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参拾壱、蛮勇の乙女達

※残酷な描写があります

(……厄介な事になりそうね)

 賢木家所有の車中で、浜木綿(はまゆう)桃は溜め息を隠せなかった。


 我らが主――賢木美弥子様は、良くも悪くも矜持の高いお人だ。

 名門の家に産まれた術者として、自分の権利と義務をよく理解している。

 十代の少女としては箱入りの内弁慶だが、術者としては自分に厳しく修練を重ねた方だと桃は認識していた。

 そして、他人にはもっと厳しい――特に、賢木家と同じように名門扱いされる家系には。

 過去の威光に縋り、愚行を繰り返す在原家のような存在を看過出来ないのだろう。

(だからと言って、美弥子様自らが乗り込むなんて……)

 浜木綿家当主と賢木家当主から側付きを命じられている自分達の身にもなってほしい。

 しかし、桃個人としても見過ごす事は出来ないし、双子の妹もそう感じているだろう。

 御当主様達からのお叱りが怖い所であるが、了解を得てからでは手遅れになる可能性もある。

 この件に賢木家が関わっている事、高山直人を迂闊に害せば不利益を被る事――在原家にそれぐらい認識させれば問題ないだろう。


 さて隣を見れば、深刻な顔をする桜の姿。

「吸血鬼かぁ……」

 彼女は、在原家に吸血鬼がいる事を想定しているのだろう。

「美弥子様、勝てます?」

「相手によるやろ」

 桜の問いに、主は至極真っ当な答え。

 美弥子様の術は、穢れを祓う炎。

 霊力の強さも国内有数ではあるが、いかんせん物理的な攻撃には無力。

 桃は地元の紀州で吸血鬼と戦ったことはあるが、術だけでなく身体的な能力も高い印象があった。

「ですよねぇ……私も相手によるとしか……」

 桜は己の霊力を薙刀の形にして戦う。

 純粋に技量や膂力のぶつかり合い。

「まあ、最後は数の暴力が勝つのよ」

 自分は折り紙に霊力を纏わせて、式として使役する。

 ただ、再生力に長けた吸血鬼を屠るには心許ないか。

 そして、血を吸う事で配下を増やす吸血鬼はかなり厄介。

「各所に手紙は出したし、応援を期待しましょ」

 佳乃子さんに手紙を書いてもらい、鈴懸家と宗像家に折り鶴を飛ばしてきた。

 彼女が助けを求めれば、すぐに来てくれそうな方々も幾人か思いつく。

 ちなみに、己が霊力を式にする佳乃子さんだが、おそらく吸血鬼の相手は無理だろう。

 一年で力を付けたと言っても、まだまだ駆け出し。

 そんな思いもあり、佳乃子さん、小百合さん、陽子さんには在原家の外で待機を命じた。

 佳乃子さんの霊視は決定打となるが、あくまで最終手段。

(まあ、今回は様子見程度で帰りたい所だけれど)

 自分の目的は第一に美弥子様の生存、次に桜の生存。

 ついでに高山直人や自分の安全が確保できればありがたい。

 その為には、戦えない人物を連れて行く余裕は無さそうだった。



 美弥子様が運転を急かし、(あくまで法律の範囲で)飛ばした結果、在原家の本宅にはすぐ到着した。

「えろうけったいな……」

 賢木家や鈴懸家よりも贅を凝らしたように見える門構えに、主は顔を顰める。

 呼び鈴を鳴らせば、時間を経てから要件を問う声。

「どちら様でしょうか」

 警戒心を隠さない声色であった。

「賢木家の遣いで参りました」

 その言葉に、軽く息を呑む音が聞こえる。

 相手はそのまま離れたようだ。

「……躾がなっとらんな」

「先触れを出さない人が、そんな事を言ってはいけませんよ」

 美弥子様と桜の遣り取りを背に聞きながら、向こう側の気配を探る。

 暫しして、足音が聞こえてきた。

 ゆっくりと門扉が開かれる。

「……ご案内いたします」

 やつれた初老の男が姿を現した。



 渋る運転手を車に残し、主は躊躇なく門を潜る。

「又次様がお会いになると仰せで……」

 自分達を先導する男は、在原家の家令らしい。

 石畳の上を進む足捌きは、どうにも頼りない。


 在原家は広大な敷地の中に複数の屋敷を置いているようだ。

 その中でも一際立派そうな屋敷の前に案内された。

(現当主の在原幸篤は四人の奥様を娶られて、それぞれに子女が居た筈だから……家族を住み分けさせているのかしら)

 結婚と離婚を繰り返した妻子達と同居だなんて、拗れそうだものねぇ――と、ついつい邪推してしまう。

「何や、当主はおらんのか」

「その……今はご子息の又次様しかいないのです」

「ふぅん」

 警戒しながら敷居を跨ぐ。

 屋敷の奥へと案内される途中、すれ違う使用人達の姿からは疲労や焦燥が見てとれた。

 吸血鬼に噛まれたのでは――と考えたくなる顔色の者もいたが、穢れの気配は感じなかった。

「……此方でございます」

 長すぎる廊下の先で、家令は障子を開けた。


 中には、痩せぎすの男が待ち構えていた。

(この方が、在原又次……)

 銀縁の眼鏡をかけ、紫紺の着物を着ている又次は、桃達の倍ぐらいは歳が離れているだろう。

 彼は美弥子様の姿を見るなり、腰を低くした。

「これはこれは、賢木のお嬢様……」

「御機嫌麗しゅう」

 薄ら笑いを浮かべる相手に、美弥子様はにこりともせずに答えた。



「生憎、父や他の家族は出払っておりまして……」

 残念ながら、非常に申し訳ない、と繰り返し捲し立てる。

 出された茶には手を付けず、美弥子様は相手の言談を聞いていた。

 後ろに控える桃達にも茶は出されているが、無論、飲むつもりは無い。

「父はね、もう年なのですから隠居すれば良いものを……」

 ふうっと又次が一息ついた頃合いに、美弥子様は口を開いた。

 相手を挑発するように、薄い笑みを浮かべている。

「最近、舶来からけったいな客人が来とるなぁ」

 その言葉に、彼がぴくりと反応する。

「お宅も苦労してはるんやろ?」

 美弥子様とは対照的に、又次の顔からは笑みが消える。

「さて、何の事でしょうか……」

 誤魔化そうとしているが、声が上擦っている。

 ここで何故か、美弥子様は桃の方をちらりと見た。

「諜者に誰も気付かんとは……在原も落ちたもんやな」

(……はいはい、そういう事ね)

 主の意図を察し、桃は懐から折り紙を取り出す。

 兎の形に折られたそれを、又次の前まで歩かせた。

「話は全て聞かせていただきました」

「なっ……まさか……」

 彼は眼鏡の縁に指を掛け、目を白黒させている。

「桃すごーい」と横から呟きが聞こえたので、「せやろ」と小声で返した。

 無論、浜木綿桃に諜報の嗜みは無い。

 ただのはったりであるが、効果は抜群だったようで――

 又次は両の手で机を叩く。

「そ、そんな事許される筈がないぞっ! 賢木家に全力で抗議させてもらう!」

 その言葉に美弥子様は鼻で笑う。

「斜陽の家にそんな力が? 息子の見た目がちょっと変わっても、幸篤殿は何も言えへんやろなぁ」

 もう一度主に見られた気がしたので、今度は折り鶴を取り出した。

「何処からいきますか? 目? 爪? それとも……」

 折り鶴を飛ばして、顔から舐めるように下降させていく。

「そんなお姉ちゃん嫌やな」と、呟く声が聞こえた。

(私も嫌やわ)

 無論、浜木綿桃に責問の嗜みは無い。

 迫りくる鶴に恐怖を感じたのか、彼は手元にあった御幣を振り回す。

 しかし、鶴一羽すら落とす事も出来ないようだ。

 そんな又次を、美弥子様はつまらなそうに見つめている。

「私は悪くない! あ、あいつが悪いんだ。大学で聞いたからって、先走って! 高山の小童まで連れ帰って!」

「……」

 高山、の言葉に美弥子様がぴくりと反応する。

 桃も思わず腰を浮かせた。

「高山はんは、どこに――」

 又次を問い詰めようとした美弥子様の動きが止まる。

「あ、あいつは」

 又次の叫びを打ち消すように、外から悲鳴が響いた。

 ふと、桃の背中に悪寒が走った。


(この気配……まさか)

 最初に動いたのは桜だった。

 障子を開けて縁側に出ると、彼女は動きを止める。

 桃も後に続くが――

「嘘……」

 座敷の外、整えられていた筈の枯山水には、若い男が立っていた。

 年嵩の女を抱きしめているように見えたが、おもむろに投げ捨てる。

 焦点の合わない目には生気が感じられず、犬歯を剥き出しにした口元を赤く染めている。

 吸血鬼に噛まれた人間だと、桃は察した。


白矢(はくや)……ど、どうして……」

 少し離れた所には、金の箔押しが目にやかましい着物を纏った女性。

 手にしていた棒が地面に落ち、しゃらんと音を立てた。

 先程の悲鳴は、彼女のものらしい。

「あの男は?」

「弟……二番目の後妻の次男だ」

「最初に吸血鬼を突いた“(はふり)”か?」

「そうだ……先日、吸血鬼に襲われたといって、あいつが小童を連れ帰って来た。小童を蔵に押し込んで、あいつも自分の部屋に閉じ籠っていたんだ……」

 隠す気は無くなったようで、又次は素直に答える。

「あれの異常に気付かんかったか? あんな気配を漂わせて……」

 黒南風のような重苦しい気配は、相対することで濃度を増した。

 修練を積んだ術者なら、察知できるだろう。

「何も……私には、分からなかった……」


「又次お兄様!」

 着物の女性が叫ぶ。

「ちょっと、何とかしなさいよ! あんたの仕事でしょう!」

 その言葉に、白矢とやらが唸り声をあげる。

 それに合わせて、倒れていた筈の女も起き上がった。


 次第に、唸り声と足音は数を増していく――ここに来るまで、相当な数の人間を襲ったのだろう。

(本当に、厄介な事になったわね……)

 おそらく、在原白矢は吸血鬼と相対した際に噛まれて配下にされたのだろう。

 彼を隠れ蓑にして、吸血鬼は在原家に潜伏している。

 自分達の来訪が切欠だったのか、籠らせていた白矢に人間達を襲うよう指示を出した――そうであるなら、高山直人の生存は絶望的かもしれない。

 そこまで考えて、桃は頭を切り替える。

 おそらく、在原の人間は役に立たない。

(この人数は……私達では倒しきるのは無理ね)

 さて、主と妹が長い廊下を走り切るまでは自分が食い止めないと――そう思い、縁側から降りた。

 しかし――

「草履、持って来ればよかったなぁ」

 隣からは、嘆く妹の声。

「ふん、どうせこんな屋敷歩いた足袋なんて捨てる予定やったし」

 後ろからは主の声。

 いつの間にか、全員が縁側を降りていた。


「美弥子様ぁ、迎えに来ましたよぉ!」

 枯山水の向こうからは、先程置いて来た運転手の姿。

 走って来るなり、吸血鬼の配下にされていた使用人を一人殴り倒した。

「さあ、早く」

 彼の急かす言葉に、主は鼻を鳴らす。

「これ以上、吸血鬼もどきを増やすわけにはいかへん。お前も働きや」

(……まあ、そういう方でしたね)

 無辜の民への被害も考えずに、撤退できる人ではなかった。

「桃、桜……やるで」

「はい」

「参りますっ」

 さて、これでは迂闊に死ねない。

(援軍が来てくれればありがたいけど……)

 改めて配下達に向き直ると、桃は折り鶴を取り出した。

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