浦島太郎は、なぜ玉手箱を開けたのか?――乙姫に尋ねた
♪助けたカメに連れられてぇ――
竜宮城へ行きましたぁ――
保育園で合唱していた童謡の一節が、頭の中でコダマする。
『私だってバカバカしいと思っているの!
でも、仕方がないでしょ』
巫女たちの反応を見て、無言で言い訳をする。
きっと呆れられたであろうと思った。
「さようでございますか。
姫様が『海神の宮』から、お招きを受けられた――」
年配の巫女長の表情が、驚きから泣き顔に変わった。
クシャとした顔つきになり、大粒の涙を流した。
「えっ?」
フウカは、思わず声をもらした。
左右を見れば、他の巫女たちも目に手布を当てている。
フウランも両手を胸の前で握り締めてフウカを見上げ、瞳をウルウルさせていた。
「フウラン、これは何事?」
動揺を隠し、姫様らしく問い掛けた。
「私どもの長年の夢、願いが、適ったのです。
皆の者が感涙にむせぶのも、無理はございません」
「――長年の夢、願い?」
「『海神の宮』へ、生きながら赴くということです。
これまで願えども為し得た者は、ござりませぬ」
巫女長が、言葉を添えた。
「あなたたちにとって『海神の宮』って、どんなところなの?」
「何を異なことをおっしゃるのです。
私ども『アヅミの巫女』にとって、禍福を司る御カミがおわす場所でございませんか。そのことは、十分ご承知かと――」
「え、えぇ、そうだったわね。
私のいたところでは、別の名前で呼ばれていたので、思い至らなかったの」
アヅミ一族を守る聖なる姫としての威厳は、保たなければならない。期待を裏切ってはならないのだ。
「確かに、有り得ることでございます。
奄美でも、郷によって呼び方が異なりますゆえ。
庶民は、『ネィラ』などとか称しているようです。アコナワ(沖縄)では、『ニライカナイ』と呼び習わしているとも、聞き及んでおりまする」
ホッと安心したように巫女長は、語った。
(『ニライカナイ』かぁ、それなら知っている)
現代でも、沖縄の他界観を表す言葉として知られている。
観光パンフレットにも使われているので、女子高校生のフウカでもわかった。でも、知っているのは、言葉だけだ。後で、カイトに尋ねることにする。この場は、笑ってごまかすしかない。
神殿を出て庭を歩いていると、カイトと出遭った。
「お勉強は、終わったのかい?」
からかい気味に、声を掛けてきた。
「ええ、シッカリと――」
調子を合わせて、答える。
「カイトさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、時間ある?」
「おう、だいじょうぶだ。
もうすぐ昼だから、飯でも食いながら話そうか?」
何か、話し方が、オッサン臭くなってきた。「勇者様」としてアヅミたちと行動を共にしていたせいかもしれない。
一緒に屋敷のベランダで、昼食をとることになった。
今日のメニューは、「冷や麦」だった。この時代には存在しないが、カイトが教えて作らせたとのこと。まだ日中は暑いので、フウカとしても嬉しい。
煮た貝やイカ、焼き豚の他、キュウリの細切りも添えられていた。
すりおろしたショウガをツユにたっぷり入れて、浸した麺をズルズルッとすすり込む。
(――おいしい!)
久しぶりの味だった。懐かしくて何だかシンミリとしてしまう。
香片茶(ジャスミン茶)を飲み終わって、フーッと大きく息をつく。
トカム国は日本と南宋との間で「中継交易」をおこなっているので、嗜好品も手に入る。
「ところでネィラとかニライカナイって、どんな所なの?
『海神の宮』があるって言っていたけれど――」
神殿での疑問を、カイトにぶつけてみた。
「『海の彼方にある神々の世界』のことさ。
本土の神話では、『常世』とか『根の国』と言っている」
即答であった。
「へぇ――」
さすがに史学科の学生である。母から聞いたところによると民俗学にも、詳しいらしい。
「奄美や沖縄では、水平線の遥か彼方に『この世を成り立たせている根源的な世界』があると考えられている。
生命の元となる魂、さらには幸運や災いすらやってくると言い伝えられてきたんだ」
「――ガソリンスタンドのような所なのね?」
「……人間を車に例えるなら、そう言えなくもないけど……。
いや、ちょっと違うかな?」
フウカの奇抜な表現に、戸惑ったようだった。
「まあ、カミガミが住んでいて、『人の世を見守っている場所』と思っておけば、いいんじゃないかな。年に何回か島々へ集団で視察にやってきて、幸せを授けたり災いを持ち帰ったりしてくれるんだ。
そのカミガミとの連絡や応対・接待を受け持っているのが、巫女たちと言ったら良いのかな。その巫女たちの大ボスが、君ということになる」
巫女たちが啞然とした理由が、わかった。大ボスは、すべてを熟知していなければならない。そのはずである。
(危なかった。信頼を失うところだった――)
「……なんか、やっていける自信がなくなっちゃた――」
肩を落とし、グチをこぼす。
「そんなもの、最初から持っていないだろ。
それに、僕も期待していない。
とにかく『お神輿』として担がれているのが、君の役目だ。
指示は僕が、出すから心配ないよ」
「上から目線」の物言いに、少しムカッとした。
「いつ、どうやって行くの?」
「明後日、カメが迎えにやって来るって言っていたな」
単なる連絡事項のように話した。冗談では、ないようだ。
「えぇぇ――。
竜宮城って、海の底にあるんでしょ。
溺れちゃうじゃん!」
「心配ないさ。 ゼンが、ちゃんと段取りしてくれているはずだ」
「でも、海の中を行くんだよね?」
「僕なんか宇宙空間を生身で飛んだからね。
それに比べれば海の中なんて、どうということもない」
「……」
もう理解を諦めるしかなかった。
もともと非常識な世界へ来ているのだから、常識で心配しても仕方がないと思い直した。すべて任せるしかない。
持ち物や服装は、カイトの指示通りに整えることにする。
巫女たちは、大張り切りで準備してくれた。
当日の早朝、砂浜で満潮の時刻を待つ。
これもフウカの神秘性を高めるショーとして、神殿と宮殿関係者に公開されることになった。
カミガミを迎える時の祭儀場が設けられ、神女団と王族、アヅミの長などが居並ぶ。
香が焚かれ、祭文が唱えられる。
カイトとフウカは、先だっての戦衣装で身を固め、椅子に腰かけていた。
一つ異なっていたのは、カイトの背に見慣れぬ刀があったことだ。これは、神殿の宝物庫に保管されていた「七星刀」であった。魔を切ることができる神刀である。今では、知る者も少ないが、カイトの愛刀だった。
やがて寄せ来る波に乗って、大きなカメが姿を現した。
アオウミガメのようだが、通常の五倍はある。甲羅の縦幅だけで四メートルくらいだろうか。横幅も、二メートル半はある。
着岸すると、手足を漕ぐようにして乗り上がった。
よく見ると、その背に小さな人影があった。
「おぉぉぉ――」
人々の驚きの声が、一斉に上がる。
『お待たせいたした』
頭の中にアニメ声が、響く。
同時に片手を挙げた。
「やぁ、クンダル。
久しぶりだな。
君が、案内役か?」
カイトが、笑顔で語り掛けた。
『――乙姫様に頼まれたでござる』
そう答えて、ヒョコッと立ち上がり、甲羅から飛び降りた。
ザンバラ髪、太い眉、二重瞼、クリッとした両眼、頬骨が張っている。顔全体としては、丸ポチャとしていた。髭は生えていない。
身長は、一三~一八センチくらい。手の平と足の平も、少し大きい。身長の割には頭部が大きく五頭身といったところだろう。
カイトが前回の「旅」で、苦楽を共にした盟友である。
フウカも、自宅で会っていた。今回の「旅」への同行をカイトに伴って説得に来たのである。
「姫様、再びご尊顔を拝することができましたこと、恐悦至極に存じ奉る」
フウカの前へ進み、片膝を就いて言上し、頭を下げる。今度は、声に出していた。
アニメ声での時代掛かった言葉遣いに、思わず噴き出しそうになった。
「あなたと、また会えて嬉しいわ」
気を取り直し、姫様らしく優雅な笑みを浮かべて答える。
一連のやり取りを、驚きの表情で眺めていた参列者であった。とくに巫女たちは、感動で打ち震えていた。神話劇の一節を、間近で見せられた気分であったことだろう。
「こちらは、『山海経』に登場する『靖人』である。皆も書物では、その名を知っておろう。
この度、『海神の宮』からの迎えの使者として参られたクンダル殿だ。
また彼の大戦において我や神聖女王と共に、大陸からの敵、妖魔、怪物などと果敢に戦ってきた者だ」
カイトが掌の上にクンダルを乗せ、紹介した。
「靖人」のことは、修養の基本図書である古代中国の地理書『山海経』(紀元前四~三世紀)にと記載されている。したがって、名前だけなら知っているはずであった。
「東の海に浮かぶ島で暮らしている」とあるので、「海神の宮」と関係あっても不思議ではない。
また三百年前、大陸からの侵略者と戦った物語は、壁画や伝承で知らぬ者はいない。神聖女王や勇者カイトの仲間として奮闘した小人族の逸話もだ。
人々の興奮と熱気は、最高潮に達していた。感嘆の騒めきが絶えない。
注目の的となったクンダルではあるが、何も語らない。ただ一礼しただけであった。
「では、行って参ります」
カイトは王に向かって出立の挨拶をおこない、フウカを促して波打ち際へ足を運ぶ。
そこでは、すでにカメが体勢を整えている。
クンダル、フウカ、カイトの順で甲羅に跨った。
(えっ、手綱も何もないじゃん!
振り落とされるでしょ)
フウカは不安になったが、腰を下ろしてみると磁石のようにピタッとくっついた。思ったより安定している。それにカイトが後ろにいるので、イザというときも安心だ。
密着しているわけではないが後ろから抱かれる格好になっているので、ちょっとトキドキした。開いた股の間にクンダルが、チョコンと座っている。
潮が、引き始めた。カメは静静と海の中へ入っていく。
ポワッと光のドームが、甲羅の上を覆った。沈んでも海水は、入ってこない。
(こういう仕組みになっているのか――)
フウカは、納得した。
「迎えはカメである必要はなかったが、これも乙姫の好意だ。
少しの間だけだが、海中散歩を楽しむといい」
この「光の繭」さえあれば、宇宙空間でも大丈夫らしい。
観光用の半潜水艇に乗っている気分だった。
最初の内はサンゴ礁帯で、色彩豊かな熱帯魚が行き交っていた。
リーフから外海へ出ると周囲は青みを増して、キビナゴやイワシが雲のように群れ集い、自在に姿かたちを変えながら一つの生き物のように動いている。その周りを大型のアジ類やマグロなどの回遊魚が取り囲み、輪を狭めていた
三〇メートルほど潜ると夕暮れ時のような明るさとなった。
さらに深度を下げていく。
周囲は暗くなり、繭が放つ淡い光に照らし出されたマリンスノーが、静かに降っているのが見えるだけとなった。
やがて視線の先に光のドームが見えた。
近づくと中国風の庭と宮殿が、白い砂地の上に在るのがわかった。
朱色と白、青緑に塗り分けられた建物が、絵本に出てくるような竜宮城を想わせた。
ちょっと異なるのは、タイやヒラメが舞い踊っていないことだった。
「そろそろ到着のようだ。
それにしても、映画撮影のセットのような光景だな」
カイトの感想である。フウカも同感であった。
海底スレスレに進む。
ドームの透明な膜を突き抜け、朱塗りの門の前に着地した。
「光の繭」が、消えた。しかし、呼吸はできる。
大きな門の前では、唐風の衣装をまとった男女が膝を就いて控えていた。
(へぇ――、まるで中国の時代劇だね)
ドラマでの「お約束」といった眺めである。
輿が、二台用意されていた。
宮殿内は、けっこう広そうだ。大小の建物が点在している。
それぞれ輿に乗り込んだ。
持ち上げられ、ゆっくりと進んでいく。外は、簾越しにしか見えない。
やがて大きな建物の前に着いた。
侍従らしき者が、二人を中へ案内する。
廊下の突き当りに大扉があり、入ると広間になっていた。正面は一段、高くなっており、豪華な椅子が、幾つかあった。
華麗な服装の男女が、両脇に立ち並ぶ中を歩んでいく。
椅子の一つに美しい女性が、座っている。
服装は、やはり唐風だ。髪を高く結い上げ、宝玉や金銀の細工物で飾っていた。
年齢は、二十歳前後に見える。大人びていた。
「剣姫と勇者殿が、いらっしゃいました」
年配の脇侍が、告げる。高位の官僚であろう。
「お初にお目に掛かります。
お招きに応じて、まかり越しました。
カイトと申します」
「私は、『トカム国』の神殿に縁ある者。
当代の剣を護りし者でございます」
フウカは、教えられたとおりの名乗りをおこなった。
「よくぞ参られた。
我らの願いを聞き入れてくれたこと、ありがたく思う」
よく通る凛とした声で、乙姫が応えた。
お目通りの挨拶が、済んだ。
それだけだった。
乙姫は、衣の裾をサッと翻して席を立った。
「では、席を変えていただきます」
フウカがポカンとしていると、脇侍が告げる。
導かれて、奥の小部屋へ――。
扉の前でお付きの者たちは控えの姿勢となり、身じろぎもしなくなった。
「さあ、中へお越しくださいませ。
姫が、お待ちでございます」
扉を開けて、腰を折る。
二人だけ足を踏み入れた。
厚い絨毯が敷かれた豪奢な設えの部屋であった。
香が焚き込められている。
やはり朱塗りのテーブルには、茶器セットとお菓子が置かれていた。
そこには乙姫が、リラックスした姿勢で座っていた。
「あぁ――、肩が凝ったわぁ。
実家に帰ると、これだからイヤになっちゃう。
二人とも座って、座って!」
片手で椅子を示す。
先ほどとは、まるで態度が異なった。
「――ゼン。
その姿は、久しぶりに見たな」
畏まった表情をしていたカイトの顔も一変して、にこやかである。
「えっ、ゼン様?
どういうことなの」
カイトの方を見て、言った。
フウカの知るゼンは、「永遠の一六歳」であるはずだった。
しかし、目の前にいるのは、中国の時代劇に出てくる妙齢の貴婦人である。
その貴婦人は、ニヤニヤしながらカイトに目を遣った。
「ああ、驚いたかも知れないな。
もともとゼンに決まった姿かたちなどないんだ。
これも変化の一つ。乙姫のときのね」
「……」
何か化かされているような気になった。
「もともとゼンと乙姫は、同一人物なんだ。
大海竜王の三女だからね。乙姫は宮殿での呼び名さ」
女性の本名は家族くらいしか知らないし、呼ばれることもない。上流階級において一般的に姉は「大姫」で、妹は「乙姫」である。「姉君」と「妹君」といったところか。
「……そうなんですか」
拍子抜けした語調で、答えた。
「まっ、そういうことだから気楽にいこうよ」
ゼンは自ら茶を注ぎ、菓子を勧めた。
「お二人は、仲がいいんですね?」
慣れ親しんだ感じのカイトとゼンのやり取りを見て、そんな台詞が出た。
「前の『旅』からの腐れ縁だからな」
「『腐れ縁』は、ヒドイんじゃない?
こっちはカミ様で、恩恵を与えている立場なんだから――」
プゥーとかわいらしく頬を膨らませ、唇を尖がらせて反論した。
「ねぇ、聞いて、カイトったらヒドイのよ。
前の旅の時も、か弱い私の背に跨って、ペシペシとお尻を叩いたのよ」
「何を言うんだ。
ペシペシなどしていないだろ!」
ムキになって否定する。
乙姫の姿を前提に想像を働かせると、かなり「アブナイ構図」となってしまう。
だが、壁画に描かれていた「金竜に騎乗して、巨大な怪物と闘う勇者カイトの図」のことを知っていれば、冗談だということがわかる。
そんな軽口の応酬からも、仲の良さが窺われた。
「ところで、これから私たち、どうしたらいいんですか?」
フウカは、本題に入った。
「そうね。
まず剣を奪った犯人について、知ってもらうことからかな。
だいたい予想が付いているんだ。
カイトに話してあるから、聞いてちょうだい。
歴史的な経緯もあるから――」
説明は、カイトに丸投げした。
彼は、くつろいだ姿勢で茶碗を口に運んでいる。
おおよその話は、すでに聴いていた。
だが、犯人の目途については、まだであった。
「犯人は、わかっているんですか?」
カイトに話を振る。
「歴史的経緯を考えれば、容易に推定できるさ。
『平家蟹』だろうね」
「――ヘイケガニ?」
すぐには、理解できなかった。
でも、数秒後には、「人の顔をした甲羅」を持つカニの姿が思い浮かんだ。
「壇ノ浦の合戦」で散った平家の怨霊がカニとなり、暗い海の底で蠢いているという話である。背筋に悪寒が走った。
平家方にとって「三種の神器」の剣は、「天皇としての正当性」を示す重要な物だ。執着するのも無理はない。源氏側も今後の政権運営に関わることなどで、必死になって探した。
「盗んだカニの住処を探して、取り戻すんですか?」
「そういうことになるね」
「でも、どうやって?」
「そこで、君の出番となる」
「ええっ――」
ゼンから聴いてはいたが、全力で断りたくなった。
(怨霊が相手なんて、ゾゾッとする)
怪談やゾンビ映画などは、フウカが最も苦手とするものだった。
「すべてマオに任せればいいさ」
「……」
フウカ自身に探索や戦闘能力はないのだから、そうするしかなかった。
しかし、それも無責任な気がする。
「昼食の準備ができたようだから、席を変えヨ」
乙姫が、会話に割り込んできた。
「チリーン」と卓上の呼び鈴を鳴らすと、扉が開く。
案内された部屋は、中華調理店の個室のようだった。回転テーブルの上に、海鮮料理が、並んでいる。
(竜宮城でタイやヒラメを食べちゃっていいの?)
そんなツッコミを入れたくなった。
「侍女たちは、魚の化身かも知れない」と思ったからだ。
でも、おいしそうだったので、頭を振って妄想を振り捨てた。
「ねぇ、ゼンって本当は、何歳なの?」
つい聞いてしまった。
お腹がいっぱいになって、リラックスした気分になったからであろう。
「はは、『永遠の一六歳』って言ったでしょ。
――でも、ホントは齢なんてないのよ。ここは、『時間のない世界』だからね」
「あっ、そうだった」
浦島太郎も、竜宮城では齢を取らなかった。
幼い頃、「うらしまたろう」の話を読み聞かせられて、不思議に思ったことがあった。
(何で、『開けてはいけない玉手箱』をお土産として渡されたのだろう?
浦島太郎も、どうして開けてしまったのだろう?)
その疑問は、今でも心の底でくすぶっていた。
故郷に帰ってみたら、親兄弟も知人もいなくなっていた。だから、寂しかったのはわかる。でも、それがために玉手箱を開けたというのが理解できなかった。
玉手箱からは煙が出て、おじいさんになってしまった。それは、太郎にとって望ましいことであったのか?
(『しまった!』と思ったのかな?
それとも、期待通りだったのかなぁ?)
その時の太郎の気持ちは語られていない。
フウカは、子どもながらに考え込んでしまった。
「太郎は、ここで楽しく暮らしていたのだけど、里心がついて『帰りたい』と言ったの。
だから、玉手箱をお土産に持たせて帰したのよ」
「どうして齢を取る箱なんて渡したの?」
「フフ、どうしてだと思う?」
乙姫は、逆に質問してきた。
「……わからない」
「箱を持たせずに帰ったとしたら?」
「死ぬことなく若いまま過ごすか、止まった時計の針が再び動き出して、そこから齢を取っていくかのどちらかなんだろうな」
「不老不死」は、古代中国の帝王にとって理想であったらしい。
秦の始皇帝は、それを求めて徐福を「蓬莱」へ送り、また、猛毒の水銀を含む仙薬を飲んで死んでしまった。
(自分だけ永遠に死なないなんて、何かイヤだよな。それも、寂しすぎる。
また新しい人生を歩み始めるのは、良いかも……でも、やっぱり寂しいかもね)
そんなことを考えた。
「だから彼に選択肢を与えたの。
玉手箱の機能を伝えてね」
フウカの考えを読み取って、言葉を返してきた。
「……つまり玉手箱は、『死』をもたらす物だったの?」
「端的に言えば、そう言えるかもね」
「太郎は、自分の人生を終わらせることを選んだ……」
独り言のようにつぶやく。
乙姫は微笑んでいるだけで、答えはなかった。
フウカは、もうこれ以上、考えることを止めた。
一つだけ思ったのは、「『今、この時』を大切に生きなくちゃ」ということだった。
ゼンが「永遠の一六歳」を自称して都会生活を満喫しているのも、そういうことなのだろう。
「生きている意味」とかいった難しいことはわからない。明日のことも、わからない。
(まぁ、目の前で起こっていることに、全力で取り組むしかないんだよね)
「フウッ――」と一息吐いて、会話を終わらせた。
別伝によれば、「玉手箱を開いた浦島太郎は鶴になって、どこか飛んで行った」という。
「――では、『聖剣捜索隊』の話をしようか」
カイトが、口を開いた。