敵影現る「天気明朗なれど波高し」――一撃で決めよ!
これから戦闘場面で残酷な描写が、少し入ります。ご注意ください。
侍女の反応を見てフウカは、我が身を点検する。
「えっ、コレ、私?」
上腕が太い、肩が盛り上がっている。腹筋が割れている。両足の筋肉も、ムキムキだ。
慌てて寝台から降り、下着のまま姿見の前へ立つ。
鏡に映った身体は、マオのものだ。
筋肉が付いたといってもボディビルダーのようではない。女子体操選手の均整の取れた肢体である。
ホッとした。
衣服を持って、侍女たちが駆け寄ってくる。
そのまま「着せ替え人形」となった。
今日も練習があるので、簡略ながら戦闘服だ。
手伝う若い侍女の頬が、心なしか朱に染まっている。
(我ながら、見惚れちゃうもんね。
マオって、こんなにスタイルが良かったんだ)
改めて感心した。
支度が終わると、如意棒を取って前後左右に振ってみる。
「ブン、ブゥ―ン!」
スピードが、まるで違った。
風切り音が、凄まじい。
棒術の「型」は、身体が覚えている。基本動作を一通り演じてみた。
棒を床にトンと突き、宙に跳ぶ。旋回する。着地に合わせて打ち下ろす。
片膝を就き、水平に薙ぎ払う。
(決まった!)
自然と笑みがこぼれる。
「パチ、パチパチ!」
拍手が、鳴り響く。
侍女たちが顔を上気させ、見つめていた 。
「宝塚スター」にでもなった気分だ。
しかし、華やかな舞台は続かなかった。
幻のカラータイマーが、ピコピコと点滅する。
ウル○ラマンなら片手を差し上げ「シュワッ!」と叫んで飛び去るところだが、そういうわけにはいかない。
急に脱力し、床に座り込む。空気がシュッと抜けたみたいだった。
自分の手足を見ると、フウカのものに戻っていた。
侍女たちも、突然な変化に驚いたようだ。
(ドーピング効果が、切れちゃったのね)
ドッと疲れが、襲ってきた。
それでも、へたり込んでいるわけにはいかない。
「朝食の準備は、整っているのかしら?」
ゆっくりと立ち上がり、お嬢様風の言葉遣いで尋ねる。
「ハ、ハイ!」
ハッとした表情で答え、バタバタと動き出す。
朝食後は、訓練だ。
カイトは紺色のジャージ姿で、待っていた。ホイッスルを首から下げている。
「遅いぞ!」
腕組みをして、険しい顔で言い放つ。まるで部活の鬼コーチだ。
『ハイ! コーチ、すみません!』
――と反応しそうになったが、グッとこらえた。
(私が白の体操着にブルマを穿いていたら、昭和のスポ根ドラマだね)
心の中で苦笑した。むろんブルマなど、穿いたことはない。
「申し訳ありません」
軽く謝罪して、ペコッと頭を下げておく。
準備体操をしてから、まずはランニングだ。セオリー通りである。
海岸沿いの道を走る。しかし、舗装道路があるわけではないので、実際は障害物競走に近い。さらに坂道が多く、すぐに息が荒くなった。風光明媚な島だが、景色を楽しむ余裕など、まるでない。
「ピ、ピッ、ピ、ピッ!」
カイトの吹く笛の音が、後を追いかけてくる。
「勇者さまぁ――。
そろそろ休憩しませんか?」
「まだ、まだぁ――。
ピ、ピッ、ピ、ピッ!」
容赦がない。
(鬼畜だ!)
胸の内で、罵る。
次のメニューは、棒術の稽古である。
岬の広場で、型を学ぶ。
軍の師範から習う。カイトは別の用事があるとのことで、去っていった。
マオの霊体を呼び出せば難なくこなせるのだが、それでは意味がない。
今朝、寝室で演じた型をイメージして棒を振るが、とても同じようにはいかない。
自分の筋力のなさを痛感した。
実戦ではマオの力を借りることになるが、元の身体を少しでも鍛えておかないと、活性化の時間が、保てない。また、筋肉を傷めてしまう。少しでも、慣らしておかねばならない。
ようやく昼休みとなった。
芝生に寝転がり、呼吸を整える。
「風の姫様、どうかなされましたか?」
フウランの心配そうな声が、頭上から響いた。
お弁当を持ってきてくれたようだ。良い匂いがする。
「ううん、大丈夫。
ちょっと休んでいただけよ」
起き上がり、笑顔を作って答えた。
だが、へたばっていることは、バレバレであろう。
握り飯を手渡された。
疲れすぎていて食欲はないが、口に運ぶ。食べておかなければ、午後からの訓練に耐えられない。お茶で、腹へ流し込む。
――とは言いつつも、生姜の風味が効いた肉味噌の具がおいしいので、三個も食べてしまった。
「神殿の方の準備は、どんな具合かな?」
神女団も貴重な戦力として、働いてもらうという。
だが、そんなかたちで参加するかは、まだ聞かされていない。
「ええ、皆、修練に励んでおりまする。
今では、めったに行われない術ですので――。
風の姫様とともに働けるなど巫女として願ってもないことですから、間違えのないよう懸命に務めておりますので、ご安心のほどを――」
(修練?)
何をどのようにしているのか尋ねたかったが、問えなかった。「自分たちの神聖な導き手である『風の姫』なら当然、わかっているはず」という気配が、感じられたからだ。
(私、何にもわかっていないのに……)
柄でもない「姫」を演じるのは、気疲れがする。
そうこうしているうちに十日が過ぎた。
「敵船団が、まもなく瀬戸内から出航しそうです!」
敵情視察に赴いていたアヅミが、宮殿へ駈け込んで来た。
瀬戸内は、奄美大島本島と加計呂麻島の間にある海峡で、船団の集結には適していた。
徳之島まで、四〇キロくらいだ。
明日にでも、姿を見せるであろう。
すぐさま島の各地へ、伝令使が走った。
それぞれ準備は整っているはずだ。
宮殿でも、主だった幹部が参集した。
「乾坤一擲の時が、来た。
各々(おのおの)怠りなきよう準備せよ。
『蟻の一穴』が、堤を崩す。
心して取り掛かれ!」
王の激が飛んだ。
「乾坤一擲」とは、「のるかそるかの大勝負をすること」である。
総戦力で見たら、圧倒的に不利である。島に上陸されたら、まず勝ち目がない。勝機があるとすれば海上でしかないのだが、艦船の数だけでも完全に負けている。
そんな厳しい状況下にあっても、王の横に座するカイトは、余裕の表情を見せていた。落ち着いて茶を啜っている。
(――演技じゃないよね?)
並んで座っているフウカは、チラッと横に目を走らせて思った。
本番が迫って内心はドキドキしているが、笑顔を作っていた。自分の立場と役目は、心得ている。顔が引きつっていないかが、心配だった。
手筈を確認した後、すぐに会議は解散した。それぞれ持ち場へと赴く。
フウカは神殿、カイトはアヅミたちの集合場所へ向かった。
神殿内で、むせるほどの香が焚かれていた。
百数十名の巫女たちが鉢巻きを締めて白装束に身を固め、板敷の広間に詰めている。
上位の巫女たちに先導されてフウカが入場すると、一斉に額づいた。
「開戦の勅令が、下された!
明日、朝敵が島へ現れる。
我らも、先頭を切って出陣する」
巫女頭が、声を張り上げる。
フウカが、押されるようにして前へ出される。
(ええっと……、何も考えていないよ。
マオ、助けて!)
棒を片手に、瞑目する。
意識が、落ちた。
「……」
沈黙が、流れる。
トンと音を立てて棒が、突かれた。
俯いていたフウカが面を上げ、クワッと目を見開いた。
「我らは数百年来、天地の神々の意を受けて民草を守り、導いてきた。
その誇りと自信を忘れて
翼を大きく広げよ!
空高く舞え!
我に続け!」
凛とした声が、響き渡った。
棒が、高々と突き上げられる。
「ワァァァァ――――」
しばしの間をおいて、地を揺るがすような歓声が上がった。
「風の姫さまぁ!」
フウランたちも、我を忘れて叫んでいた。
その喧噪の中で、意識が戻った。
侍女たちがフウカを囲み、そっと場を離れた。
自室に入った。
(ふぁ―ー、何とかなったみたいね。
マオ、ありがとう!)
お腹をさすりながら、御礼を言った。
士気を鼓舞するのには、成功したらしい。
だが、巫女たちの以後の行動については、この時点になっても知らなかった。
(お神輿に乗っていれば、何とかなるんじゃない)
すべて周囲の流れに任せることにした。
当日の朝、フウカは港を見下ろせる高台に設けられた陣営で、幹部たちと共に椅子に腰かけていた。奥の最上席であった。
カイトやアヅミたちの姿はない。
弓を携えた兵士の一群が最前列で構えて、海上を睨んでいた。投石器や設置型の発射機「床子弩」もズラッと設置されている。だが、彼らが参戦しなければないような事態になったら、おそらく負けであろう。
その背後に神女団が居並び、祭壇を前にして祈りの態勢を取っていた。
鉢巻きに挿した白サギの羽と大内掛け(天の羽衣)の袖が、海風に揺れている。
高台の一同が見つめる先には、すでに敵船団の姿があった。
大型船は三・二・一の計六隻、「三段構え」である。最後尾が旗艦であろう。 その前には、十数艘の小舟が散開していた。弓、槍、刀剣を手にした三人の高麗兵、そして、四人の漕ぎ手がセットで乗船している。
王城前の港を正面攻撃するつもりのようだ。舐めた戦法ではではあるが、理にかなってはいた。切れ込んだ峡谷湾で、水深がある。だから、船を岸近くまで寄せられる。また、主要港であるため、大型船を着けられる桟橋もある。
一気に押し寄せて制圧するには、適した環境であった。
太陽は、やや傾き加減といったところか。
旗艦から烽火が、上がった。
先乗りの小舟が、動き出した。大型船も陣形を崩さず、後から押していく。
港を警戒しているようだった。しかし、人影は見当たらない。
戸惑っているのか、舟のスピードが落ちた。
「あれは、何だ!」
敵兵たちが船上から上空を見上げ、騒いでいた。
大型の凧のような飛行物体が、右方向から現れた。
その後からは、五〇羽ほどの白い鳥の群れが付いて来ている。
旗艦の真上まで来ると、両脚でつかんでいたものを次々と落としていった。
小さな素焼きの壺だった。甲板や兵士の兜に当たって割れた。液体が、飛び散る。
「何だ、これは?」
一人のモンゴル兵が、身体に掛かった液体を手に取る。ヌルヌルしている。臭い!
「油だ!」
そう叫んだと同時に衣服が、燃え上がった。
火種(火縄か?)も、壺に付いていたらしい。
「ギャァ――」
火を消そうと、甲板を転げまわる。
だが、その努力は無駄であった。あちらこちらで、火の手が上がっていたからだ。
屋形の上に人影が、ゆっくりと舞い降りた。
それを、視線に捉えた兵がいた。
逆光のせいもあって、よく見定められない。
小柄な少女のようにも見えた。
棒を片手にしているようだ。
(まさか?)
目を疑った。
ヒラリと、甲板に降り立った。
次の瞬間――。
「ブゥン!」
その兵は唸りを上げて回転する棒で足を一撃され、海の中へ転落していった。
先行していた船の乗員は皆、旗艦から炎が上がっているのを目撃した。
「ドン、ドォ――ン」
前列の大型船が、左右に大きく揺れた。
船底に重量物が、衝突したようだ。それも、一つだけではない。続けざまにぶつかってくる。甲板が、大きく傾く。とても立っていられない。
「カッ、カッ、カッ!」
木柵に何かが、掛けられた。
三本指、鉄の鈎爪だ。
舷側から猿のような生き物が飛び上がり、乗り込んでくる。
「ウグッ!」
モンゴル兵の喉が掻き切られ、鮮血が噴き出す。