時空を超え、妖異に奪われた聖剣を探せ!
「……」
方法は、知っている。何度も経験したからだ。
「そこで、何を?」
「インドネシアからやってくる火竜が『オロチの巣』とぶつかるのを、阻止して欲しい。
そのためには威力ある『竜蛇の剣』が、必要だ。しかし、熱田神宮のものは動かせない。
なぜなら、当所を鎮護し『国土を繋ぎ留めている楔』だからだ」
「何、それ?」
「その説明は、後でおこなう」
「……了解」
「幸いなことに別の聖剣が、ある。
君もよく知っているやつだ」
「――あっ、わかった。
『壇ノ浦の戦い』で、安徳天皇と共に海へ沈んだやつかな?」
「正解――。
それを、手に入れて欲しい」
「でも、一説によると、海竜王の臣下が回収して竜宮城へ運び、そこで保管されていることになっているけど?」
「そう、事実だ。
ボクの父の宮殿で、預かっていた。
しかし、……」
珍しくゼンが、言い淀んだ。
「失くしたのなら僕らが行くより、ゼンたちが探した方が、合理的じゃないの?」
「……できないというか、やりにくい事情があるんだ」
顔を曇らせる。
「……?」
「盗み出されたんだよ……犯人はわかっている。
『平家蟹』たちだ。
父が、兵を率いて見回りに出ている隙にね」
「平家ガニって、あの――?
リアルな生物としてのやつは、小さいぞ。
集団でも、刀なんか運べないと思うけどな」
船戦で源氏方に破れ、海に沈んだ平家方の貴族や武士たちの怨霊が、カニの姿で群れを成し、海底をさまよい歩いているという伝説を持つ。
甲羅が、怒った人の顔に見える。
四角形に近く、平均サイズは縦横とも二センチくらいである。二、三十メートルくらいの深さの海底に棲む。
「むろん霊界に棲むやつらだから、人間の顔サイズもいる。
脚を入れたら、横幅一メートル以上ある。
運ぶだけなら、三匹で十分だ」
大小のカニが宝物庫へ忍び込み、そっと持ち去ったらしい。
「――なるほど。
でも、油断し過ぎじゃないか。
竜宮城って、タイやヒラメが舞い踊っているだけなのか?」
「……面目ない。
普段から、いろんな生き物が出入りしているんで、目に留まらなかったらしい」
カイトのイジりに反発することもなく、しょげた様子を見せていた。
ゼンは、ほとんど陸上で暮らしているので仕方がないのかもしれない。だが、竜王の娘としての責任を感じているのだろう。
「どうして捕まえて、退治することができないんだ?」
兵士が戻ってくれば、簡単にできるはずだ。
「相手が、怨霊であっても『天皇の血を引く者』の眷属たちだからだ。主は、本来の『聖剣』の持ち主でもある。
竜宮城は、拾って預かっていただけだ。
また、王権をめぐる人間世界の争いごとに、巻き込まれたくないというのもある」
竜王も、カミである。理由なく一方の味方に付くことは、避けなくてはならない。
「わかった。やってみるよ」
「助かる。
まずは、父の宮殿、竜宮城へ来て欲しい」
「うん。……でも、フウカさんへの説明が、難しいな」
思案が、つかなかった。
(竜宮城へ行くなんて言ったら、呆れられるだろう)
真顔で言っても、冗談だとしか受け取ってくれないに決まっている。
「せっかくだから、カメを迎えに寄越すよ。
浦島太郎の気分が味わえるぞ」
悩むカイトを他所に、ニヤニヤしながら言う。
(さっきの仕返しなのか?)
ゼンを軽く睨む。
「竜宮城では、美しい乙姫様が出迎えてくれるのかい?」
「ああ、大歓迎さ。
ボクが顔に、紅や白粉を塗りたくって出迎える。
ご希望なら、ゴスロリかメイド服を着てやってもよいぞ」
「はぁ――?」
たぶんカイトの顔に「何をバカなことを言っているんだ」と書いてあったのだろう。
「だって、ボク、乙姫なんだもん」
口を尖らせ頬をプーッと膨らませ、ちょっと怒った口調で言った。
「ゼンが、乙姫――?」
そう言い掛かって、ハッとした。
(――ゼンは大海竜王の三女だったよな。
だったら確かに……)
思い出した!
江戸時代以前は、女性の真名を人に告げることはなかった。
その代わりにニックネームや兄弟・姉妹関係で呼ばれたり、名乗ったりした。
姉を「大姫」、妹を「乙姫」と言った。
「どうやら、分かったようだね」
エヘヘッと、勝ち誇ったように笑う。
「だったら、あの物語の乙姫は……?」
「ああ、ボクだよ。
ある時、かわいがっていた仔亀が、迷って浜に上がってしまってね。
人間の子どもたちにイジメられているところを、タロウって青年に助けられたんだ。
それで、ちょっとお礼をしたわけさ」
「――あれは、ホントの話だったんだ」
「そうだよ。
でも、ちょっと失敗してしまったな。
ボクらの世界と現世では、時間の流れが異なる。それを、忘れていた。
タロウには、迷惑をかけてしまった。まあ、結果オーライだったけどね」
ゼンは、つい先ごろの出来事のように話した。
カイトは、あらためて異世界のカミであることを実感した。
「ところで、さっきの話だけど、何か案はある?」
「あるよ。
そうだろうと思って、こいつを連れてきた」
ゼンは帆布製のトートバッグから、ヌイグルミのようなものを取り出した。
「あっ! これは――」
一目見た瞬間、カイトの顔に喜色があふれた。
黒っぽい野ウサギ、正確に言うと「アマミノクロウサギ」だ。
奄美大島と徳之島にしか生息しない特別天然記念物である。
テーブルの上に座った姿勢で置かれた、体長一七センチほどの仔ウサギ――。
耳が小さく、手足も短い。
首に赤いリボンが、結んである。
少女が持ち歩いていても、おかしくはないものだ。
カイトは身を乗り出して、ジッと見つめた。
すると――。
ウサギの目が、カイトに向かってギョロッと動いた。
「――お久しぶりでござる。
息災であられたか?」
高いアニメ声で、語り掛けてきた。
頭の中へ、直接に……である。
「ああ、元気だよ。
クンダル、また会えてうれしいよ」
周囲の目を気にして、ささやくように答えた。