モスクでマスク
日本人にとっては、街行く人々のマスク姿は余り異様に感じない。さらに、神社やお寺でマスクをしたままでも平気である。
これは、神道に関係あるのではないかと考える。神道では、人間の息は不潔なものとされ、ご神体や供え物に息を吹きかけないように、紙を咥えたり、マスクをして扱う。そのためか、神社や寺でマスクをしていても背徳感がない。
一方、外国は顔を隠すことは冒涜とされる。しかし、頭は隠す。
もう一つ重要なのが、コミュニケーション方法の違いだ。日本では目を見て話をする。しかし、欧米では口元を見る。これはそれぞれのアニメをみるとよくわかる。日本では、口のかたちは余り変えずに目元で表情の変化をだす。それにたいし、欧米では目の形は変えずに、口の形で表情を出す。理由は、言語にある。日本語は口元を見なくても伝わりやすい。しかし、英語は口の形で推測する部分が多い。
また、日本の泥棒はほおっかむりで目元を隠すが、アメリカは口を隠す。日本では目を隠すことは心を隠すことだが、欧米では口を隠すことが心を隠すことに当たるのだろう。だからなのか、日本人はサングラスの相手に恐怖心を覚える。
こういった、宗教と言語の違いから、日本でのマスクは西洋でのサングラスと同じような感覚なのだと思う。しかし、背に腹は代えられない。やがてはモスクでマスクをつける姿も当たり前になるかもしれない。