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歌声…4

 ◇ ◇ ◇


「最近、フィーネはよく出掛けているようだが、いったい何処に行っているんだ?」


 ガルデニア城の離れにある蒼竜魔導団の棟。その一画にある部屋の窓から外を眺めていたエラルノが、色々な物を抱えて走るフィーネの姿を見つける。


「ああ、彼女ですか。騎士棟に行っているんですよ」


 エラルノの傍らで仕事をしていたミディが窓の外を見ることなく答える。


「騎士棟? 何故、そんな場所に?」


「先日の任務で負傷した騎士の治療のためですよ」


「治療? 何故、フィーネが? あちらにもそれなりに優秀な医術者がいるだろうに」


 理由が分からず眉間に皺を寄せるエラルノの姿に、逆にミディが驚いてしまう。


「えっ!? もしかして、気付いておられないのですか?」


 それでも理解できないのか、何のことだと窓の外に向けていた視線をミディの方へと向ける。


「てっきり気付いておられるものと……」


 目が合うなり呆れたようにため息をつく。


「最近のフィーネの様子をご覧になって、何もお感じになられなかったのですか? あれほど人間に関心を失っていた彼女が、あちらに戻らずこの地に留まったのですよ」


 さらに呆れたように言われ、エラルノはようやく理由に気付く。


「ああ、そう言うことか。好いた男ができたのか」


 フィーネが城に戻ってすでに数日経っているにも関わらず、今の今まで全く変化に気付かなかったエラルノ。ミディはもう一度大きなため息を吐き出した。彼の呆れ混じりのため息を横目に、エラルノはゆっくりと煙管をふかす。


「仕方あるまい、私はお前のように他者の心を読む力には長けてはいないのだから。それに、私は外側は人のなりをしているが、内にあるものは獣や魔獣に近い。人間のように理性を持ち互いの心を通わせ育むことは不得手。ゆえに他者の心の内も気付きにくいのだ」


 ふぅと煙を吐き出し、窓の外を眺める。そこには、もうフィーネの姿はない。エラルノはトンッと煙管を軽く叩き灰を捨てると、仕事の手を止めていたミディに顔を向けた。


「だから他者の心を敏感に感じ取れるお前の力が必要なのだ」


「僕のような者を頼って頂き、ありがとうございます」


 ミディは軽く微笑みかけると、今まで向けることのなかった窓の方に身体を寄せた。


「フィーネは優しい娘です。だからこそ彼女の幸せを願いたい。彼女が些細なことで迷ってしまわないように、僕たちは見守らなければなりません」


「……そうだな」


 人の心が理解しがたいと言うエラルノだが、フィーネのことを思う姿は子を見守る親のような優しさをみせていた。




 ガルデニアに帰還し、魔導士であるフィーネが治療と称して騎士棟に通うようになって数日。最初は自分が生活している場所との雰囲気の違いに戸惑いがあったものの、今ではすっかり慣れ、シーダーやリンデン以外の騎士とも顔見知りになり軽く会話などができるようになっていた。


「おっ。フィーネちゃん、こんにちは」


 騎士棟にある寄宿舎に入ったところで、鎧を纏ったシーダーと出くわした。


「シーダーさん、こんにちは。お加減どうですか?」


「もう、ばっちりだよ。今日もこれから剣の訓練だよ」


 ブンブンと腕を回し、自身の体調の良さをアピールしてくる。そのおどけた姿にフィーネも笑みをこぼす。それでも一応は状態などを問診するが、先程見せられたアピールと変わらず健康には問題なさそうだった。

 それから少し世間話をしていると、奥から別の騎士たちも現れ、シーダーに「遅れるんなよー」と急かすように寄宿舎を出ていく。


「じゃ、俺も訓練に行くね。リンデンのことよろしくね」


「はい、分かりました。シーダーさんもお怪我のないように訓練頑張ってくださいね」


 嬉しそうに手を振り、シーダーは寄宿舎を出ていった。フィーネは彼を見送り、代わりに寄宿舎の中へと入っていった。


 若い騎士は入団後、一旦この寄宿舎に入ることが決まりになっている。ここから騎士としての訓練を重ね、任に勤める。そして、功績を収め、ある程度の地位を得ると一人前となり寄宿舎を出ることを許される。もちろん、騎士としてはまだ下位であるリンデンはこの寄宿舎に住んでいる。


「リンデンさん、こんにちは。お加減いかがですか?」


 いつものように、同じ台詞で部屋の主の様子を窺うフィーネ。すると、部屋の主であるリンデンは柔らかく微笑み、訪ねてきた客人を迎え入れる。


「こんにちは、フィーネさん。だいぶ調子良いですよ」


 そんな明るい声に、フィーネは嬉しそうにする。了承を得て部屋に入ると、持ってきた籠から少量の薬と自分で焼いた菓子やポットに入ったお茶などをテーブルに広げていった。

 ベッドに腰掛けていたリンデンは、リハビリのために両端に錘の付いた棒を握り腕の上下運動をしていた。フィーネが来たことで、錘をベッドの端に置き訓練を止めた。


「筋力の方も、だいぶ戻ってきたみたいですね」


 治療で怪我も治り、体調も良くなった数日前から、リンデンは体力回復のために軽めの運動を始めていた。


「はい。フィーネさんが毎日治療をしてくれたお陰です」


 感謝され、フィーネは頬を少し染めながら、カップにお茶を注いでいく。


 現在、治療と称して部屋に通っているが、実際は魔法での治療はずいぶん前に終了していた。今は術後ケアといった感じで、お茶を飲みながらゆったりと会話し、心を癒すことに重点を置いていた。


 王都に帰還してすぐのリンデンは、無気力で虚ろなままだった。そんなリンデンにフィーネは付き添い、魔法での治療を施しながらも親身になり声をかけ続けていた。その成果があったのか、しだいに以前の明るさを取り戻し始めたリンデンは、騎士復帰にも意欲的になっていった。


 一時は一方的に話しかけるだけだった。だが、今はリンデンの方からも話しかけてくれるようになり、その回復ぶりにフィーネはとても喜んでいた。しかし、それと同時に寂しさも顔を覗かせるようになっていた。



 いつも通り、ちょっとした会話を交わしながらお茶を飲んでいると、何を思ったのかリンデンはカップを机の上に置いた。そして、ただでさえピシッと背筋の伸びた姿勢をさらに正し、目の前に座るフィーネを真っ直ぐ見つめてきた。


「フィーネさん。忙しいなか、今まで治療をありがとうございました」


「えっ? あ、いいえ。そんな……」


 改まって向けられる感謝の言葉に、抱いていた不安が強まる。


「俺、明日から騎士の任に復帰することになりました」


「あ……、そうなんですか。おめでとうございます」


 それは望んでいたけど、気持ちの奥では望んでいない報告だった。


 騎士の任への復帰。とても喜ばしいことなのに、素直に喜べないフィーネ。もう完全に治療やケアなどの必要がなくなり、唯一の接点だったこの時間がなくなってしまう。リンデンとの時間がなくなってしまうという寂しさが、胸を覆っていく。だけど、騎士復帰はフィーネ自身も望んでいたこと。笑顔を見せなければと思うのに、彼女の表情には心の内が隠れず出てしまう。


 しかし、なぜかリンデンは視線を伏せており、フィーネの様子に気付いていない。


「あ、あの……。それで……なんですけど」


 そして、ピシリとした姿勢のまま落ち着きなく視線を彷徨わせ、口をもごつかせている。フィーネは沈みかけた自分の心境よりも、目の前のたどたどしい様子のリンデンが気にかかってしまう。


「あの……、どうかしましたか?」


 その仕草が自分の不安をも煽るようで、堪らず尋ねてしまう。すると、リンデンはさらに落ち着きをなくし、あわあわとした後、ようやくしどろもどろながら伝えてきた。


「あの、それで……ご迷惑でなければ、今度お礼を兼ねた食事でも……と、思って」


 恥ずかしさを伴った唐突な誘いに、フィーネはキョトンとした様子でいる。なかなか返事がかえってけないことに、今度はリンデンの表情に不安が現れてしまう。


「あ……、ご、ごめんなさいっ! 突然、食事なんて……迷惑ですよね」


 ハッとし、フィーネは慌てて頭を大きく振る。


「あ、ごめんなさい。迷惑なんかじゃないです。ただ、びっくりしてしまって」


 顔を赤らめ、互いに謝りあってしまう二人。


「お誘い、ありがとうございます。是非、ご一緒させてください」


 はにかみながらフィーネは、突然の誘いを受け入れた。その返事に緊張に囚われていたリンデンの表情も緩み、輝いていく。


「ありがとうございますっ。あっ、でも、すぐには無理だと思うんで、たふん来週末くらいになってしまいますが、……それでも大丈夫でしょうか?」


「はい。私の方はいつでも時間が作れるので、リンデンさんの予定に合わせますよ」


「でしたら、任務表を確認して、明日のお昼にでもお伝えに伺いますね。あっ、でも私用で魔導棟に行くのは気が引けるので、城の中庭で会えませんか?」


「えっ……中庭ですか?」


 会うための場所に城の中庭を指定され、ドキリとしてしまう。


「はい。あそこなら丁度、騎士棟と魔導棟の中間なので良いかなって。それに、俺、あの中庭でちょくちょく休憩しているんです。もちろん、サボっている訳ではないですよ」


 食事の誘いを受けてもらえたことが、よほど嬉しかったのだろう。リンデンは急に饒舌になり、必要のない情報まで喋り始めてしまう。たった一度の約束をこんなにも喜んでくれることに、フィーネも嬉しくなってしまい顔をほころばす。そして、彼がそこを選んだことに深い意味はないだろうが、初めてリンデンの姿を見かけた中庭を彼が選んだことに胸の高鳴りを覚えていた。



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