1.
あの時私は、都心に近く職場に近いシェアハウスがあると聞いて駆け込んだ。
田舎暮らしだった私は、安価で住めて職場に近いだけでそのシェアハウスを選んだのだが…後から分かる住人とのちょっと変わった生活などを見ながら、平和な生活を送っていた。
「よいしょっ」
部屋に運び込む荷物は、大きなダンボールで合計7つ。
テレビ・エアコンは前に住んでいた部屋の住人の物を使わせてもらい、洋服ダンスは無いが部屋の中にランドリールームがあるのでそこに持ってきた衣服をかけていく。
お風呂は共有の、ちょっとしたお風呂屋さんくらいありそうな綺麗なお風呂場がある。
キッチンは簡単なものなら部屋に備え付けられているが、大きなお鍋やフライパンなどは、階下にある共用キッチンにもたくさんあった。
「……はあー、今日からここが私のお部屋かあ」
田舎暮らしだった私には、自分の部屋という物が存在しなかった。
年下の兄弟達が毎日やかましく、趣味の物も買えず置けない始末。
そんな時、王都国に近く安くて便利なシェアハウスと言う物を耳にした。
管理人さんも綺麗で若くて美しい。
私は運命を感じて、4日前に契約した。
3階建ての建物はまだ建ったばかりで築年数も若く、建物は大きくて部屋もとても広い。
私は大満足だった。
持って来たソファーに腰を下ろして足をぶらつかせていると、控えめなノックが部屋に響き渡る。
「こんにちは三苫さん、お部屋の整理は終わったかしら?」
「管理人さん!」
ふわふわのピンク色の髪を揺らしながら、癒しの笑みを浮かべて首を傾げた。
私が今まで見て来た中で、断トツ可愛いの頂点に立つこの人。
生まれつき髪が薄いピンク色らしいが、その人の体質について聞きまわるのは良く無いことだ。
私は管理人さんが美人で綺麗で可愛ければ正直なんだって良い。
「はい、今ちょうど」
「そう、重たい物とか無かった?」
「大丈夫です!引越し業者の方が中まで運んでくれましたから!」
私も笑みを浮かべて立ち上がり、扉前に居る管理人さんのところへやって来た。
「それなら、今からみんなで三苫さんの歓迎会をしたいと思ってるんだけど…ご都合いかがかしら」
「うわあ!嬉しいです、もちろん予定なんてありませんっ!」
嬉しくてついその場でぴょんと飛ぶと「まあ」と管理人さんは口元に手をやった。
そのまま管理人さんの案内で、私は部屋を出て階下へと降りて行く。私のお部屋は三階窓側、一番角にあるお部屋だ。
運良く前の人がお引越しのタイミングだったので、角部屋をゲットするに至ったわけだ。
このシェアハウスの最大に気に入って居る理由とすると、今時洋館風な雰囲気と調度品が置かれてあるところだ。
玄関には大きな絵画が飾られていて、花瓶には綺麗なお花が置いてあり、誰かが腰掛ける用の椅子の手すりや背もたれに細かな飾り掘りが付いていて、高そうだ。
廊下には赤い絨毯が敷かれ、玄関を上がってすぐにあるエントランスから見上げるとシャンデリア。
談話室には、季節柄まだ使われていないが大きな薪を使う暖炉に、大きなテーブルと椅子。
テレビは共用で、そこからすぐのキッチンにも調理器具や調味料が充実しているのだ。
田舎暮らしの私が超お城ルックなそれらに憧れている事もあり、即入居を決めたのだった。
「この談話室よ」
管理人さんが先頭を切って扉を開けた。
まだきちんと住人の皆さんに挨拶が出来ていなかったので、自己紹介をしなくてはと私はちょっぴり緊張していた。
「…っとお!?」
「コンニチハー!」
いきなり飛び込んで来たのは、私の胸くらいの身長の…声から察するに、男の子だ。
「こら!ダメでしょコーティリカ、三苫さん困ってる!」
「えぇー」
突進して来た男の子は私と視線が合うと「てへっ」と可愛らしく微笑んだ。
「全くお前は、いつまで経っても落ち着きが無いな」
「だってぇー、すっごく楽しみだったんだもん!」
まろやかな頬をぷくりと膨らませた男の子は、私の前に来て手を取った。
「初めまして、三苫さん!
僕はルェレル・ヴォン・コーティリカ。
こっちじゃ発音しにくいから、コーティリカって呼んで!」
「あ…私は三苫十和です、よろしくね、コーティリカくん」
「コーティリカで良いよぉ〜」
にこにこ笑顔で返事をしつつ、私を皆さんの場所まで連れて来た。
「右からアニス、クロヴィア、ゼル、シャルロット、クレア、マーリン、トリシャだよ」
「初めまして!」
ぺこりと頭を下げて、私はそれぞれに手を差し出した。
「皆さん海外の方が多いんですね!」
「え?」
全員が声を揃えて管理人さんへ視線を向けた。
「やだ貴女、言ってないの?」
「ええ」
にっこり微笑んだ管理人さんの返事に、皆さん頭を抱えてため息を吐き出した。
「あの、聞いていないって…何が?」
くるりと振り返るが「大したことじゃ無いわよ〜」と笑みを浮かべる。
管理人さんが大したことないと言うのなら良いのだが、一瞬にして渋い顔になった皆さんに首を傾げた。
「取り敢えずご飯にしましょう?
三苫さんの歓迎会ですもの」
「あ、そうだね!」
ぱんっと手を叩いたアニスさんに、コーティリカくんが同調してその場は一転して歓迎ムードに包まれた。
みんなにグラスが行き渡り、私は管理人さんの音頭でグラスを掲げた。
今日お会いしてお話をしたのが合計8人。
予定が合わなかった人があと数人いるらしい。
三階建てのこのシェアハウスは部屋数が16個。
かなりの敷地があり、色んな物置部屋とか、離れとか合わせると管理人さんも部屋がいくつあるのか分からないとのこと。
趣味でいくつか使って良い部屋もあるらしく、私はワクワクしながら皆さんとお話をしていた。
「それで三苫ちゃんは…あ、そう言えば下の名前で呼んでも良い?」
「もちろんですアニスさん!」
オレンジ色の髪をポニーテールにまとめた、化粧っ気のないアニスさんは「じゃあトワちゃん」と笑顔で私の頭を撫でた。
「トワちゃんはどうやってこのシェアハウスに来たの?」
「私かなり田舎暮らしでして、都会に憧れてたんですけど…今回王都国に暮らしている叔父の会社で働く事になって、叔父の紹介でこちらに」
「トワの叔父さんは何をしてるのー?」
「叔父さんは世界中の冒険者の方へクエストの手続きをする、国役所の職員です!
主に討伐クエストなどを請け負ってる…ビィーツと言う会社なんですが」
「知ってるな」
「聞いたことあるぞ」
何人かが聞いた事があるようで、叔父の会社は思っている以上に大きい会社なのかなと首を傾げる。
「かなりマイナーだと思ってたんですが…皆さん、よく知っていらっしゃるんですねー」
「うーん、私達って偏った知識しか無いからねえ。
私達からすれば、トワちゃんの方が珍しいのよ」
「え?どういうことですか?」
にこりと笑うマーリンさんに、私は首を傾げた。
「…あら、誰か帰って来たわ」
「あの声はクロードだろ」
玄関の方から男の人の声がして、管理人さんが立ち上がる。
扉の側に寄ろうとした時、なんだか嫌な予感がして私は管理人さんの前に立った。
それと同時に扉が開き、黒いマスクで顔を隠した何人かの人が談話室になだれ込んで来た。
「なに?誰ー、誰のー?」
アニスさんはそんな感じで適当に飲み物を飲みながら返すが、私は管理人さんを後ろに庇いつつ、心臓がばくばくと鳴っているのに驚いた。
黒いマスクの男達は「金を出せ」「価値のあるものはどこに隠してやがる」と口々に喚き散らす。
これは私の知っている中では危険信号、急がば回れ、何はともあれ危険な案件だと全然知識の足りていない頭が告げている。
これは、やばい。
「おい、お前」
「っ!」
私と管理人さんの前に現れた男がマスクを取った。
一言で表すと残念な男だ、きっと今まで彼女が居た事は無いだろう。
そんな男が「お前も価値がありそうだ」と管理人さんの綺麗な薄いピンク色の髪に手をやった。
…昔から親に脊髄反射で動くな、一度脳に持って帰って考えてから行動しろとよーーく言われていた。
だけどさっきも今も、私が今まで脊髄反射でして来た事は間違いではないと、ハッキリと否定出来る。
「……女の人の髪に気安く触らないで」
怖く無いと言えば嘘になる、もちろん膝は恥ずかしいくらいに震えているのだから。
だけど、だけど今その行動を男に許したら、絶対にダメな気がした。
「…あ?」
男のからの威圧感が完全に私に向いた。
目が怖い、雰囲気が怖い、声が怖い。
でも、管理人さんや皆さんに危害が加わらない方がきっと良いに決まってる。
「お前よぉ、今の状況分かってんのか!」
怒号が飛び交う、さっきまで家の中を歩き回っていた男達は私の前にやって来た。
怖くて怖くて不安で、でも振り払った男の手から管理人さんを守る為にもう一歩前に出た。
「分かってない!分かってないけど、貴方…すごく格好悪い!」
「なにっ!?」
怒りが頂点に達したかのか、男は拳を振り上げた。
最低でも管理人さんに当たらなければ良い、そう思って固く目を閉じる。
「……はい、終わり」
「え?」
男の声と共に、部屋の中にはさっきまで暴れていた男達が談話室中央に纏められていた。
ポンと肩に乗った手と、その声に驚いて目を開けたけれど…これは一体何事なのか。
「お姉さん、大丈夫?」
「え?」
「…震えてるけど」
そう言われて初めて自分の身体が揺れている事に気付いた。
「ごめんなさいね三苫さん、怖い思いをさせたわね」
申し訳なさそうにそう言う管理人さんに「管理人さんこそ…お怪我は?」とこれまた間抜けなことを聞いた。
「三苫さんが庇ってくれたもの、怪我ひとつ無いわ」
「…良かった」
安心した途端、私の目からポロポロと涙が溢れて来た。
「クロード、あんたが連れて来たのぉー?」
「ふざけないでくれたまえ、せっかくの歓迎会が台無しだ」
「取り敢えず三苫さんはあったかいの飲んで」
「お菓子もあるよっ」
口々に聞こえる皆さんの声に恐怖は無い。
むしろもう日常に戻って来たようだ。
「……そう言えばお姉ちゃん、三苫さんが一般枠でうちに入居になった事はもう言ったの?」
「え?」
一般枠ってなんだ?
首を傾げた私の前で「クロちゃん、しぃー」と人差し指を立てた。
いや、バレバレです。
「言ってなかったの?」
「だってぇ、すごく良い子だから」
「理由になってないよ」
ため息を吐き出したクロードくんは、苦笑して「お疲れ様、まずは落ち着けば」と言って私をソファーに誘導した。
何が何だか分からない、取り敢えずこの人達は怖い人達では無いらしい。
私はそのあと聞かされる衝撃の事実に声を大にして驚きを表現するのでありました。




