邪風の正体――大陸からの妨害工作
このまま落ちるかと思った。しかし。すぐに正常な飛行姿勢を取り戻した。イメージとしては、大きな手の平に受け止められた感じだ。ホッと胸を撫で下ろす。
(ファルが助けてくれたのだろうか?)
そう考えた。すると目の前の御守りが小さくプルプルと震えた。頭の中に白い仔犬の姿が浮かぶ。首を左右に振っていた。「違うよ」と言っているようだ。
背後からそっと息を吹き掛けられた。手の平の上に載った紙飛行機を飛ばそうといった仕草に思えた。
「シナト姫様、ありがとうございます!」
ファルでないならば、シナト姫のおかげでしかない。姫は、滝子と風歌の守護神である。面だって表れるわけではないが、時折り姫の助力を感じることはあった。温かく見守っていてくれる存在である。
「ファル、緊急事態だから操縦を任せた」
お護りに告げる。「ラジャー(了解した)!」という応答が聞こえたような気がした。
眼前では、二つの渦巻きが激突したり、からみ合ったりしているようだ。安全な距離を保ち、様子を見ることにする。
微かに色が着いていた。ごく薄い水色と灰色に分かれていた。前者からは清浄な「気」が発せられており、後者からは濁った邪気が感じられた。
(どうなっているんだろう? 観たいな)
気配だけでは。もどかしい。
「では、見せてやろう」
男の声が聞こえた。フウカの身体に宿る居候だ。
場面が切り替わった。白い衣をまとった女性が、中空に現れた。空の青を映した瞳の色、同色の長い髪をなびかせている。フウカがイメージ・トレーニングをするとき、想い描く姿だった。
その正面には、醜悪な姿をした魑魅魍魎が群れ集っていた。ギャーギャーと騒ぎ立て、威嚇している。フウカは、歴史の参考書で見た「百鬼夜行」図を思い起した。
姫が右袖をサッと一振りする。きらめく風が、魔物たちを直撃し、群れを追い散らす。だが、すぐに寄り集まり、突進した。それを左袖で振り払う。攻撃をかわして掴みかからんとする一群には勢いよく息を吹きかけ、撃退した。
「なんじゃ、こりゃ!」
思わず声が出た。オッサンくさい。
「巷に漂う悪しき邪念が凝り固まったものだ。
呼び集めた者がいるようだな」
男が、解説する。
「まぁ、雑魚ばかりだから、『試しに仕掛けてみた』といったところだろう」
「なんですか、それは? どうして私が狙われなくてはならないんですか?」
意図がわからない。
「むろん、お前が重要人物だからだ。作戦が成功してしまうと、困る奴らがいる」
「えッ、そんなものがいるんですか?」
「ああ、日本が壊滅的な打撃を受けるのを喜ぶ奴らがな」
「誰ですか? そんなことをして何の得があるんですか?」
フウカには、まったく理解できなかった。
「いま話しても、ややこし過ぎて混乱するだろう。どうせ後でわかってくるさ」
男は、面腐くさそうにった。
(ホントに、もう……)
不満は残ったが、それ以上、追及しなかった。目の前で展開している事態が、それを許さなかった。
シナト姫と邪風の争いは一進一退を繰り返していた。
「ファル、手助けできない?」
仔犬に頼む。お護りが上下に揺れた。
一白きドラゴン「ファル〇ン」に姿を変える。フウカは、その上に騎乗している格好になった。
魔物の群れに近づき、霊威を帯びた氷雪のシャワーを浴びせかける。勝負は一瞬のうちについた。魔物たちは氷結し、粉々に砕け散る。
「ハハ、お見事!」
男の高笑いが響いた。
ファルが向きを変えた時には、ハンググライダーに戻っていた。瞬く間の出来事だったので、フウカはポカンとしてしまった。ハッと気を取り戻したときには、シナト姫が笑顔を残して去っていくところであった。
訓練場へ戻ることにする。
着地すると、カイトが駆け寄ってきた。
「大丈夫か!」
装備を外しているフウカに声を掛けた。
「大丈夫でした。なんとか……」
フウッーと息を吐き、呼吸を整えながら答える。やはり緊張はしていたようだ。
カイトの話によると、事務所を出て空を見上げると、フウカの機が大きく周回軌道をとっていて、その輪の中で何か起こっているらしい気配を感じたとのことだ。事態が見えていなかったので理解できず、手をこまねいていたという。訓練場には大勢の人がいたが、まったく気づいていなかったらしい。
こんなことがあったので、飛行は中止することになった。機材を片付け車に詰め込んだ後、クラブハウスの喫茶スペースで、一部始終を話した。
「そうか……もしやとは思っていたが、やはり起こってしまったか――」
カイトには、思い当る節があったようだ。
ブラック・コーヒーを一口飲んだ後、数年前の「旅」で体験したことを話し始めた。
内容は驚きに満ちたもので、フウカは、口をあんぐり開けたまま聴き入ってしまった。東京の「浅草寺」で繰り広げられた魔物などとの戦いの話であった。




