覚悟の宣誓
「と、とりあえず出た方がいいんじゃないか?」
「え……ヤダ……」
「やだって言ったって……心配してるかもしれないし」
そう言って壁掛け時計を見ると時刻は既に日を跨ぎ短針は数字を二を指していた。
こんな時間に娘が家に帰っていないと言うのは父親からしたら心配で気が気じゃないだろう。
本来なら何か一報でもするのだろうが、事の当人は……。
「ゔぅ〜」
唸りながら携帯とにらめっこしていた。
「唸ったってしょうがないだろ……」
「だって絶対怒ってるし……」
「だからってな」
そんなこんなでぐだぐだしているとスマホの振動はぱっと止まる。
「あっ、切れた」
「おいおい」
と、安心も束の間に静まったスマホは再度ぶるぶると震えだした。
「わっ!……またかかってきた、どうしよ」
おろおろと辺りを見回す花岡を見かねてとりあえずのアンパイを提示する。
「友達の家に泊まってるとか言えばいいんじゃないか?」
「そ、そっか、よし」
花岡はそう言って意を決したようにスマホに向き直ると緑の部分をタップして電話に出た。
「もしもし……うん、友達の家に、うん、泊まってるの。うん、うん……えっ!?」
と、相槌混じりに報告をしていると突如驚いた声を上げ、ちらりと俺に視線を向ける。
なんだ?電池切れか?
素振りからそんなことを考えていると花岡は手に持った携帯をこちらに差し出してくる。
「家の人に……変われだって」
まじか……。
「あー、その大丈夫か……そのなんていうか体裁というか……」
少しテンパったとはいえ何言ってんだ俺……キモすぎるだろ。
俺の自意識過剰の反応からなのか花岡はしゅんと萎んでいく。
「うーん、お父さん結構厳しい人だから……わかんない」
今度はこっちが唸る番だったが、人に催促しておいてこちらが行わないのは不公平に取られるかも知れない。
「うう、分かった」
自分の両親ともまともに話せないのに他所様の親御さんと何を話せばいいんだ……。
不安たっぷりの中花岡から携帯を受け取って耳元に寄せると社交辞令から入った。
「もしもし、お電話変わりました」
「ああ、娘がお世話になっています。花岡です」
電話の向こうから聞こえてきた声はやや野太く落ち着きのある年相応の男性を連想させる声だった。
一方花岡は俺と父親の会話が気になるようでずずいっと耳元に当てた携帯電話に顔を寄せてきた。
一区切りの挨拶を終えると花岡の父親は滔々と続ける。
「夜遅くに娘がお邪魔してしまって大変申し訳ない。今すぐ迎えを送るので詳しい住所を教えてくれないだろうか」
「あー……」
俺の家は少し分かりにくい住所だったのでなんと言おうか考えていたその時、横にいた花岡が何度も肩を叩いてきた。
何だ?と思い、首を巡らせるとそこには胸の前で腕を大きく使ったペケを作っていた。
「少々お時間いただいてもよろしいでしょうか、今詳しい住所を調べますので」
そう言って、携帯のミュートにして横の花岡にどうかしたのかと問いかけると潜んだ声が聞こえてくる。
「どうもこうもないよ、今帰ったら絶対怒られる……何とか誤魔化せない?明日の朝には帰るから!」
花岡は何やら必死に手を合わせて頭を下げてくる。
いやいや、今更んなこと言われてもな……手遅れとかってレベルじゃないだろ。
親が出張っている現状、本来なら帰すというのが正解なのだろうが……本当にどうしたもんか。
悩み悩んで懊悩を巡らせていると、昔話の影響か一つの考えが頭をよぎった。
自分なら、どうして欲しいか。
あの時俺は周りに何を求めたのか、何を欲したのか……その答えは簡単だ。
味方が欲しかった、助けて欲しかった、知って欲しかった、誰かに手を差し伸べて欲しかった。
そう至った瞬間、腹は決まった。
ここまで来れば死なば諸共だ、やってやる。
俺は手に持ったスマホのミュート解除して再度耳に当てる。
「お待たせしました」
「はい」
「娘さんとお話ししたんですが、何やら勉強に熱が入ってしまってるようで、ひと段落するまで帰りたくないとおっしゃっていまして」
「は?」
歯の浮くような俺の台詞に間の抜けたような声を出す花岡父。
俺はその隙を突くように立て続けに嘘を並べ立ていく。
「私の姉が通っている大学の学部がが梓さんの志望しているところだったようで、色々聞きたいことがあるそうで」
花岡父は俺の言い分を一通り聞いた後しばらくして訝しんだ声で聞いてくる。
「……お姉さんの大学をお尋ねしても?」
「県立東明大学、経済学部です」
口に出したのは県内で三指に入る国公立の大学、多くの虚言の中これだけは嘘ではない。
我が姉の学に救われるとはなんとも腹立たしいことではあるが勉学を重んじる花岡父に効きそうな有効打がこれくらいしか思いつかなかった。
それを聞いた花岡父は渋々納得したようでむぅと言葉を濁らせた後口を開いた。
「それなら……お邪魔でなければ娘をよろしくお願いします」
「分かりました、姉にそう伝えて置きます」
俺はそう言って電話切ると、親指を立ててにこやかに笑う奴がいた。
「ぐっじょぶ!!助かった〜!」
「いや助かってないだろ」
実際そうだ、助かったなどいない。結局は期末試験の結果次第ではバレる嘘だ。
だからこそ、どうにか打開策を打たねばならない。
と、一人難題に頭を悩ませているというのに当事者の意識は大分薄いようだ。
「いやーでも本当助かったよー。っていうかお姉さん東明なんだ!?頭いいんだねー」
頭いい、ね。あれがそうかね……。
言葉にこそしなかったが頭に浮かんだ姉の傍若無人ぷり思い出す。はあ、記憶の中でも思い出すだけで疲れてきた。
そういや、花岡父とは勉強ってことで話をつけたが花岡の今の成績はどうなってんだ?今回の建前は勉強を習うということになった、それなら結果が伴わなければただの夜遊びと言われても否定できない。
むむ、これはまずいな。悪手だったかもしれない。
とは、手前勝手に思ってみても実際本人に聞かねば分からない。
「ねぇ、花岡さん。花岡さんって前回の中間テスト全体とクラスで何位だった?」
俺達の通う高校、新東高校中間テストは学年単位とクラス単位で順位付けがされ、160人の中で何位か?というのと、ひとクラス40人の中で何位か?の二つの観点から確認することができる。
花岡は渋い顔をして身を縮こませていく。
「うー、前回結構順位落としたからなぁ」
何やら言いにくそうだな、よっぽど悪かったのか?
「まぁ、俺だって別に頭いいわけじゃないしな」
と、それとなくハードルを下げて続きを促すと気恥ずかしそうに人差し指をちょんちょんと合わせながら答えが来た。
「学年16位……クラスで7位」
は?
「は?全然上位じゃねぇか!」
思わず声を荒げてしまった。
それにこれで下がったってことは……。
「ってことは一学期何位だったんだよ」
「えと、学年6位でクラスで2位かな」
「まじ……かよ」
んだよ、全然いい方じゃねぇかよ。ふざけんな、花岡父厳しすぎんだろ……。
べらぼうに上がったハードルに戦慄を覚えていると食い気味に花岡が聞き返してくる。
「で、こーへーは何位なの!?」
おいやめろ、そのキラキラした目は。姉が賢いからその下が賢いとはならないんだぞ。
「が、学年で44位、クラスで18位……」
おい、ほんとやめろ、その勝手に期待して勝手に失望するのやめろ。肩に手を置くな。
俺は肩に乗った手をそっと振り払って危惧を呈する。
「だけど、やべぇな」
「こーへーの成績が?」
「ちっげえよ!……花岡さんの成績を上げるのがだよ」
クソ、これ見よがしににやにやしやがってこれだから優等生は!……。
いやこれもクソもないな、全ては彼女の努力の賜物なのだから。
でもやっぱりその顔はムカつくからやめろやぁ!
「うーん、そうなんだよね。やっぱり自分一人じゃ観点に限界があるっていうか」
観点?いまいち花岡の言ってる意味がわからず反射的に聞き返してしまう。
「観点?」
「うん、苦手科目とかに多いんだけど自分がわからないことに苦手意識があるせいで問題を解く時のコツみたいのが掴みにくいんだよね」
こ、こいつ……いきなりまともなこと言い始めやがった……。
まぁでも分かる話ではある。実際数学が苦手な人間とかはそもそも公式ってなんだよとかキレ散らかしているような輩が多い、まぁ俺のことだが。
そういう意味では不得手なものに苦手意識が芽生えることは当然、また得手のものには自然に偏ってしまうことも然り当然と言える。
そこまで思考が整い俺に一つの理論が生まれる。
うん?っつーことは、視点自体が多くなればいいってことだよな、ひょっとするとコトは意外と単純かもしれない。
謎の閃きに至り、俺は花岡に不敵に笑って見せる。
「それなら、意外とどうにかなるかもしれない」
「どうするの?」
花岡の問いを待ってましたと言わんばかりに俺は自信満々に答える。
「嘘から出た真、だな」
「はい?」
最大限カッコつけたつもりだったが本人には通じなかったようでじとーっと白い目を向けられた。
なんで伝わらないんだよ、さっきあんなに見え見えの嘘言ったじゃねぇか。
俺は不満を飲み込むと代わりにこほんと咳払いをしてから再度言い放った。
「勉強会を開くんだよ、花岡さんより部分成績が高い人間を集めて」
俺が得意げに妙案を提示すると花岡ははあと肩を竦めて首を左右に振った。
「それじゃ、成績上位の人がみんなが上がるだけで、私だけがあがるわけじゃないから意味ないじゃん」
花岡はため息混じりに分かったようなことを言っているが何も分かってない。
花岡のテストの経歴や、日頃の態度を見るに彼女は元々理解力が高く勉強意欲もかなりある、あとは優れた観点を持った先人がいれば勉強効率は飛躍的に高まると踏んだ。
「そりゃそうだろ、だから花岡さんより全体成績が低くて"教科毎"に花岡さんより優れている奴から教えて貰えばいい」
俺がそういうと花岡はあっと気がついたように口に出した、どうやら言いたいことを理解してくれたらしい。
しかしまだ疑問があるようで花岡はでも、と続けた。
「誰か当てはあるの?」
「なけりゃ言ってない、俺の知り合いに二人、全体成績は俺並だが部分的に穿ってる奴がいる、ただ」
そこで俺は言い淀んだ、花岡も俺の言い回しがおかしかったのか即座に触れてきた。
「ただ?」
「ただ、それでも人数が足りない。数学と英語、こればっかりは俺の知り合いでも得意な奴はいない」
類は友を呼ぶと言うからな、口にはしないが。数学が苦手な奴どうしは通じ合うものがあるのだ。
だが、そこらへんは流石花岡、意外とあっさりと解決するものだ。
「あっ、数学なら私得意だから大丈夫だよ、それに英語なら私に一人心当たりあるし」
「あっ、そう」
淡白な終わり方にすっかり拍子抜けになってしまったがこの方がありがたい、もういい時間だし、眠くなってきた。
「よし、じゃあ詳しくは後日」
俺はそう言って立ち上がろうとすると花岡は待って、と俺の服の端を掴み切れ切れの声で聞いてくる。
「ん?」
「あの、連絡先、知らないんだけど……」
「ああ、そっか、んーと。はい」
机の上にあったノートの一部を切り取り電話番号を書いて渡した。
それをまじまじと見つめる花岡をよそに俺は簡単な上着を羽織る。
「じゃ、朝まで時間潰してくる」
俺はクローゼットの中のバッグを取り玄関まで一直線に進んでいくと花岡の呼び止める声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと!」
「あん?」
「あん?じゃなくて!どこ行くの?」
「いや、コンビニで朝まで時間潰そうかと……寝るとこ一つしかないし」
それに一つ屋根の下に男女二人っきりとか気まずいし….…毛布も一セットしかないし……。
「だったら、私が床で寝るよ。こーへーはベッドで寝て」
「いや、そう言うわけにもいかないでしょ……」
そもそも、女性を床で寝せるとか何か気が引けるし……。
男尊女卑ダメ、絶対。
駅前のコンビニならイートインも大きいし以前よくお世話になったし、徹夜など慣れたものだ。
「いいよ、別に」
「あ、まっ……」
そう言い残して俺は外に出た。
さて、明朝まで後二時間半。知り合いに色々と根回しでもしないとな。
そうしてしばらく歩いた俺はスマホのSNSアプリでささっとメッセージを送り、顔を空に向けた。
雲に覆われても月の輝きは依然変わりなくそこにあり続ける。
優しく、美しく、いつも誰かを照らしてくれる。
そのスポットライトが誰の為なのかは分からないけど、俺は信じたかった。
諦めない者にこそに当たって欲しいと、ただ願うばかりだった。
「あったかいコーヒーでも飲むか」
そうして俺は夜空の下、コンビニを目指して歩み始めた。
まず、ここまで読んでくださった方、がいらっしゃるかどうかは分かりませんがありがとうございます。
いや、もうほんと感謝感激雨あられ、次第にゃ雷まで降りそうな勢いです、俺に。
あまり長くは書きませんが、今後の展開としては次話で長いプロローグ花岡編は終わりになります。
この話は主にキャラクター紹介兼役割の紹介がメインとなっていた為、話自体にかなり無理がある部分が多いんじゃないかなーとか感じたことでしょう大変申し訳ありません。五体投地で深く謝罪するしかできませんが、自分の力量不足を呪いたいですほんとに。
まぁ、ですがようやく次からは話の展開を進めることができそうです、もうしばしお付き合い頂ければ幸いです。
現在、文化祭編を誠意執筆中です。
ではまた〜。