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僕には愛がたりない

気まぐれに続きます。


ちょくちょく追記していくので後書きに了が無いうちはまだ執筆途中になります。


後書きに了と書いたらそれ以上追加致しません。

 

  0


 今でもたまに思い出す。俺がまだ小学生の頃、家に来た親戚の兄ちゃん。

 たしか年は16か17、高校真っ只中というのにその振る舞いは周りの大人となんら変わらない。

 そのせいか俺の中では高校生というものは成熟した存在なのだとそう思っていた。

 だがそれは浅はかで無垢なガキが見た幻影だ。

 外面だけを見て全てを理解した気になる。

 実際、俺がなってしまった高校生という生き物は無力で矮小なガキだった。

 

 0.5


 カチッ、カチッ

 冷房の効いた部屋、静かな部屋に一人コントローラーのスティックを押し込む。

 「死ねっ!お前なんか死んじまえ!」

 ゴンッ!。

 床に何かが激突する音。

 「何が死ねだぁ!調子のんじゃねぇ!」

 カタッ、カチッ。

 「いってぇなああァ!」

 下のリビングではもう付き添って20年になろうという夫婦がガチのリアルファイトを繰り広げていた。

 またか。呆れて関わる気も起きない。

 その時、不意に俺の耳につけていたイヤホンが外された。


 「ねぇ、また喧嘩してるよ」

 背後から諭すようにして俺が黙認している事実を告げる。

 「知ってる」

 俺は手に持ったコントローラーを置き背後に立つ女性に体を向ける。

 そいつはジトっとした目をこちらに向けて辟易とした面持ちだった。

 「知ってる、じゃなくてお前が止めてきてよ。男でしょ?」

 「俺が何言っても変わんねーよ、あの夫婦は。悪いけど俺はゲームで忙しい。あれが耳障りなら姉ちゃんが辞めさせればいいだろ。」

 実際そうだ、この関係は今に始まったことではないし、生まれて十五年しか生きてない若造が何かできるとは思えない。

 「使えないやつだなー、じゃあ喧嘩終わるまでお前の部屋居るね!」

 そう言って姉は俺のベッドに腰掛ける。

 「はあ?なんでだよ、自分の部屋があるんだからとっとと自分部屋戻れよ」

 「私の部屋リビングの真上だから、あいつらうっさいんだよ、それにお姉ちゃんと一緒とか嬉しいでしょ?いやなら早く止めてきて」

 うぜえー、姉はいつもそうだがこの並々ならぬ自信はどこから来るのだろうか不思議でしょうがない。

 姉と一緒で良かったことなど片手で足りるほどしかない、逆に悪かったこととなるとおそらく両手両足の指全てを使っても足りないだろう。

 いやほんと、人が買ってきたコーヒーゼリー勝手に食うのやめろ。

 喧嘩の仲裁などまっぴらだが、このまま居座られるのもたまったもんじゃない。俺は意を決して椅子から立ち上がる。

 「わかった」

 俺は短く告げると腰を上げ部屋を出る。

 「誰もお前なんて愛してないんだよ!気持ち悪い!」

 母だ、今日は一段とお怒りのようで先ほどから何か物を投げているのか下の階からはガッとかゴンっと衝撃音が聞こえる。


 「てめぇがいるから、こうなってんだろうが!ぶっ殺すぞ!」


 父だ、前みたいに母を殴って青痣を作ってないといいが、いくらうちが田舎でもあまり大声で叫ぶとこの前みたいにお隣さんに通報されても困る。

 っていうか一回通報されたしな、警察も中々帰ってくれないから深夜2時まで事情聴取で寝れなかった。

 階段を降り切った俺はゆっくりリビングの扉を開ける。

 中からはもわっとした熱気が渦巻いており、二人は傍目に俺を見てもお互いを罵ることをやめない。

 とりあえず今回は母を殴っていないようで良かった。

 「あのさ、まじでうるせぇから喧嘩なら他所でやってくんない?」

 俺がそういうと父親は「何ィ…」と俺を睨みつけこちらに歩いてくる。

 そのままの勢いで俺の胸ぐらを掴み顔を寄せる。

 「ガキがいらねえことに首突っ込んでじゃねぇぞ!誰のおかげで生きていけると思ってんだ!」

 大口をあけ唾を吐き散らしながら怒鳴るその姿は父親とは呼ぶにはおこがましい、かけ離れた何かだった。

 その態度に、言葉に俺の深奥にあったものが噴出した。

 「誰が生きたいっていったよ、お前が勝手に作ったガキだろうが」

 俺の一言にこめかみがぴくぴくと小刻みに動き、やがてその右手は握りこぶしを作り俺に降りかかる。

 「お前だと…?お前じゃねぇだろうが!」

 バチィ!

 直後俺の顔にパンチが飛んできて、鈍い音と共に俺は後ろ向きに倒れた。

 蒸し暑い部屋にはまだ罵声と怒号は響いていた。

 

   1

 パァン。

 突然の衝撃音に俺は体をビクッと震わせる。

 どうやらうたた寝でもしていたようだ。

 未だ意識が覚束ないなかグラウンドに設置された大きなスピーカーが元気よく実況を伝えられる。


 『ついに始まりました!体育祭最後の目玉、各軍対抗リレー!スタートダッシュで先陣を切ったのは現在トップの赤軍!次いで白、青、黄軍が僅差で追いかけます!』


 そういや今は体育祭の真っ只中だった、自分の出場競技が終わった安心感と疲労感で少しぼーっとしていたらそのまま意識を持っていかれてしまったようだ。

 体を軽く動かしてさらなる意識の覚醒を図るが微睡んだ感覚は中々抜けてはくれない。

 とりあえず立って周りに合わせなくては、と応援してる生徒に混じりそれっぽくグラウンドのトラックを覗き込むが正直あまり関係ないと思われる。

 

 『さぁ、リレーもついに大詰め!次の走者がアンカーです。現在の得点は赤軍450点、白軍420点、黄軍370点、青軍360点となっています!白軍と青軍は順位を上げるチャンス!頑張ってください!』


 と意気揚々と放送委員の男子生徒は祭りの熱に浮かされたのか、台本があるのかしらないがたかだか体育祭だというのに各軍に檄を飛ばしていた。

 因みに俺たちは青軍、つまりは最下位を争う集団というわけでどう足掻いても3位がいいところだろう。


 『赤軍と白軍が首位争いをしてる後ろから青軍が食らいつきますがその差は縮まらない!』


 応援が無意味、とは言わないがその行為が与える影響は微々たるもので結果には誤差程度しか変動は起こらない。

 だから俺は今こうして見ているだけで別に何かをするわけじゃない。

 その時、すぅっとマイクの向こうで息を吸い込む音をスピーカーが拾う。


 『あぁーっと!青軍アンカー速い速い!あっという間に2位に抜きん出ました!トップの赤軍と競り合います!』


 俺達の高校の体育祭の軍対抗リレーはクラス男女公平を期すために走者順ごとに男女が決まっており、その順番は毎年異なる。そして今年は俺と同じ1年の女子がアンカーを務めていた。

 「あずさー!!頑張れー!」

 「いけー!」

 「頑張れ頑張れ青軍!頑張れ頑張れ青軍!!はい!」

 俺の周囲はたちまち青軍アンカーを走る彼女へのエールが始まり、そして……。


 *      *


 「ごめん!まけちゃった〜」

 「いやいや、花岡さんすごかったよ!」

 「そうだよ!あずさちゃんの走りのお陰で2位まで来れたんだから!」

 声援を受け結果を残して帰ってきたアンカーにクラスメイトはべた褒めと共に暖かく迎えいれていた。

 リレーには惜しくも負けたものの総合発表が訪れる前に張り出されたパネルには2位だった白軍を上回るポイントが表示され、残すは閉会式に発表される応援を見た保護者からのポイントを計算するのみとなっている。

 まあ、応援合戦など大した得点にもなりようが無い、よっぽどのクオリティで尚且つ奇をてらうようなものでなければ順当にこのまま逃げ切れるだろう。

 俺としてはたかが体育祭、としか思えないが、周りで騒ぐ奴らはさぞそれが重大なことのように盛り上がりお互いの健闘を讃えあっている。

 幸せ者ばっかだなここは。

 こんなお遊戯会みたいなもので一喜一憂出来るのが本当に羨ましい。

 俺が冷え切った目を向けているとザザッとスピーカーから軽いノイズが入った。


 『文化祭実行委員の皆様は至急本部へお集まりください』


 グラウンドの中心より校舎側に位置する本部からの呼び出しがかかる、行かないとな。

 俺は帰ってきたヒロインを尻目に文化祭実行委員として予定されているであろうポイントの集計、計算、後片付けへ行うべく体育祭本部へと向かった。


 2


 「幸平!今日カラオケいかねぇ?」

 きらっと光る眼鏡かけた吉田拓人は目までかかる髪をかき上げると明るい声で俺に提案してくる。

 「おっそれいいな、体育祭の打ち上げって事で行くか」

 それっぽいことを言ってはいるが体育祭の実行委員として馬車馬のように方々を駆け回った俺たちはそれとない理由を付けて遊びに行きたいだけだ。

 「それだったら松原も誘おうぜ!二人だけだとマイク周り早くて疲れるからな」

 「じゃあ俺話しとくわ、お前原付だろ?早く取ってこいよ」

 拓人はおうというと足早に教室の入り口向かった、そして俺に背を向けたまま「校門の前で待ってろよー」と捨て台詞を置いて行った。

 「さてと」

 俺は身支度を整えると松原の席を見る。

 まだ鞄はあるが、机の上は綺麗に片付けられている。

 時計を見るが時刻はまだ16時になっていない。

 体育祭が終わったのが15時20分くらいだったな……。

 松原もさっきまで体育祭本部の片付けをしていた筈。しかし本部なぞ大仰に言ってもテントと机、椅子ぐらいなもので学生がやることは限られている。

 「と、いうことは会議室かな?」

 当たりをつけると俺はその足で会議室に向かって歩き出した。

 

 会議室に着くと実行委員と松原そして若い体育教師がせっせと体育祭の本部で使用していた長机を会議室本来の姿に配置し直していた。

 男子にしては小さな背丈で華奢というよりひょろい印象が受けられる松原は積み上げられた長机を前に何やら覚悟決めていた。

 流石にお前のガタイでそれを一人運ぶのは無理だろ……。

 俺は松原に駆け寄ると松原はなんとも抜けたような声で俺を気にかけてきた。

 「あれ?幸平どうしたの?」

 「いや、ちょっと手伝いにな」

 俺はそういうと廊下に重なっていた折り畳まれた長机をもつ。

 「え?でも幸平、委員じゃないでしょ?やんなくていいよ」

 松原はそういうと俺が持った机を持とうと手を差し出してくる。

 「お前だって委員じゃないだろ、どうせ椿のやつにでも押し付けられたんだろ」

 松原は冷めた怒りがぶり返したようで苛立ちを隠せず呆れたような口調で話す。

 「そうなんだよあいつ!自分は別の仕事あるからって丸投げしやがって」

 わなわなと肩を震わせる松原をどうどうと宥めると俺は会議室に足を踏み入れる。

 「まぁ、さっさと片付けようぜ」

 そういって俺達は仕事を片付けて早足に教室にバックを取りに戻った後昇降口を出た。


  3


 「遅いわ!」

 教室から別れて15分ほどだろうか、結構待ったみたいでカリカリしてる拓人が原付にまたがって待っていた。

 そういや待ってるとか言ってたな……すっかり忘れてた。

 俺は一言「悪い」と謝ってから弁解を付け足すことにした。

 「でもお前原付だろ、俺ら歩きだから先行ってると思ってたんだよ」

 「そりゃそうだけど、一緒に行きたいなーって思ってさ」

 なんだか、女々しいことを言ってる拓人にらしくないと呆れてため息が出る。

 「どう考えても無理だろ……先行って部屋取っといてくれ」

 俺がそういうと拓人はふてくされた顔をして、手に持っていたヘルメットを被る。

 「わかったよ、そのかわり急いで来いよ!歌う時間少なくなるからな!」

 拓人は俺たちを急かすようにエンジンを吹かした。

 「わかった、わかった。全速力で行くよ」

 ぶるんとエンジンが唸り、進み始めたと思うとあっという間に拓人の姿は見えなくなった。

 「さて、俺らも怒られないようににさっさと行くか」

 ぐぐーっと背伸びをして出発に向け準備をしていると横から弱々しい声音が聞こえてくる。

 「僕、体力ないから走るのはやめてね…」

 松原が体力がないのは普段の体育の授業を見ていればよくわかる。

 それに今日は体育祭もあったことで俺も普段より幾分か足が重たい、拓人は一人でも楽しめるだろうし別段焦ることもないだろう。

 「知ってる」

 そうして俺たちは駅前のカラオケに向かってゆっくりと歩き出した。

 

 *     *


 「幸平曲入れた?」

 「えっ?ああ......まだだわ悪い」

 何か考えていたわけではない、ただぼーっとしていただけなのだが時計ばかり見てしまう。

 楽しいはずのこの時間の終わりばかり気にしてしまう。

 カラオケのタブレットに触れ何となく履歴から曲を探す。

 別に歌うのが好きというわけではないし歌いたい曲なんてない。

 ただ声を出したかった、大声で、馬鹿みたいに、体の中にある蟠りを吐き出したかっただけだ。

 だからこそ、ふと考えてしまう。

 なぜ俺はここにいるんだろう、と。

 「悪い、俺が歌いたい曲まだないみたいだから俺一回パスな。トイレ行ってくる」

 何かが心の隅に引っかかって、上手く体が動いてくれない。

 「お前さっきもトイレ行ってたろ、年なんじゃねぇの」

 「はは、そうかもしんない」

 からかうような拓人の言葉をあしらって俺は部屋を出た。

 俺は何しに来たのだろう。

 いや、何もしていないからここに来たんだ。

 逃げてきたんだ。

 その言葉は音にはならずに俺はただ唾を飲んだ。

 

 *    *

 「もう十時かー、やっぱ楽しい時間はあっという間だよなぁ…」

 「あっ!あの曲歌えばよかった......忘れてた〜」

 拓人と松原はこれまでの時間を惜しむようにそんなことを話している。

 俺は二人から徴収していた三人分の金額を会計し二人に歩みよる。

 「ほら帰るぞ、松原もまた来て歌おうぜ」

 「そうだね、よしじゃあまた明日!学校でね!」

 「おう」

 「またなーー」

 松原は徒歩で。

 拓人は原付で。

 各々自宅へと帰路へ着いた。

 

 俺は......。



  4

 

 まっすぐ家に帰る気は起きなかった。

 

 ガコンッ


 自販機の明かりには蛾や蚊のような小さな虫がたかっていて気持ち悪かったがなんとか小銭を入れてボタンを押す、そうして出てきたアルミの缶は酷く冷たくて缶の周りには結露で出来た水滴で濡れていた。

 俺は近くのブランコに腰をかけケータイのロックを解除して時刻を確認する。

 時刻は22時56分、ど田舎の公園は街灯すらなく真っ暗でケータイの明かりは強すぎて直ぐに消してポケットに入れた。

 プシュッと清涼感のある良い音が閑散とした公園に響く。


 誰もいない。

 俺だけだ。

 

 キィと揺れるたびに音を立てるブランコ。

 その音が鳴るたびに孤独を感じて、恐怖が不安が押し寄せてきた。

 

 死にたい。

 この世から消えてしまいたい。

 跡形もなく、微塵もなく。

  

 「はあ」


 苦しくて、吐き出したかった。

 

 「ふっ!」


 地面を蹴り、ブランコを大きく揺らす。前に、後ろに。


 [人生はブランコみたいなもんだ、前に進むときもあれば後ろに下がる時もある]


 ふと思い出した、誰かが言った、そんな戯言を。


 ふざけるな。

 だったら、俺の人生はなんだ。

 輪を乱さぬように取り繕って、笑えもしないくだらない冗談に付き合って。

 結局これか。

 その思いが強くなるほど、俺は大きくブランコを揺らした。前へ、後ろへ。

 ガキッ!

 大きな音とともに俺の体は右に傾いた。

 「おわっ!」

 ブランコの金具が外れたんだ、古い公園なものだから手入れなんて碌にしていないのだろう。

 次の瞬間には俺の体は前方の土の上に放り投げられゴロゴロと転がる。勢いをつけていたためかなりの速度で放り出され体の所々が痛かった。

 俺は地べたに寝そべったまま空を仰いだ。

 「曇ってんじゃねぇか」

 田舎だというのに星は一つも出ておらず、月も隠れている。


 一人ぼっち。


 そんな言葉がふと頭をよぎる。

 途端に自分が酷く惨めに思えてきた。

 喉が痒くなって、唇が震えて、目頭が熱くなって。

 

 「えーと、大丈夫?」


 若い女性の声が聞こえた。

 「えっ!?あっ!」

 俺は痛みも忘れて跳ね起きて声の主に体を向ける。

 「は、花岡さん…?」

   

  *    *


 「こんな時間に何してるの?」

 「いや、別に…何も…」

 やべー死にてー恥ずかしすぎて死にたくなってきた。

 ブランコから吹っ飛んできて空眺めながら「曇ってんじゃねぇか」はどう見てもやばいやつだろ、明日の話題は俺で持ちきりかな?

 目の前にいる女性、花岡梓は俺と同じクラスでかなり目立つ人種だ、おっとりした性格に柔らかい目鼻立ち、さらっと肩まで届く黒髪はすこし大人びて見える。

 そして誰にでも優しくて誰とでも仲良くなる、稀にいる人種だ。

 彼女はふーんと後ろで腕を組んで近づいてくる。

 「何も、って泣きそうになりながら「曇ってんじゃねぇか」って呟く奴は結構やばいと思うよ」

 彼女はにやにやとこぼれる笑みを抑えきれずに意地の悪い軽口で痛いところをつついてくる。

 つつくというより貫通してるんですがそれは......。

 俺がぴくぴくと頬を引きつらせ苦笑いをしていると彼女堪え切れなくなったように吹き出した。

 「ふふっあはは、ごめんごめん。ちょっとからかったんだ」

 彼女のブラックを超えた深淵クラスのジョークに俺は「ははは」と乾いた笑いをしていると彼女はしゃがんで膝を抱えると地べたに座った俺に顔を寄せてきた。

 「本当は何してたの?」

 そう問いかける彼女は表情は先ほどとは打って変わって柔らかくどこか慈愛を感じさせる。

 俺はなんだか悔しい気持ちになり自嘲気味にほざいた。

 「実はね、前々から久しぶりにブランコに乗りたいなって思ってたんだけど、高校生にもなると人目が気になって」

 そう言いながら体のあちこちに付いた砂をぺしぺしと落としているとしらっとした目が見える。

 「本当に?」

 「本当に」

 質問は詰問に、彼女の眼は見定めるように強かに俺に問いかける。

 まあ、そうでも言っておかないとあらぬ誤解を生みそうでおっかないというのが本音だ。

 「そっか、随分やんちゃなことしたねーあちこち擦り剥いてるよ?」

 彼女は体を起こし俺の腕を指差す。

 俺はそう言われて自身の体を見回すと腕をまくったYシャツは砂塗れになっていて、腕は所々擦りむいて皮膚に砂が混じったの赤い血が滲んでいた。

 「私の家近いから絆創膏と消毒取ってくるよ」

 そう言って小走りになる彼女を静止させようと慌てて声をかける。

 「ちょっ!いいよ、こんな時間だし!」

 「取りにに行って来るから、そこにいてよー!」

 人の話も聞かずに彼女は夜の暗闇に走っていったしまった。

 

 *   *


 あれから10分ほど待っていると、小さなバックを抱えて息を切らした彼女が現れたので、道具だけもらってそのまま自分で怪我の処置しようとしたら頑なにやらせて、やらせて!と言われ、あれよあれよと腕を持っていかれてしまった。

 「滲みる?」

 「いや.....」

 突然起きたラブコメみたいなイベントに狼狽している俺をよそに花岡さんはテキパキと消毒しガーゼを貼っている。

 なぜ?一つの疑問が頭をよぎり、動揺した声が出る。

 「は、花岡さん......どうしてここまで?」

 「まあまあ、クラスメートのよしみだよ」

 クラスメートと言われても入学してから半年、彼女とはろくに会話したこともない、ほとんど他人といっても差しつかえないだろう。つまり俺と彼女の関係はそこまで希薄なものなのだ、よしみと呼ばれるほどの謂れもない間柄。

 だからこそ彼女には何か裏があるのではないか、と損得勘定でものを考えてしまってどうにも落ち着かない。

 「よしみって…」

 「うん?」

 俺の疑問に首をかしげきょとんとしている。

 ふわりと揺れる髪は無邪気な笑顔と相まって他意を感じさせない。

 俺はそんな邪推を隠すように彼女からすっと顔を背けた。

 「いや、なんでもないよ」

 そして俺もそれ以上の言葉を求めるのをやめた。

 そんな他愛もないやりとりをしているうちに処置が終わったようで彼女は「よし!」と言って掴んでいた腕をぱしんと叩く。

 「いっ......」

 たあぁー。

 なんでわざわざ手当したところ叩くんですかね......。

 俺は腕を見ると自分が思っていたよりも何箇所も擦りむいていたようで一、二枚の絆創膏だけでなく大きな傷にはガーゼが、小さな傷には絆創膏が所々に貼られていた。

 「ありがとう、花岡さん」

 俺が彼女に向かって礼をいうと、彼女はふふんと鼻を鳴らし自販機を指差した。

 「お礼は言葉より行動の方が嬉しいな」


  5

 

 キィと錆び付いた鎖から音を出すブランコに彼女は腰を下ろして、ペットボトルからじんわりと滲み出た優しい温度を両手で感受していた。

 「ご馳走になって悪いね、えーと……あはは」

 そこらから先は覚えられていないようでごまかすように頭を掻いている

 まあ、しょうがない。彼女と俺の交流は皆無と言っても過言ではない、学校というある程度強制的に他人と顔を突き合わすような施設でも立場が違えば言葉を交わすこともない。

 そうなれば接点などあろうはずもない。

 俺は咳払いをしてから一言、佐藤……佐藤幸平。と自己紹介をしてから間をおかず続ける。

 「手当てのお礼……ってのは建前で随分とみっともないところ見られたからな」

 随分と安い口止め料といったところだろう。

 たださっきの醜態を見なかったことにしろと言えるだけの力は俺にはないのでそれとなく伝える。

 彼女は俺の意図を汲み取ったようで悪戯っぽく口元を歪ませる。

 「じゃあこれはこーへいなりの口封じってわけだ、120円とは随分と安いね」

 何か言いたげに目を細めるとおかしそうにけたけたと笑う。

 その姿はいつもの大人びた様子とは一風変わって無邪気な子供のように見える。

 これはどうして人から好かれるわけだ、ころころと変わる感情と愛想の良い性格。

 クラスでも彼女の周りにはいつも人がいる。気を引こうとするもの、面白い話をして感情を共有しようとするもの皆銘々に彼女に近づいていく。

 普段なら蚊帳の外にいる俺がその様を直視してしまったら気分が浮かぶのも無理はないだろう。

 「いや、そんなわけない。たりない分はこれから返す予定」

 そんな自分の台詞に思わず頰が緩む。

 これは虚言だ。

 "これまで"も無い者に"これから"が有る訳がない、荒唐無稽な言い文。

 明日になれば……いや今日ベットで横になる頃にはもう俺のことなど覚えてはいないだろう。

 だが、彼女は納得してくれたようでブランコの正面から俺に体を向ける。

 「そっか、じゃあ期待してるよ」

 期待している、そういってはにかんだ彼女の表情に何か答えを返さないといけないようなそんな使命感に苛まれ適当にはぐらかす。

 「ははっ、あんまり大きな期待はしないでくれると助かる」

 熱に浮かされた額がすっと冷たくなったのを感じて、俺はなんとはなしに話を広げる。

 「そういや、花岡さんはこんな時間になにしてたの?」

 俺の言い方が悪かったのか花岡の柔らかな表情は一転し、むっと眉間に皺を寄せる。

 「同じ歳なんだから、さんはやめてよ、呼び捨てでいいよ。」

 そう言うと彼女はペットボトルの蓋を捻ってほうと一息つくとゆっくりと続けた。

 「ちょっと散歩したい気分だったんだよ、夜風に当たりたくて」 

 ここではないどこか遠くを漠然と見つめながら話す彼女の心はここにはないように見えて、その真意を探るように俺は疑問をぶつけた。

 「本当に?」

 「本当に」

 間髪入れず返ってきた返答の割には軽く目を伏せるように俯く彼女。その儚げな顔に俺は気まずさを覚えてあたりの障りのない台詞を零した。

 「そっか、なんとなくだけど俺もわかるよ、花岡……さんの言ってること」

 呼び捨ててでいいと言われてしまったので自然に呼称を変えたかったが彼女のことをどうしても同列に扱うことができない、本能的に自分が下だとわからせれてますわこれ。

 言い淀んだ俺に彼女は暫くジトーっと睨め付けていたが、やがてはあと一つため息をつくと諦めたような声音で告げられる。

 「分かってないじゃん」

 むすっと膨れる彼女を見ているとなんだかこちらが悪いことをしているようでその目から逃れたくなる。

 えー、宴もたけなわですが……などと改まった言い方ではないが、話を切り替え帰宅を促す。

 「そんなことより、もう大分遅いし帰った方がいいんじゃない?家の人心配してるんじゃ……」

 「そんなことないよ」

 俺がそういい終わる前に彼女の否定が続きを遮る。

 「そんなことない……って」

 彼女のその声は先ほどまでとは打って変わって冷ややかにばっさりと切り捨てる。

 しんと訪れる静寂、だが彼女から続きの言葉はない。

 ただ寂しそうな表情でどこか虚空を見つめている。

 そこには俺なんかでは踏み込んではいけないような何かがあって言葉が喉に詰まった。

 俺も彼女も手に持っていた飲み物は既に空になっていて、とうに暖かさは失われ始ていた。

 その残った熱すらも気まぐれな秋風がざあっと襲い、俺たちを、木々をなぞりひらひらと木の葉が宙を舞う。

 冷たく重い沈黙が俺たちにのしかかった。

 俺は今日初めてまともに彼女と話した。そんな俺が分かった気になって、知ったかぶって、上から目線でご高説を垂れる。

 それは違うだろうと、そんなのを彼女が欲しがっているなど到底考えられない。

 俺は彼女のことを何も知らない、だから知ったような口を利いてはいけない。

 『家族と喧嘩したなら仲直りすればいいじゃない?簡単でしょ?』

 ふと俺の頭に浮かんだのは過去の事例。

 何も分かっていない無責任な言葉が今でも耳にこびりついている。

 俺は知っているのだ、結局人間は自分の世界でしか物事を見れずその場しのぎの適当なことばかりを宣う生き物だということを。

 ミシっと骨の軋む音が脳に響くと俺は奥歯を噛み締めていることに気が付いて、ふうと体に残った粗熱を吐き出した。

 ……俺は何を熱くなっているんだ。

 彼女が何に悩んでいるのかは分からないし分かりようもない、そしてもちろん俺はエスパーじゃない。

 俺は再び自販機まで歩いてお金を入れる。彼女の分は緑茶を俺は無糖のコーヒーを買って途中、ゴミ箱に空き缶を入れる。

 俺は空いた手でその二つを取り彼女に近づいて緑茶のペットボトルを差し出す。

 「ん」

 だから、こうすることしかできない。

 余計なことはしない。間違っても他人がでしゃばってあれこれ詮索するのはお門違いもいいところだ。

 俺の接近に気がついて彼女は引いていた顎を上げペットボトルを受け取るとくすっと綻んでおかしなことを言ってくる。

 「やっぱりこーへいはいい人だね」

 「やっぱり?」

 口元に持っていった缶を離して確信めいた声に聞き返す。

 「同じ教室にいれば分かるよ、こーへいってさ、いつも誰かの手伝いばっかりしてるじゃん」

 彼女は屈託のない笑顔で続ける。

 「今日も体育祭の片付け手伝ってたでしょ」

 委員でもないのに。そう付け足して。

 一切曇りのない彼女の眼には彼女から見える俺が映っているのだろう。

 「それは……」

 違う。とは言えなかった。

 あの時は早く遊びに行きたかっただけと、だけどそれを話してもきっと伝わらない。

 「……偶々だよ」

 随分ともってまわって出た言葉は曖昧で彼女は不思議そうに眉間に皺を寄せている。

 缶で隠した口にコーヒーが流れ込む。同じコーヒーを買ったのにやけに苦い。

 「偶々って……そんなことないよ。日直の仕事を手伝ってることも知ってるし、先生の仕事を手伝ってたこともあったね」

 思い出したように手を叩いて彼女は続ける。

 指折りに数えながら彼女は俺を賛美する。

 やれ優しいだの、やれいい人だのと。

 取り繕った外面ばかりを褒め称える。

 「そんなことも……あったかな」

 きっと他意はないのだろう。彼女の中ではそう見えているだけのことで。

 それでも彼女にとっての楽しいお喋りは終わらない、終わってはくれない。

 話題は徐々に移り、友人のこと、クラスのこと学年のこと、果てには学校の噂にも輪を広げていく。

 俺はただ彼女の言葉に頷き相槌を打ち、時に驚いて見せた。

 その間俺の唇はどんどん乾いていった、口をつき息を吐くたびに垂れ流れる何かは自分を削っているようなそんな気がした。

 やがて話すネタが尽きたのか口数は減り、ついにはぷっつりと会話の糸が切れた。

 それを皮切りにちらと手元の時計を見れば時刻も良い頃合い。

 高校生になって遊び盛りなのは分かるが限度というものもある。日を跨ぐ前に家路に着くというのが懸命だろう。

 俺はいつの間にか空になっていた缶をゴミ箱に放り、再び彼女に帰宅を促す。

 「そろそろ帰らない?」

 いくらか話して落ちついたのか先ほどのような即断は飛んで来なかった。

 「……うん」

 口を結んだままの沈んだ気のない返事だけが帰って来る。

 それがやけに気になって花岡に視線を向けるがその表情の委細は影に覆われてしまって窺えず、一抹の不安が徐々に募っていく。

 だからか、口をつく言葉はどうにも自己保身じみてしまう。

 「俺には何もできないかも知れないけど、話だけなら聞けるよ」

 そう、話を聞くだけなら無料、タダだからな。いやでもタダより怖いものはないっていうし何とも言えんな。

 そうして暫くの沈黙を経て彼女は空のペットボトルの蓋の部分を摘んでぷらぷらと弄んでから立ち上がる。

 「うん、今日はありがとう。私、帰るね」

 それじゃあ、とぺこりとお辞儀をする。

 こちらに向けた顔にはいつもの柔らかな表情が覗かせていた。

 「こちらこそ手当ありがとう。じゃ気をつけて」

 俺は彼女に手短に別れを告げ、背を向けて歩き出した。

 


一応1話はこれで終わります。

後日修正等を行なったりするかもです。

2話の投稿は暫くお待ち下さい。


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[良い点] 自販機から手にとった飲料の温度や、うざったらしい蚊の存在など、情景がリアルに浮かびました。 また、両親の憎しみ合い、すれ違いというのは子供心にものすごいストレスで、こうした事柄を小説の形で…
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