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希望

 その夜は眠ることができなかった。

 どうやらこの里にラプを預けるのは無理らしい。

 預けることができたとしても、その先にあるラプの生活は俺には想像ができない。辛いものになる可能性があるならば置いていくことは出来ないだろう。

 いっそ自分が死ぬまでラプを連れて旅をするか。

 旅をしながらでも良い考えが浮かぶかもしれない。

 今の所はそれくらいが実現できそうな考えだった。


 朝になり小屋の外に出るとイヒムとパウレラが来て椅子に座っていた。

「ああ、すまない。またせてしまったようだな」

 そう云いながら二人に向かい合うように俺も座る。二人のあまり明るいとは言えない顔がそこにあった。

「いや、たいした時間を待っていたわけじゃないよ」

 竜の時間感覚からすれば、その通りなのだろう。

「話合いは終わったのかい?」

「結論はでた」

 あまり良い報せを持ってきたという顔ではなかった。

「朝食でも摂りながら聞いてくれ」

 テーブルの上に置かれた、冷めかかった食事に手を伸ばす。


「やはりだめか」

 イヒムの話は、パウレラから聞いた話をなぞるだけの、そっけないものだった。

「すまない」

 イヒムから聞くその言葉は何度目だろう。イヒムや里の皆が悪いわけではない。謝らなければならないのは俺の方なのだ。

「里の事情も知らないで、突然押し掛けてきたこちらが悪いのだから、もう謝らないでくれ」

「しかし、これからどうするのか考えはあるのか?我々に出来ることがあるのであれば、できる限りのことはする」

 これ以上、里に迷惑を掛けるのも気が引けたし、やってもらいたいこともすぐには浮かばなかった。

「それじゃ、一つ聞いてもらえるかな?」

 この質問は里に着いた時点で、最初にするべきことだったのかもしれない。

「ラプに『ラプはこれからどうしたいのか?』を」

 これまで自問自答してきた「ラプの意思」を知りたいという考えはどこに行ってしまっていたのだと、自分の愚かしさを再認識してしまった。

 イヒムが立ち上がり、ラプの前まで行くと、なにやら念話が始まったらしい雰囲気があった。

 それは一瞬で終わったらしく、イヒムが戻ってきて元の椅子に座って云った。

「『ミエカと一緒にずっと旅を続けたい』だそうだ」

 嗚呼、人の一生の短いことを呪う。

 この言葉は俺の残りの人生をその子竜と共に過ごし続けることを決心させた。つまり親子になるということなのだ。ラプはただ旅がしたいだけなのかもしれないが、俺はラプの親になるつもりになっていた。

 もしもこの状況が旅をする前であれば、なんとかラプから逃げだす方法を考えていただろう。

 しかし、今、そのラプの答えは嬉しかった。

 よし、それならば、その重圧が自分を押し潰すまでは一緒に旅をしてやろうではないか。

 ラプの側へ行き、その首に軽く手を置き、話し掛ける。

「ラプ、俺が死ぬまでは一緒に居るよ。――俺がおまえの親になる。おまえは俺の子だ」

 いつものように無表情に俺を見詰める顔がそこに在った。


 今日まではこの小径に居させてもらうことにして明日の朝に里を離れることをイヒムとパウレラへ伝え、これからの旅で必要になりそうな物を貰えないかと二人に依頼した。

 依頼した物はその日の昼にはパウレラが持ってきてくれた。

「明日から向う先は何処なんですか?」

「あまり深くは考えずに、ゆっくりとロヒの住処にでも戻ろうかと思っているよ」

 来るときはこの里を目標に一刻も早く着きたいと思っていたが、これからずっと一緒に旅をするとなると、ゆっくりと進むことも悪くはないと思うようになっていた。

「一番の問題はラプが一人でも生きて行けるようになるまでには、おれが死んでいるだろうということだろうね。旅をしながらラプの親代わりになってくれそうな、おれの後釜を捜すしかないだろうな」

「きっと居ますよ。少なくともここに一人はいるのだから」

 その希望はあまりにも儚いものであることを、そう云ったパウレラ自身でも判っていることだろう。人が子竜の面倒を見る。それは人や他の動物の面倒を見るというものとは訳が違う。

「パウレラは何歳で狩りができるようになったんだ?」

「わたしは遅かったですね。たぶん百歳はとっくに過ぎていたと思います」

「つまり飛ぶことができたのも遅かったということ?」

「はい。それに、飛ぶ事ができても、数年は狩りが成功したことはありませんでした」

 人、いや竜によって、成長度合いも人と同じように個人差があるのか。

「知り合いで一番早く飛べた人は何歳くらいだった?」

「どの竜も正確な歳を数えていませんからねえ。たぶん、八十歳くらいが最速ではないでしょうか」

 ラプが八十歳になるには、あと六十年くらいか。絶望的だ。

「そうか。――せめて人の姿に変化することができれば、町や村で人として住むことも難しくはなくなるのだがなあ」

 突然、俺の話を聞いていたパウレラが大きく目を見開いて跳ねるように立ち上がった。

「それですよ」

 どれだろう。


 パウレラはイヒムを呼んでくると云って里へ走りだした。

 俺にはなにが起きたのか判らなかったが、きっとパウレラはなにか素晴らしい考えが浮かんだに違いなかった。

 自分が最後に言った言葉はたしか「人への変化」のはずだが、人への変化ができるようになるのも、飛んだり、念話ができるようになったりするのと同じく百歳あたりではなかったか。

 青竜の里には秘伝の薬があって、それを飲めば、たちどころに人への変化ができるようになる。そんな薬があったりするのだろうか。

 そんな物が在ればなんの問題もなく人としてラプを育てることができるのだが……。

 そんなことを考えているとイヒムがパウレラに引っぱられながら里から入ってきた。

「な、なんだい、解決策を見付けたって」

 イヒムはまだパウレラから話を聞いていないらしい。

「パウレラ、説明してもらえるかな」

 あまり大きな期待を持たない方が良いのではないかと思いながらも、期待せずにはいられなかった。


 パウレラの話は喜ぶには少し微妙だった。

 竜族でこれまで知られているそれぞれの能力を発動させることができた最速の記録はパウレラの話では、飛ぶことで八十歳くらい、念話で六十歳くらい、そして問題の人への変化は、四十歳くらいらしいということだった。

 眉唾だった。

 どれもパウレラが聞いた話であり、実際に見たわけでも本人に確認したわけでもない情報なのだ。

「もちろんでたらめの可能性もあります」

 その可能性はあるのではなく高いのではないのだろうか。

「しかし、自分の実感としては変化がその中では一番簡単なように感じてはいます。実際、飛ぶことよりも早かったですし。早かったといっても百歳近かったですが。」

 イヒムもそれに同調した。

「もちろん竜によって感じ方は異なるかもしれんがな。だが、これまで見てきた竜の能力で一番早く発現するのは、やはり変化が多いように思うぞ」

 早く変化が出来るようになるとしても、それは個人差があって、ラプが出来るかはまた別問題ではないだろうか。

「ラプにできると思うか?しかも、なるべく早くに習得して欲しい能力なんだが」

 最低四十歳となると、あと二十年は放浪の旅が続くことになる。

「それは確かにわからんが……。逆に、もっと早くに習得できるという可能性もあるかもしれん」

「つまり、歳はあまり関係無いということなのか?」

「そうなのかもしれん」

 思うとか、感じるとか、期待して良いのか、やっぱりだめなのか、判然としないこの状態を早く終わらせたい。俺は少し焦れてきていた。

「たのむ、手っ取り早く、その方法をラプに教えてやってくれ」

「わしらには無理じゃよ」

「誰なら教えてもらえるんだ?」

「この里にはおらんな。教えて貰えるとすれば、氷竜の生息地の南端に住む、始祖の一体しかおらんだろうな。――まだ生きているのだとすれば、だがな」

 これまでの経験からすれば、この手の話は当てにならないことが多い。無駄なあがきになるのかもしれない。

 横で聞いているのか、眠っているのか、ラプは他人事のように丸まったままだった。


 他に縋るものがなければ、とりあえず縋ってみることにしよう。

 それがだめでも、元々の計画通りに後釜を捜しながら、ロヒの住処を目指すゆっくりとした旅をするだけだ。

 問題の始祖竜の住処はこの里から人が歩くとして、だいたい一ヶ月くらいだと言われ、うんざりしたような顔を見せてしまった。

「はは、そんな顔をするな。行きだけはわしらの背中に乗せて運んでやるさね」

 この青竜達にはこれからの一生を掛けても返すことのできない恩を貰ってばかりだ。


 竜の背中は快適とは程遠かった。

 ただでさえじっとしていたら、身体のどこかが壊死しだすような寒さに加え、とんでもない速さで飛ぶことで受ける風が針のように顔全体を刺してきた。

 目的地の氷河に降りた時には、鼻水が口の周りで凍り付き耳や手や足の感覚が無くなっていた。

「わしらはここまでだ。氷竜達との約束で、この氷河を越えることはできん。あそこに見える洞窟の中に始祖竜がおるはずじゃが。とりあえず行ってみて会ってくると良い。だめならば引き返してくれば、またわしらが里まで乗せて帰るさ。ここで待っておるよ」

 パウレラは氷竜達との約束とやらを気にしているのか、北の空を心焉に在らずという体で見詰めていた。

 氷河へと降りだすとラプは先に飛び降り滑空して氷河の上へ降りたっていた。

「洞窟までほんの目と鼻の先じゃないか。そこまで乗せてくれても氷竜達も怒りはしないんじゃないのかね。第一、近くに氷竜が居るなら、ばれるかもしれんが、ばれなきゃ問題ないだろうに。青竜達の正直さは賞賛されるべきことだが少しばかり馬鹿正直すぎじゃないのか。柔軟さというのも必要じゃないのか」

 そんな自分勝手な理屈をぶつぶつと一人でこねながら絶壁といえるほどの氷の壁をゆっくりと降りていった。


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