南海の空を舞う少女――眼下にモンゴル帝国と高麗の軍船が!
平凡な高校生活を送る文系少女が、現代に蘇った「ヤマタノオロチ」と闘う話です。
よくあるストーリーの小説と思われるかもしれませんが、細部にこだわっています。
【こだわり①】「歴史ミステリー小説」として史実を基に展開
ローファンタジー小説なのですが、かなりの部分を歴史的事実にそって書いています。
とくに愛知県の名古屋市を含む尾張地方と、鹿児島県南部の薩摩半島や奄美群島が舞台となっており、その二つの地域を結ぶ氏族「千竈氏」、そして、神剣「クサナギの剣」を祀る「熱田神宮」の謎について深く論究しています。
《東海地方の千竈氏が、鎌倉時代に南海の島々を支配》
千竈氏は名古屋市に「千竈通」の名を残していますが、その足跡は、よくわかっていません。尾張地方で古代から続く有力氏族なのですが、地元から姿を消しているようです。
鎌倉時代には北条氏の家人「御内人」として重く用いられ、関東と東海地方を結ぶ海運ルートを握っていました。また、製塩業などで、富を蓄えていたと思われます。
研究者には「海の武士団」、「黒潮の武士団」、「境界の武士団」といった特異な名前で呼ばれています。
東海地方の氏族なのに、なぜか薩摩(鹿児島県)の郡代などの肩書で派遣され、地域の管理を任されたのです。奄美群島は一時期、千竈氏の「私領」(個人的な領地)となっていました。
《熱田神宮に「三種の神器」の剣が祀られている理由》
次に「熱田神宮」ですが全国的に知られた神社にもかかわらず、数々の謎を秘めています。とくに「三種の神器」の一つであり、天皇にとっては、その権威の象徴ともいうべき「クサナギの剣」が「なぜ熱田の杜に祀られているのか」ということが、わかっていません。また、誰も見たことがないとされる「剣の由来と正体は何か」ということも、深く掘り下げています。
なお、境内に千竈氏に由来すると思われる「上知我麻神社」と「下知我麻神社」が存在している理由についても考察しています。
――以上、点と点を結んで新事実を探る「歴史ミステリー小説」として、好きな人には楽しんでいただけるはずです。
【こだわり②】「パニック小説」として大地震や火山噴火を告知
政府の「地震調査委員会」が令和二年一月、「南海トラフ地震」の発生予測を公表しました。三十年以内には確実に起こるとのことです。マグネチュードは、「九・一」と推定。
被害による経済的損失は、総額二百二十兆三千億円。年間国家予算の約二倍以上――。
この他、地球規模で環境に影響を及ぼす火山の「破局噴火」についても論じています。
懸念されているのは七千三百年前に大噴火を起し、当時の西日本における縄文人と文化を壊滅させた鹿児島県の「鬼界巨大海底カルデラ火山」です。
このように専門家の間で危機が間近に迫っていることが論じられているにも関わらず、世間では危機感が薄いようです。(週刊誌ネタとしては、よく取り上げられますが……)
その原因は、おそらく最近話題の「正常性バイアス」でしょう。
これは、人が無用なパニックに陥るのを防ぐという役割があるのですが、身を護るのに必要な危機感をも薄めてしまう恐れがあります。
そうした状況に警鐘を鳴らすべく大規模地震や破局的な火山噴火について各種のデータに基づき、その可能性について詳細に語っています。
一種の予防的「パニック小説」といったら、よいのでしょうか。
【こだわり③】「ファンタジー小説」として時空を超えた「旅」を
「お下げ髪」で眼鏡を掛け、図書館で本を読むのが好きな文系少女「フウカ」が、ご先祖様の少女から助けを求められ、不思議な青年「カイト」と共に「鎌倉時代」へタイムリープ。
まずは「クサナギの剣」を探すため、十三世紀の東シナ海を航海したり、海上の空をハンググライダーで飛行したりします。
また、カメに乗って竜宮城へ行き、クジラや巨大なマンタ(イトマキエイ)、またはイルカたちと仲良くなります。そして、協力して妖魔を退散させ、奪われた剣を取り戻します。
「剣姫」として完全に覚醒し、戦士らしく姿かたちを変えたフウカは、「竜蛇の剣」を携え、インドネシアから来襲する「火竜」を迎え、必死の防衛戦を展開します。
さらに、その過程で「モンゴル・高麗軍による島への襲来を撃退」、「東シナ海を荒らしまわる海賊」と「黒潮の武士団=千竈氏の一統との戦い」など、船団同士の激突シーンや船上での闘いなども描かれます。
クライマックスは、再び現代へ戻ったフウカが、間近に迫った火山の「破局噴火」を防ぐため、覚めつつある「ヤマタノオロチ」と闘う話となります。犬頭の白き竜「ファル」に騎乗して神剣を振るい、激闘を繰り広げます。
――前作『荒海越えて針路は南!』の続編ですが、単独でも楽しんでいただけます。
一二五八年三月初旬、鎌倉時代中期――。
ここは、鹿児島県の奄美群島にある徳之島。
黒々とした岩礁は、浅緑色の磯海苔に覆われ、昇ったばかりの朝陽に輝いている。
王城近くにある高台は、緩やかに傾斜をなしている広い芝地となっていた。
白い上衣と下裳で身を包み、薄衣の大打掛(南西諸島の神女たちは、『天の羽衣』と呼ぶ)をはおった女たちが三十数名ほど座して居並ぶ。
頭には紫の頭帯を巻き、白鷺の羽(奄美では、『風直り』と呼ばれていた)を挿している。
目の前には海に向かって設けられた簡素な祭壇、幣の付いた椎の木がある。
巫女たちは両手の指を組み、身体を軽く左右に揺らしながら、神呪を唱えている。
「時刻が、来たな」
腰に手を当て、祭壇の前に立って海の彼方を見つめていた少女が、つぶやくように言った。
身長は一五〇センチ台半ばくらい、髪は艶やかな黒で、ボーイッシュなショートカット。
眉毛は翼の広がりのよう、その下で見開かれた瞳は、強い意志の光を発していた。
錦織で金糸の細かい模様が入った赤い頭帯、やはり羽が挿してある。
前髪が少し、頭帯の上に掛かっている。
服装は、薄茶色の上衣と膝上の短い袴、革ベルトを巻いている。
その上から動きやすさを優先したチョッキ風の革鎧と垂れを装着、麻紐を編んだ草鞋、鉄鋲を打った脛当て、膝当て、肘当て――といった戦装束で身を固めていた。
長さ八〇センチ弱の金属製の「如意棒」を、斜めに背負っている。
「風華、見えるか?」
横から声が掛かった。若い男のようだ。
「ああ、よく見える。
水平線近くに並んでいる。
大きいのが六隻――」
フウカと呼ばれた少女が、答える。
視力は、良いようだ。船までの距離から考えて、「二・〇」を超えているだろう。
船団は縦列で向かってきている。
形状から見て、おそらく朝鮮半島の国「高麗」で造られた船だ。
高麗は王建によって建国され、半島の全域を支配していた。
しかし、一二三一年からモンゴルの侵攻を受け、国土は蹂躙され多くの民衆が惨殺、または奴隷とされた。朝廷は都を江華島へ移し抵抗したが一二五九年、力尽きて投降した。
世界制覇をもくろむモンゴル軍は高麗を実質的に支配下に置いた後、さらなる東進をめざした。
フビライによる第一次「元寇」は、一二七四年「文永の役」となっている。しかし、日本侵攻の方針は以前からあり、高麗制覇の目途が立った時点から準備が始まっていたと思われる。まずは、侵攻ルートの検討から始めたであろう。
朝鮮半島から日本へ攻め入るには、まず手近な対馬を制圧し、次いで壱岐といった具合に玄界灘の島伝いに進み、北九州へ上陸するのが確実な方法であった。現に「元寇」では、この経路をたどっている。
しかし、海外交流の表玄関である博多湾沿岸は「白村江の戦い」 (六六三年)に敗れた後、それなりの防備体制が築かれていた。
「大宰府」を核として「水城」が築かれ、「防人」たちを配置し、対馬と壱岐島などに烽火台を設け、侵略に備えていたのである。
しかし、十世紀には危機感も薄れて防備体制も有名無実のものとなり、ついには「元寇」を許してしまう。だか、当時における海外の認識としては「正面突破にはリスクが伴う」という認識が、まだ残っていた。
高麗制覇を確実なものとした元軍は、選択肢の一つとして「裏玄関」からの侵攻も、考えていた。当時の「裏玄関」は、薩摩半島の「坊津」である。
九州本土の南端にあり、遣唐使の寄港地としても知られている。遣唐使船の南島ルートは、南西諸島をたどって大陸との間を往復するものだ。
当時の奄美や琉球は、いちおう日本国の領域内とされていたが、中央政府の無関心により「無法地帯」となっていた。
島々は、東シナ海を舞台に交易をおこなう商団や海賊の拠点となり、そうした小集団が覇権を競ったり互いに協力し合っていたりしていた。
中国大陸や朝鮮半島の出身者も少なからずいたようだが、居留民の大半は北九州沿岸地域を出自とする「アヅミ(安曇)」であったと思われる。
「アヅミ」とは、「海に潜る者」という意味からきた呼称とされる。
海浜を住処とし半農半漁の生活を営みながら、潮流や風向きなどの豊富な「海の知識」を生かして海上輸送にも深く関わり、ときには戦闘集団としても、存在感を示していた。
そうした小集団の中から交易で富や武力を蓄えて拠点周辺を支配し、「国」を名乗る者たちも出てきた。
徳之島に拠点を構える「トク(徳)」も、その一つであった。
島に点在する居留民のムラをまとめ上げ、統治及び対外的な交渉担当者として王を推戴し、小規模ながら国家としての体裁を整えていた。
「トク」は商団から出発しているので南島路における「中継ぎ貿易」が、経済の基軸であった。よって、それなりの数の船舶を運用し、「航海の安全」を祈念するための神女集団を抱えていた。
そうした徳之島に「元」の侵攻軍が、目を付けた。軍勢を整え、一斉に九州本土を襲うための補給基地としてである。島は造船や補修に欠かせない森林資源が豊富で、また他の島よりは耕作地も多く、食糧の調達も容易だと考えたようだ。
こうした情報は、十一世紀から徳之島に移り住んでいた高麗の陶工集団に潜り込ませた間諜(スパイ)から得ていた。
また、南島路を断ち、大陸での敵対国である「南宋」と日本が手を結ぶことを阻止する目的もあった。
「風、ヨシ!」
少女は人差し指をペロッと舐めてから、宙に掲げる。
風向きを確かめる行為だ。
だか、フウカには本来、無用の業であった。そんなことをしなくても、全身で風の微細な動きを感じ取ることができる。単なる茶目っ気であろう。
「先に行くよ」
誰ともなしに声を掛ける。
次いで、片手を高く上げた。
すると、背後に置かれていた上三分の二が白、残りの下部が赤で彩られた翼のようなものがフワッと浮き上がり、頭上に移動してきた。「ハンググライダー」であった。縦幅の広いブーメランのような形をしている。
片膝を突き、身を伏せる。翼が降下し、その上を覆う。
ハーネス(翼と身体をつなぐ袋状の器具)を装着し、翼とリンクさせる。
金属楽器、トライアングルのような操舵器具の中に上半身を入れ、両手で器具の両側を握り、肩で翼を持ち上げた。
大きく描かれた横文字が、後ろで控える巫女たちの目に入った。むろん理解はできない。
上の白い部分に「FALCON (ファルコン)」と書かれている。猛禽類の鳥、タカの一種「隼」のことだ。
海に向かって、緩やかな傾斜を数歩走る。
吹き上げる風が翼の布をふくらませ、フウカの身体を空中へと引き揚げた。
岬を離れ、海上へ出た。
上昇気流に乗り、一気に蒼穹の空へと舞いあがった。
胸いっぱいに大気を吸い込み、高度を上げる。
「バタ、バタ、バタッーー」
鳥の群れが、飛び立つ音。
ゆっくりと旋回し、岬の芝地を眺める。
大柄な白鷺たちが、上がってきた。
巫女たちの姿が、見えない。男も、姿を消していた。
島の中央にそびえる井之川岳の全体像が、眺望できる。
「隊列を整えよ!」
フウカが、声を張り上げた。
再び機首を沖に向け、身体を水平に保つ。
シラサギの一群が、後に続く。
フウカは、眼下に目を遣った。
コバルトブルーの海面近くを何かの群れが移動していた。
やはり沖をめざしているようだ。
「『飛丸』たちか」
独り言のようにつぶやく。
マンタ(オニイトマキエイ)であった。
先頭には、ひときわ大きなエイが在り、集団を導いていた。
マンタは亜熱帯から熱帯にかけて生息する大型エイで、横幅は最大九メートル、体重三トンにも達する。全体としては横長の菱形で、長い尾を有する。毒針は、ない。頭部に胸ビレが変化した二対のヘラ状突起があるのが特徴だ。
普段は海水面のすぐ下あたりを遊泳していて、大きな口でプランクトンを海水ごと吸い込み、濾過して餌としている。
性格は温厚で、人にも警戒心を示さない。脳も魚類の中では最も発達していて、大型哺乳類並みの知能を持つとされる。
沿岸では集団で行動することがあり、ときどき海面上に飛び出しては紙飛行機のように数メートルも滑空する。
フウカは、リーダーらしき巨大なマンタの上に人影を認めた。
菱形の体躯から少し突き出た頭部に革紐を掛け、手綱としていた。
若い男だ。身を伏せ、マンタの背に密着している。
『カイトぉぉぉ!』
心の中で、呼び掛ける。
黒Tシャツの上に袖なしの黒革鎧をまとい、綿の短パン(薄茶色)といったスタイルだ。
腰のベルトには手裏剣や手榴弾(?)などを装着し、背には、刀を斜めに背負っている。
現代風の髪型で痩せ型ではあるが、がっちりとした体格をしていた。身長は、一七〇センチ余りであろう。
フウカに気づいたのか顔を上げ、片手を左右に振った。
後続のマンタにも数十人の男たちが貼り付いていた。
赤銅色の顔や半裸の身体に文身が施されている。短槍を背負っていた。
フウカはうなずき、顔を前方へ向けた。
敵の船団は、もう眼前に迫っていた。