告白…1
初めて二人で出掛けた日から、フィーネたちは休みが合う度に一緒に外出するようになっていた。
といっても、出掛ける場所はそんなに多いわけでもなく、派手な出来事もない。互いが薦める店で食事をしたり、目的もなく城下を散策したりと、楽しくも穏やかな休日を過ごしていた。
そして、夕刻の鐘が鳴り、空が夜の色を覗かせ始める時刻。一日を楽しんだ後の別れの時間を迎える。最初の日は、この場での別れを二人で過ごせる最後の時間だと思い、寂しさで胸を痛めていた。しかし、今は次があるという期待で胸が膨らみ、寂しさは僅かなものになっていた。
「リンデンさん。今日も一日、楽しい時間をありがとうございました」
だから、こうやって笑顔で一日の感謝を伝えることができる。
「俺も楽しかったです。あっ、そうだ。いつも城下では飽きてしまうから、今度は少し遠出でもしてみますか?」
「遠出ですか?」
「はい。ここから南に少し下ったところに、とても綺麗な湖があるらしいんです。でも、あるのは湖だけなんで、食事をしながら景色を眺めるくらいしかできませんけど。ちょっとしたピクニックみたいな感じです」
誘った後になって、面白味がないかもと、リンデンは困ったように笑う。だが、フィーネはその誘いを嬉しそうに微笑み快諾した。
「綺麗な景色を眺めながらの食事なんて素敵ですね。その日の食事、私が作っても良いですか?」
「えっ!? そんな、いいですよ。フィーネさんのお手を煩わすようなことになってしまいますから」
「私の手作りは嫌ですか?」
と、少しばかり意地悪く言ってみると、リンデンは慌てて大きく首を振った。
「そ、そんなっ! 全然、嫌じゃありませんっ!! むしろ嬉しいですっ」
あわあわとする様子を眺め、フィーネはクスクスと声をこぼす。
「本当に嬉しいです。療養中にフィーネさんが作ってくれたお菓子、どれもとても美味しかったので、すごく楽しみです」
「じゃ、ご期待にそえるように、頑張ってお弁当作りますね」
まだ、いつになるか分からない遠出だが、フィーネは喜んでもらえるためのメニューを、すでに頭の中で考え始めていた。それはリンデンと別れ、魔導棟に戻った後も続き、ご機嫌な様子で通路を歩いている。
しかし、そんな弾んだ足取りがふいに止まってしまう。そして、浮かれていた表情にも影が落ち、何か思い詰めたようにため息を漏らす。
フィーネの心には常に影が潜んでいた。リンデンと居る時は楽しさばかりに溢れ忘れてしまうが、夜の闇が迫る時刻に一人でいると、その闇に飲まれるように心の影も広がっていく。考えまいとしても、些細な拍子で顔を覗かせる不安。与えられる幸せが大きければ大きいほどに、感じる不安も大きくなっていく。
フィーネは両手を胸にあて、広がる影を振り払おうと乱暴に頭を振る。
「フィーネ? 何をしているの」
奥を歩いていたミディが、通路の真ん中で挙動不審な行動をとるフィーネを見つけ、声をかけてきた。
「ミディ様。あ、あの、なんでもないです」
「何か不安でもあるの?」
ミディは人の心を敏感に感じ取る。もちろん、フィーネが抱いている不安も筒抜けだ。彼には隠し事はできない。それを分かっていながら、フィーネは何も言わなかった。そして、ミディ自身も押し黙る彼女を前に、問い詰めるようなことはしなかった。
「フィーネ。僕たちは君の助けになることなら、相談でもそれ以外でも、なんでも力を貸すよ。それだけは覚えておいてね」
と、簡単な言葉をかけるだけで、フィーネの傍から離れていった。
「ありがとうございます、ミディ様」
自分の意思を尊重する姿勢に、フィーネは心から感謝し、深く頭を下げミディを見送った。