南島の小王国「トカム」へ――初のタイムトリップ
洞窟を出ると、一挙に眩しい太陽光が、全身を包んだ。
少し離れた浜に、人々の影が見える。
歩みを進めて、近づく。
最前列には、中国の時代劇ドラマで見られるような大きく開いてヒラヒラとした袖口の上衣、足首が隠れるほど長いプリッツスカートに似た下裳、さらに薄絹の打掛を羽織った、いずれも色鮮やかな衣装を身に付け、髪を高く結い上げて花櫛や玉で飾った女性が前列に五人、白装束の女たちが後列に十数人居並んでいた。
その背後には、黒い忍者服のような衣装の男女が、槍や刀を手にして立っている。
(これって映画の撮影じゃないよね。
……ホントに『来ちゃった』んだ)
フウカはドギマギしながら、思いを深くした。
九月中旬の中部国際空港から鹿児島経由で徳之島へ渡り、いきなり亜熱帯気候の洗礼を受けた。時刻は、昼過ぎ――。
これまで沖縄はもちろん、ハワイやグアムといった海外へも行ったことがない。
(秋になって涼しくなったのに、また夏に逆戻りだ……)
島の飛行場へ降り立ったフウカは、少しゲンナリした。
だが、コンクリ―トの建物や道路の輻射熱による「煎られるような暑さ」ではなかった。絶え間なく吹き寄せる海風が、肌を癒してくれている。
すぐに迎えの車に乗って、カイトの父親の実家へ向かった。
到着して島の観光巡りをする余裕もなく、「跳ぶ」準備に入った。
出発は、翌日の早朝とのことだった。
カイトに指示されるまま着替えや日用品などを選び、リュックに詰めた。
その日は、疲れもあって早く床に就いた。
鶏の声で、目を覚ます。
窓の外を見ると、カイトが庭で荷物を点検していた。
フウカのグライダーセットと、キャリーケースが一つ置いてあった。車輪が大きい。
「起きたかい。
おはよう!」
爽やかな笑顔で、声を掛けてきた。
着替えを済ます。
陽が昇ったばかりだが朝食を摂り、玄関を出た。
チューリップハットを被り、足首を括られる厚底スポーツサンダルを履いている。夏用の長袖Tシャツ、ワイドパンツスーツの上下も含めて白色。上着の裾が、ハーフコートくらいある。これも、カイトの注文だ。
白のベルトに例の懐剣を挿した。
(汚れやすいのに……)
フウカは、ちょっと不満だった。
カイトの服装は、紺色の作務衣風スタイルである。黒の帯を締め、黒足袋に麻縄を編んだ草鞋を履いていた。上にまとっているのは濃紺の錦織、陣羽織(?)だ。
額には、紫の生地に金糸の唐草模様、正方形の「竜の彫金」プレートが付いた頭帯を締め、首には、勾玉のペンダントが下がっている、
「えっ、なんて格好をしているの?」
その「忍者の頭領」みたいな服装にビックリして、声を上げた。
「ハハッ、これも演出でね――」
苦笑いを浮かべながら答えた。
二人の服装の理由は、後でわかった。
庭先から白い着物、鉢巻をして鳥の羽を挿したおばあさんが入って来た。
立ち止まってフウカに向かい、深々とお辞儀をする。
「ウガミンショウレ(ご挨拶申し上げます)」
手を合わせ、島の方言で述べた。
「僕の父の母方のおばあさんだよ」
訳が分からずキョトンとしていると、カイトが紹介した。
「集落の巫女の家系なんだ」
陽に焼けて深く皺が刻まれた顔に、笑みが浮かんでいる。
だが、少し切なそうな感じの表情だ。
「とうとう、この日がやってきてしまったな。
カイト、手抜かりなく使命を果たしてくるんだよ」
今度は標準語で、語り掛けた。
父親の伯母さんに当たる人だ。
「これを首に懸けておいてくだされ」
フウカは、青い小玉の他、貝や銀の加工品などが連なった首飾りを手渡された。
カイトは見送りに来た親族に対して、出立の挨拶をした。
集落は、海岸を見下ろす高台に在った。
坂道を下り、谷になっている小さな川に降り立った。
水がチョロチョロ流れ出している洞窟の前で足を止めた。
荷物を運んでくれた友人たちに、別れを告げる。
「これが『ゲート』なんだ。前山洞と言う」
この洞窟については、前の「旅」の話をしたときに伝えてある。
「――あの不思議な洞窟……」
フウカは、つぶやきながら身震いをする。
リュックを背負い直し、梱包されたグライダーセットの両端を二人で持ち上げる。重量は付属品含めて、約三五キロくらいだ。さほど重くはない。
カイトはヘッドランプを付け、踏み込んだ。キャリーケースも、片手で曳いている。
慎重に歩みを進めていく。
しばらくすると、靄がかかるようになった。
それでもカイトは、迷わす足を運んでいく。
突然、微細な塵のような光に包まれた。
「キャッ――!」
場面が、クルッと反転した。回り舞台に乗っているようだった。
「大丈夫だ。落ち着いて――」
カイトの声が、聴こえた。
「このまま進むよ」
オドオドしながら、曳かれるまま歩いていった。
先に、光の射し込みが見えた。
(出口だ!)
肩の力が、抜けた。安堵感が、身体を満たす。
待っていたらしい人々が、一斉に膝を突いた。
貴婦人たちは立ち膝の姿勢で、両掌を胸元で水平に重ね、頭を下げた。
背後の女たち、兵士たちは跪拝し、額を砂地に着けた。
前列の脇に控えていた中年女性が、立ち膝のまま進み出てきた。
女官長なのだろうか。
「お待ち申し上げておりました。
尊き御方の御降臨を得ましたこと、身共にとりまして光栄の至りでござりまする」
顔を伏したまま、言上する。
「面を上げよ」
カイトが、重重しい口調で言った。
人々が、身体を起す。
「我らは、沖縄の初代女王の要請に応じて、この地に降り立った。
三百余年の時は経ても『トカム』は、我にとって懐かしき地。
皆の者に会えて嬉しく思う」
真面目な顔で、時代劇のようなセリフを吐いた。
フウカは思わす噴き出しそうになったが我慢して、澄ました顔を保っていた。
(何だ、これは――。
私たち、お殿様とお姫様か? それとも神様?)