第二話
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ユウは、空を飛んでいるような気分でした。
いつものように、花を眺めていたのです。
太陽は、相変わらず汗をいっぱいかいてしまうほどの強い光でかがやいていました。しかし、その下にはもくもくとした大きな雲があります。
ユウは嫌な予感がしました。あの雲を見た後は、決まって空が暗くなって雨が降り出すのです。雨が降る前に帰ろうとユウは思いました。
ユウは雨が嫌いです。花たちにたくさん水をあげてくれる分にはいいのですが、自分が濡れると体全体が重くなって、気分が落ち込んでしまうのでした。
ユウはなんだか想像しただけで体が重くなったような気分になりました。
花たちもユウに共感したのか、なんだか元気がありません。あるいは、ユウとは真逆の気持ちで、早く雨に降ってほしいと思っているのかもしれませんでした。
「ユウくん、おはよう。今日もいい天気だね」
ユウが見上げると、そこにはナツがいました。相変わらずの白いワンピース姿です。太陽に反射してまぶしいなとユウは思いました。
「そうだね。けど、もうすぐ雨が降るよ」
ユウはそっけなくそう答えます。そして、すぐにしゃがみこんで花に水をあげ始めるのでした。
「そうなんだ。じゃあ、今日はあんまり会えないね」
すぐに、ナツもユウに合わせてしゃがみます。すると、花の匂いが間近に感じられました。
「そうだね」
「明日は晴れるかな」
「知らない」
赤いコスモスの花びらが茶色く枯れていることにユウは気付きました。土からひっこ抜いてあげることしかユウにはできませんでした。
ちょうど雨がぽつぽつと降ってきたのはその時です。
「ねえ、私からまだいい匂いする?」
しかし、ナツはまだそのことに気付いていないようでした。小さな雨でしたから、仕方がありません。ユウは少し気にし過ぎているのかもしれませんでした。
「するよ」
ユウにとってはやはり雨は嫌でしたから、早く帰りたいなという気持ちでした。それに、どうして今ナツがそんなことを訊いてきたのか、ユウにはよくわからなかったのです。
しかし、そんなユウの気持ちを知らないナツはまだ訊いてきます。
「ずっとしてた?」
「ずっとしてた」
その言葉を聞いた途端、ナツは嬉しそうな顔を見せました。白い肌が少しだけ赤くなっているように見えます。
「ユウくんの好きな匂い?」
あまりにも嬉しそうにしているので、ユウは少しだけいじわるをすることにしました。
「嫌いな匂いだよ。いい匂いではあるけど、僕の好みじゃない」
ナツの匂いは、ユウが生きてきた中で一番好きな匂いでした。
けれど、そのことを知らないナツは途端に顔をひきつらせました。
「そう……なんだ」
落ち込んでいるようでした。しかし、ユウの口からはまた嘘が出てきます。
「いつも嫌いな匂いを嗅いでいる僕の身になってみてよ。ナツがいるとずっと気分が悪いんだ。どこかへ行ってくれないかな」
ちくっと心が痛んだのをユウは感じました。けれど、同時に、都合がいいとも思いました。このままナツが来ることがなくなれば、一人でゆっくりと、邪魔されることなく花の世話をすることができるのです。それはずっとユウが願ってきたことでした。でも、やっぱり心が痛むのです。
ナツが立ち上がった反動で、桶が倒れて、中の水があふれ出ました。みるみる内に地面が黒く変わっていきます。まるで、ユウの心の中のようでした。けれど、それを隠すように、ついに雨が降り始めます。花の匂いが全て雨の匂いに変わってしまうほど、強い雨でした。ナツの匂いも当然のように消えていて、いつの間にかナツもいなくなっていることにユウは気付きました。
さすがのユウも反省したのですが、こんな雨の中で謝りに行くわけにもいきませんから、ずぶぬれになった重い体をひきずりながら、ユウは帰ることにしたのです。




