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歌声…2

 ガルデニア国からの迎えの船が村の側に到着して数日、ミディが王女リコリスと共に村に帰還した。だが、そこに騎士キルシェと傭兵レザンの姿はなかった。ガルデニアの王アルベロの計画通りに全ての事が済んだのだ。



「フィーネ。負傷者の容態はどうだい?」


「はい。無事に意識も戻られ、軽くですが食事もとれるようになられました」


 数日前とは一変した明るさに、聞くまでもなかったなとミディは笑ってみせる。


「それは良かったね。で、他の負傷者の方はどうなのかな?」


 窘めるような言い方に、フィーネはあわあわと顔を赤くして慌てて正規の報告を伝えた。


「一人でよく頑張ったね」


 一通りの報告を受け、彼女の功績を称える。しかし、フィーネは首を横に振った。


「いいえ、私一人では無理でした。村の方々の助けがあったからこそ、皆を助けることができたんです」


 謙遜はしているが、実際フィーネの働きは大きい。だが、村人の助けがあったからというのも事実。フィーネは決して己の力を傲るようなことはなかった。

 だが、元の明るさを取り戻していた笑顔に影を落ち、何か言いたそうにミディの方に視線だけを向けた。


「どうしたの?」


「あの、キルシェ様のことですが。……騎士の方たちにもお伝えしなければならないのですよね……」


「ああ、そうだね。彼らの上官のことだから、きちんと伝えなければいけないね」


「……そうですよね」


 フィーネには懸念があった。人間の地を離れ魔王の妃となることを選んだキルシェの話を聞いたことで、彼らの精神面にどのような影響が出るか分からなかったからだ。治療には精神的な面も強く影響を与える。悪い方に流れてしまえば、ようやく生きるために動き始めた命もたちまち弱ってしまうだろう。


「キルシェ様のことをどう受け取り、どう考えるかは彼ら次第だ。でも、黙っておくことはできない。キルシェ様の不在の理由を知らされなければ、彼らは逆に不安を感じてしまうだろう」


 そうしなければいけないと分かっていても、フィーネの表情は晴れない。


「それにキルシェ様からの言伝もあるからね。フィーネは今まで通り、彼らをサポートすることだけを考えて」


 そっと肩に手を触れ、ミディは二人の騎士が休む船室に入っていった。今回の件について真と嘘を混ぜた詳細と、キルシェから預かった伝言を伝えるために。




 二日の航海を終え、船はガルデニア領内の港町に着いた。

 一日の休息の後、ミディがリコリスを連れ王都に戻る一方で、まだ傷の癒えない二人の騎士は連続する移動が身体の負担になるため、しばらくこの港町に滞在し療養することになった。


 ここは港町ということもあり、人や物の流れも活発にあり、医療施設なども充実している。港町に駐在する騎士の施設もあり、専属の医療従事者も常駐している。

 早速、施設に入り常駐の医師からの治療を受ける二人の騎士だが、なぜか医師の傍らにフィーネの姿もあった。


 港町に着く前から、負傷した騎士たちの当面の処遇は決定されていた。その際、フィーネはミディたちと共に王都に帰還する予定になっていた。だが、少しでもリンデンの傍にいたいと願ったフィーネは、その想いを隠して願い出ていたのだ。胸の内に秘めた想いだったが、それをミディに隠し通すことなどできるはずもなかった。だが、そんな私的な我儘は反対されることなく、すんなりと了承された。そして、フィーネの滞在は常駐の医術者にも歓迎されていた。それは、フィーネが蒼竜魔導団の第一部隊所属という、回復に特化した魔導士だという事実が大きかった。




「ねぇ、ねぇ、フィーネちゃん。リンデンばっかりじゃなくて、俺にも食べさせてよ」


 診療所のベッドの上で、シーダーが雛鳥のように口をあーんと開けておねだりする。


「もー。シーダーさんは両腕とも治っているじゃないですか」


 二人のベッドの間に椅子を置き座っていたフィーネは呆れたように言いつつも、シーダーの食事の器から粥をすくい彼の口に運んであげた。


「ん〜。やっぱり、かわいい子に食べさせてもらうのって美味しく感じるよな」


 いつもと変わらない薄味の粥を、さも高級な食事のごとく味わっていく。


「お世辞をおっしゃっても、何もありませんよ」


「お世辞じゃないって。なあ、リンデンもそう思うだろ」


「……ああ、そうだね」


 シーダーの軽口に、隣のベッドにいるリンデンはあまり関心がないのか、虚ろな返事をかえすだけだった。そして、僅かにフィーネの方に向けていた視線を、ゆるりと逸らし窓の外を眺めた。窓の向こうは賑やかな町並みしか見えないが、そのずっと先には海が広がっている。フィーネは外を眺めるリンデンの姿を見ながら寂しげに視線を落とした。だが、すぐに表情に明るさを戻し、内にある寂しさを周囲に悟らせない明るい声で、


「さっ、お二人とも、早く食事を終わらせてくださいね」


 と、促し、何事もなかったように虚ろなリンデンの口に食事を運んでいった。



 食べ終わった二人の食器を片付け、薬や包帯を補充しようと薬品棚へと向かう。棚に手を伸ばし必要な物を集めていくが、ふいにその手が止まり何も持たないまま落ちていく。そして、同時に視線も落とし、ため息をついた。


 ここ数日、リンデンの様子は明らかにおかしかった。いや、リンデンだけではなく、シーダーも同様にだ。リンデンは何かを思い詰めたように表情が暗く、逆にシーダーは異常なほどに明るく振る舞っている。怪我や薬の影響も多少はあるだろうが、彼らがそう振る舞ってしまう大本の原因をフィーネは理解していた。


 それは彼らの上官であるキルシェだ。


 あの日、ミディから報告を受けるまで、リンデンは普通に笑顔を見せていた。シーダーも空元気を見せることはなかった。

彼らにとって、キルシェの存在は予想以上に大きく、フィーネが懸念していたことが露骨に表面化してしまっていたのだ。たちまち影響は出ないかもしれないが、このまま精神的に落ちていれば今後の治療に影響がでるだろう。


 自分が彼らを支え、どうにかしてあげたいという気持ちはある。しかし、まだ会って一ヶ月にも満たない自分がキルシェの代わりになれるなんて到底思えなかった。


 再度、小さなため息をつき薬品棚の扉を静かに閉めた。


「フィーネちゃん。今、時間あるかな?」


 薬品庫のドアの隙間からひょこっと顔を覗かせてきたのははシーダーだった。


「シーダーさん? どうかされましたか?」


「んー。ちょっと話したいことがあってね」


 何か言いたげにしているが、どこか躊躇いもあるシーダー。最近の空元気とは全く違う雰囲気に何かを感じたのか、フィーネは彼の話を聞こうと薬品庫を出た。



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