育ちのカイトであるが、名古屋風の麺類が気に入っている。

「うまいよな、きしめん」

 カイトは、麺を口に運びながら言った。

 ()()が効いており、口当たりも良い。

「ああ、俺は地元の人間だから、こんなもんだと思っているが――。

 東京のウドンは醤油臭くて、ちょっと苦手だな」

 ユウヤは、生粋(きっすい)()(わり)人である。

 店を出た後、飲み物を片手に木陰のベンチでくつろいだ。

「俺、調子に乗って、しゃべり過ぎた。

 ゴメンな」

 ユウヤが、済まなそうな顔で言った。

「そんなことはないさ。

 確かに圧倒されちゃたけどね。

 でも、気持ちは伝わった」

 カイトは、A教授の家での会話を思い起こしていた。


 二人の話に辟易(へきえき)しながらも話の内容はわかったし、抱いている危機感も理解できた。

 むしろ「正常性バイアス」が掛かっているせいか切迫(せっぱく)感のない自分に「ヤバさ」を感じた。

 話の最後にA教授が語った言葉が、心に残った。

 まくし立てられてイラっとしたカイトは、反撃した。

「ユウヤと先生の話を聴いていると、『お先真っ暗』という気分になる。

 僕たちは、これから起こるであろう地震や火山噴火に(おび)えて暮らさなくては、いけないんですか?

 そんなの真っ平ゴメンです。

 逃れようがないのなら、何も知らずにアッサリ死んじゃった方がマシじゃないですか?」

 イラ立ちを言葉にして、二人にぶつけたのだ。

「真っ当な意見だな。

 大多数の人間は、そう思うだろう」

 A教授は、落ち着いた表情で言った。

「……」

 沈黙が、流れた。

 教授は言葉を継ごうともせず、アイスティーを(すす)っていた。

「――で、どうしたら良いとお考えなんですか?

 全国民、全人類が自覚して対策に乗り出すべきなんですか?」

 沈黙に耐えきれなくなったカイトが、問いかけた。

「それは、理想論で現実的ではない」

「ですよね」

「できるとすれば、自分でやれることだけだ」

「何が、できるんですか?」

「俺の場合は……という範囲でしか答えることができないが、考えていることはある」

「……?」

「態度と行動の面で、二つある。

 態度の面では、『今をどう充実させるか』ということだ」

「『今のうちに楽しめるだけ楽しんでおけ!』ということですか?」

「快楽的に生きることとは異なる。

 快楽だけでは、人生を充実させることはできない」

「だったら?」

「常に『死を意識すること』だ。

 人は、いつか死ぬ運命にある。

 長生きすれば、満足できるというわけでもない。

 だから余命を意識して、『今、したいこと』と『今、するべきこと』を着実にやっていくことだと考えている」

「今、するべきこと?」

「あくまでも俺の考えだが、人には個々に『為すべきこと』というものがあり、それを実現していくことが『生きること』だと思っている」

「何か宗教くさい話ですね」

 チャラチャラした感じのA教授にしては、意外な話だった。

「そういうわけじゃない。

 単なる『思い』だ。

 既成宗教には、関心ない。

 もし『神』が存在するとすれば、『宇宙の統一原理』だと考えている。

 すべての物事を統一的に動かしているものだ。

 特定の『意思』は存在せず、『互いに関連し合いながら動いている仕組みそのもの』かな」

「人も、そのシステムに組み込まれているということですか?」

「うむ。

 そのシステムの一部だと思えたとき、『自分の為すべきこと』に気付くんじゃないかな」

「どうしたら、それがわかるんですか?」

「これまでに自分がやってきたこと、やりたいと思ってきたことの中にあるはずだ。

 だが、『確信できる』ためには、それなりの人生経験が必要だ。

 俺は今、六十四歳だが五十歳過ぎて、ようやく見えてきた」

「だったら、僕らは絶望的じゃないですか?」

「そんなことはない。

 日々の思いや行動を意識的に振り返れば、『何となくはわかる』はずだ。

 人は、これまでの生活環境や経験に基づいて考えたり行動したりしているからな。

 また、『無意識の根底』は、個人の枠を超えて『外界』とつながっている。

 要は、『意識的に日々を生きよ』ということだ。

 それを言い換えると『死を想え! メメント・モリ』ということになるのDEAYH!」

 またXサインが出た。

 A教授は趣味のヘビメタ・ライフを満喫する一方、地球環境に関する学術論文や新聞・雑誌などへの寄稿、大学での名物講義というかたちで世の中へ警鐘を鳴らしている。

 「自分のやりたいこと」をやり、「自分のやるべきこと」をやっていると言えよう。

「行動の基準は、『やりたい』か『やりたくない』、『やる』か『やらない』か……それだけだと俺は思っている。

 その基準に従ってさえいれば責任が取れるし、他人を責めることにもならない」

 やわらかな表情で語った。

「未来についてわかるのは、二つだけだ。

 『未来は、わからない』ということと、『未来は、現在と違う』ということだけだ。

 ただ『未来の予兆は、必ずどこかに存在する』はずだ。

 ――ある著名な経営学者の受け売りだけどね。

 ともかく『未来は、現在の続きではない』ということは確かだろうな」

 そんな言葉で、話を締めくくった。

(『どうなるかわからない将来のことでクヨクヨ悩んでも、しょうがない』ということか)

 言いたいことは、それなりに理解できた。

(でも、気持ちと行動が、付いていかないだよねぇ……)

 頭でわかっていても、なかなか行動に移せない自分を(かえり)みて思った。


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