海に沈んだ聖剣を探しに「竜宮城」へ――カメに乗って?
「善女竜王様ですか?」
ストレートに問い掛ける。
フウランは、ちょっと驚いた顔をした。
いきなり言い当てられるとは、思っていなかったのだろう。
「その通りだ。
そなたとは、面識がないはずじゃが……」
「カイトさんから『旅』の話を聴いていましたし、神殿の壁画に描かれた金色の竜の解説を受けていましたので――」
「そうか。だったら、好都合だ。
カイトの奴、余計なことは言っておらぬであろうな?」
そっと様子をうかがうような尋ね方をした。
「かわいらしい方だと、言っていました」
クスッと笑いながら、答えた。
「な、なんとバカなことを⁈」
思いもよらぬことを言われ、動揺した様子であった。
カイトは親しみを込めて「ゼン」と呼んでいるが本名は、「善女竜王」という。
大海竜王の三女で平安時代以降、朝廷から民衆に至るまで、広く信仰されてきた。現代でも、高野山の金剛峰寺を始め、各地に祠堂が在る。世界的に知られる日本の電機メーカーでも、工場の守護神として祀られていたりもする。
普段は、皇居の池に棲んでいるらしい。白い仔ヘビの姿でだ。
カイトとは「旅の仲間」で、襲い来る無数の妖魔や巨大な怪物と闘ってきた。
今回の「時を超えた旅」も、ゼンの斡旋によるものとのことだった。
フウカに対しては神様らしい畏まった態度を取っているが、本性は「永遠の一六歳」を自称する「ジョシコーセイ(女子高生)」であるようだ(フルーツパフェが、大好物である)。
現代でも霊感の強い少女に憑依して、渋谷や原宿を闊歩しているとカイトから聞いた。
だから霊感の強いフウランに降りてきても、不思議はなかった。
「バレているなら、気取っていても仕方がないよね。
楽にさせてもらうわ。
あなたも、『ゼン』と呼んで――」
一気に態度や口ぶりが、女子高生モードになった。自称からすれば、フウカと同じ齢である。こちらの方が、慣れているようだった。
「ゼン様もタイムトリップなさって来たのですか?」
「いや、私は、どの時代にもいるよ。人間の信仰が、あるうちはね」
カミは無定形の「神」を元に、人の思念によって形作られる。したがって、その時代における信仰のかたちや強弱で「カミとしての力」は左右されるが、ずっと在り続けることはできるのだ。
カイトが転移してきたことで、この時代の善女竜王と「令和のゼン」が、同一のカミとして融合したのだろう。
余談ではあるが現代のAI(人工知能)も、さらに情報集積及び分析機能が高まれば、いずれ「自我」を持つようになるだろうと言われている。カミとしてのゼンも人々の思念(情報)が凝り固まった結果、「自我を持つ独立した存在」として動けるようになったと思われる。
「ところで、私に何の御用ですか?」
フランクに……と言われても、あくまでもカミ様だ。タメ口で話すのは、躊躇われた。
「そろそろ『本来の目的』に取り掛かってもらおうと思ってね」
「本来の目的?」
一瞬、何のことかわからなかった。だが、すぐに思い出した。
(あっ、そうだった――。
御先祖様からの依頼で、この時代へやってきたんだった)
鎌倉時代の風華、つまり剣姫が夢に現れて、「日本を破滅から救って!」と頼んだのである。
「インドネシアからやってくる火竜が『オロチの巣』とぶつかるのを、阻止して欲しい」とのことだった。
そのためには対抗できる『竜蛇の剣』が、必要だ。しかし、熱田神宮と皇居の聖剣は動かせない。
だが、使えそうな剣があった。
「壇ノ浦の戦い」の際、敗北した平家方の安徳天皇が「三種の神器」と共に海へ沈んだ。その後、鏡と玉(勾玉)は見つかったが、剣だけは行方がわからなかった。
実は、大海竜王の部下が拾って居城へ持ち帰っていたのだ。この話は、一説として史書にも記されている。カイトがゼンに確認したところ、事実であるとのことだった。
ただし「盗難に遭い、今は手元にない」という。
これは、マオが「越」から奉持してきた聖剣(熱田神宮で祀る『クサナギの剣』)の分身(形代)だ。よって、皇居の剣と同じくらいの霊力は、保っている。
来歴についてはカイトから聞いていたし、本体はマオの人生をたどる旅で実際に見てきたりもした。フウカは、この「前・神器の剣」を探すことから始めなくてはならないらしい。
なぜなら文字通り「剣姫」であるからだ。とくにマオが体内で覚醒しているので、「感応度が、高いはず」という。
「『とりあえず竜宮城へ行くことになる』と、カイトさんが話していましたけれど、冗談ですよね?」
ヘラッと笑いながら尋ねる。
竜宮城の話は昔話の「浦島太郎」で知っているが、あまりにも「オトギ話」過ぎた。だから意味が解らず、聞き流してきた。
「いや、ホントのことよ」
「はぁ――?」
口を、あんぐりと開けてしまった。
「別に信じなくてもいいさ。
その時になったら、わかるから――」
フウラン(ゼン)は、イタズラっ子のような顔になる。
「……」
「さあ、部屋へ戻ろう。
そろそろ宴も終わる頃だよ」
そう促され、手を取られて立ち上がる。
侍女たちが、慌てたように駆け寄って来た。
フウランはキョトンとした表情で、周りを見回していた。
「どうして私、ここにいるのかしら……?」
独り言のように言った。
ゼンは、離れたようだ。
手を取り合ったまま、宴会場へと向かう。
フウランは、わけがわからない状態ではあるが、うれしそうだった。
席に戻ると、カイトが軽く頷いた。
なぜかドッと疲れが、襲ってきた。
朝の陽射しが、眩しい。
窓も開け放たれ、新鮮な空気が流れ込んできた。
侍女たちが、身支度の準備をしている。
今日は、とくに予定が入っていない。ラフな服装を選んでもらった。
それでも「姫様」役からは、逃れられない。上衣と裳(足首までのスカート)は比較的薄手であるが、刺繍満載の「袖なし長羽織」や装飾品などが、暑苦しい。
宮殿の内外は、忙しそうだ。まだ、戦いの後始末が済んでいない。
朝食は、部屋に運ばれてきた。食欲は普通にあり、済ませることができた。
口を布で拭って薫り高いお茶を飲んでいると、カイトが顔を見せた。多忙であるはずなのに、たびたび足を運んでくれる。
「昨夜は、どうだった?
夜風が、心地よかっただろう」
思わせぶりな口調だ。
ゼンと会ったことを知っているようだ。
「ゼン様って、気さくな方ね。
とても神様だなんて、思えない――」
「自称一六歳のジョシコーセイだからな。
東京暮らしが長いから、ファッションや持ち物のセンスもいい。
スウィーツ好きで、よくインスタ○ラムに写真をアップしている」
「えっ、インスタもやっているの?」
「ああ、けっこう小まめにね。趣味なんだろうな。
憑依した女の子のスマホでやるからゼンとは、わからないだろうけど――」
苦笑気味に語った。
カイトのスマホに、送り付けてくるらしい。
他の人に画面を見られたら、とんでもなく誤解されるであろう。
その後の報告があった。
一隻、沈没。三隻、半壊。残り二隻は、損傷もなく拿捕した。
モンゴル兵と抵抗した高麗兵は、「海の藻屑」となって消えた。投降した兵は虜囚となり、従順度に応じて労役に付されるという。
水夫としてのアヅミは、希望によって島に残るか故郷へ帰されることになった。ただし情報を伏せておくため、約一年は留まってもらう。すぐに反撃を準備させるわけにはいかなかったからだ。寄留商人たちにも、箝口令(口止め)を徹底させた。
数日後――。
フウカは日課となっていた朝の基礎訓練と神殿での学習を終え、フウランたちとくつろいでいた。
カイトからの伝令があった。「明日、迎えが来るので準備をしておきなさい」とのこと。
(――迎え?
あっ、竜宮城かぁ。
カメが、やってくるの? まさか――)
話としては聞いていたが、現実感がない。
「フウラン、竜宮城って知ってる?」
「大海竜王様の居城『海神の宮』のことですかね?」
ちょっと首を傾げてから、答えた。
「――たぶん……」
「そうでしたら、島々と大陸との間にあると伝えられています。
豊漁や航海の安全を願って私たちも祭儀をおこないますし、アヅミたちも日頃から祈りを捧げています」
「そこへ行くことはできるの?」
「――まさか!
……そう言えば、『浦嶋子伝説』というのは、ありました」
「そう、それそれ!」
「『万葉集』の高橋虫麻呂の長歌が、有名ですよね。
確か『海坂』を越えて『常世』にある『海神の宮』へ行った男の話を詠んだもの……。
浦島子って、あまり賢い男じゃないですよね」
「???」
「万葉集」の名前は学校で習ったので知っていたが、読んだことはないので理解できなかった。後で、カイトに尋ねようと思った。
「明日、その『海神の宮』という所へ行くらしいの。
準備のお手伝いを頼めるかしら?」
「えええっ――⁈」
その場に居た巫女たちの驚きの声が、一斉に上がった。