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歌声…1

 昨夜の襲撃は船全体に大きな被害を出していた。風を受ける帆を失い、舵も利かなくなってしまった船は、海流に身を任せ海の上を漂っていた。


 化け物の放った魔力の水弾がもたらしたのは、船の損傷だけではない。甲板を貫いた水弾は、あの危機から離脱するために船内で行動していた船員たちをも傷つけていた。二人の騎士をはじめ、多くの船員もの負傷したが、幸いなことに誰一人として死者を出すことはなかった。


 フィーネは動ける者の力を借りながら、負傷者の治療を続けていた。幸か不幸か、ここが海上だということで、どれだけ魔法を使おうともフィーネの魔力が尽きることはなかった。しかも、自身が負っていた傷も、誰よりも早く治っていた。


 フィーネにとってはここが最良の環境だが、人間にとってはそうではない。重傷で身体も動かせないような人たちにとって、海上での不安定な揺れは大きな負担になる。医療機器も十分ではなく、けして清潔とはいえない環境状態の悪さも回復の妨げとなる。そして、行く先の見えない不安は精神的な負荷として重くのし掛かる。これは負傷の度合いは関係なく、人々は想像もしたくない未来に蝕まれ、船全体が暗い影に覆われていた。



 しかし、朗報は突然舞い込んできた。


「おいっ。島が見えたぞっ! あれは……グリシーナ島だっ!」


 グリシーナ島の全貌を唯一知るレザンが、声高らかに皆に伝える。その知らせに、沈んでいた空気が一気に沸き上がる。動ける者はデッキに上がり、島の姿を確認し歓喜する。そして、その喜びを動けない者に伝える。

 光の見え始めた未来に、人々は明るさを取り戻し、生きるための気力も取り戻していった。




 しばらくの漂流の後、船は島の岸壁に流れ着いた。どういう運命の巡り合わせか、そこはレザンの故郷の側で、懸念であった怪我人の受け入れなどもすんなりと進んでいった。


 村人からの温かい食事を腹に入れ、一同は生きている実感を感じながら一息つくことができた。


 小さな村ということで、医療器具などの設備は乏しく心許ない。それでも住民の手助けなどで人手が増え、船上での治療と比べ俄然捗る。そうはいっても、大人数の治療が一通り終わった頃には日も傾き始め、窓から西日が射し込んできていた。


 フィーネは合間合間に休憩を挟みながら、狭い診療所内を忙しなく動き回っていた。


「フィーネ!」


 聞き慣れた男性の声が彼女の名を呼ぶ。

 驚き振り返ったフィーネは、口許を両手で押さえ診療所の入り口に立つ二人の姿を見つめ、歓喜に震えた。


「あぁっ……、ミディ様。キルシェ様っ! ご無事だったのですね……。良かった、本当に良かったです……」


 昨夜、ミディの無事は曖昧ながら確認できていたが、それでも別の不安が重くのし掛かり押し潰されそうになっていたフィーネ。信頼する人の生還に張り詰めていた気が緩み、大粒の涙をこぼしていく。


「フィーネ。シーダーとリンデンの姿が見えないが……。それに、レザン殿も」


 再会を喜ぶが、キルシェの一言により再び襲いかかってくる不安。不安を隠せないままに遅れて合流した二人を奥の部屋へと案内する。

 フィーネの雰囲気からいくらか察していたのだろうが、そこに広がる光景を前にしたキルシェたちは、予想以上の状態に言葉を失い青ざめていった。レザンが昨夜のことをキルシェに説明している間、ミディは騎士たちに回復魔法を施していった。特に傷の深いリンデンを集中的に魔法を施していくが、その最中にチラリとフィーネの方に視線を向けた。リンデンに寄り添うように立つフィーネの姿は、国に仕える魔導士のものではなく、一人の男の身を案じるただの女の姿だった。


 キルシェたちがこれからについて話し合う中、ミディはフィーネをここに残すことを提案した。今回の任務の真相を知っているミディは、レザンとキルシェさえ魔王城に行けば良いと考えていたからだ。だが、それ以上に、ようやく前進し始めたフィーネの気持ちを慕う者の死という最悪な形で終わらせたくなかったからだ。


 この提案にキルシェは難色を示した。だが、部下である騎士たちの容態を伝えると、何かに気付かされたように納得し受け入れた。




「ミディ様。残れるようにしていただき、ありがとうございます」


 皆が寝静まった夜半過ぎ。村の外れの林にミディとフィーネは来ていた。そこからは、月明かりに照らされ水面を輝かせる海と、今にも朽ち果ててしまいそうな船の姿が見える。


「いや、礼を言われることではないよ。今の彼らには、十分な魔法治療が必要だからね。それに、フィーネも彼の傍にいたいだろうしね」


「あっ、その……」


 頬を薄く染めるフィーネに、ミディは嬉しそうに微笑む。


「それにしても……僕たちが海に落ちてから、散々な目にあったみたいだね」


 無惨な姿を晒す船を眺め、ミディはぼやく。


「はい。……まさか、こちらの世界の海に現れるなんて思いもしませんでした。でも、ミディ様が助けてくださったのですよね」


 月明かりの下に輝く金色の髪がざわっと揺れ、ミディは先程とは異なった歪んだ笑みをみせた。


「ああ。始末しておいたよ。仕方ないよね、キルシェ様を傷付けようとしたのだから」


「ミディ様、ありがとうございました。それにしても、本当にキルシェ様がご無事で良かったです」


 昨夜と同じように、海に生きるもの同士でありながら、フィーネにあの化け物に対する同情などは一切なかった。血が濃くなり魔力に強く依存するようになった亜人種たちは、種族関係なく仲間意識が強く持つことがあるが、一度敵対してまえばその者に対し容赦はなかった。


「本当だよ。一時はどうなるかと思ったけど、お怪我などもなくて僕も安心したよ」


 化け物に対しては非情だったフィーネだが、「怪我」という言葉を耳にするなり表情を曇らせる。


「フィーネ。彼は助かるよ。君が助けたいって思っていればね」


 その気持ちが誰に向けられたものか察したミディは、励ますように声をかける。


「で、でも……あんなに酷い怪我。意識だって、まだ戻らなくて……」


 胸元に置かれたフィーネの手が恐怖て不安で震えている。ミディは彼女の手に自分の手を重ね、さらに言葉も重ねる。


「君がそんな弱気になってどうするの? 僕は、君と彼の魔力相性は良いと思っている。だからフィーネの魔法は通常よりも効果的に効くと思うよ。君が傍にいれば、きっと助かる。だから、諦めては駄目だよ」


 ミディは子供に言い聞かせるように、優しく静かに説きかける。


「さあ。もう、戻ろうか。明日も早いからね」


「はい、ミディ様」


 ミディの言葉で、少しばかり元気を取り戻したフィーネ。彼女は先を行くミディの後を追い、村へと戻っていった。




 翌朝、魔王城へ向かう三人を見送ったフィーネは、それからも忙しなく負傷者の治療に専念していた。


 この村に流れ着き数日。シーダーの回復は順調で、スープのような軽いものは口にすることができるようになっていた。その一方で、リンデンは外傷の出血は治まったが、未だに意識は戻らない。

 フィーネは施していた魔法を止め、ため息をつく。いくら二人の魔力相性が良くとも、過度に魔法での治療を施すことは危険なこと。魔法での回復は、肉体の回復力の強化。過度に魔力を送れば、逆に肉体を破壊しかねない。ずっと手を握り、傍で魔法をかけ続けていたい。そう思う気持ちはあるがそれはできない、してはいけない。


 フィーネは自身の存在にジレンマを感じてしまう。有り余る魔力を持ちながら、ただ定期的に回復魔法を施し、包帯を取り替えことしかできないことを。そして、変化を見せないリンデンの姿を見守ることしかできないことを……。



 人々が静かに寝息をたてる夜。フィーネはリンデンの眠るベッドの傍らで椅子に座り、窓から外を眺めていた。

 海に近い村とはいえ、窓を開けてもここまで波の音は聞くることはない。だが、潮の薫りは風に乗り、この診療所まで届いてくる。そして、夜空に輝く月の光が淡く届き、僅かだが魔王城からの懐かしい魔力も感じることができる。フィーネの身体には久しく感じていなかったほどに魔力が満ちていた。


「今日も意識が戻らなかった……」


 冷たさの奥にほんのりと命の温かみを感じるリンデンの手に触れ、涙を流す。このまま意識が戻らなければ食事も取れず、身体に栄養が回らず回復も遅れてしまう。それなのに、自分の身体には魔力が溢れ、回復も人の倍早い。そんな力を少しでも彼を助けることに分け与えたえたらと願いながらも、それはできず忌々しささえ感じてしまう。


「……リンデンさん」


 浅い呼吸で瞼を閉じたままのリンデンを悲しげに見つめ、フィーネは歌を口ずさむ。


 澄んだ清らかな歌声が、薬品と血の匂いに満ちた診療所を浄化するように浸透していく。優しく紡がれていく旋律は、母から教わった古い祈りの歌だった。


 眠りの邪魔にならないように、けれどもこの祈りが届くように。フィーネは深い祈りを込め歌う。


 その時だ、触れていたリンデンの手が微かに反応した。


「……きれい……な……うた……」


 弱々しいが、たしかに聞こえた声。彼女がそれを聞き逃すはずはなかった。それはフィーネがずっと聞きたいと願っていた声なのだから。


「リンデンさんっ!」


 手を強く握りしめると、リンデンはそれに反応して微かだが握り返してきた。うっすらとだが開けられた目が、月明かりに照らされたフィーネに向けられる。


「……もっと……歌……聴かせて」


「はいっ!」


 何度も何度も頷くフィーネに、リンデンは嬉しそうに目を細める。そして、再び流れ始めた歌声を聴きながら、いくらか落ち着いた寝息をたて始めた。


「リンデンさん……良かった」


 フィーネはこの地に来て初めて本当の意味で安堵の涙を流した。



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