時を超えて鎌倉時代へ?――火竜を防がなければ
姫が言った『炎の竜神様』と『日本国の危機』に関してですが、心当たりがあります」
「鎌倉の地震のことじゃないの?」
「いいえ、それは、もう起こってしまったことですので、元に戻せません。
姫が恐れているのは、日本全体が再起不能になるくらいの厄災でしょう。
考えられるのは、『破局噴火』です」
カイトは「破局噴火」のもたらす甚大な被害についてと、日本での事例が「鬼界カルデラ噴火」であることを説明した。
(――やはりそうか……)
話を聴きながら、滝子は思った。
「次に思い当たったのは、一二五七年にインドネシアのロンボク島にある『リンジャニ山』の破局的な大噴火です。過去三七〇〇年間で、最大規模だったとされています。
この翌年、中世ヨーロッパでは記録的な冷夏となり、長雨と洪水で農作物に多大な被害が出たようです。
むろん近場の日本に、影響がなかったはずもありません。
やはり冷夏となり、長雨が続いて暴風雨にも襲われ、全国的にダメージを受けました。
よって、冬から翌春にかけて大飢饉が発生しました。
餓死者が道端に転がり、その屍肉を食べる者もいたというような状態になったんですよ」
カイトはスマホを片手に、資料を検索しながら語った。
「『炎の竜神様』というのは――?」
「『熱移動説』で言う『熱の塊』じゃないかと思います」
カイトは「熱移動説」と、噴火や地震との関係について解説した。
リンジャニ山の破局噴火の原因の一つは、「溜まっていた溶岩ドームに対して『熱の塊』が、刺激を与えたためではないか」という自分の考えを述べた。
「……」
滝子は、源造が「ユメ」で見たという「火竜」が、これに当たるのではないかと思った。
「でも、実際は『鬼界カルデラ』に接触しなかったんでしょ?」
「はい、『私たちの生きている世界』の歴史では……。
もし、衝突して破局噴火が起こっていたら、私たちは今、存在もしなかったでしょうね」
「じゃあ、姫の懸念は避けられたというわけだね」
滝子は、胸をなぜおろした。
フウカが、関与する必要はないのだ。
「いや、そうでもないでしょう……。
『現時点で、何かしなければならない』からこそ、過去からメッセージが届いたのではないでしょうか?」
「どういうこと?」
「つまりフウカさんが、何らかのかたちで問題解決に関わったからこそ、起こらなかったとも考えられます」
「フウカが関わらなければ――?」
「『いま現在の世界』は消滅……というか現れなかったでしょう」
「……?」
「『時間軸』というのは、『無限に近いほどの可能性を示す無数のラインの束なんです。
滝子さんと僕が知り合い、こうして話している時間軸の隣には、『知り合わなかった』というラインがあるかもしれません。
私たちが体験している世界は、『選択された一本のタイムライン』なんですよ。
姫の生きている時空も、同じラインに乗っている……。
もし姫の時代で日本が壊滅状態になったらタイムラインの後方にいる私たちは、存在すらしなくなってしまうんです。
まぁ、それでもいいんですけどね。私たちは文字通り『痛くも、かゆくもない』、ポッと消えてしまうだけですから――」
カイトは、サラッと言った。
(これまでフウカと暮らしてきた時間が、消えてしまうんだ。
それは、イヤだ!)
滝子は、唇を噛み締める。
一方、話しているカイトも、不思議な気持ちになっていた。
(何で僕、こんなことを言っているんだ?)
知識としては知っていたが、とうとうと他人に語るようなことではない。
第一、フウカさんが問題と関わるためには、時空を超えなくてはならない。
(タイムトリップ?)
あまりにも、突拍子もない考えだった。
だが、なぜか身体は「できる」と言っていた。
「フウカに『過去へ、跳べ!』と言いたいの?
できるの?」
「……いや、それは……、すみません」
言葉鋭く滝子に問い詰められ、口ごもってしまった。
「――できるわけないよね。SF小説じゃあるまいし――。
つい真剣に考えてしまったわ」
不機嫌そうな口調になった。
「……」
カイトは、後悔した。
理屈としては正しくても、解決につながらないのでは意味がない。
気まずい空気が流れた。
「私、行ってもいいよ」
フウカが、口を開いた。
「えっ、何を言っているのよ⁈」
滝子は、驚いた。
同じ年頃の女の子たちが夢見がちなことを語り合っていても、独りシラッとしているフウカであった。リアリストである。「まさか――?」と思った。
「私の御先祖様かもしれない女の子が、とても困っている。
見過ごすわけには、いかないよ」
「だからといって、どうやって助けに行くの?」
「福沢さんの話を聴いていて思ったの。
もし私が行ったことで今の世界が保てるなら、やってもいいかなって――。
それに福沢さんが言った通り、私たちが、ここにいるということは、何らかの手段があって、何かやって成功したからじゃないのかな」
「気持ちはわかるけど、あまりにも現実離れしている」
「――私、これからもママと一緒に、ずっと過ごしたいの……」
滝子の顔を見る。
「……」
返す言葉が、なかった。
自分も同じ思いだからだ。
しょぼくれているカイトへ目をやった。
「『確かにそうだよな』と、思いました。
また、非現実的であることもわかりますが、さきほどから常識外のことが続いています。
僕も、頭では『できるわけない』と考えているのですが、身体は『できる』と言っているんです。
それが何であるか、少し探ってみたいと思っています」
少し気を取り直したようで、言葉に力がこもっていた。
(……まぁ、私も千竈家の人間、御剣様やフウカの空中浮遊など、ありえないはずのことを見てきた。また源太夫様にお尋ねしてみよう)
滝子は、気持ちを落ち着かせた。
「さぁ、用事も済んだし、帰りましょうか?」
フウカとカイトに、声を掛けた。