御つるぎ様の下で修業に入る
中間テストが終わり、フウカはインフルエンザに罹った……ということになった。学校を一週間休む。
その間、源造の家に居た。ゼンに言われた「修行」をするためだ。「貴き御方」との協同祭儀をおこなうためには、「御つるぎ様」との親和性を高めておかなくてはならないらしい。
そこで「御つるぎ様」の礼拝室に籠ることになったのだ。この部は、日頃の礼拝をおこなう所である。今回は特別に神宮の地下から「御つるぎ様」にお越しいただき、修行の場とした。源造の家が在る場所は本来、神宮の社地であった。よって、「熱田の地」から移動したわけではない。
隣室の工事は、すでに終わっていた。だが、封じられている。
修行の内容は、祈りと瞑想であった。七日間は、トイレとシャワー、食事以外には、部屋から出られない。
食事は、滝子が用意してくれる。職場が熱田神宮なので、源造の家に近い。職場へは、「娘がインフルエンザに罹ったので、親戚の家に預けてある」と伝えてあった。食事の世話をするときだけ、職場を抜け出す許可を貰っていた。ただしフウカと直接接することはない。礼拝室に付属している準備兼休憩室(トイレ、シャワーもここにある)に置いて置くだけだ。
フウカの服装は、白い上衣と袴姿である。下着は、着けていない。誰かに見られるわけでもないので、問題はない。
灯りは、四方に置かれたロウソクだけである。時計もない。三度の食事のとき扉をノックされるのが、時間を知る唯一の機会だ。
就寝は夕食の後、一日最後の瞑想が済んでから、横に敷きっぱなしになっている布団へ、そのまま潜り込む。服とシーツは、毎日取り換えている。
朝、目が覚めたらシャワーを浴び歯磨きを済ませ、用意されている朝食を摂る。食事に肉や魚は、使われていない。精進料理だ。
瞑想は、一回に二時間ほどである。体内時計とロウソクの減り具合で時間感覚を保っている。休憩時間は、準備室で体操したり、茶を飲んだりして過ごす。
「御つるぎ様」に祈りを捧げてから脚を組み、両手の平を上に向けて膝に置き、「千竃の呼吸法」で息を整え、瞑想状態に入る、子どもの頃からやっているので慣れたものだ。
二日目までは、何の変化も無かった。三日目となったとき、脳裏に人影が浮かんだ。最初はボンヤリとしていたが、しだいに姿がはっきりとしてきた。マオであった。次いで様々な衣装や髪形の女性が、浮かんでは消えていった。それも大きく明瞭であったり、逆に小さく薄ぼんやりとしていたりと、違いがあった。
(ああ、これは歴代の剣姫なんだな)
直感的にわかった。
その中に動画で現れた人がいた。「高松塚古墳」の壁画に描かれていた女性のような恰好をしている。髪を高く結い、高句麗風の衣装をまとった姿で、剣を両手で抱き締めて座り込んでいた。涙をいっぱいに溜め、目の前に立つ男を見上げている。男は顔の両側で髪を束ねた若者で、袖口と足首を引き結んだ古墳時代の男性装束だ・
(あっ、ヤマトタケルのミコトだ)
子どもの頃、愛読していた「神話物語」に出てくる英雄である。フウカのお気に入りだった。ならば相手の女性は、「ミヤヅ姫」ということになる。ヤマトタケルの妻で、尾張氏の娘だ。
(そうか、ミヤヅ姫も剣姫だったんだ)
尾張氏と千竃氏は同族で、剣姫を引き継いでいる。つまりフウカの「ご先祖様」ということになる。
ヤマトタケルはミヤヅ姫に剣を託して出立し、その先で亡くなってしまった。
(剣はもともと尾張氏が護ってきたものだから、仕方がないよね)
ヤマトタケルでも、尾張氏の地から神剣を持ち出すことはできなかったのだ。
「ミコト様――!」
立ち去ろうとする若者の背を見つめ、ミヤヅ姫が悲痛な声で呼びかける。
若者が振り返った。やはり思い切れないような悲し気な表情を浮かべていた。
フウカは、胸が締め付けられそうだった。
(愛し合う二人が、それぞれの事情で別れなければならない。悲恋だ)
そんなことを思っていると突然、若者の顔がカイトに変わった。
(ひェーー! 何じゃコレは)
一気に気分がさめてしまった。
(カイトのことを、いつも『勇者様』ってヤユっていたから、割り込んできたのかなぁ……)
ちょっと反省しつつも、ドキドキしている自分に気づいた。
(……カイトさんであっても、急に消えてしまうのはイヤだ)
そんな考えが浮かんだ。
瞑想が解けてしまったので休憩することにする。背筋を伸ばし、欠伸を一つしてから立ち上がり、準備室へ移った。ちょうど午前のお茶が用意されていたので、十時頃なのであろう。上等の日本茶で、香りが良い。「玉露」か。お菓子は、饅頭だった。 パクつきながら、さっきの光景について考える。
(私って、ひょっとしてカイトさんのことが好きなのかな? いや、やっぱり無いない……)
首を横に振り、茶を飲み干す。これもゼンの悪戯ではないかと疑ってしまった。
その後は、順調に瞑想を続けたが、新たなビジョンは現れなかった。午後からは眠くなり、頭がガクッと落ちてしまう。一度寝入ってしまったら体内リズムが狂い、正しい時間感覚が失われる。ペシッペシッと両手で頬を叩き、気合を入れた。
四日目となった。午前中は、瞑想のやり方を頭の中で復習してみた。
まず深い呼吸をゆっくり繰り返す。すると、手足の感覚が消え、意識だけが中空にポッカリ浮かんだ状態となる。
腹式呼吸をしながら下腹部に意識を集中させる。日本で「丹田」と言われるところだ。身体の心的エネルギー「気」の集積場所である。意識を上げていく。「車輪」が縦に六つ並んでいるので、一つひとつ回しながら上昇する。頭頂部にまで達したら最後の車輪を回す。そのプロセスを繰り返すのだ。その内に高い(深い?)境地に至ることができると教えられているが、経験したことはない。それでも、このプロセスだけで、気分は落ち着き、すっきりする。
午後になって実習していたら、頭頂からポンと意識が抜けた。飛び出したと言った方が適切かもしれない。
頭上に浮かんで自分を眺めていた。マオに身体を譲るときは、背後に霊体として抜けるので、感覚が少し異なる。どこがどう違うのかは、わからないが……。
そのまま上に引っ張り上げられていく。源造の家の中を通り屋根の上に出た。外の光が、まぶしい。さらに上昇を続ける。速度が上がっているようだ。
雲を抜け群青色の空間を進むと、辺りは暗くなり星が瞬き始めた。下を向くと地球の表面が広がっている。まさにリアルな世界地図だ。だんだん小さくなり、球体に近づいてきている。
その表面からは白い光の粒が、ヒュンヒュンと飛び出してくる。光の粒は、フウカのいる辺りに留まっていたり、そのまま飛び去っていったりしている。留まっていたものも、しばらくすると星々の広がる中へ向かい、消えていった。
「もしかして、私、死んじゃったのかな?」
前にカイトから似たような体験をした話を聴いたことがあった。カイトは高校生時代の「旅」で戦闘中に矢を射られ、死にかけたことがあったという。その時の体験談に似ていると思ったからだ。




