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線引かれる者達2

 放課後、校門を抜けると向かいの道路からこちらに手を振っている影が視界に入る。

 「おーい」

 手には何か袋を持っている、目の前のコンビニで買ってきたのだろうか、ひらひらとスカートと袋をを靡かせながらこちらに向かってくる。

 「待った?」

 こう聞くと恋仲のニ人の甘い待ち合わせのように聞こえるがそんな事は全くない。

 「別に花岡さんのことを待ってたわけじゃない」

 返事は待たず、俺は青になった信号に合わせて道路を横断する。

 「んもー冷たいな」

 数歩後ろから後を追ってくるようにカツカツと鳴らす音に合わせてからかっている様な楽しげな声を背中に受けて帰路を2人で帰る。

 さて、どうしたものかと顎を突き出して天を仰ぐ。

 邪魔、ね。

 目蓋を閉じればその裏には数時間前の二人の女性の姿が映った。

 あの二人は口は悪いが全ては花岡を思っての行動。

 ならばそれに一枚噛んでいる俺もそれを無下に踏みつけることもできない。

 現状の問題は周囲の誤解だ。これ以上よく分からん輩から目をつけられるのは参る。

 だからといって極端に突き放すこともできない。勝手に首を突っ込んで引っ掻き回すだけ回して自身が危うくなったら逃げるなぞどう考えても筋が通らない。

 だからこそ、穏便に花岡を然るべきところに委任する、これが上策、というか理想だな。

 そんなことを考えていると花岡は俺の背中をとんとんと叩いて話しかけてくる。

 「そういえば、もうお菓子なかったよ」

 振り返れば目をぱちぱちととぼけたような顔。

 ここ最近あれだけ食べて何を言ってんだ……呆れて文句の一つでも言いたくなる。

 「そりゃ花岡さんが食ってるからね」

 「そ、そこまで食べてないよ!」

 慌てて否定してはいるが、一人でポッキー一箱食うのはちょっと……ほらCMでもシェアハピって言うし……。

 どすどすと人の肩を殴ってくる花岡を見てふとあることに気がつく。

 「そういえば花岡さん、ここ最近ずっとうち来てるけど部活とかやってないの?」

 そう言った途端に返事がぴたっと止まり足音も聞こえなくなる。

 「……どうかした?」

 「い、一応やってるけど……なんでそんなこと聞くの??」

 何故か有耶無耶にされた上聞き返される。

 「いや、テスト期間でもないのにここ最近毎日来てるから部活してないのかなって」

 それを聞いた花岡は得意げに声を大ににして答える。

 「私、一応文芸部だから!」

 「ってことは幽霊ってことじゃねぇか……」

 あと、文芸部って体よくいうな……図書室でやってるあれは別段本読んでるだけだから読書部だろ。

 と、そこまで無粋なことは言わない、俺も同じようなもんだからな。

 そんな話をしていれば今日もまた、彼女の足は俺と同じ建物の前で止まる。

 「こーへー鍵鍵!」

 花岡はいつの間にか俺の前を駆けて行ってドアの前で足踏みをしている。

 急かすなよ……。

 俺はズボンのポケットをガチャガチャとまさぐって鍵を手渡すとすぐさま鍵を開け家主より先に室内に入っていく。

 続くように俺も室内に入ると、花岡は既に勉強モードに入っているようで、ブレザーを椅子に掛け、机に教材と筆箱を広げていた。

 下手に邪魔するのも悪いと思い、音を出さないようにゆっくりと動き二つのカップを戸棚から取り出す。

 一つはTパックをカップへ、一つはインスタントコーヒーをカップに入れ、その二つにお湯を注ぐ。

 注がれた先から白い湯気がふわりと立ち昇り、次いで紅茶の香りが鼻をくすぐる。

 俺は二つにカップを持つと、内片方を机に置いた。

 「はい」

 返事はない。初めの内は可愛げのある声とわざとらしく手を合わせて、ありがとー!とか言っていたのだが今では鬼気迫る表情でシャーペンを滑らせ、マーカーを引いている。

 そんな後ろ姿を眺めながら俺はいつ間にか定位置なってしまったベッドに腰掛け、手前のミニテーブルにカップ置いて、一呼吸。するとある考えに至る。

 これ俺いる?いや、俺の家なんだけども、なんというか体よく場所として使われてるだけなんだけど……。これを邪魔してるって言われるのはなんか違うな……。

 学校で客観的に言われてしまったことを主観的に考えてみてもなんともわからない。

 榎本が内情を知っているか知らないかでまた話が変わってきそうだ。

 前提が仮定で出来ている問題を解けるはずもなく、しばらく考えた後大人しく諦めて読み止していた文庫本に手をつける。 

 先日栞を失くしてしまったためどこまで読んでいたのか適当にパラパラとページを捲ると、見覚えのある台詞が出てくる。

 『お前に何がわかるんだよ!』

 そうだそうだ、主人公が自殺をしようとしたら止める女性が出てきたところだった。

 そこからその主人公を止めた彼女は実は裏社会の住人だったり、主人公が自分の真意に気がついたり、いつの間にか膨れ上がっていた話に俺の好奇心は久々に時間を忘れさせ物語に夢中になっていた。

 そして第二章から再び始まった物語も四章まで読み終わり、次のページを捲ると最終章の文字。

 そこで、はっと現実に引き戻される。

 今何時だ?

 時計を見ようとばっと顔を上げるとすぐ横にあった花岡の顔に思わず声を上げた。

 「うおっ!」

 「わっ!びっくりしたー。いきなり大きな声出さないでよ」

 そういってぱっと花岡は俺から離れる。

 こっちがびっくりしたわ!叫びたい気持ちをぐっと堪えると同じく、ばくばくと脈打つ心臓を押さえ付けて言葉を絞り出した。

 「それはこっちの台詞だ……」

 俺はため息混じりにそう言って、花岡の後ろの時計を見ると、もうとっくに19時を回り、20時になりかけていた。

 いつの間に、と時の早さに戦慄していると呆れたような声が聞こえてくる。

 「いつまでもこーへーが呼びに来ないから何してるのか見に来たんだよ」

 「じゃあ、普通に声をかけてくれ……」

 話しているうちに体中を駆け回っていた血液は徐々にその勢いを緩めていく。

 ふーっと深く息を吐いて、俺は思い出したようにぱたんと本を閉じると花岡は俺の手元を指差して尋ねてきた。

 「その本そんなに面白いの?」

 その問いにうーんと首を傾げる。

 そんな俺の反応を見て彼女は驚きの声をあげる。

 「えっ!?面白くないの?」

 それにもうーんとまた首を捻る。

 ええ…と困惑気味な花岡だが、これは人にもよるが仕方がないのだ。

 俺が今読んでいるこの本は俺にとっては面白い部類の話なのだが、他人はどう感じるかは分からない。

 何物にも好みというものがある、ラーメンにも醤油や豚骨、塩などがあるしスポーツだって球技や電子機器を使うものと多種多様で根拠のない勧めは気が引ける。いやeスポーツはまた違うか。

 だからかどうしても曖昧な回答になってしまう。

 「俺にとっては面白いけど……結構アングラ系の話だから好みが別れると思うんだよね」

 「へぇ….…どんな話なの?」

 花岡は興味があるのか前のめりになって手元にある本を覗き込んでいる。

 俺は少し考えて冒頭の触りだけ話した。

 「ええと……物語はある男が日会社をクビになるところから始まる。失意に呑まれ自殺しようとビルの屋上向かった矢先に後ろから声をかけられて踏み止まるんだ。ただ、その止めてくれた人が裏社会の人間だったせいか、色々な事件に巻き込まれていく、そんな話」

 大分端折ったので話が上手く伝えられないが、大体そんな感じだ。四章の終わりでは捕われた彼女を救い出すところまでだった。

 俺の説明を聞いた彼女しばらく考えるような素振りを取ると口を開いた。

 「良かったら読み終わったら私に貸して欲しいな、いい?」

 少し腰を折って上目遣いで俺に視線を向けてくる。

 そういう風に頼まれると断りにくいし、何より断る理由もない。

 「読み終わったらな」

 俺はそう言ってベッドから立ち上がり玄関ドアを少しだけ開け帰宅を促す。

 「ほれ」

 それを見て頬をぷくーっと膨らませて恨めしそうになにやらぶつくさ言っている。

 「外もう真っ暗じゃん……」

 「元々帰る約束は18時だっただろ?」 

 俺がそういっても彼女は前髪の先をいじるばかりで動こうとしないばかりかちらっとこちらを上目で窺う。

 「でも……一人だし……」

 めんどくせぇ……だがこのままではてこでも動いてくれそうにない。

 俺はぼりぼりと頭を掻いて上着を手に取ると花岡を見やった。

 「途中まで送るから遅くならないうちに早く行くぞ」

 「うん!」

 途端にぱあっと顔を輝かせたかと思うと彼女は椅子に掛けていたブレザーをばさと羽織り、バックを手に持つ。

 「行こ行こ!」

 そう言うと彼女は疾風のような勢いで靴を履き玄関から飛び出た。

 その背を追いかけるように俺も靴を履きとんとんと爪先を合わせながらドアを押し開けるとひゅうと冷たい風が部屋に入り込んだ。

 *        *

 10月の終わり、まだ冬というには少し早い、だが日が暮れればそこそこ温度は下がっている。

 秋といえば涼しく過ごしやすい季節でもあるが同時に冬の始まりを如実に感じる季節でもある。

 新緑に身を包んでいた青葉はその身を紅く燃やし、やがて風が木の葉を散らすと同時に地に落ちる、まさに盛者必衰の理。

 家を出てから何やら鼻歌混じりにに靴を鳴らして歩く花岡の二、三歩後をついていきながらそんなしょーもないことのついでに浮かんだ疑問を問いかけた。

 「そういや、花岡さんの家ってどの辺なの?」

 大体どの辺なのか位置が分かれば俺も身の引きどころが分かるしありがたい。

 その思いで尋ねたのだが、彼女はその場で軸足でくるっとターンしてこちらに振り返る。

 「まだ先だよー!」

 そう言ってにかっと明るい顔を作ってみせた。

 違う、そうじゃない。

 とか言いたかったが、たった数日間しか会ってない男に家を教えるのは怖いという女性側のマインドがあるやも知れないので下手に聞くと火傷ですまない。

 とは言ってもまだ先と言われる終わりのないお見送りも辛い。帰りてぇ……。

 それに何より学校で広まっている噂も気になる。また誰かに目撃されたりしたら今後が怖い、ただでさえ小火が付いているのにそこに燃料を投下すればどうなるか想像に難くない。

 といった具合に頭をこねくり回しても妙案が出来上がるわけでもなく下を向いてただとぼとぼと歩く、気がつけば彼女と俺の距離は縮まっていたようで、目下に彼女のローファーが映る。

 どうやら信号に引っかかったようで、先程までのご機嫌なステップも鼻歌も途絶えてしまっている。

 突然降りた沈黙の気まずさからか俺は一度思考を止めて声をかけようと顔を上げると、横断歩道の対岸の影を見てその沈黙の訳を悟った。

 「花岡さん」

 俺がそう声をかけると花岡は困ったように苦笑を湛えながら振り返る。

 「どうしよう……ね」

 そういうと信号は赤から青に変わり、止まった時間が動き出す。

 向かいから制服を着た二人の女性が駆け寄ってくる。

 「梓!」

 「梓だ〜」

 同時に聞こえた異なる感情を孕んだ二つの声。

 一方は声を張り心配するような、もう一方は懐かしむような柔和な声が聞こえる。

 二人はすぐさま花岡に抱きつくとその内の一人が親の仇でも見るような物凄い剣幕で俺を射竦める。

 こっわ……、何あの顔……友達と会う時の顔じゃねぇよ。主人公がラスボス手前の下衆な幹部と相対した時じゃん。俺の扱いがゲマレベルなんだけど……。

 「梓、大丈夫!?変なことされなかった?」

 榎本が花岡の体の安否を確かめるようにぺたぺたとあちこちを触診していると花岡は困った声で榎本を諭す。

 「だ、大丈夫だよ、変なことはされてないよ」

 その言い方だと、俺が変なことする人になってんだよなぁ……。

 何はともあれ、俺の居場所はここにはない。彼女達なら花岡を心良く家の最寄りまで送ってくれるだろう。

 女子三人の女子女子した空気に圧倒的疎外感を受け、後ずさるように少しずつ距離を取ると、ぎゅーっとべったり花岡に抱きついていた千晶が俺の存在に気がつく。

 たっぷり数秒俺と目が合った後、口に指を当てて何やら不穏なことを言い出す。

 「で、梓とキモ男は二人で何してたの〜」

 ぴりっと空気が焼きついたような気がして俺はすっと居住まいを正す。

 そのとき花岡の対面の影がゆらりと動いた。

 こ、殺される……。今俺が何を言っても間違いなく殺される……。

 そんな緊迫した空気にようやく気がついたのか花岡は心配そうにこちらに振り返ったので、俺は助けてくれとアイコンタクトでSOSを送るとぱちっとウインクが帰ってきた。

 「うん!こーへーの家にお邪魔してたんだ!」

 うーん!0点!事実だけどそれをいっちゃあいけないんだよなあ!この年で自分の死期を悟るとは思ってなかったぜ!

 その発言を聞いてむっと頬を膨らませる千晶とこめかみをひくつかせる榎本。

 骨は海に撒いてくれ……。

 諦めて目を瞑り自身に黙祷を捧げるが、いくら経っても俺を中傷する口撃はこない。

 俺は恐る恐る目を開くとそこには特に何かを言うわけもなくただこちらを見やる三人がいた。

 俺ははて、と視線を送り返すとそれを受けた榎本が動き出した。

 「そっか、アタシ達これからご飯食べに行こって話ししてたんだ、梓もどう?」

 「ほんと!?私もお腹ペコペコだったんだー」

 そう言って円を書くようにお腹を撫で回す花岡。

 「千晶はなんか食べたいものある?」

 千晶はそう尋ねられ、ようやく花岡へのホールドを解くと何かを思い浮かべるような仕草をとりしばらくしてどこか遠くを眺めて答える。

 「駅中においしそうなチョコケーキがあったんだよねぇ〜」

 「じゃ、とりあえず駅の方行こっか」

 各々希望を募り一先ずの目的地を決めたようで榎本を先頭に三人はスタスタと歩き出した。

 最初っから俺のことは頭数に入れていなかったようで少しほっとする。そんな三人の背中をただ呆然と見ていると花岡が振り返った。

 「こーへーも!早く!」

 その一言に俺を含めた花岡以外が驚き、言葉を失っている中、タイミングよく俺のポケットに入っていたケータイが短く震えた。

 電源を入れて届いたメッセージを確認すると俺は顔を上げて花岡の方へ精一杯平素に努めて言い放った。

 「悪い、俺この後用事があって。それじゃ」

 「そっ……か、また今度行こうね」

 残念そうに目を伏せる花岡に手をあげるだけで答えると俺は元来た道ではなく駅の反対方向へ渡るための跨線橋へ向かった。

 向かう途中に先ほど届いたメッセージに簡単に返信を打つ。

 『すぐ行く』

 駅の正面口(正確に言うと東口なのだが)はある程度栄えているため一定の感覚に街灯が設けられており、それらは古い木製の看板や飲食店の入り口を照らしている。

 道行く人はそれらを目印に肩を並べ、そのまま飲み屋に入ったりロータリーでバスを待ったりしている。

 ところが今俺が向かっている駅の裏口(厳密に言うと西口)にはそういったものが一切なく目の前に広がるのは黄色に明滅する信号、住宅の玄関を照らす明かりが散発的に見えている。

 そして駅前から一歩道踏み外せばあたりは暗澹に包まれる。そこから十数分歩くと空を煌々と刺す照明がうざったく目に入る。

 ぼけーっと歩いている内に目的地に着いてしまったようだ。

 あいつら、ほんとカラオケ好きだな。

 カラオケの館内に入るとふわっと暖かい空気が肌を舐める。

 ポケットから携帯を取り出し短くメッセージを打つ。

 『着いたぞ』

 送信してものの数十秒でカラオケの一室のドアが開く音が聞こえ、タタタッとタイルをかける音が館内に響いた。

 「よう!やけに早かったな」

 「よっ」

 ロビにーきた拓人と受付でドリンクバーのグラスをもらって俺たちは松原の待つ部屋に向かった。

 *       *

「に、してもやけに早かったな〜」

 部屋に入るやいなやすぐさまにやにや顔で俺をいじろうとする拓人。 

 確かに俺の家からこちらの駅裏まで30分はかかる。

 「偶然、近くにいてな」

 「誰と?」

 ぐっこいつ!めんどくせぇ!

 そう心の中で叫んでも拓人に届くことはなく、一方の松原は後ろで苦笑を漏らしている。

 「あはは、幸平と花岡さん付き合ってるんだし、しょうがないんじゃない?」

 「付き合ってねぇ!」

 俺の激しい抗議虚しく、拓人は呆れたようにやれやれと首を振る。

 「まだ、んなこと言ってんのか」

 他の連中の勘違いは実害がないから放っておくものの、こいつらに至っては顔を突き合わせて話す機会が多い……今後を考えると話しておいた方が面倒がないかもしれん。

 俺は頭をぽりぽりと掻いて腹を括る。

 「あのなぁ……」

 ふうと一呼吸置いてから俺はこれまでの経緯を始めた。

 *        *

 「ほーん、そんなことがね……」

 「それって……どう言う関係なの?」

 俺がこれまでのことのあらましを話すと二人は怪訝な面持ちで何やら考えている。

 俺が話したのは本当に付き合ってなどいないこと。彼女は勉強しに俺の部屋を間借りしている(占領)だけと言うことを大まかに話した。

 「なんていうか……それって……」

 松原が躊躇うように口元を手で押さえると切れ切れの声で俺に問いかける。

 「付き合ってる……ってよりは付き合わされてる……って感じじゃない?」

 「あー、確かにな。それならお前と付き合っててもおかしくないわ」

 松原の的を得た言い方に拓人も賛同する。

 分かってくれたか、安堵するが一つ気になることが聞こえた。

 「おい、俺と付き合ってておかしいってどういう意味だよ、不釣り合いってことか?」

 それを聞いた拓人は高らかに笑うと手を左右にと振って答える。

 「っぷはは!いやいや、悪い。そういう意味で言ったんじゃない。勉強に付き合うならって意味でおかしくないって言ったんだよ」

 俺はいまいち拓人の意図が分からず堪らず聞き返す。

 「なんでだよ、俺が教師にでも見えるか?」

 拓人は笑った顔を崩さずに答えた。

 「そんな、尖った目で見られてたら誰だって気を張るよ」

 「確かに!幸平喋ってない時めちゃくちゃ目つき悪いもんね。僕も初めて話した時も凄い緊張したなぁ」

 二人は互いを見合いながらくすくすと笑う。松原に至っては昔を思い出すように遠い目をしている。

 「最初の合同体育のときな」

 「あの時、拓人がいてくれて助かったよ」

 こいつら本人を目の前にして随分な言いようだな。

 俺は一言言ってやりたい気持ちを堪えてコップに入ったコーラをごくごくと飲み干した。

 二人とも俺が来る2時間ほど前からずっと歌っていたせいで少し疲れていたのか、いつの間にか機器の予約リストは空になり、すっかり話に花を咲かせている。

 俺が呼ばれた理由が箸休めって悲しすぎるんだが……。

 まぁいいか、折角だし俺も時間いっぱい歌っておこう。

 と。タブレットを手繰り寄せて操作を始めると隣に座っていた拓人がずずいと顔を寄せてきた。

 「で、なんで一緒にご飯行かなかったんだ?」

 俺は操作の手を止め首だけを捻る。

 「当たり前だろ、あんなおっかない奴らと行けるか」

 「確かに榎本はそうだけどよ、花岡とヒサギはそんなに高圧的じゃないし三人ともかわいいじゃん」

 ん?ヒサギ……ヒサギ、ヒサギ。脳内でしばらく反芻してたが聞き覚えのないので消去法で片付ける。

 あぁ、あいつヒサギ千晶って言うのか。

 一人勝手に頭でポンと手を叩いて納得するととりあえず話を続ける。

 「それでも行きたくねぇよ……」

 それに同意するように松原は首肯を繰り返す。

 「まぁ、確かに女子三人だと少し肩身が狭いよね……」

 「じゃあ、俺らも呼べばいいじゃねぇか!」

 「アホ、俺らにはこうしてカラオケがお似合いだよ」

 なぜか一人興奮気味な奴を諭して選曲すると流れていたCMがぱっと切り替わる。

 そうだ、俺らにはこれがお似合いだ。

 しばらくすると聴き慣れたメロディが流れ始める。俺が小学生の時に流行った曲だ、当時は行く店の先々でよく流れていたのを今でもよく覚えている。

 馴染みのある歌詞にいつもの店、見慣れた顔ぶれに心が安らぐ。

 そう、かっちりとピースがはまっているジグソーパズルの絵のように。

 完成しているのだ、もう既に。

 そう思うと、おもむろに彼女のことが気になった。

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