序章
そこには、見渡す限り荒野が広がっていた。
思えば遠くまで来たものだと彼は思った。
「“ブレイブ”よ!貴様は何故戦う!?何故我等を滅ぼさんとする!?」
その声と共に、声の主────深い蒼の身体をした、体格は優に2mを超えるであろう角を生やした醜いヒトガタの魔物────から碧色のおどろおどろしい雷が放たれる。
通常の存在では刹那も耐えきれない魔力の塊を、彼────ブレイブ────は正面から聖剣で受け止めた。
「お前が魔王だからだ!」
魔王から放たれる魔力の奔流を、聖剣はキィンと甲高い音を出しながら地平へと弾き飛ばした。
元々、ここには緑が溢れ花が咲く、豊かな森があったが、魔王の攻撃によってその影はもう無くなってしまった。
魔力を熾し、右手に持つ聖剣を黄金色に輝かせると、彼は剣を構えた。そして、
剣を振るった。
振るって、振るって、振るった。
人類のために、剣を振るった。
未来のために、剣を振るった。
世界のために、剣を振るった。
希望のために、剣を振るった。
彼の頭は、魔力の熾しすぎで焼き切れそうだった。
彼の体は、今までの戦いで既に限界を迎えていた。
彼の心は、擦り切れ、綻び、とうに限界を超えていた。
それでも、
「はああぁぁぁぁぁああああっ!!!」
彼は、剣を振るった。
幾度となく碧の力と黄金色の光が混ざり合い、幾度となく消えていく。
「もういい!もう終われ!もう終わってくれ、ブレイブ!!!」
彼を殺すべく放たれた魔王の、いっそう凶悪な雷が彼に襲いかかる。
それを彼は、聖剣で受け止め…
ようとしたが、聖剣は半ばから折れ、すでにその光を失っていた。
彼は聖剣を棄て左手を突き出すと、その碧色の邪悪を手のひらで受け止めた。
“羽金の色”、これは、東の谷の鍛冶師に習った技。
しっかりと地面を踏みしめる。
“烽の興”、これは、土の民に教わった技。
“駿英術”で右足を踏み出し、“激英術”で左足を踏み出す。
体は限界を迎えていた。心は限界を超えていた。それでも、彼の今まで重ねてきたものが、その足をつき動かした。
「レイ!」
傷だらけになった彼らの仲間が彼に声援をおくる。
「決めろ、レイ!」
「頑張れ!!!」
「きめてくれえええ!!!」
「レイ!!!!!!!!!!!」
「あああああああああああああああああああっ!!!!!」
積み重ねてきたものによって前に進む彼は、自らを更に鼓舞するために大声を出す。そして、
彼はついに魔王の元へと辿り着いた。
「やっとだ!やっとここまで!辿り着いた!!!」
彼は魔王の胸へと向かって魔力を放出する。
それによって、魔王の身体は焼け、一部が塵へと変わる。
「まだだ!まだ終わらぬ!聖剣がない貴様には我は終わらせられん!」
魔王には強大な再生能力があった。それこそ、塵になったとしてもそこから再生する程の。
そしてそれは、聖剣をもってしてしか打ち破ることができなかった。
「あぁ゛!死なないんだってなァ!だから殺さないことにした!」
彼の右手に溜めた魔力が丸い形を描く。
“恒久円”、対象を閉じ込め、封印する魔法。
封印の中でも最高位のものとされ、扱えるものはほんのひとにぎりだという極愚魔法のひとつ。
その最高位の魔法を片手で形作った彼は勝ちを確信する。
「なっ…!まさか!やめろ!!!まだ我にはやるべき事が…」
「そうだよな!消えたくないよな!まだやり残したことがあるよな!どれだけの人がそう思ったことか!」
彼はその封印魔法を魔王の頭へとぶち当てた。
魔王の身体の中から何かが失われていく感覚があり、実際にそれが失われていると頭が理解するのには、少しの時間も必要なかった。
「だが、必ず!必ず我は蘇る!だから!待っていろ…!」
天高く掲げられた魔王の手を彼はがっしりと掴む。
「そう寂しがるなよ!1人は悲しいだろうからな!だから…俺も一緒に行ってやる!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
「恒久円!!!!!!!!!!!!」
青白い光が強大に瞬いたかと思うとギリリリリィというなにかを擦るような轟音とともにその光は消えていった。
後に残されたのは、彼の体だけだった。
「レイ…!」
彼の体の元に、仲間達が足を引きずりながら、または、這うようにしながら集まろうとする。その目からは感動の涙が流れ、その顔は歓喜の笑みを浮かべている。
魔法使いが叫ぶ。
「僕らの…勝ちだ…!レイ!!!」
こうして、彼の冒険は終わった。
そして、
物語が始まる。
※※※
『ある所に魔王が生まれました。
その魔王は魔物を生み出し、非道の限りを尽くしました。
民は苦しみ、神に祈りを捧げました。
そして、魔王を倒すべく旅に出た勇者一行は、悪の限りを尽くす魔物共をなぎ倒していき、ついに魔王の元へと辿り着きました。
幾度と無い戦いで仲間はやられ、勇者の体はボロボロでしたが、勇者は希望を捨てず、その輝きをもって魔王を打ち倒しました。
世界に平和が訪れ、民は喜び、神に感謝しました。
しかし、魔王との戦いで勇者も力尽き死んでしまいました。
そのことを知った姫はとても悲しみ、何日も泣き続けました。
そして姫は最後に、勇者の墓にひとつの文字を送りました。
“スリーピングブレイブ”と。
それから姫は、眠りにつきました。
長い長い眠りの中で、彼女は、彼との幸せな夢を見ました。』
〜ネムリカ王国の古い昔話より〜