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弐拾捌、選ばなかった道には

 尚子さんや小百合さんとは、肩が触れ合うぐらい。

 佳乃子さんとは、あと少しで、口づけなんか交わしちゃいそうな距離。

 幸子さんとは、佳乃子さんより拳一つ分くらい空けて。

 そして、自分とは――


「知世さん、ありがとう」

 手が辛うじて届くくらいの場所に立った雪緒さんが、小説を手渡してきた。

「主人公が犯人だなんて、驚いちゃったわ」

「そうね。出版された時、向こうでも話題を呼んでいたらしいわよ」

 彼女はいつも、他人が不快にならない距離感を把握している。

(本当に、察しがいい人ね)

 彼女と関わるたびに、水谷知世はそう思う。

 ……察しが良すぎて、気味が悪いとも。



 春日女子高等学校への進学を勧められた当初は、正直に言うと辟易としていた。

 これまでに知り合ったような、『女は嫁いでこそ』『医者を目指すなんて信じられない』と言外に滲ませているような“良家のお嬢さん”しかいないのだろう、と思っていたからだ。

 自分としては、海外との交易が盛んで女子高等教育が進んでいる針間辺りに進学し、いずれは我が国唯一の女子医科大学へと進学する予定だった。


 これも全て、自分の体質が招いたものだと、知世は認識している。

 祖父の元を訪ねて来た人々の中に、黒い靄のようなものが見えたのは、十歳を過ぎた頃。

 何人と医者を変えても治らぬ心身の不調を抱えた人々の中に見えると両親に告げた時、自分の人生は変わりかけた。

 未だに信じきれないが、この世の中には霊的に害を成す存在を祓う人間がいるらしい。

 自分にその片鱗が現れたのは、京師の生まれである亡き母方の祖母の影響らしいとも聞いた。


 その才能を伸ばして人々を救済する道や、次代へ才能を残すために良縁を得る道を示されたのはその頃。

 しかし、自分は父や祖父のような医師を志す道を捨てる気はなかった。

 それ以来、自分の体質は秘匿されることになった。

 この時代の感覚からすれば“新しい”部類に入る祖父達のおかげで、勉学に専念できたのは幸運だったと思う。


 義務付けられた春日女子高等学校への進学も、一年過ぎてみれば、まあ悪くない。

 全員が勉学に熱心、とはいかないけれど。自分を非難したり揶揄したりする者はいなかった。

 何かを抱え、自分の決めた道を進んでいる級友達の姿は好ましく思える。


「それ面白いの?」

 ふと背中に感じる、重たい感触。

 衣替えの時期を越し、半袖から伸びる素肌が触れ合う。

 ……人との距離感が近すぎる彼女は、どうかと思うが。

(悪気が無い分、かえって性質が悪いわ)

「主人公が犯人? どんなの?」

 本を取るなり結末の方から開く尚子さん。

「……それは、推理小説の楽しみ方じゃないわ」

 彼女とは、やっぱり合わない――改めて実感した。


 ふと、尚子さんの後ろを通り過ぎる住吉小百合さんの横顔が目に入った。

 世の為人の為に働くのが大好きな働き者といった印象の彼女は、二年藤組の級長としていつも精力的に活動している。

 市議会長である父親そっくり――とは、住吉親子を知る父の談であるが。

 そんな彼女は、少し困っている様子であった。


 小百合さんが向かった先は、教室の隅にいる佳乃子さん達。

 帰り支度を終え、教室を出て行こうとしていた。

「佳乃子さん、ちょっと……いい?」

 その言葉に振り返り、首を傾げる佳乃子さん。

「どうしたの?」

「ちょっと、佳乃子さんに相談があって……時間、いいかしら?」

「うん、大丈夫。私なんかで小百合さんの力になれるかな?」

「その、佳乃子さんじゃなきゃ出来ない、というか……」

 歯切れの悪い様子は、隣にいる幸子さんを気にしてのものか。

 多分、小百合さんの相談とやらは、表立っては言えないような問題――それこそ、お華族様の中でもごく一部の者が抱えている“何か”なのだろう。


 二人のやり取りを見ていた尚子さんの横を通り抜けたのは、雪緒さん。

 彼女の目印とでも言わんばかりの三つ編みが揺れる。

「ねえ、幸子さん」

 急に声を掛けられて、幸子さんの肩が少し揺れた。

「知世さんとお茶会をするのだけど……この後、御一緒にいかが?」

 知世は勿論、そんな約束していない。

「面白い小説があるの。是非、感想を聞かせてほしいわ」

「そうそう、面白いよ」

 まともに読んですらいない尚子さんが、雪緒さんに助け舟。


 幸子さんは小百合さんと佳乃子さんの顔を見比べて――

「……じゃあ、そうさせてもらおうかな……」

 ただならぬ雰囲気を察したのだろう。「またね」と、佳乃子さんから離れた。


 小百合さんの申し訳なさそうな目線に気付いているのかいないのか、雪緒さんはいつもの穏やかな笑みを崩さない。

「じゃあ、談話室でもお借りしましょうか」

「いいねいいね。私、お菓子持ってるよ」

(もう……これじゃあ、帰りづらいわね)

 楽しそうに語る二人に挟まれて、知世は嘆息した。

(……まあ、たまには良いかしら)

 心配そうに佳乃子さんを見つめる幸子さんの肩に触れた。

(あちら側に、深入りしてはいけないのだから)


 小百合さんや佳乃子さんが、自分が選ばなかった道の先にいる事も。

 雪緒さんや尚子さんが、黒い靄を背負っているように見える事も。

 水谷知世は、知らない振りをして生きていくつもりだった。

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