恋歌…2
「……そんなことがあったんだ……」
話を聞き終えたミディは、静かに考え込んでいた。いつもなら、すぐさま的確な助言を出すミディの口が、今日は真一文字に堅く結ばれ、なかなか言葉を出そうとしない。その姿が自分の愚かさを嘆く姿に見え、分かっていながらフィーネは気分を落ち込ませてしまう。
「……本当に愚かなことをしたね」
やっと声を発したかと思えば、それはやはり愚行を叱責する言葉。愚かさを咎める感情が強く出ているせいか、普段は見せない怒気が現れている。
「申し訳ありません……」
フィーネは声を小さく、謝罪を口に出すしかできなかった。
「フィーネ。君は自分のしたことを深刻に考えるべきだよ」
自分が愚かなのは分かるが、個人的なことでここまで咎められる理由が分からず、険しさを増していく雰囲気にフィーネは身を竦める。
「君は行動は、自分だけでなくこの地に居る魔族全員の身をも危険な目に晒しているんだよ」
「……えっ? それは、どういう意味ですか」
言葉の意味が理解できず問い返すフィーネに、ミディの声色がさらに強まる。
「君がもう一つの姿を明かして、彼は恐れたんだよね。彼一人が君だけを恐れているのなら問題はないよ。だけどね、彼がこの事実を仲間に話し、抱く恐怖を共有してしまったらどうなると思う? 恐怖は容易に人々に感染していく。そして、その恐怖を打ち破るために、僕たち魔族を討伐するために動き出すだろうね。弱い力しか持たない人間にとって、大きな力を持つ僕たち魔族は害悪でしかないのだから」
「あ……、私、……そんな……」
これまで自分のことしか考えられず、自分の行いが仲間に与える影響など全く考慮していなかった。現実を突きつけられ、フィーネは誰の目から見ても分かるほどに身体を震わせていた。
「今はまだ人間の動向に変化はないようだけど……。下手をすれば、恐怖が拡散する前に彼を殺さなければいけなくなってしまうんだよ」
「――そんなっ!」
自分の軽率な行動でリンデンが殺されるかもしれない。それは彼に拒絶された時以上の絶望と恐怖だった。自分が彼を危険に導いてしまったことがショックで、フィーネは涙を流すこともできず、激しく乱れてゆく呼吸に溺れ苦しんでいた。
「……でもね、それは最終手段だよ。こちらの都合で無闇に人間を殺すようなことは、そうないから安心して」
安心させようと柔らかな口調で言い、ミディは小刻みに震えるフィーネの肩を撫でた。
「それにしても、どうしてそんな軽率な行動をとったの? 君らしくないよね」
優しく触れてくるミディの手の温もりに、いっとき落ち着きを取り戻していた。しかし、自分の行いを思い出し、再び心を乱してしまう。
「……わ、私、怖かったんです」
「怖かった?」
「私、彼の心が彼自身のものなのか不安になって……」
「彼の心が彼自身のもの?」
少しでもフィーネを落ち着かせて、言葉を導き出しやすくしようとしているのか、ミディはおうむ返しで問い掛ける。
「はい。……私はセイレーン種です。私たちセイレーンが持つ能力は、ミディ様もご存じですよね」
ミディは静かに頷く。
「私、……彼の前で歌ってしまったんです」
震える声が伝えた言葉をに、ミディはフィーネが抱いてる恐れの意味に気づいた。
「確かに、セイレーンである君が歌えば人間は容易に操れるだろうね。でも、それは歌に魔力を込めたらの話でしょ。いくらセイレーンでも、ただ歌っただけで他者を操るなんてできないからね」
やんわりと正論を言われるが、フィーネは納得しない。
「でも、彼……私の歌を聴いて目を覚ましたんです。そして、私に……」
真剣な面持ちで告白をしてきてくれたリンデンの姿が思い出され、両目から涙が溢れてくる。あの日の感動が大きいからこそ自分の行動に対する後悔が大きくなり、頬をつたう涙も自然と量を増やしていってしまう。
「それは偶然じゃないのかな? 君は歌に魔力を込めた認識はないんでしょ」
「……はい。でも、私は彼のことを想って歌いました。それに、彼は私が望んだ行動を……」
「…………」
ミディは何も言わず、顎に手をあて考え込む。この沈黙のなか、彼の思考では恐ろしい結末が導かれているのではと、フィーネは涙で濡れた瞳で縋るようにミディを見つめていた。
「……フィーネ。取り敢えず、この件はしばらく様子を見よう」
「えっ? ……様子見……ですか」
予想外の発言に、思わず声が上擦ってしまう。
「ああ。僕個人の考えでは、君が歌に魔力を込めたとは考えにくい。しかし、そうなると彼が周囲に恐怖を伝染させていないことが気に掛かる」
ミディは何か思うことがあるのか、再度考え込む。そして、僅かな沈黙の後、フィーネの手を取り語りかけてきた。
「フィーネ。今は、君も彼も心が不安定になり荒んでいるんだよ。だから、互いに気持ちを落ち着かせる時間が必要だと思うんだ」
「時間……ですか」
「今は不安かもしれない。でも、そんなに深く思い詰めない方が良いよ。もし、実際に彼が君の歌で心を操られているのだとしたら、今の君の心境が彼にも強い影響を与えてしまうかもしれないからね。だから、難しいかもしれないけど、普段通りの君でいるように心がけることだ」
それだけ言うと、ミディはふっと微笑み休憩室を出ていった。
一人、休憩室に残されたフィーネは、グラスに残った赤い葡萄酒をぼんやりと眺め考えていた。
「私の不安がリンデンさんに影響を与えてしまう……。いつも通りでいないと……」
そう呪文のように呟くが、彼女の心から不安が消えることはなかった。
「……さて、どうしたものかな」
城の中庭に通じる廊下を歩きながら、ミディはなおも考えていた。彼の見立てでは、フィーネとリンデンの相性は良く、互いに惹かれ合い、想い合っていた。しかし、フィーネの優しさが災いし、最悪の結果を招こうとしていた。
ミディは他人の心を読むことはできるが、他人の心を操ることはできない。だから、心を惑わせたリンデンを操り、フィーネへの向けられた感情を塗り替えることなんてできない。だが、たとえそんな所業が行えたとしても、フィーネが喜ぶはずがない。この状況に陥ってしまった原因が、心を操れるフィーネ自身の能力に苦しんだ末の出来事なのだから。
部下の中でも何かと気に掛けていたフィーネの為に力になりたいが、それもできないもどかしさに、ミディの口から普段はこぼれないため息が出てきてしまう。
「……あの、すみません」
考え事をしているところに背後から突然声をかけられ、ミディが珍しく驚いた面持ちで振り返る。だが、それはさらに驚きに満ちたものに変わっていく。
「あれ? 君は……」
暗闇を背に立つ男の姿に、ミディは大きく目を見開きその姿を捉えていた。




