決戦に供えて期末テストの勉強
「さあ、一緒に唱えましょう」
隣に立つ女性が手を合わせ、大祓詞を唱え始めた。かなり早口だ。フウカも合わせようとしたが身体が震え、歯がガチガチと音を立て、まともな言葉にならない。祝詞自体は滝子普段からが唱えていたので、いつの間にか覚えていた。いつもならスラスラと口から出てくるはずだった。
「下腹に力を込めて唱えてください」
女性から注意が飛ぶ。
丹田に意識を集中させ、気合を入れる 。
なんとか言葉が、出てくるようになった。繰り返しているうちに身体も、少し温まってきた。
三十回唱え終え、滝行から解放された。
洞窟に急いで入る。そこにはバスタオルと着替えが用意されていた。瞑想のときの衣装である、袴がありがたい。
女性は小屋へ戻っていった。後は自分一人で進めることになる。身体を拭き、敷かれたゴザ、座布団の上に座る。暖房はないので、とにかく寒い。この先を想うと、絶望感が湧いてくる。
タメ息をついた後、唱え始めた。祝詞は本来ゆっくり唱えるものだが、どうしても早口となる。
繰り返しているうちに瞑想に入ったときのような状態となった。意識しなくても、祝詞が口をついて出てくる。
鐘が鳴った。滝行の時間だ。歯の根が合わないといったほどの寒さは、感じなかった。慣れてきたのであろう。
さっさと済ませ、洞窟へ戻る。入り口に新しいバスタオルと着物が入った籠が置いてあった。持ち込んで身体を拭き、着替える。
こうしたことを何回か繰り返した。食事がないので、時間感覚は失われていた。鐘の音だけが頼りだ。最初は数を数えていたが、頭がボーとしてわからなくなった。
外が暗くなった。陽が暮れたのであろう。滝行の時に見上げると、星空が広がっていた。
(美しいな。見守っていてくれるのだえろうか)
宇宙の最奥で体験した「星々のささやき」を思い起こす。
かがり火が焚かれ、足元は明るかった。
(お腹が減ったな……)
空腹以外は、感じなくなっていた。
(雪山で遭難して凍死寸前になったときって、こんな感じかもしれない)
ぶっそうなことを考える。
陽は昇り、また沈む。
「おい、起きろ!」
突然、男の声が響いた。同時に腹の中を蹴られた。
「イタ! 何するのよ」
身体を起し、怒った。いつの間にか座った姿勢のまま、頭が垂れていた。居眠りをしていたらしい。
周りを見回したが、誰もいない。
「まだ修行は、終わっていないぞ。しっかりしろ!」
声の主は、腹の中に居た。荒っぽい男だとは知っていたが、「やさしくない」。追い出したくなった。だが、悪いのは、自分だ。気を取り直して詠唱を再開する。
鳥の鳴き声が、耳に入った。薄日が、射している。
「――朝かぁ」
頭の片隅で思った。
鐘が鳴った。着替えて滝行へ向かう。朝の光がまぶしい。
「もうひとがんばりだ。終わったら、絶対にトンコツ・ラーメンを食べる!」
焼豚が何枚も載った背油ギトギトのラーメンを思い描く。
身体は疲れているはずだが、動きは軽い。最後の詠唱に入った。なぜか気分は、高揚していた。自分でも詠唱の力強さを感じる。「ハイになっていた」というのであろうか。
鐘が鳴った。バタッと後ろに倒れ、「大の字」になる。張りつめていたものが解け、そのまま眠ってしまったようだ。目を開けると、滝子の顔があった。膝枕をされている。小屋の中に居た。
「よくがんばったね」
優しい笑顔を浮かべ、髪をなでてくれた。
「お疲れさまでした」
少し離れたところで、世話係だった女性が、前の質素な着物姿で両手をつき、頭を下げた。
「お世話になりました」
お礼を述べる。想えば世話係も大変であったろう。睡眠も、まともに取れなかったに違いない。
帰りは、母の車であった。どうやら岐阜県の山中に居たらしい。名古屋へ向かう。途中で、お昼となった。有名な「うどん店」の看板が目に入ったので、立ち寄ることにした。
二人とも名物の「味噌煮込みうどん」を注文する。他県の人からは「まだ生煮えだよ!」と言われそうな硬い麺のやつである。フウカは修行中、「トンコツ・ラーメンを食べるぞ」と決意していたが、あのグツグツと煮え立ったまま出てくる「味噌煮込みうどん」を想うと、すぐさま宗旨替えをした。寒い時は、これが一番である。
出汁の効いた濃厚な汁をレンゲで掬って口に運ぶと心底温まる気がした。夢中で、食べる。
温かい茶を飲みながら、満足感に浸っていた。
「明日から一週間、カイトさんが家庭教師としていらしゃるからね」
「ええっ――!」
突然の話であった。確かに学校を休んだ分の勉強を補わなくてはならない。期末テストの準備も必要だ。
カイトは名古屋にあって全国的に知られる大学の学生だ。家庭教師としては、申し分ない。だが、それにしてもだ。




