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魔族‐2

 ◇ ◇ ◇


「この度、ザカート様が妃を迎えられることとなった」


 その言葉に、ガルデニア城の片隅にある蒼竜魔導団の魔導研究所から歓声があがる。そこに集まった数十人の団員たち。彼らは皆、魔族だ。魔族である彼らは、本来の主である魔王ザカートの祝い事に、一様に喜びを感じ、その喜びを分かち合っている。


「たしか、妃になられるのはこの国の姫のリコリス様ですよね」


 魔導団の一員の一人が尋ねる。しかし、魔導団の将であるエラルノは首を横に振る。


「リコリス様ではない。白狼騎士団に属するキルシェ様とおっしゃる方だ」


「……騎士……ですか?」


 場がざわつく。

 ザカートは魔族の王。魔族たちは自分たちの王の妃になるの人間は、それ相応の身分があって然るべきだと考えている。しかし、名が上がったのはガルデニアの姫ではなく、一介の騎士の名。本来の契約とは異なった人物に、ガルデニア国の王であるアルベロに対する不満が噴出する。


「――静まれっ!」


 エラルノの低音の声が響く。


「これはザカート様の御意志だ」


 一喝により、一度は静まった空間が再度ざわつく。


「今回、契約の変更はアルベロ王の意志だが、こちらにはそれを拒否する権利もある。しかし、ザカート様はそれを了承され、キルシェ様を迎えられることにされた」


 王であるザカートの意志ならばと、一同は取り敢えず納得の姿勢をみせる。


「――で、ここからが本題だ。今回、キルシェ様を迎えるにあたり、アルベロ王は再度、契約を申し立ててきた」


「……新たな契約ですか」


「ああ、アルベロ王はリコリス様の代わりに、ザカート様の望まれる女性を差し出す。その契約の対価として、ある男の始末を望んできた」


「始末って、……殺すことですか?」


「そうだ。アルベロ王は自分の手を汚さない形で、その人間を自分の前から消したいようだな。何かと理由を言っていたようだが、おそらく単純な理由なのだろうな」


 エラルノは呆れたように鼻で笑う。蒼竜の団員たちからは、厚かましいアルベロ王に対し、不平不満が湧き上がる。


「人間一人を始末することなどは、どうでもよい問題だ。だが、キルシェ様を我々の世界にお連れすることの方が問題らしい」


「……と、言いますと?」


「キルシェ様はリコリス様付きの騎士で、この国に対する忠誠心は人一倍強く、正義感も強い御方らしい。魔力を使い、意志とは関係なくお連れすることもできる。しかし、ザカート様はそれをよしとしない」


「ならば、どうするのですか?」


 エラルノは小さく息を吐き、何かを思い出したようにフッと鼻で笑う。


「アルベロ王は案を出してきた。一度、リコリス様を我々が攫い、キルシェ様が率いる救出隊がそれを追う。その際に同行させる傭兵の男を始末する。つまり、救出の際の不慮の事故でキルシェ様と傭兵の男がこちらに帰ることができなくなるようにしたいらしい。まあ、狂言誘拐のようなものだな」


「それでは完全に我々が悪者になってしまうではないですか。それに、キルシェ様も憎しみを持たれたまま、向かわれてしまうのでは……」


 再び湧き上がる不満。それをエラルノが鎮める。


「私もそう言ったのだが……。ザカート様はそれで良いと仰られた。ザカート様には何かお考えがあるのかもしれん。我々はアルベロ王の命のままに、救出隊に同行し任を遂行すればよいだけだ」


「……で、その任には誰が向かうのですか?」


「これは私の方で勝手に決めさせてもらったのだが、ミディとフィーネに行ってもらおうと思う」


「――わ、私ですかっ!?」


 思いがけず呼ばれた名に、集団の後方にいたフィーネが声をあげる。


「何だ? 問題でもあるのか?」


「い、いいえっ。問題はありません。……ただ、少し驚いただけです」


 集団に注目され、フィーネは顔を赤らめ小さくなる。


「なら良い。……では、今宵は解散とする。あと、ミディとフィーネはここに残るように」


 エラルノの言葉で会は終了となり、集団はバラバラと部屋を出ていく。残されたのは、肩まで延びた金色の髪の青年ミディと、どこか不安げな表情をしているフィーネだった。



「フィーネ。何をそんなに不安そうにしているのだ?」


「…………」


 フィーネは俯いて何も答えない。いや、答えたくとも、その答えが見つからないといった方が正しいのかもしれない。


「もしかして、あちらに帰ってしまうことで、こちらに戻ることが嫌になってしまうかもって思ってる?」


 ミディが男とも女ともつかないような中性的な笑みを浮かべ、フィーネの顔を覗き込む。


「……そうなのかも、しれません」


 彼が言うのなら、自分では分からなくとも、そうなのだろうとフィーネは考えていた。

 ミディは精霊種だ。だが、厳密に言えば純粋な精霊種ではない。彼の家系は長い歴史の間に様々な種が混じり合い、特定の『種族』という概念が無くなっていた。混血の過程で多様な力も混じり合い、ミディの一族は親兄弟であっても姿形や持つ力もバラバラだ。今、フィーネの心を読んだように見えたのも、種としての能力ではなくミディ個人の能力だ。といっても、特殊な能力という訳ではなく、魔力や気の流れや雰囲気を敏感に感じとり読み取っただけだ。


 フィーネは再び押し黙る。ミディに言われ気付かされた故郷に対する里心。その根底には周囲が次々と伴侶となる相手を見つけるなか、自分が未だに見つけることができずにいる焦りと負い目があるせいだと思えたからだ。


「フィーネ。お前は心優しい娘だ。血なまぐさい戦場に赴いて、人間に不信感を抱いてしまったことも知っている。だからこそ気分転換にでもと思い、今回の任に選んだのだ。それで、あちらに戻りたいと思うなら、そのまま帰っても構わない」


 椅子に座りキセルを咥えたエラルノは、フィーネの心情を咎めるようなことはせず淡々とだが労るように語りかける。


「でも、それは……」


「問題はない。ザカート様も了承されている。それに、人間に失望した状態でこちらの世界にいるのは辛いだろう。今回を逃せば、次に帰郷できる機会は百年後だからな」


「お気遣いありがとうございます。私、この任務を受けさせていただきます」


「そうか。面倒な任を任せてしまい、すまない。後日、正式にアルベロ王から命が下りると思うが、それまでは他言無用で頼むぞ。……それと、帰郷するかしないかは、出発までによく考えておきなさい」


「はい。分かりました」



 部屋を出たフィーネは城の中庭を、一人歩く。

 昼間なら何かと人の行き交う中庭も、夜遅いこの時間帯では人の影もない。さほど広くない中庭は、城の窓から漏れる明かりでボンヤリと照らされている。フィーネは小さくため息をつき、そこにある長椅子に腰を下ろした。


「このまま帰っても良いのかな……」


 フィーネは空を見上げる。月の出ていない静かな夜空は、一面に星を瞬かせている。飲み込まれてしまいそうな夜空を眺め、思い浮かべてしまう。共に此方に来た仲間たちが伴侶を見つけ、子どもを育てる姿を――


 この地に来て二十年。人と年の取り方の違う彼女は、あの頃と変わらぬ外見をしている。しかし、時は確実に流れている。仲間のなかには、フィーネと同じように人間に対する心象を悪くした者もいた。だが、時が流れていくと、そんな彼らも心を緩和させ伴侶を得て家族を作っていた。

 フィーネは自分一人だけが、過去に取り残され止まってしまっているように感じていた。


 しかし、そんなフィーネにも最近になり、気になる人間が現れていた。といっても、そこに深い意味はなく、ただ時おり遠くから眺めているだけの存在だった。

 フィーネたち魔族出身の魔導団員は、城内では普段からフードを深く被り顔を隠して生活している。これは人間とは肉体的な老い方の違いを見せないための処置だ。ゆえに同じ城に勤めていて、すれ違うことなどがあったとしても、その気になる存在である男性がフィーネの姿を知ることはなかった。

 その男性は時々この中庭にやって来ては、今フィーネが座っている場所の向かいにある長椅子に座り休んでいた。フィーネは、よくここで休憩がてら読書をしたりしていたので、度々彼の姿を離れた場所から眺めることがあった。甲冑を身に纏った彼は、木陰で寛ぎ中庭に吹く心地よい風にあたっていた。何をするわけでもなく、ただそこに座っているだけ。しかも、とても短い時間で、少し目をを離した間にいなくなっているということも多々あった。

 フィーネが彼に抱いたのは「何をしに、ここに来ているのだろう?」と、いう単純な疑問。気にはなったが、だからといって、その疑問を彼に尋ねようとしたことは一度もなかった。

 人間の世界に興味を失いかけていたフィーネにとっては、久し振りに抱いた関心事だったが、そこから先に進めていこうという気分にはならなかった。ミディの言う通り、汚い人間よりも住み慣れた世界を恋しがっているゆえかもしれない。しかし、ここに足を運ぶと、彼が居ないか捜してしまう自分もいるのだ。


「……一度くらい、声をかけてみればよかったかな……」


 何となくだが、今回の任務であちらに戻ってしまえば、もう人間の世界には戻って来ないかもしれないと感じているフィーネ。そんな彼女の口からは、僅かな後悔の気持ちがこぼれ落ちていた。



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