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白竜

 目を醒させてくれたのは強烈な白だった。

 前方には眩しい日差しを放つ太陽が登り、目に映る地上のあらゆる物が白く輝いていた。

 その景色の中に巨大な白い岩山のような影が太陽の横に立っているのが見えたが、眩しさと目覚めたばかりの目にはそれがなんなのかは判別できない。

 眩しさに慣れ景色に形が戻りだすと、その岩山の正体を判別することができた。

 と、同時に驚き、戦慄し、身構えた。

 その岩山に見えていたものはこの山の主であり、ヴァルマー国の神として祀られている、白竜と呼ばれる竜だった。

 なにかを話さなければならない。

 白竜の縄張りに入ってしまっていることに対しての言い訳か、自分がこの場所に居ることの理由か、なにを話せばこの場を問題なく切り抜けられるのだろう。

「あ……あ、その……」

 言葉にならなかったが、その声を聞いた白竜はその目をこちらへ向けた。

 白竜は俺を見ているのだと思っていたが、こちらへ目を向けたということは、それまでは別の何かを見ていたのだ。それに気付きはっとしてラプを見ると、既に目を醒し白竜へ顔を向けて見詰めていた。

「取って食ったりはしないよ」

 竜は声を出して人と会話をすることはない。人々が「念話」と呼ぶその会話の方法は直接頭の中に声が響いてくる。念話の中には時折、言葉以外の感情や映像や音、匂いや味といったものまで混じらせて伝えてくることもあった。場合によっては、念話は武器にもなり敵に対しての攻撃方法としても有効らしい。

「ちょっとその子と話がしたかっただけだよ」

 そう云うと白竜は翼を広げ「バサッ」と羽撃き周りに積もっていた大量の雪を舞い上げながら空高く舞い上がった。

「その子のことは頼んだよ」

 上空で一度だけ円を描くように旋回すると、その言葉だけを残してこの山脈の中では一番高いヴオリ山を軽がると飛び越えてその向う側へと飛び去ってしまった。

 舞い上がった雪が消えだすくらいまで、呆気にとられたまま、ぼんやりと白竜が飛んでいった方向を見ていたが、我を取り戻すとラプの方を見てなんとも言えない決まりの悪い苦笑いになっていた。

「なんだったんだよ。怖いよ」

 人前では強がることが多い俺だが、その言葉が率直な今の感想だった。


 竜族に対して、これ程の恐怖を感じたことは今までに無い。

 ロヒという友人も居た。その子とも今、一緒に旅をしている。これから向う先も多くの竜が住む里だ。

 これまでは竜が人の姿へ変化へんげした時に出会い、その後でその正体を知らされる事が多かったが、今回のようななんの予兆もなく竜と出会うということがこれ程の恐怖を感じるということに今更ながらに驚いていた。

 長い間旅をし、何体かの竜とも親しくなり、この大陸で自分が一番竜族との交流を持った人間ではないかという自負のようなものがあったが、それはあまり意味のあることではないのだと思い知らされた気分だった。

「なにをはなしていたのさ?」

 ラプに話し掛けながら立ち上がり、大きく伸びをしながら、目の前にある空の青さと、遠くにきらきらと輝く海と、後ろに聳え立つ雄大なヴオリ山に囲まれていることを再認識した。この美しく雄大な景色は白竜が運んできてくれたのだろうか。

 そういえば頭痛も吐き気もない。身体的な問題は寒いくらいだが、その寒さも朝日を浴び少し気持ちが良いくらいだ。この山を登り出してからの憂鬱だった気持ちまで晴れ、爽快な気分を久しぶりに味わった。

 ラプも大きな欠伸をして立ち上がると、身体に積もった雪を振り落とし、その場に座りなおした。

 なにか云いたげな顔に見えたが、人との念話が使えるようになるのも、人の姿への変化ができるようになるのも、生まれて百年はかかるらしい。この子との会話ができるようになるのは俺が生きているうちには無理だろう。少し寂しいが考えてもしかたのないことだった。

 朝食の干したキノコと干し肉を食べ並んで歩きだした。

「今日は白竜を見たのだから良いことがあるな」

 ラプにそう話し掛けながら、昔、ロヒと旅をしていた時の事を思い出していた。


 三十二年前。

 ロヒと出会い一緒に旅をするようになって、そろそろ一年くらいが経つ。

 ヴオリ山の西側を通る海沿いの街道を二人で並びながら歩いていた。

 遠くに山脈が見え、その頂には万年雪を被っている一際高いヴオリ山を見ることができる。

 一年も一緒に旅をしていると、さほど話すことも無く、近頃では道中での会話は二言、三言ということも少なくなかった。別に話がしたくないという訳ではなかったが、二人ともそれほど喋り好きというわけではないのだ。

 突然ロヒが足を止め、山脈の方を見たままその場に立ち止まり、なにかを目で追っているようだった。

 その顔はあまり見たことのない表情で、いつもの柔らかい笑顔は無い。

「なにか見えるのか?」

 俺は少し戻りロヒに並んで立つと、その目の先にあるものを視ようと目を凝らしてみる。

「白竜が飛んでる」

 俺はそれまで竜を見たことは無かった。まだこの時はロヒが竜の変化した姿であることも知らなかった。

「え?どこだよ」

 竜なのだからと、大きい姿を想像したが距離がかなりあるのだろう。近くを飛ぶ鳥しか見付けることはできない。

「ヴオリ山の南側。右側。見た目、ヴオリ山の山頂より少し上に見えるな」

 見えなかった。目が悪いと思ったことは一度もなかったが、ロヒに見えるものが自分に見えないのは癪に触る。

 ロヒの剣術は俺と同じくらいだろう。その上に魔術は俺がこれまで見たことのある魔導士の中で最強だった。赤い髪で背は高く、中性的で綺麗な顔立ちをしたその男に対して、ライバルといいたかったがあらゆる点で勝てるとは思えない相手だった。

 目の良さくらいは勝ちを譲ってくれてもよかろうに。そんなことを思いながら目を凝らす。

 人の姿に変化した竜は本来の竜の姿よりその身体能力は落ちている。しかし、それでも一般的な人の能力を上回る能力を持っていた。

「さっぱり見えんが。本当に居るのか?」

 ロヒは俺がロヒをライバル視していることに気付いていたのだろう。ここで目の良さ対決に時間をかけて争っている時間は無いと思ったらしい。

「そろそろ行こう。今日は野宿したくないしな」

 そう云うとロヒは一人で歩きだした。

 この三日はずっと野宿で、そろそろ柔らかいベッドにありつきたかったのだろうし、西の海の空はどんよりとした黒い雲が立ち込め、あと数時間もすればこのあたりに雨を降らしそうだった。

 俺は目を細めたり、爪先立ったり、手を目の上に翳したりしながら見つけようとしたが見ることはできなかった。

 あきらめてロヒを追い掛けようと顔を左へ振ったその一瞬、目の端に黒い影が斜めに横切った。

 もう一度、その影の方向へ目を凝らし見ると空を飛ぶ小さい影を見ることができた。それはあまりに小さく、ほんの一瞬だけ見ることができた影だったが、それでもそこを飛んでいるなにかであることは確信できた。

「見えた。見えたよ」

 ロヒを走って追いかけ、その背中に向ってそう叫びながら横に並ぶと、ちょっと自慢気な顔で歩きだした。

「よかったな。今日は白竜を見たのだから良いことがあるな」

 ロヒは俺を見ながらそう云うと、いつもの柔らかな笑顔をその端正な顔に戻らせていた。

「迷信だろ。良いことなんて何時でも起きてる。俺が生きているのがその証拠だ」

 昔から皇都やその周辺の町や村で言われている迷信だが、ロヒの言葉を聞くまでは忘れていた。俺はその手の迷信はあまり信じることはなかったが、その日はなんとなくその迷信を信じても良いような気がした。

 小さな町の宿屋に着いたのは夕方遅くになっていた。

 町に入り、宿屋の場所を捜して借りた部屋に入るのと同時に土砂降りの雨が降りだしてきた。

「たまには迷信も当るみたいだね」

 ロヒが荷物を下しながらそう云うと俺は不満そうに反論する。

「雨に濡れなかったことは良いことじゃない。悪いことが起きなかっただけだ」

 本気でこの迷信を信じることは無かったが、その後もヴオリ山が見える時には白竜を捜すことが日常となっていた。


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