表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/33

肆、大犬子犬の邂逅

 畿内鉄道に揺られて数十分――大和府の首都、三笠市。

 かつては尊きお方の宮もあった、大仏と鹿の古都。

 率川佳乃子は父と共に、御笠の地を訪れていた。



 遡ること一週間前――

 孝子様から事情を聞いた率川家の面々は、一様に『なんのこっちゃ』と首を傾げていたが、鈴懸家からの文が届いたことで現実の物と実感できたのだろう。

 佳乃子を招待する旨の内容に、全員が慄いた。


 両親達が服だの手土産だので大いに悩む中、佳乃子はさして変わらぬ一週間を過ごしていた。

 櫻川女子学院の校医が代わったり、紫じゃない袴を纏った葛城ゆかり様に睨みつけられたりもしたが――佳乃子は、いつものように黙って俯いていた。

(私は何も存じ上げません……)


 そして、指定されたこの日――借り物の振袖を着せられた佳乃子は、父と共に率川家を出発したのであった。


 駅を出て、観光客の波に流されながら歩く。

 余寒厳しきこの季節、甘酒や焼き団子の出店がとても魅力的に見える。

 庁舎や博物館の前を通り過ぎ、大社の方へ。

 鈴懸家の重鎮が住まう場所へと向かっていた。


「あー鹿が可愛い……」

 この地域で“神の使い”とされる鹿は、彼方此方に存在する。

 佳乃子の父はそれを見つける度に、いちいち足を止めて呟くのだ。

「もう、お父様」

 鹿が舐める前に、父から風呂敷をひったくる。

 地元で有名な和菓子屋の、梅と白餡の饅頭を奮発して買ったのだ。台無しになっては困る。

「ゆっくりしていたら、約束の時間に遅れちゃうじゃない」

 気持ち早足で目的地へ向かう佳乃子を、父が慌てて追う。

「だってなぁ……私の人生で、鈴懸家の方々と会う日が来るなんて思わなかったし……」

 些か気の弱いところのある父は、手巾で額の汗を拭く。

「だから、私一人で行くって言ったじゃない」

「良く分からんことに巻き込まれている娘を放っておく親がどこにいるんだ」

「それなら、早く行きましょ」

 そんなやり取りをしながら歩くこと十数分。

 率川家の親子は、立派な門構えをした屋敷の前で、口をあんぐりと開いていた。

「これまた、とんでもない……」

「……うちとは大違い」

 立ちっぱなしも何なので、呼び鈴を押す。すぐさま女中らしき人が来て、屋敷の中へと案内された。


「よう来なすった。迎えも出さんと悪いねぇ」

 玄関口には、老婆と壮年の女性が待ち構えていた。

 先に口を開いた老婆は、小柄で柔和な笑みの“かわいいおばあちゃん”に見えるが、恐らく彼女が――

「鈴懸……千早様でしょうか……? この度はお招きいただきまして……」

「なに、堅苦しい挨拶はええ」

 震えあがる父に、手のひらを振って笑って見せる。

(まさか、御当主様が直々に出迎えてくれるなんて……)

 佳乃子は唖然と千早様の顔を見つめるが、後ろの女性に睨まれている気がして目を逸らした。


 何とか手土産を受け取ってもらい、千早様達に従って屋敷の中を進む。

「……さて」

 広間らしき部屋の前で、千早様が立ち止まる。

 開け放たれた襖の奥には、三人の少女がいた。

 年は佳乃子よりも四つ五つは下ぐらい。

 動きを見るに、舞の稽古をしているのだろう。

「わしの孫は強い霊力を持っていてなぁ……どれか分かるかえ?」

 千早様にそう囁かれた佳乃子は、三人の少女を見比べる。

 背格好は似たり寄ったり。皆が同じ緋袴を纏い、扇を持っている。

 ならば、と佳乃子は少女達の背後を見た。小振りの桃の花が二つと――

「あの方ですか? 向かって右」

 満開の桃の花が咲く少女を、佳乃子は指し示す。

 その答えを聞いた千早様は、目を見開く。

「……千歳」

 千早様の声に、件の少女が振り向く。

「お婆様、どうされました?」

「この娘、どう見える?」

 その問いに、千歳と呼ばれた少女は薄く微笑んだ。

「……犬がいます。篤子さんと一緒」

 控えめに、そっと囁く声を聞いて、千早様は満足そうに頷く。

「そうかそうか。邪魔してすまなんだな」

 少女は小さく頭を下げると、お稽古に戻って行った。


「試すような真似をしてすまないねぇ」

 広間の隣に案内され、座敷に座るなり、千早様は口を開いた。

「最近は、『霊力がある』と言い張れば娘を売り込めると考えている輩が多くてなぁ……率川殿、娘御に“(はふり)”の素質があることは聞いたかのぅ」

「はぁ、その、夜都岐(やつぎ)家のお嬢様から……俄には信じがたいのですが……」

 ぺこぺこと頭を下げながら、父が答える。

(孝子様が家に来たとき、お父様、ひっくり返っていたわね)


「率川家に術者が居たのは、いつだったか……」

「文慶の頃に、最後の記録が確認されていました」

(三、四百年前くらいかぁ。誰も知らないわけよね)

 千早様の後ろに控えていた女性の言葉に、佳乃子は得心する。

「まあ、そんな事情なら無理はないのぅ」

 うんうんと頷く千早様。

「……さて」

 千早様の顔つきが変わる。

 率川親子は背筋を伸ばした。


「“祝”とは古来より魑魅魍魎と戦って来た者の事。僧侶や武士に多く、大抵は男じゃ。妖の気配を察し、祭具や武具に己が霊力を込め、穢れを祓う」

 今じゃ警吏に専門の部署ができておる、と千早様は付け加えた。

「だがのぅ……稀に、特殊な力を持った“祝”が産まれる事がある。話を聞くに、娘御がそれであろう。しかも霊視の才もあるというのなら……率川殿」

 千早様は、再度父に向き直る。

「“祝”の務めは安全とは言えない。過去に、命を無くした娘もおる……それでも、我らには術者を育てる義務がある……どうか、鈴懸家に娘御を預けてはくれまいか」

 そう言うと、深々と頭を下げた。

 彼女の後ろには、白く輝く雌鹿が見える。

 これが、彼女の“祝”としての力だろう。


「え、あ、頭を上げてください」

 遙かに格上の相手にこのような態度を取られては、此方が戸惑うというもの。

「まだ、理解が追い付いていないのですが……私がふがいないせいで、娘には苦労掛けておりますし……年頃の娘らしいこともさせてやれないで……ですので、私共としては、娘の幸せが一番なわけでして……」

 あれやこれやと述べる父だが、応とも否とも答えない。鈴懸家に逆らうなんて恐れ多いが、親の気持ちとしては、複雑なのだろう。

 だからこそ、佳乃子は自ら動くことにした。


「鈴懸様」

 その言葉に、三人の視線が佳乃子へと集まる。

「私、どうすれば、一番“高く”売れますか?」

 ずいっと身を乗り出す佳乃子を、父が抑える。

「佳乃子、鈴懸様の前で、なんてことを」

「だって、だって、お父様」

 父の手を振り払い、佳乃子はぐっと拳を握る。

 百乃様とのお茶会からずっと、佳乃子はこの計画を練り上げていたのだから。

「お金もない、学もない、器量もぱっとしない私が、良いお家に嫁げるかもしれないのよ? 高等部に進学する必要もなくなれば、学費を事業の損失分に補填出来るし、万が一、支度金なんか頂いちゃったら、弟達の学費も賄えるのよ!?……だいたい、お父様がそろそろお金持ちの変態商人でも見繕って来なきゃ、家もやっていけないでしょ?」

「そんなことできるか!」

「貴方達……」

 いつの間にか座布団の上に立ち言い争いを始めていた親子は、我に返る。

 前を見ると、戸惑った様子の千早様と、顔を顰める壮年の女性。

(ど、どうしよう……偉い人達の前でやらかしちゃった……後ろの人、怒ってる……よね?)

 白い物が混じった髪を一つに纏めた、美しい顔立ちの女性なのだが、いかんせん目つきが鋭い。

 後ろに控える立派な狛犬が、さらに迫力を添えている。

 女性は顔を赤く染め、唇を震わせて……。

 佳乃子が怒声を覚悟した時――


「うっ……」

 その瞳から、涙が一筋伝う。

(えぇっ、なんで泣くの?)

 佳乃子は座ることも謝ることも忘れて、ただただ立ち尽くす。

「こんな若い方が、家の為に……おぞましい……」

 おそらく、彼女の脳内では、佳乃子が変態商人に剥かれている最中なのだろう。


「鈴懸様っ」

 女性は立ち上がり、佳乃子に突進する。

(ひいっ)

 身を強張らせる佳乃子を、女性は抱き寄せた。

「この子は、私が守ります!」

「え、ま、守るってどういうことですかぁ!?」

「え、いや、別に、売り飛ばすなんて、一言も……」

 佳乃子の叫びも、父の呟きも、彼女には届いていないようだ。

「あー……そうさのう……儂もそう考えとったし……篤子がそうしたいなら、いいんじゃないかねぇ……」

 千早様は、些か引き気味だ。


(私、なんかやらかしちゃったのかも……お父様、ごめんなさい)

 この成すすべもない状況に、佳乃子は心の中で謝罪するしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ