第三話
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雨が降っていました。とても強い雨で、空はまだまだ真っ黒です。花たちは雨粒を受ける度に折れそうになっていました。けれど、折れることはありません。彼らが一生懸命に耐えているからです。
その姿を見て、自分はなんて弱いんだろうとナツは思いました。
もっとユウと仲良くなりたいのに、ユウにはその思いが伝わりません。自分には、もうどうすることもできないように思えました。
この花畑のどこかに魔女がいるという噂がありました。もしも、本当に魔女がいるのなら、ナツはきっと願うでしょう。
――なにを?
ふと、ナツはそう思いました。仮に魔女がいたとして、何を願うのでしょう。ナツの思いがユウに伝わることでしょうか。ユウと両想いになることでしょうか。
どれも違うとナツは思いました。魔女の力で好きになってもらったのでは、まるでユウの心を操っているようで、嫌だったのです。なので、ナツが願うことは、一つしかありませんでした。
「花になりたい……か」
どこからか、そんな声が聞こえました。おばあさんの声です。突然のことでしたから、ナツは目をまんまるにして驚きます。けれど、ナツが周囲を見回しても、そこには暗闇があるだけで、誰もいませんでした。
「お前のその願い、叶えてやる」
また、どこからか声が聞こえてきます。
ナツは、「誰?」と言おうとしましたが、途端にその正体を知っている気がしました。だって、姿が見えないのに声が聞こえ、何も言っていないのにナツの願いがわかっているのです。そんなことができるのは、魔女のほかに考えられませんでした。
そして、そうとわかると、しだいに心が落ち着いてきました。雨に冷やされた体も、少しだけ温かみを取り戻します。
「ありがとうございます」とナツはお礼を言いました。いえ、実際は何かの力が働いて言えていなかったのですが、ナツは確かに言ったのです。
「しかし、花になったら、ユウと話せなくなる。それでもいいのかい?」
ナツは、花になった自分を想像しました。目の前には、いつもユウがいて、水をくれます。それはとても気持ちのいいことに思えました。けれど、ナツが「ありがとう」と言っても、あるいは天気の話をしても、ユウが答えることはありません。花になれば、ナツの口はもう永遠に閉ざされることになるでしょう。そうして、枯れていくのです。それは、とても悲しいことに思えました。ナツも、寂しいと思いました。けれど同時に、それでもいいと思えたのです。ユウに好かれることができれば、ただそれだけでいいのです。
ナツは、ゆっくりと頷きました。
「よろしい。……しかし、少しだけ猶予をやろう」
猶予とはなんだろうとナツは思いました。猶予という言葉の意味がわからなかったのではありません。何に対しての猶予かわからなかったのです。
ナツはそれを質問することにしました。けれど、ナツにとっては言ったつもりでも、やはり言葉になっていませんでした。
「さあ、お眠りなさい」
どこかで聞いたことのある言葉だなとナツは思いました。けれど、それがどこなのか、そもそも聞いたことがあるのかもわかりませんでした。ただ、そう言われた途端に眠たくなってきました。
なので、ナツは言われた通りに目を閉じたのです。
その時、今まで降っていた強い雨が止んだのをナツは感じました。




