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言い訳ばかりの間柄

 「で、なんでアタシらが呼ばれたワケ?」

 「榎本は呼ばれてないと思うんだけど……」

 「あ?何吉田、何か文句でもあんの?」

 「で、本当になんで呼ばれたの〜?」

 「えーっと幸平?これどういう状況なの?」

 状況は一言で言うと混沌(カオス)を極めていた。

 あの夜から一日と少し経過して俺は松原と拓人に勉強を手伝ってもらうよう依頼し、花岡は英語を教えてくれる人、ひさぎ千晶を連れてくる……と言う話で今日たる、真昼間の日曜日ファミレスに集まって座していた。

 が、何で榎本がここに……状況確認の意味も込め俺は音頭をとって挨拶をすることにした。

 「えーと、今日は勉強会って名目で集まっていただきありがとうございます。っても呼んでない人もいるんですが……」

 本当になんで榎本もいるんだよ、千晶だけが来るって話だった気がするんだが……。

 そんなことを言っているとゾワッと背筋を昇ってくるような悪寒。

 その出元にちらりと目を向けてみると花岡が榎本をまぁまぁと宥めていた。

 「は、話を戻すけど今日は二つのグループに分かれて勉強して」

 と脱線しかけた話を元に戻そうとしたところで斜向かいの榎本から再びヤジが入る。

 「はあ?じゃあ何、男女別で勉強するってこと?」

 「いやそうじゃなくてね」

 露骨に不機嫌な榎本には花岡から今回の趣旨について話が通ってる筈なのだが、面白くないのかいちいち話に突っ込んでくる。

 「二つのグループをローテーションさせて苦手科目を克服しようってことなんですよ」

 「ふーん」

 榎本はそう吐き捨てるといかにも不服と言いたげに頬杖を突いてそっぽを向いてしまう。

 参ったな。

 俺は真向かいの花岡に耳元にすすっとよって小声で話しかける。

 「おい、どうなってんだ……」

 「千晶が話したみたいで……仲間外れみたいになるのも嫌だし」

 確かにそうかもしれないけど、あんだけ敵意剥き出しだとこの会合自体の雰囲気が崩壊しかねないんだよなぁ……既に険悪な空気が見え隠れしてるし。

 何はともあれこれ以上時間を無駄にしたくはない、始めるか。

 「じゃあ、花岡さんを起点にして1時間程度で席を一つずつずらして行こう、何か聞きたいこととか、分からないことがあったら遠慮なく周りに聞いて。ただし私語は厳禁」

 そうして不穏を孕んだまま、花岡のための勉強会は開幕した。


 *    *


 「ふわっ」

 俺は抑えきれなくなった欠伸を噛み殺した。

 既に勉強が始まって三時間が経ち、俺も限界がきたようだ。

 他の皆はどうしているかと周囲を確認して見たところ今も真面目にやってるのは花岡と拓人のみ、他の四人は俺同様に筆をおき少しぼーっとしている。

 それにしても花岡の体力はすごい、花岡には拓人の得意科目現国、松原は科学と生物と教えていたのだが、その二人がローテーションで付近に来た時は大分質問攻めにしていた。

 そのせいか二人が心なしかげんなりしているように見える。本当お疲れ様です。

 元々花岡の話を拓人と松原に通していた事もあって勉強会は至ってスムーズに進んでいた。

 というか花岡のコミュニケーション能力の高さに驚かされる、拓人も松原も日常的に会話するような仲ではなかったのにいつの間にか旧知の間柄ように話していた。

 現在は無教科担当の榎本が目の前ということで本人の得意教科の数学をせっせと勉強している。

 俺もこのままじゃいけないな。

 よし、と自分に喝を入れようとするがどうにも筆の進みが悪い。

 仕方ない、ドリンクバーにコーヒーでも取りに行くか。

 俺はすっと席を立って一人静かに店内中央に位置するドリンクバーでコップをセットしてボタンを押して完成を待つ。

 ぽこぽこと目の前のコーヒーメーカーが音を立てる中、俺の横にすっとドリンクバーを利用する人が現れたかと思うと急に喋り出した。

 「梓が忙しかった理由ってぇ、これ?」

 「ち、(ひさぎ)さん……うん」

 お互い顔を見ずにぼそぼそと話し合う、だが楸その声音は少し落ち込んでいるように聞こえた。

 「なんで、梓は私達には話してくれなかったのかなぁ」

 「それは……」

 一瞬なんと言おうか迷ったが素直に伝えるべきだと思った。

 だってそれはきっと花岡が失いたくないもので守りたかったものだから。

 友人というものにトラウマを抱えながらもすれ違いたくなくて出来るだけ隣にいたいと願ったものだから。

 でも、それをそのまま伝えるには俺と千晶の関係は希薄過ぎたしドリンクバーを占領してまでする話でもない。

 だから俺は彼女の願いをそのまま声にした。

 「二人を巻き込みたくなかったんじゃないかな、分からないけど」

 「巻き込む?」

 千晶は俺の大雑把な憶測を確かめるようにその詳細を促してくる。

 それをあえて俺は端的に答える。

 「親からの期待とか、そういうのに」

 それは一言で説明がつくわけもない曖昧な表現だったが千晶はそれで納得したように「そっか」と言い残して俺に背を向けてしまう。

 でも彼女のそれは納得じゃない、理解じゃない、それこそ拒絶だ。

 だから俺は一言だけ言い添えた、花岡の言葉を借りて。

 「大事な友達だから、じゃないかな」

 その言葉にぴくっと反応したのか千晶は足を止め後背の俺が聞き取れるくらいの声でぽつりと呟いた。

 「そんなのあったりまえじゃん、キモ」

 千晶はそれだけを言い残して花岡のいるテーブルにとてとてと帰っていく。

 ……これで良かったんだよな。

 傷つけられた俺のハートとは裏腹に呟やかれた言葉は大きな収穫だった。

 花岡と千晶、榎本との間にあった距離はこれからより縮まるだろう。そうなれば本格的に俺の出る幕はない。


 俺は入れ終わったコーヒーを持って席に着く。

 

 そうなればもうあの部屋に彼女が来ることはなくなるだろう。

 当然だ、俺の部屋を一時的に間借りしていただけで別に誰の家でもいいし、聞きたいことが有れば電話口でも十分。

 寂しような嬉しいような、騒がしい奴だったけど一緒に居て嫌な奴じゃなかった。

 ちらりと花岡に目をやると彼女は一心不乱に問題集と教科書を行ったりきたりしていた。

 その姿を見て、俺はこの時間を噛みしめるようにコーヒーを口に運んだ。

 

  *       *

 

 そんなこんなで勉強会が終わって一日二日、あっという間に一週間近くが経過した金曜日。

 あの後もちょくちょく花岡は拓人、松原には勉強に関する相談をしているようだが俺のところには来ていない。

 まぁ実際俺の役目は終わったも同然、仕方がないと言えば仕方ない。

 そう、俺の予見通りあの日から花岡は家に来なくなった。

 まぁ、おかげで俺は部屋を自由に使えるようになり穏やかな暮らしが戻ってきた……戻ってきたはずだった。

 でも、どうしてか読みさしていた本が進まない。

 何度も何度も同じところ読み返してしまう。

 「クソッ!」

 訳の分からない苛立ちが募り、本をベッドに置いて立ち上がる。

 学校で偶に目が合う事はあるが、以前のように話すことはめっきりと減った。

 別に虚しくなったとかそういう訳じゃない、ただ自分にあった根拠のない自信が恥ずかしくなっただけだ。

 そんな自分が情けなくてイライラしてしまうのだ。

 「もう、忘れよ」

 何もかも馬鹿らしくなって再びベッドに横たわり目を閉じた。

 ブーッブーッ。

 不意に訪れた切れ目のない着信、俺は画面も良く見ずにすぐさま電話に出る。

 「あっ、幸平?今暇か?」

 電話の向こうからは聞き馴染んだ男の声。

 「……なんだよ拓人」

 「悪かったよ俺で、そんな露骨に機嫌損ねるなよ」

 俺の態度が声に出ていたのか、相変わらず嫌味な奴だ。

 「別に、普通だよ」

 俺は精一杯の虚勢で応えると拓人はくつくつと余裕たっぷりに笑う。

 「そんなことより、これから飯食い行かね?松原も来るってよ」

 もうそんな時間か、と思って時計を見るともう17時過ぎだった。

 ちょうどいい、俺もそろそろ夕飯にするか。

 「ああ、別に……」

 いいよ、とは続かなかった。

 「悪い、今日はパス」

 「何か用事でもあんのか?」

 「いや、別に」

 俺がそういうと拓人はははーんとかなんとか言って笑う。

 あいつのいつものおどけた顔が目に浮かぶようだ。

 「幸平は無愛想だからなぁー、振られて仕方ないよ」

 振られるどころかそもそも付き合ってねえよ。

 とか言ってやりたかったがこいつに言っても余計面倒になる。

 「他に用無いなら切るぞ」

 「ああ、そういえば花岡な最近文化祭とかで忙しかったみたいだけどお前に感謝してたぜ、ありがとうって」

 拓人なりの励ましなのか急に言伝られた感謝を俺は一蹴する。

 「はっ、そうかよ」

 俺はそこで一方的に電話を切った。

 何をしてるんだ俺は、人に当たったりして恥ずかしい。

 「……」

 もういいやなんか疲れてきた、適当に飯でも作って寝よ。

 そう思い至り冷蔵庫を開けかけた時、ピンポーンと部屋のチャイムが鳴り響き俺は凍りついた様に固まりかろうじて首だけがゆっくりと玄関へ向け動いた。

 まさか、まさかまさか。 

 一瞬脳裏に浮かんだ光景を追いかけるように俺はどたばたと慌ててドアまで駆け寄った。

 大した距離でも無いのに不思議と呼吸が乱れて心臓が大きく拍動しているのを感じる。

 ごくりと生唾を飲み込んでドアを開けると夕焼けの強いの斜陽と共に人形の影が目に入る。

 影に包まれたその見覚えのある背格好、は、花……。

 「おじゃまー」

 「軽いな!いやそんなことより、花岡さん!?なにしてんの!?」

 俺のことなど歯牙にもかけずにぱっぱと靴を脱いで部屋の奥へと入っていき、いつものように俺の机に腰掛けるとあっけらかんと言い切る。

 「何って、勉強しに来たんだけど?」

 「は?」

 勉強しに来た?それはおかしいだろう、榎本も千晶も先日の日曜日で花岡の目指すもの、目的を理解したはず。

 さすれば、わざわざ我が家に来る理由は無い、もっと気の静まる居場所があるはずだ、俺の家よりもずっと前から築かれていた場所が。

 「な、何でわざわざウチで?」

 花岡は上着を椅子にかけ、ちゃっちゃか勉強の準備をしている手を止めてすっと居住まいを直してこちらに向き直る。

 「それはね……」

 彼女が千晶と榎本ではなく俺を選んだ、その理由とは……。

 花岡はぽりぽりと頭を掻きながら恥ずかしげに口を開いた。

 「なんか、ここで勉強する習慣がついちゃって集中できるんだよね」

 んなことだろうと思ったよ!なんとなく分かってたけどさあ!

 確かに例の期末試験までまだ時間は1か月以上、彼女の話を聞いた俺には事の結末を見届る責務があることは間違いない。

 たとえそれが大団円だとしても破滅だとしても。

 彼女が何を選択するのか見届ける。

 それまでは何もいうまい。

 呆れ半分諦め半分、そんな瞑目した俺に花岡はくすっと顔を綻ばせて穏やかに微笑んで続けた。

 「それにね」

 「ん?」

 「本を借りる約束、したからね」

 それだけを俺に伝えると花岡は再び机に向かってかりかりとノートを書き始めた。

 そういえば、そんなこともあったな。

 なんだか俺だけが置いてけぼりを食ったようなそんな静寂だけが部屋に漂い、次第に充満していく。

 本当に参る。

 不意に見た彼女の小さい背中にどれだけのものを背負ってるか、そしてそれら一つ残らず取りこぼさないようどれだけ努力しているか分かってしまう。

 やっぱり彼女は、花岡は俺なんかとは違う。分かっていたことだがそれでもこうして見ているとそれを実感させられる。

 俺は気がつくと本を手に開いていた。

 これを焦燥と呼ぶのだろうか、前へ明日へ未来へ進んでいる彼女を見ていると何故だか自分も行動しなければいけない、そう思ってしまう。

 「お茶、飲むか?」

 俺が問いかけても彼女はこちらを向かずに声だけが返ってくる。

 「うん、おねがーい」

 俺はお湯を沸かそうと立ち上がった時俺も大事な約束を思い出した。

 ここ最近散々破られていたルール、忘れたとは言わせない。

 「花岡さん今度こそ、18時には帰ってね」

 たっぷりの皮肉を込めて言ったつもりだったが花岡にはやっぱり笑って返された。

 「こーへーがさん付けをやめてくれたら考えたげる」

 悪戯っぽく笑うその顔に俺はいつも敵わない。

 「善処するよ……」

 これだから本当に……参る。

 そうしてキッチンに立つと部屋の奥からごくごく小さい花岡の声が聞こえた気がした。

 「やっぱり、いい人」

 おそらく、俺の聞き間違いだろう。

 なぜならここにいる人間にいい奴などいない、ただの臆病者が二人いるだけなのだから。

 小さな勘違いはしゅうしゅうと水の加熱される音に溶けて狭い部屋に染み込んでいった。

 これにて出会いの花岡編は終わりとなります。この章では色々なキャラクターを出してあげたかったこともありかなり不出来なものになったように思います。

 それでも、下地と言いますか物語の根幹を築くようなことが出来たと感じています。

 親、というのは不思議な生き物で小さな家庭の子供から見たらとてつもなく大きな存在に映ることでしょう。

 ですがその実、親も子も同じ人間であり不完全で恥をかくこともあり、そして同じく間違えることもあります。

 けれども、それを認めることができず自分本意に偏った正しさを振りかざしてしまう、そんなこともあります。

 そしてそれは間近に見ているものに強い影響力を与え、あるものは反面教師として、あるものは従順にそれぞれの個性として強く、色濃く刻まれます。

 ではそうなってしまった時、その歪を誰が正すのでしょうか?

 友でしょうか?恋人でしょうか?会社の同僚でしょうか?それとも宗教の教祖様でしょうか?

 そう、これは公式のように誰にでも当てはまる回答などないものです。

 ですが人間、二元論を求めたがる生き物。

 今後もこの物語を美醜を皆さまの目でご確認頂けると私としては嬉しい限りになります。

 では、また。

 

 


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