長い夜
「はぁ〜歌ったねぇ」
「また来ようぜー」
ぐぐーっと伸びをする松原に拓人はポンと肩を叩いてそう言うと、ウィンドブレーカーのポケットからちゃらちゃらと鍵を取り出して駅とは反対方向に歩き出す。
「じゃあ、俺原付向こう止めてるから」
俺たちはその先行く背中に適当に声をかける。
「おう、また今度な」
「またねー」
しばらく拓人を見送った後、松原も携帯で時間を確認し動き出した。
「じゃあ、僕もそろそろ電車がやばいから帰るね」
「おう」
そう言って松原と俺は別れ各々の帰路についた。
つい数時間前に通った道を今度は反対に歩く。
しばらく漠然と歩くとカラオケでの熱が冷め、黒く染まった道に一抹の不安を覚えた。
「早く帰ろう」
その言葉は誰に向けて言ったわけでもなく静かな闇夜に溶けていく。
返答を期待したわけではなかった。
ただ、今の状況はあの夜に酷似していたせいか、つい周囲を確認してしまう。
口では悪態をついておいてとそんな女々しい自分が情けない。
そうだ、あの夜は。
思い出したように、空を見ると雲間に片割れになったお月様の輪郭がぼんやりと浮かんでいた。
「やっぱり曇ってんなぁ」
淡く輝く月の光をたよりに、一歩また一歩と俺は帰路を確かめるように歩んだ。
* *
アパートの階段を上がり壁際に沿っていくと、その人物は俺の部屋の前にへたり込んでいた。
「おかえり」
「なっ……!?」
俺は驚きのあまり続く言葉を失ってしまった。
一人暮らしの俺には帰りを待つ身内はいない。いや、実家に帰っても俺が帰る場所はないだろう。
だから、その言葉を数年ぶりに言われたことも、彼女がそこに座っていたことも俺にとっては異常事態だった。
俺が次の言葉を探していると彼女はすっと立ち上がり玄関ドアの前から横にずれると少し腰を折り曲げて上目で俺を見る。
「結構おそかったね」
俺は急いで時間を確認すると、時刻は23時を回っていた。
帰宅間際で油断しきっていて焦る俺の声は必然大きくなり彼女に問いかける。
「いやいやいや!花岡さん帰ったんじゃないの!?」
一方花岡は見るからに元気がなく少しやつれたような印象を受けた。
「うん……」
花岡は小さな声でぽしょりと言うと無理矢理口角を吊り上げ見せた。
「あはは……ちょっと喧嘩しちゃって」
そういって笑う声は乾いていて目は少し充血している。
「喧嘩……って、どっちと?」
俺の口は自然と彼女の言葉を反芻し問いかけると彼女は目線を斜め下に落としばつが悪そうにして答えた。
「どっちもかなー……なんて」
ここでいうどっちもというのは恐らく個人ではなくグループを指すものだろう。
両親と友人、内と外。その両極から板挟みに合うのは辛い。
俺が懊悩を巡らせていると花岡はこともなげに聞いてきた。
「家の中、入らないの?」
そうだ、あまりの事態にすっかり本来の目的を忘れていた。
思い出したように鍵を取り出し、ふと気づく。
「花岡さんは、これからどうするつもりなの?」
そうだ、花岡は何故俺の玄関の前に居たんだ?
人差し指と中指で挟んでいた鍵を握っていた手を下方に降ろすと花岡は驚いた声を上げる。
「入れてくれないの!?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「えー、当てにしてたのに……」
何言ってんだこいつ……。
そう言って残念そうに肩を落とされてもこっちが困る。
「あ、あー、明日はちょっと予定が……」
「そっ….…かぁ」
俺が申し訳なさ気にいうと、言葉尻に向かうにつれ花岡が徐々にしゅんと縮んでいく。
そ、そんなわざとらしく落ち込んでもダメなものはダメなんだからね!
とは強気?になってみても全くどうにも気にかかる。
「ま、まぁ、用事って言っても明日の夕方からだから……」
俺がそういうと彼女はがばっと顔を上げて真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
「じゃあ!」
「そのかわり!」
割り込むように俺が声を張ると花岡は面食らっとようにたじろいで俺の言葉の続きを待っている。
一度言葉を切ってから彼女の目をしっかりと見つめてもう一度口を開く。
「そのかわり、こういうのは今日で終わらせること。お互いの為に」
その言葉聞いて花岡はしばらく目をぱちぱちとさせていたが、なんとか首を縦に振って返事を返してくれた。
「うん」
彼女の言質をとった俺は今度こそドアを開けて彼女を部屋に入れた。
はぁ、まただ。なんでいっつも面倒とわかりながら受け入れてしまうのだろう。
こんな時間に彼女がここにいたことそんなものの想像は容易にできる。
長い、永い夜になりそうだ。
3
「私、何のために勉強してたのか分からなくなっちゃった」
花岡は椅子に座ると脈絡なく話し始めた。おそらくは以前言っていた理由に基づくものだろう。
俺はその話を聞きながら水を沸かすためやかんに火をかける。
ぽこぽこと湯の沸騰する音と共に聞こえてきたのは聞き逃してもおかしくないほどの小さな独白。
「どうすれば良かったのかな……」
その台詞が鼓膜に触れ、脳に届いた瞬間俺の体はぶるっと震えていた。
アレルギー反応のように体に起きた衝撃は俺の記憶のドアを強く叩いて、断片が零れる。
『お前らさえ……産まなければ……!』
眉を寄せて、涙ながらに睨みつけられた。母だった人のあの目を思い出してしまう。
息が詰まる。ひゅっと浅い呼吸しかできず俺の体はあの残像に囚われていく。
「はは……」
何が後悔しなければいい、だ。
辛うじて出てきたのは嘲りはそれを顕著に示していた。
「ねぇ」
瞬間首元にざわりと悪寒が走る。
「ど、どうした?」
振り返ればいつの間にか背後に回っていた花岡は動揺している俺なぞ意に返さず続ける。
「また、話してくれないかな?」
「な、何を?」
衣服が重なりあうほど近い距離で、彼女は俺の目を覗き込んでくる。
「その、一家離散したっていうこーへーの友達の話」
勘弁してくれ。
そう言いたかった、だが真摯な眼差しがその拒絶を許してはくれない。
じっと見つめられた二つの眼は俺を見据える。やがて俺は観念して目を逸らして戸棚へ向かう。
「話を聞いても何の解決にもならないかも知れないぞ」
「うん。それでも、お願い」
俺は二つのマグカップを取り出していつものお茶とコーヒーを入れ始めた。
「じゃあ、話すか。ってもどこから話せばいいんだろうな」
彼女は椅子に俺はベッドの上に、湯気がゆらゆらと揺れるマグカップを持って定位置に着く。
「最初から….…出来れば最初からがいい」
「最初から?」
花岡につい聞き返す。
「うん、こーへーが思う最初からで」
「そう、だな」
そう言われて、人差し指を丸めて唇に押し当て海馬を探る。
何から話すべきなのだろうか。
事の始まり、発端たる何か。
それは……。
俺はカップのコーヒーをちびりと含み、舌を潤してから花岡に向かって口を開いた。
「少し、長い話になるぞ」
その言葉を聞いた花岡は俺と同じように手に持ったマグカップを口元で傾けて、こきゅと喉を鳴らすと俺を見やる。
「うん、大丈夫」
そうして、俺は語り部に徹した。
まずはここまで読んでくれた方に感謝の意を。
そして謝辞を述べたいと思います。
ほんっとうに申し訳ありません、正直ここまで結構雑に書いてしまってます。
本当は色々な寄り道という過程を経て至る結末もかなり端折っているため、そうはならんやろがい!とか言われてもぶっちゃけなんも言い返せません。
いや、あれですよ?別に本気で書いたらちげえし、もっと書けるし!とかじゃなくて普通にプロット段階がかなり雑いので色々手直しして書いてる状況です、誠に申し訳ない。
徐々に加筆、修正、その他のエピソードの補足など諸々していく予定ですがそれも未定です、ほんとずみばぜん!
さて、ここまで読んでくださった方がどれだけいらっしゃるか分かりませんが、最後に皆様のご多幸と素晴らしい物語との出会いを願い末文とさせていただきます。
では、また〜。