神器「クサナギの剣」は、何本もある?
「うん。
いろいろあるんだ」
カイトは、日本史を専攻するつもりだった。
テーマは、「剣」である。
中学・高校では剣道部に所属していた。
中学から高校一年までは適当にやっていた感じだったが、二年の春から急に身を入れて取り組み始めた。自分でも、理由はわからない。
毎朝・晩、素振りを欠かさないようになった。大学生になったからも、続けている。ただし部活には入っていない。
それまで親しんできたのは「刀」であったが、「剣」に対して関心が向くようになった。
片刃の「刀」と両刃の「剣」では作りだけでなく歴史や使用方法も、かなり異なる。
日本では後世、「刀」が主流となったが、古代においては「剣」も使われていた。
熱田神宮に祀られているのも「剣」である。「三種の神器」も当然、「剣」だ。
「それに、前から不思議に思っていることがあるんだ。
高校の日本史の時間に『三種の神器の剣』は、『平家滅亡のとき、幼い安徳天皇と一緒に海へ沈んだ』と習ったけど、なぜ現存するんだ?
それに熱田神宮だけでなく、皇居にもある。
どちらか、もしくは両方ともレプリカ、模造品なのか?」
ユウヤが、尋ねた。
カイトが日本史を学び、「剣」に関心を持っていることを知っていたからだ。
「うん。
それには、理由がある」
カイトは、神宮の外にある喫茶店へ誘った。
暑くて立ち話は、やっていられない。
「まったく暑くてかなわないな。
子どもの頃は、ここまで暑くなかったような気がする」
ユウヤが、冷たいおしぼりで顔を拭きながら言った。
「エアコンがある生活が、当たり前になったからかもしれないぜ」
「それもあるかもな」
二人は、アイスコーヒーを注文した。
「『クサナギの剣』の話だけど確認されているのは二口で、海の中に一口ある。
いずれも本物だ」
「何で?」
「剣は形代で、天照大神の神霊が依り付いたものとされているからだよ」
「形代って?」
「『神霊が、降臨するもの』と言ったらいいのかな。
注連縄が巻いてある神社の御神木みたいなものだ。
つまりカミの力が宿ってさえいれば、剣は何口あってもいいんだよ」
「けっこうテキトウなんだな」
「そうでもないさ。
剣自体は、どんな名剣であっても、単なる金属製品でしかない。
どのように見られ扱われてきたかで、『聖なる剣』となるかどうかが決まる。
つまり歴史的な経緯と環境が、とても大切なんだ」
「歴史的な経緯って?」
「日本神話で語られている由来と、どのように祀られてきたかだ」
「環境って?」
「皇室で継承されている剣と、熱田神宮で祀られている剣では、意味合いが少し違う」
「同じ名前の剣なのに?」
「正確に言うと皇室で神器とされている剣は、本来の『天叢雲剣』と呼ばれるのがふさわしい。
名前の由来は、『ヤマタノオロチの頭上には、常に雲がかかっていた』からだというんだ。
昔から『竜は、黒雲を伴っている』ことになっていているんだ。黒雲があれば、そこに竜が潜んでいると考えていたらしいよ」
「待てよ。オロチは蛇だろ?」
「倭人というか日本人は、蛇と竜の区別をつけていなかったんだ。
僕の父の故郷では、『蛇は、数百年たつと、竜巻を起して天へ昇る』と言い伝えていた。
中世の絵画では、手足がない竜も多いよ。
だから、なるべく『竜蛇』と言うことにしている」
「なるほどな。
アメノムラクモの剣は、『ヤマタノオロチの剣、竜蛇の剣』というわけだ」
「それに最も大事なことは、天照大神から天孫降臨の際、『天皇の標』として瓊瓊杵尊へ与えられたからだ」