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魔族‐5

 その夜、フィーネは新しい感情に少し興奮したまま、床についていた。だが、なかなか寝付くことができず、硬く狭いベッドの中でゴロゴロと身体を動かしていた。

 これは慣れない空間とベッドのせいでもたらされるものではなかった。寝ようと瞼を閉じると、リンデンの顔がちらついてしまい、その都度胸に強い鼓動が打ち寄せるからだった。


 このままでは一睡もできず、明日に支障が出てしまう。そう判断したフィーネはホットワインでも飲んで気を落ち着かせよう、静かにベッドから出た。明かりも点けず薄暗く狭い船室に歩き、壁に掛けてあった魔導団のローブを羽織ると、そのままドアノブへと手を伸ばした。カチャリとドアが僅かに開けた時、


「――――っ!?」


 海の波で穏やかに揺れていた船に凄まじい衝突音が響き、激しい衝撃で大きく揺れた。完全に気の緩んでいたフィーネは、その衝撃で派手に転び壁に身体を打ち付けてしまった。


「な、なに!?」


 ぶつけた場所に鈍い痛みが走る。壁に手を置き立ち上がったフィーネは、まだ揺れの残る船室を慎重に歩き、小さな窓から外を見た。嵌め込みの窓から見えるのは、月明かりに照らされ水面を輝かせる暗い海だけ。目的地周辺には岩礁地帯があるとは聞いていたが、そんな危険な岩などはこの狭い視界の範囲には見当たらない。そもそも、その場所を避ける航路を取っているために時間がかかると聞いていた。


 視覚からは何ら危険な物は確認できない。しかし、フィーネは海の中に姿の見えない何かの気配を感じていた。穏やかではない気配を察知し、これをミディに報告しなければと思い、窓に背を向けた瞬間、


「きゃあっ!」


 再度、船を襲う大きな揺れ。そして、その直後デッキの方から聞こえてきた悲鳴に似た叫び声。


『キルシェさまーーっ!!』


 その声はミディのものだった。


「えっ!? ミディ様?」


 普段、物静かで声を荒らげることのないミディの叫び声。その声にフィーネは酷く動揺してしまう。緊迫した状況だとは判断できても、何が起こっているかまでは理解できず、パニックに陥ってしまう。そして、混乱で冷静さが失われていってしまう。


 そうしてる間に、すぐに船内がざわつき始める。突然の出来事に誰もが現状を把握できず、フィーネと同様に混乱していた。だが、その騒然とした空気のなか、現状を把握できないながらにも冷静さを保ち皆に指示を出すリンデンの声が届いてきた。


「……行かなきゃ」


 彼の声で頭を正常に戻せたフィーネは、魔導団のローブを着ると一路デッキへと走った。




 デッキに着くなり、フィーネはミディの姿を探した。しかし、そこにはミディどころかキルシェの姿もない。何度か襲ってくる揺れのなか、傭兵レザンが一人剣を手に海を睨んでいた。


「レ、レザン様っ! ミディ様とキルシェ様は?」


 レザンは鋭く睨み付ける目を海から離すことなく返事をかえす。


「二人とも海の中だっ!」


「えっ!? ……海……のなか?」


 フィーネの全身が震える。自分の主である魔王ザカートの妃になるキルシェが海に落ちた。

 魔族であるフィーネたちの任務は、リコリスの救出ではない。キルシェを無事にザカートのもとまで送り届けることだ。もし彼女になにかあれば、ザカートどころか仲間にも顔向けできない。


 震えながら愕然と暗い海を見つめていると、デッキに騎士のリンデンとシーダーが出てくる。彼らも先ほどのフィーネと同じように、デッキにいるはずのキルシェの姿を捜す。しかし、彼らがそこにキルシェがいないことを確認するよりも前に、大きな脅威が姿を現した。


「な、何だよ……こいつ」


 つい今しがたまで夜風にあたり酒を飲んでいたレザン。しかし、現れたものを前に、酔いなど綺麗に消え去ってしまう。


 デッキに立つ者の視線が一様にそれを見上げ、言葉を失う。


「……うそ……。なんで……」


 海から現れたそれに、皆が恐怖を抱く。だが、フィーネだけは違う衝撃を受けていた。


 暗い海から這い上がってきたのは、トカゲに似た黒い肌の巨大な生物。赤黒く光る目でデッキの上にいる小さな人間を見下ろし、大きく開いた口から鋭い歯を覗かせている。


 人間にはこの生物が海に生息する魔獣に見えただろう。しかし、フィーネにはそれが何ものなのか分かっていた。



 この生物が自分に近い存在であることに――



 だからこそ理解できなかった。なぜ、人間の世界の海に現れ、この船を襲うのかが。


 しかし、その原因はすぐに知ることになった。


 姿を現した生物は、太く短い腕を船に置き、奇声を発する。咆哮のような奇声をあげ、太い腕を振るい視界に入る物を不規則に破壊していく。

 その理性の伴わない動きに、フィーネは気づく。


「これは……」


 亜人種は自らの血を残すために、やむなく近親での婚姻を繰り返していた。だが、それは血を残す代わりに、代を重ねるごとに血を濃くし、同時に魔力も濃くさせていた。

 濃く強い魔力は体に大きな負担をかけてしまう。そして、それは自我を失わせ、内にある本能だけを暴走させてしまう。


 視界に入った物を破壊し、自身の体力や魔力を消費していくだけの化け物。人の姿にもなれず、獣よりも勝るが魔獣よりも劣る存在。それが、目の前に立ち塞がっているものだった。



 破壊するだけの化け物になったそれは、闇雲に腕を振るい船を破壊する。鋭い爪でデッキには穴が開き、根本から折られてしまった帆は吹き飛ばされ海に落ちていく。


 このままでは、船もろとも自分たちも海の藻屑となってしまう。二人の騎士と傭兵レザンは剣を構え、戦闘体制に入った。


 シーダーは《雷》と《風》の魔法を巧み使い、剣で攻撃を繰り出すレザンとリンデンを遠隔から補助する形で攻撃をする。海に棲む化け物なら基本属性は《水》で、シーダーの《雷》の魔法とは、対立関係にあり効果が高く出るはずだった。しかし、個の魔力量の差がありすぎ、結果が伴わない。


 しかも悪いことに、その魔力に反応した化け物はシーダーの存在を認識し、太い腕と爪で集中的に彼を攻撃してきた。爪で肉が裂かれ、太い腕で勢いよく吹き飛ばされたシーダーは、船の一部に身体を強く打ち付けてしまう。「ぐっ」と呻き声を漏らし、ぐったりと倒れこむ。致命傷は免れたようだが、鋭い爪は鎧を切り裂き身体にも傷を与えてしまっていた。シーダーの身体からは夥しい量の血液が流れ出ていた。


 レザンとリンデンは、船首とデッキに置かれた腕から化け物の体を駆け上がっていく。レザンが額を、リンデンが首を狙い斬りかかるが、人間の力程度では硬い肌を傷つけることさえできない。


 一人が傷つき、二人が苦戦しているなか、フィーネは自分がするべきことを悩み考えていた。

 気を失い倒れるシーダーを回復させながら、化け物の方へ視線をやる。剣を手にした二人は、一向に傷すらつけられない敵に対し必死に向かっている。


 ここでフィーネが魔法で援護ができればいい。しかし、フィーネにはそれができなかった。同じ海に生きる種として、仲間意識があるわけではない。仲間意識どころか、逆に化け物のに対しては敵意を持っている。それでも攻撃できない理由は、単にフィーネが攻撃魔法が不得手だからだ。使える魔法といえば、回復以外では幻惑や誘惑など相手の心を惑わす魔法。攻撃魔法が得意なのは、今ここにはいないミディの方だった。だが、たとえフィーネが攻撃魔法を得意としていても、同じ《水》の属性を持つ魔力では攻撃効果も薄いだろう。


 そんな現状でフィーネは二人を援護することもできず、自分の無力さを心の内で嘆いていた。だが、嘆いてばかりはいられない。フィーネは目の前に倒れるシーダーの回復に専念した。


 弱っていたシーダーの呼吸がいくらか整い僅かな安堵を得た直後、背後に凄まじさ衝撃音が響いた。木の床が割れるほどの衝撃と、微かに聞こえる呻き声。フィーネの安堵が、その声によって掻き消されていく。


「――リンデンさんっ!!」


 振り返った瞬間、心臓が締め付けられるほど驚愕し、彼の名を叫びながら駆け寄っていく。先程の衝撃音は、化け物によってリンデンがデッキに打ち付けられた音だった。



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