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捌、乙女と甘味と逢引きと

 梅雨の合間の貴重な晴れの日。

「これはどうかしら?」

「こちらも中々……」

 地図あちこち指差し合う事、十数分。

「早く決めた方がよろしくてよ? 私は市庁舎内の喫茶店をお勧めするわ。アップルパイが美味しいの」

『駄目よっ』

 小百合さんの言葉に佳乃子と幸子さんが反応する。

 二人が見ているのは、小百合さんが持参した雑誌。

 中には御笠駅周辺の飲食店の情報が書かれている。

 市議会長で商店街の商業振興委員会会長でもあるお父様が、観光情報を定期的に発行しているらしい。



 先日の語らいを経て、佳乃子と幸子さんはあっという間に仲良くなった。

 今では学校内で行動を共にすることが一番多い。

 もう心の友と呼んでも差し支えない関係だ。佳乃子の中では。


 幸子さんは母一人子一人の苦学生。

 基礎学校を卒業して就職する予定だったけど、優秀な成績を納めたので奨学金を貰えることになった。

 進路の選択肢が多くて、交通費が掛からない春日女子高等学校を勧められたらしい。


 貧乏華族の佳乃子と奨学生の幸子さん――二人の共通点と言えば、甘いものが好きな事と節制している事。

 そんな二人は、月に一度、お小遣いを貯めて慰労会を開くことに決めた。

 目当てはあんみつ一点張り。

 飲食店が数多く並ぶ商店街で、真剣に今月の逸品を決める……あんみつ以外の選択肢を増やすと、収拾がつかないのだ。


「茶屋でしたら……お団子もいいのでは? ねぇ、美弥子様」

 袴姿のお嬢様が声を掛けてくる。

 話題を振られた賢木美弥子は、此方を睨むばかりであった。

 級友達は、やんわりと佳乃子と美弥子様の仲を取り持とうとするのだが、先方の態度は相も変わらず。

 ちなみに、幸子さんに彼女が怖くないのか尋ねると、『目が悪いのかなって思っていた』というお返事。


「あら、今はパフェが盛りよ。冷たいアイスやクリームが乗っていて」

「色々なお店が出しているものね」

 セーラー服の生徒達も話に加わる。放課後の食べ歩きや散策は、庶民の彼女達の方が詳しい。

「まあ……こんなに積み上げてしまうの?」

「平気だよ。結構いけるって」

 パフェの写真をみたお嬢様が目を見開く。

「私のお勧めはルーシーのプリンパフェかな」

「駄目よ。ルーシーは底をコーンフレークで埋めているのが気に入らないわ」

「あら、それがいいんじゃない。缶詰のみかんより好きよ、私」

「やっぱりフルーツが無いと。こちらのお店はどうかしら」

 口々にお勧めを教えてくれる級友達。


 乙女達が囲いを形成する中、中心に位置する二人は情報量の多さに頭を抱えた。

「佳乃子さん……」

 パフェにしてはどうか――霊視の力を用いずとも、幸子さんの胸の内は理解できた。

「まだ、まだよ。屈するわけにはいかないわ……」

 まだ食していないあんみつがあるのだから、佳乃子の意思は揺らがない。


「パフェなら」

 そっと、地図に白い指が伸びる。

 縞模様の袖の持ち主は、雪緒さんだった。

「ここに新しい店が出来たのだけれど」

 時々見せる、佳乃子を弄ぶ時の、細めた瞳。

「ここのチョコレートパフェは、クリームやアイスの合間にパイ生地が挟まれてるの。さくさくした生地に甘味が染み込んでとてもおいしいわよ」

 その発言に、周囲が反応する。

 今日はそちらに行こうかと口々に囁く同級生。


『……』

 佳乃子は幸子さんと目を合わせる。

 二人には、まだ判断材料が必要なのだ。

「ちなみに……」

 胸の内を察したように、雪緒さんがそっと囁いた――意外とお手頃な値段を聞いて、二人は立ち上がる。

「行こう!」

「パフェ!」

 あんみつよりパフェ、そんな日があってもいい。



 二人で手を取り合って、揚々と歩く。

 そんな二人の後ろには、小百合さんと雪緒さんに加えて、知世さんが付いてきていた。

 学校帰りはまっすぐ帰る彼女にしては珍しい。

「なんか熱気に当てられちゃったわ」

「いいじゃない、頭を使うときには甘い物って言うでしょう?」

「あのね、脳のエネルギー源は主にグルコースだけど……」

「もう、知世先生、勘弁して。わたし生物の授業は苦手なの」


 商店街の中で、男子学生の集団とすれ違う。

 何やら光る物が幸子さんの足元に落ちた。

 “高”と書かれた鍍金のバッジ。

 金色の鐘の形をしたそれは、校章のようだ。

「あの……金色の……落ちましたけど……」

 集団の背に声を掛けると、彼らは自分の制服を確認し――一人が振り向いた。

「ああ、ありがとうございます、お嬢さん」

 彼は校章を受け取ると、そそくさと去って行った。

 耳が少し赤い。

 周りの学生達は「春日女子じゃん」「お前わざと落としたんだろ」と口々に囃し立てながら後を追う。


「あれは……金鍾山学園の制服かしら」

 小百合さんが呟いた。

 ここより少し北の方にある、名門校。

 学費を稼いで弟達をそこに通わせることは、佳乃子の目標の一つ。

「あちらの方とお付き合いしている生徒がいるみたいで、時々、校門の前に立っているわね」

 その言葉に、知世さんが眉を顰める

「学生なのに逢引きだなんて……」

「あら、今では若い男女が共に歩くのは当たり前らしいわよ? デート、と言うのですって」

 小百合さんの言葉に、よくよく周囲を見れば、喫茶店で向かい合う男女や手を繋いで歩く男女の姿。

 中には春日女子高等学校のセーラー服も。


「そうなの?」

「知らない」

 貧乏令嬢に、浮ついた話などある筈もない。

 櫻川女子学院で、三組のお嬢様達がお見合いの戦果や婚約者からの文について会話しているのを漏れ聞いた程度。

 共学の基礎学校に通っていた幸子さんも、異性とお話する余裕なんてなかったとのこと。

 小百合さんや雪緒さんの方が、そういうことに詳しそう……と興味が湧いたが。


「あら。私達は花より団子、でしょう?」

「今回ばかりは同意するわ」

 珍しく先頭を歩き出した知世さんの姿を見て、佳乃子は口を閉じた。

(小百合さんと二人になった時に聞いてみよう)

 ……雪緒さんは駄目だ。佳乃子一人では太刀打ちできない。



 商店街を一つ抜け、辿り着いた喫茶店。

 こげ茶の壁も、緑の屋根も真新しい。

 中に入り、店員さんが此方に声を掛ける前に――

「佳乃子さん達おそーい」

「席は取ってありますわよ」

 先程別れた筈の、見慣れた方々。

 いつの間にか追い越されていたようで、店の座席は一年藤組の生徒達でほぼ埋め尽くされていた。

(パフェってすごい……うわ、来てる)

 隅の席には、賢木美弥子様達のお姿も。

 甘味を前にする乙女の表情ではない。



「すごいね、これ。果物もチョコレートも美味しい」

「そ……そうだね」

 口の端にクリームをつけて微笑む幸子さんに、佳乃子は曖昧に笑う。

 美弥子様の視線を感じながら食べるパフェは、どうにも味を感じないのであった。

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