告白…2
◇ ◇ ◇
「いい天気ですね」
リンデンは空を仰ぎ、青空に輝く太陽に目を細める。
「本当にいい天気ですね。太陽の陽射しが心地いいです」
太陽の温かさを含んだ地面に布を敷き、お弁当の詰まったバスケットを置いたフィーネも同じように空を仰ぐ。そして、目の前に広がる湖を眺めた。緑の山脈の麓に広がる湖は、吹き付ける風の力でユラユラと湖面を揺らしている。揺れる湖面は、空から降り注ぐ太陽の光で魚の鱗のように輝いている。
「こんな綺麗な場所がガルデニアにあったんですね」
美しく輝く湖を眺め、フィーネがうっとりとした口調で素直な感動をこぼす。
「ええ。俺も来るのは初めてなんですけど、聞いていた以上に綺麗な場所ですね」
何気なくこぼした言葉を取りこぼすことなく拾い、リンデンが答える。
「それに風もとても気持ちいいですね」
山脈から吹き降りる風は湖の上を通り、フィーネのもとに水の香りを届ける。その香りが、彼女の気持ちをより穏やかなものにさせていく。
まだ僅かな距離感のある位置に並んで座り、しばらく雄大な景色を眺める二人。特に喋ったりすることもなく、静かで穏やかな時間が過ぎていく。
そんな穏やかな空気の中に、突然「クウゥゥッ」と、気の抜ける音が鳴った。何の音か分からず、キョトンとし面持ちで音の発生源を探すフィーネ。その傍らで、リンデンが顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。
「……ごめんなさい。俺の腹の音です……」
「え……、あら。そうですね、お弁当食べましょうか」
お腹の虫にしては随分と可愛らしい音に、堪らずクスクスと笑ってしまう。笑われたショックと恥ずかしさからさらに顔を赤くしてしまったリンデンに、フィーネは慌ててお弁当を差し出した。何とも気まずそうにし、なかなか手を伸ばしてこないリンデン。しかし、すぐ傍に迫る誘惑には勝てず、おずおずと出されたサンドイッチに手が伸びてくる。
「なんか、催促したみたいになっちゃって……。本当に、ごめんなさい。それじゃあ、いただきます」
小さく会釈をしてサンドイッチを一つ取ると、リンデンは大きく口を開け齧りついた。そして、一口頬張った瞬間、まだ恥ずかしさを引きずっていた表情がパッと輝いた。
「フィーネさんっ。すごく美味しいです」
さっきまでの様子が嘘みたいに、喜んで食べ進んでいく。その子どもみたいな姿に、フィーネはニッコリと満足そうに微笑む。
あっという間に、一つ目のサンドイッチを食べ終えたリンデン。空になった彼の手の前には、すぐさまカップに注がれたスープが差し出される。カップからは温かそうな湯気と共に、これもまた食欲をそそる香りが立ち上っている。金属製のポットに入れらる運ばれていたスープは、一緒に入れていた《熱》の魔力を持つ魔晶石のお陰で、まだまだ出来立ての温かさを保っていた。
リンデンはカップに添えた手に伝わる温もりを感じながら、思いっきりスープの香りを吸い込み、スプーンで掬ったスープを口に運んだ。
「ふぅ。これも優しい味で美味しいです」
コクリと一口飲み、ほっこりとした表情と声で美味しさを噛み締めるように言ってくる。
「ありがとうございます。簡単な物しか作れなかったけど、喜んでもらえて嬉しいです」
今日のためにフィーネが作ったお弁当は、ローストした肉を薄く切って、野菜やチーズなどと一緒に雑穀パンに挟んだだけの簡単なサンドイッチと豆のスープ。そして、少しばかりの焼き菓子とハーブティー。
実を言えば、もっと気合いを入れたお弁当を作るつもりでいた。だが、出来上がった内容は、本当に簡単にできてしまう物ばかりだった。
数日前から、今日の二人での遠出を楽しみにしていたフィーネ。いよいよ明日だと思うと、子供みたいに興奮してしまっていた。それが尾を引き、ベッドに入ってもなかなか寝付くことができず、あげくに寝坊までしてしまったのだ。
暗いうちから起きて作り始める予定が、目が覚めた時には朝日が射し込み小鳥が囀ずる時間になっていた。大慌てで寄宿舎の台所を借り作業を開始したのだが、気が急ってしまっている状態での調理だ。結局、見た目も貧相に仕上がってしまい、彼の口に合うかも不安が残る出来上がりになってしまっていた。
そんなこともあり、ここに来てお弁当を広げるまでは、リンデンの期待を裏切るのではと、大きな不安が胸を覆い、少しばかりの気落ちもしていた。しかし、いざ食事が始まってみれば、そんな憂いはあっという間に消え去ってしまった。
「やっぱり、フィーネさんは料理がお上手ですね」
本当に美味しそうに食べて進んでいくリンデンの姿。彼の口からでる偽りのない称賛の言葉、食べる姿、全てがフィーネには嬉しくてたまらなかった。それは、思わず自分のサンドイッチさえも差し出してしまうほどだった。
「あ……。俺、もしかして、フィーネさんの分まで食べちゃいましたか?」
夢中で食べ、お腹が満たされたリンデンがハッと気づき、ほとんど空になってしまったバスケットを覗き込み申し訳なさそうにする。
「いえ、大丈夫ですよ。今朝、作っている最中にけっこう摘まんでいたので。それに、リンデンさんが美味しそうに食べてくださっているのを見たら、胸がいっぱいになってしまいました」
頬をうっすらと染め、フィーネは温かなハーブティーをリンデンに差し出した。
リンデンの言葉に偽りがなかったように、フィーネの言葉にも偽りはなかった。実際に、彼女の胸はこの時間を過ごせる幸せでいっぱいだった。リンデンの隣にいて、彼の笑顔を見れること、カップなどを渡した時にふいに触れてしまう指先の温もりなど、ちょっとした出来事がフィーネの胸に温かな幸福感を与えていた。
それだけでも十分すぎるのに、この地ではリンデンに与えられる幸福感とは異なったものもフィーネを満たしていた。それは、この湖から放たれる《水》の魔力だ。元々、フィーネは海辺を好み、海辺に住む亜人種。海と湖という規模も性質も異なる場所だが、場に満ちる魔力は同じ《水》の魔力。この場に座っているだけでも、彼女の身体には同質の魔力で満たされていくのだった。
身も心も充実したフィーネ。隣でまったりとハーブティーを飲んでいるリンデンに微笑みかけ、目の前に広がる美しい湖を見つめる。
そして、穏やかな面持ちで自分の中に溢れてくる気持ちを歌として紡いでいく。
澄んだ歌声が風に乗り、周囲に広がり伝わっていく。