イケメン俳優とのありがちな恋。
なんの変哲もない、昼休憩の公園のベンチ。わたしはケチャップとマスタードをたっぷり塗ったフランクフルトを頬張っていた。
「うーん、美味しい! ってうわぁ!!」
いきなり視界が暗くなったと思ったら、歩いていた男性がこっちに倒れ込んで来た。
とてもフランクフルトを持っていられなくて、落としてしまう。
今日は暑いから、熱中症かもしれない。とにかく男性をベンチにもたれさせて、コンビニで買ったばかりのペットボトルを脇の下に挟んであげる。
帽子を外してカバンの中に入っている扇子であおいであげて、とにかく意識を取り戻してもらわなきゃ困る。
「大丈夫ですか!? 聞こえますか!?」
頬をぺしぺし叩くと、唸り声をあげた。よく見ると、男性の睫毛はとても長くて右目の下に泣きぼくろがある。なんだか珍しくて、印象に残った。
そうして何度か刺激を与えていると、ようやく目を覚ました。
「うぅ……あ、れ?」
「良かったー、いきなり倒れたんですよ。これ、口つけてないんで飲んでください。すぐに病院に行ってくださいね。タクシー呼びましょうか?」
「いや、病院とかは、ちょっと……」
そう言いながらも、麦茶のふたを開けてゴクゴク飲んでいく。とりあえずは大丈夫のように見えるけど……。
「熱中症甘くみたらダメですよ!」
「あの、それより……もしかしてその赤いの、俺のせいじゃ……」
「え?」
言われて気づいた。制服のスカートにケチャップがべっとり! 最悪。
「ごめんなさい、俺が倒れたせいですよね。なんか、よく見たら物が落ちちゃってるし……」
「そんなに気にしないで大丈夫ですよ。すぐ洗えば落ちるから」
「でも、」
不毛な言い合いに発展するところを止めたのは、男性のスマホの着信音だった。
「ごめんなさい、ちょっと……はい。はい、わかりました。すぐ行きます」
「お仕事ですか?」
「すみません、呼び出されちゃって。……そうだ、クリーニング代受け取ってください。後、助けてもらったお礼もしたいから、これ。絶対に連絡してください」
「はあ……」
「絶対だよ!」
手に押しつけられたのは、諭吉さんと名刺。
慌ただしく去ってしまった彼に、どうせ連絡することもないとろくに見もしないでカバンに突っ込んだ。
迷惑料として一万円もらったら、もう充分。すぐに忘れてしまった。
それから一週間くらい経った日、また公園でご飯を食べようと同じベンチに向かうと、帽子とサングラスをつけた人が座っていた。
先客が居るなら、と別のベンチを目指す途中で座っている男性が立ち上がった。
「やっと会えた! 覚えてますか? 俺、熱中症で倒れたところを助けてもらった男です」
帽子とサングラスを同時に外すと、男性の右目の下には泣きぼくろが。
「あー、覚えてる覚えてる。その後大丈夫でしたか?」
「その節はどうも、おかげさまで……じゃなくて。連絡して欲しいって言ったのに、全然してくれないから探しちゃいましたよ」
「そうなの? 悪いね、忘れてた。わたしのことは気にしないで良いよ、一万ももらったし」
「そういう訳には……俺が渡した名刺、見てくれました?」
「ううん、全然見てない。ちょっと寄ってくれる? お昼食べるから」
「どうぞ……一応俺、売り出し中の若手俳優なんですけど……知らないですか?」
「ごめんね、最近テレビ見てなくて。どうりでかっこいいはずだね~。それで、わたしになんか用?」
「ははは、お礼がしたいんです。俺とデートしてくれませんか?」
「いきなりデート」
会って二回目の男性に、しかも若手俳優にデートに誘われてしまった。
うーん、これは幸運なんじゃなかろうか。せっかくわたしを探してくれたんだし、無碍にすることもない。
「彼氏さんとか居たりします?」
「それはないから安心して。良いですよ、デート。日曜日なら暇ですし」
「本当ですか!? なら、次の日曜日に!」
彼の名前は鏑木拓弥。子供向けの特撮ヒーローの主役をやっている、本当の若手俳優だった。
最初はあんまり信じてなかったんだけど、流石にテレビに映っているのを見たら信じるしかない。
そこからはもう、トントン拍子に話が進んでいった。
「俺と付き合ってください!」
「うん、良いよ。なんか拓弥って見てらんないんだよね。危なっかしくてさ」
「面目ない……よろしくね、真希ちゃん」
セクシーな泣きぼくろのイケメン俳優様は、ちょっとどんくさくて、なんならお人好しだった。
わたしがちょっと冷たくするだけでアタフタ、非常にからかいがいのある男である。
「真希ちゃん、テレビよりこっち見て」
「うー、くっつかない。彼氏の出演するドラマくらい見させろ」
「録画のドラマより、今は俺を見て」
「乙女か!」
なんだか少女漫画のヒーローみたいなヤツだ。わたしはああいうの、面白くなっちゃう人間だから、向いてないんだけどね。
すぐに思い出を作りたがり、仕事が忙しくなれば電話だけでも、とマメマメしく繋がりを持とうとしてくる。
正直、女のクセに情緒に欠けると評判のわたしには過ぎるくらい、拓弥は良い恋人だ。
――だけど二年も付き合った頃、その波乱は突然やって来た。
コンビニで何気なく買い物していると、写真週刊誌に鏑木拓弥の見出し。
「新人女優と深夜の密会?」
わたしはその週刊誌をレジに持っていった。
目次からページを見つけて、開く。『今共演中のヒロインと深夜の密会!! 鏑木は骨抜きか!?』
要約すると、共演する内にヒロイン女優を好きになった拓弥が、その女優について回って貢いでいる……的な内容だった。
「馬鹿馬鹿しい。わたしたち、結婚の話し合いまでしてるっつーの」
それでも、不安にならないかと訊かれればイエスで。わたしは、拓弥にメッセージを送るかどうか、すごく迷った。
そして、止めた。もし誤解なら、次に会った時に解いてくれる。そもそもこんな嘘八百の週刊誌の真偽を訊くなんて、それだけで信じてないみたいだ。
「あ、鏑木拓弥」
「っ!?」
誰かの声に見上げれば、それは街頭の大きな宣伝用テレビだった。拓弥が微笑んで、みんながそれを見ている。
スマホが震えた。このタイミングで、拓弥からの電話。
変に緊張してしまう。
「もしもし?」
「もしもし、真希ちゃん? 悪いんだけど、明日会えないかな? 昼間、ちょっとだけ」
「良いけど……お仕事は? しばらく忙しいって言ってたよね?」
深夜に女優とマンションに消える時間は会ったみたいだけど。
「うん、ドラマは落ち着いてきた。もうちょっとで撮影も終わるし、平気だから」
「そう? 無理しないでね、拓弥」
「ありがと、真希ちゃん。場所はラインする」
「じゃ、ね」
プツ……電話が切れて、街の雑音がいやに大きく聞こえる。
普通に考えれば、明日の話は週刊誌のこと……それか、別れ話かな?
「わたし……こんなに拓弥のこと、好きだったんだ……」
捨てられたくない、悔しい、早く安心させて――そんな気持ちがぐるぐる渦を巻いて、街頭テレビの拓弥が『大丈夫』なんて、また無機質に微笑んだ。
翌日、わたしは半休を申請して拓弥と向かい合っていた。
彼は役のイメージを壊さないよう、シックで優雅なコーディネートをしていることが多い。
わたしは今日ばかりは拓弥と不釣り合いになりたくなくて、できる限りのオシャレをして来た。
「真希、こっち」
「久しぶり。いきなり会いたいなんてどうしたの?」
駅前の個室っぽい席割りをしているカフェで、彼は既にコーヒーを頼んでいた。わたしも同じ物を頼む。
「……実はさ、お金を貸して欲しくて」
それは意外な話だった。拓弥は無駄遣いしない性格だし、何よりわたしたちの結婚資金を貯めているのを知っていたから。
「いくら?」
「百万」
たかだか百万。本当なら、理由を訊いて週刊誌のことを問い詰めるべきなんだろうけど……。
彼が女に貢ぐ金を彼女にたかるクズには思えなくて、頷いていた。
「……わかった。待ってて」
「え?」
何故か拓弥は意外そうな顔をしたけど、わたしは無視して近くの銀行ATMに入る。
結婚に伴って近々大きな買い物をする予定だったから、引き出し上限金額を上げていたのが幸いした。
一括で下ろして、封筒に突っ込む。
「はい、百万」
「何これ……」
カフェに戻って、彼に封筒を差し出した。コーヒーが微妙にぬるくなっている。
「何って、借りたいんでしょ?」
「でもこのお金、家具とかマンションの頭金だよね!?」
「なんで拓弥がうろたえてんの? 落ち着いてよ」
「なんで何も訊いてくんないの? 真希ちゃん……俺って、そんな、ダメ男? 頼りない?」
天下のセクシー俳優が、涙目で封筒を握ってプルプルしてる。わたしはいつもの拓弥を見て、なんだか毒気を抜かれてしまった。
「はあ……ばーか。ダメ男に百万も貸すかっての。訊いて欲しいならそう言ってよ。わたしだって別れ話かと覚悟したんだからね」
「昨日、電話した時に何か訊いてくると思ってた……だけど全然いつも通りで、知らないのかと思ったら、久しぶりなんて今まで一回も言ったことないのに……!」
「皮肉は伝わった訳ね。で、あの週刊誌の話をしてくれる?」
拓弥は予想通り、あれは新人女優の売名行為に付き合わされただけで、強引なアピールに迷惑していたと話してくれた。
「マンションに入ったのは、酔いつぶれた彼女を送っただけ……抱きつかれたけど、はっ倒して帰った」
「よし、最初からそう言えばいいのに。じゃあこの百万は、わたしを試しただけなのね?」
「はい……ごめんなさい」
あからさまにシュンとうなだれる姿に、うっかり犬が落ち込む姿を重ねてしまった。拓弥は柴犬みたいなとこがある。
「めちゃくちゃ不安になった。怖かったんだからね? わたし……」
「真希ちゃん、許して。もしかしたら、真希ちゃんは俺と別れたいかもしれないって、お金のことを言い出したら、言いやすいかと思って……!」
「アホか! なんであんたってそんなトンチンカンな思考回路なの? 結婚資金貯めて、プロポーズしてくれるんでしょ?」
「うん、する」
「うんってねぇ。そもそも世間的には、わたしが泣いてすがる方でしょ、拓弥のが稼いでるしイケメン俳優だし。わたしを捨てて新人女優に走るのかと思ったわよ」
「そんなのあり得ない! 俺には真希ちゃんが居ないとダメなんだ。真希ちゃんは別れ話なんかしたら、きっと何も訊かないで百万貸してくれるみたいに潔く別れられちゃう。俺なんかあっさり捨てられる!」
「あははは! ばーか。わたしだって拓弥が大好きだよ? そんなのあり得ない」
「本当に?」
「本当に。でも、そんなこと思わせちゃったのは、普段のわたしが冷たくし過ぎたからかな? ごめんね」
「いや、ううん。そんなことない、ただ真希ちゃんは俺が好き好き言うから、お情けで付き合ってくれてると思ってただけ」
「それ、酷い女じゃん。じゃあお情けで結婚してもらえると思ってたの?」
「うん……真希ちゃん、面倒見が良いから」
「面倒見で結婚するかっての! もう、良いよ。許してる。怒ってない」
「良かった。真希ちゃん、お詫びに銀座でチョコ買って帰ろう。あ、お仕事あるのか」
「仕事は今日は休んだから平気。チョコだけじゃなくてワインも欲しいな」
「ワインね。だったらDVDも借りよっか」
「良いね~」
因みにプロポーズはこの後、旅行先の岬で朝日と共にされた。乙女か!
これがわたしの、少女漫画みたいな恋の話。
よければ対戦相手のヒロモトさんの方も読んでください。
※こちらの恋愛はコメディ仕立てです。
『フリースタイル小説』
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