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旅路

「それしかないかな」

 滝の側の木陰で水遊びをしているラプを見ながらこれからのことを思案していたが、他の考えは浮かばなかった。仮に自分一人で育てたとしても、ラプが独り立ち出来るまでには最低でも五十年はかかるだろう。その間に自分が死ぬ可能性まで考えると、とてもではないが実行できるとは思えない。

 一つだけ思い付いた方法は青竜の里へ預けることである。

 昔、仕事で行った北の森で青竜の青年を助けたことがあり、その青竜の青年が住む里へ入れてもらえたことがあった。笠に着せるつもりはないが、同族である竜の面倒を見てもらう事はさほど問題がないことのように思えた。

 問題は場所である。

 この地から里までの距離は通常の道を通っても、ほぼ自分が知っているこの国の南端から北端なのだ。それを縦断しなければならないとすると骨である。しかも、連れが子竜となれば、通常の道は使えなくなり、ほぼ人気のない山の中の、それも人が通ることのない、道ではない場所を選択して進まなければならなくなる。

 竜を、例えそれがまだ子供であったとしても、人里近くで目撃されれば国の兵や竜を金儲けのために狙う奴等が直ぐに寄ってくるだろう。ましてや、この近くにはロヒを殺した萎竜賊もまだ居るはずなのだ。

「ラプの食事は、北に行くにつれてきつくなるだろな……。どうしても人の往来がある場所を横切ることは避けられない……。高山って苦手なんだよな……。この歳で大陸縦断か……」

 旅路での様々な障害が頭に浮かんでくる。歳の所為か独り言が多くなった。


 夜になっても、まだぼんやりと方法を探っていたが、結局は青竜の里を目指すことしか決めることができないことに苛立ち疲れてしまい、そばで丸まって寝ているラプを枕にして寝ることにした。

「ここは少し冷えるな」

 ロヒの住処の洞窟で寝れば寒くはないのだが、萎竜賊の襲撃から五日たっていた。つまり、そろそろやつらが戻ってくる可能性が高いと考え洞窟から少しはなれた川沿いで寝ることにしたのだ。

 ラプは枕にされても気にするようなこともなく、ただ眠そうに少し目を開けて、すぐに閉じ寝息をたてた。


 次の朝、ラプに今日から旅に出ることを伝えた。

 言葉で伝えるしかないが、ここ数日の行動で、どうやら言葉は通じているような反応や素振りから言葉だけで伝えた。

「いいかい、今日から旅にでる。俺とお前の二人で、だ。目的の場所は遠い北にある青竜の里だ。分かるか?」

 ラプはゆっくりと目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。

「わかっているのかねぇ……」

 朝食にラプのための猪を捕え、ラプの鼻の前に置いた。

 ラプの食事風景は猛獣のそれである。

「生で旨いのかよ」

 そういいながらバクバクとラプが食んでいる肉の塊から少しだけナイフで切り取り分けて貰うと、焚き火に翳し、程良く焼けるのを待ちながら云った。

「旅の途中はそんなご馳走は数日に一回だからね。よく味わって食べてくれ」

 実際、旅をしながら、これほど大きな獲物を捕えるのは余程の運がなければないことだろう。幸い山の中を進む計画なので獲物そのものはなんとかなると思えるが、問題は標高が高くなってからや北の地を進む時だ。そのような土地では猪どころか兎すら見掛けなくなる場所があることは旅の経験から知っていた。

 竜は大人になればなるほど食事を摂らなくなる。三百歳を超えたくらいから竜は殆ど食事をしなくなるらしい。

 しかし、子竜はそうはいかない。

 以前ロヒが居たころに来たときには、一日に一度は狩りをしてラプへ食事を与えていた。三年程度ではその頻度は変わらないだろう。

 食事をしない状態が何日つづくと危険になるのだろう?

 ぼんやりそんなことを考えながら出発の支度をした。


「いくよ」

 ラプにそう云うと先に歩き始めた。

 ラプは少し洞窟の方を見たが、すぐに後を付いて歩いてくれた。

 来た時とは少し、いや、結構離れた場所を降ろう。

 萎竜賊の奴等が戻ってくる可能性があるので、鉢合わせを避ける為に山の麓にある一番近い町から一直線に伸びる線を意識し、その線から安全と思えるくらいの距離を取るように進んだ。

 下山中に見付けた一晩過ごすには丁度良い岩場をその日の寝床にした。まだ夕方までは時間があるのでラプの食事を捜そうと周りを見回ったが、そう簡単には見付けることが出来ない。この辺りであればそれほど獲物に困ることは無いと簡単に考えていたが、実際には野生の動物を毎日のように狩ることは無理がある。

「今日は飯抜きだよ」

 岩場に戻り、寝そべっているラプに話かけると興味無さそうに外方を向いてしまった。

「まあ、今朝は腹一杯食べたんだし、たいして腹も減ってないよな」

 そう話し掛けながらラプの横に座って、自分用の干し肉を取り出し食った。

 次の日の朝は日の出と共に出発した。

 旅は始まったばかりだがあまりゆっくりもしてはいられない。かといってラプの飯抜きもどれくらい持つものなのかがわからない。

 道中は獲物を捜しながらも急ぐことになるだろう。


 麓までは三日程の道程だが、出発から二日目の夕方にはたどり着くことができた。

 途中で鹿の群を見付けラプの飯もなんとかすることができた。

 麓を通る街道へ着いた時にはすでに夕方になっていたが、まだ人の姿を認識できる程には明るく行き交う人をぽつぽつと見ることができる。

「少しここで休憩だな」

 夜の闇に紛れて街道を横切るつもりで、森の中で昼間に仕留めた鹿肉を焼きながら人の往来がなくなるのを待った。

 夜になれば人の往来はほとんどない。街道とはいえ、夜にこのような場所を行き交うのは危険な行為なのだ。

「今ならいける。いこう」

 そう云うと早足で歩きだし、ラプが付いてきているのを確かめると全速で走った。

 街道を横切り、反対側の森へ入ると、息を整えながら周りを見渡し安全を確認する。百メートルもない距離だが平らな道ではない場所を全速で走るのは、それなりに疲れるものだった。

 夜は更けていたが街道があるこの辺りでは何処で人と出会うかわからなかったので先を急ぎ、幾つかの道や川を同じように走って横切り、次に進む山の、その麓まで進んだ。

 目的の麓に着いたのは、そろそろ夜明けが近い時間になっていた。


 麓から少し森に入った所をその晩の寝床とした。地べたにそのまま寝るだけなので、虫除けの焚き火を付けたらラプを枕にそのまま眠りについた。

 起きたのはそろそろ昼になるかという時間だったが、ラプはまだ寝ていた。少し周りを観察し、手頃な獲物が居ないか捜したが見付けることはできない。

「先に鹿か兎でもいればいいがな」

 ラプを起したが、さすがに一晩中走らされたからか簡単には起きようとはしなかった。数分間、子竜の身体中を突き回してやっとなんとか起きあがった時には、すでに昼になっていた。

 旅は始まったばかりだが先を急がなければならない。

 時間の制限があるわけではないが、今は夏である。一月もすれば秋になるが、この先にある「難所」はなるべく雪の少ない状態で進みたかったのだ。


 それからしばらくの間は大きな問題に遭遇することもなく順調に進むことができた。

 途中には大きめの峡谷や簡単には降りることができそうにない崖に幾度となく行く手を阻まれたが、驚いたことにラプの翼はまったくの役立たずという訳ではなく、数十メートルの高さからでも滑空することで楽に降りることができたのだ。

 初めて二十メートル程の崖に差し掛かった時の事だった。

 回り道をすることも考えたが、崖をそのまま降りてみることにした。幸いにして、さほど切り立ってはいない、どちらかといえば緩やかな崖だ。これから先にもあるであろう同じような場面を考えると、ラプがどれくらいの行動ができるのかを知っておく必要がある。

「これからこの崖を降りるけど、降りられるかな?先に降りるけど無理そうならそのままここに居てくれ。すぐに戻ってくるから。――降りられそうならついてきてくれ」

 そう云うと先に崖を降りはじめた。

 五メートル程降りた所で見上げると、ラプはこちらを見下ろし、降りるのを少し躊躇しているように見えた。

「やっぱり無理か」

 そう呟いてなにげなく下を見た。それと同時に「バサッ」という音が頭上から聞こえたかと思うと、目の前をラプが落ちていくのを見ることになった。ラプはそのまま落下して行き、豪快に木の枝を折る音を立てながら崖下の森の中へ突っ込んでいってしまった。

「だいじょうぶかー」

 そう叫んで自分もほとんど転げ落ちるようにしながら崖下まで辿り着くと背負っていた荷物を放りだしラプが落ちた場所まで走った。ラプは優秀な猟犬が主人を待っていたかのように俺が来る方を向いて座っている。

 俺は、ラプが崖を転げ落ちるような少し乱暴な降り方をするだろう、と想像していたためか、ラプが滑空しながら降りるのを見て慌ててしまっていた。

「怪我はないか?」

 駆け寄ってすぐにラプの身体をあちこちと触りながらそう云うと、ラプはすましているような、自慢気なような、そんな顔をしながら俺を見ているように感じた。無表情な顔というのは時にそのように見えてしまうことがあるが、実際には竜に表情は無い。その見え方は俺がラプの心境を想像し、そう感じただけのものなのだろう。

 隅々まで見て怪我が無いことを確認すると、ほっとしてその場に座り込んでしまった。

「あれ、荷物がない」

 崖下まで戻り荷物を見つけると、今日の寝床をそこにしてラプの食事を狩りにいった。

「おまえ、飛べるんだな」

 狩ってきた獲物に齧りついているラプを見ながらそう話し掛けるような、独り言のようなことを口にしていた。それは旅が楽になることに対してなのか、ラプの成長を見ることができたということに対してなのか、良くは判らないが嬉しいという感情から出た言葉だった。

 これまで仕事をただ淡々とこなす日々を過ごしてきた俺にとって、崖を転げ落ちるように降りた時のような、慌てたり、焦ったりということや、嬉しいという感情すらも数年どころか数十年でも思いだすことができない程、遠い記憶にしかないものだった。


 ラプの滑空能力は旅の行程を楽にしてくれた。それがなければ遠回りすることになるような場所も少なくはなかったはずだ。

 ただ残念なことに飛ぶことができるわけではないので、崖を登るような場合はやはり遠回りになっても迂回するほかなかった。

 それ以外はほとんど順調だった。

 ラプの食事もありつけないということは余りなかった。俺一人では流石に無理のある狩りでも、ラプに追い込ませた所を捕まえるという方法であれば、ほとんど問題なく成功させることができた。獲物が居ればの話ではあるが。

 心配事の一つだったラプの体力も、歩きつかれて動かなくなるようなことも覚悟していたが、疲れているように見えることすらなかった。どちらかといえば俺の方が先に疲れる事のほうが多いくらいだ。

 出発してから二ヶ月程はまったくの順調だった。そして、そろそろ遠くの方に皇都「ヴァルマー」が見えてくる場所にまでたどり着くことができた。


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