第5話 たまご タマゴ 玉子 卵 エッグ あれ?
やっと料理が・・
昨日と同じくガヤガヤする厨房のドアを開け
「こんにちわ」
「ごきげんよう、ラヴィアン様」
「昨日お名前を伺うのを忘れてしまいました」
「私は料理長を務めております、サンディと申します。私こそ名乗りもせずに失礼いたしました。今日はもう食材も届いてますので、早速ご覧になりますか?」
ルナディ管理官には話が通っているようだ。
「ええ、お願いします」
「ではどうぞ、こちらです」
厨房の奥に食糧庫があるらしい。
テーブルの上には所狭しと食材が乗っていた。この世界の野菜はだいたいが地球と似通った物だった。
地球の野菜も国によってさまざまなので全部知っているわけではないけどね。
たまねぎっぽいもの、トマトっぽいもの、セロリっぽいもの、見た目は白菜っぽいけど味はキャベツぽいもの、茸類はいろいろな色や大きさの物がある。だいたい自領と変わりないかな。
しかしこの毒々しい茸だけは使うのに躊躇する、大丈夫なの?これ。
やっぱりここでもジャガイモとかさつまいもっぽいものは無いのか。
なんだろうこの堅そうな丸いのは、――匂いをかぐとちょっと生姜っぽい。朝食べたスープの生姜っぽい匂いはこれかな?
「匂いのきつい野菜って他にあります?」
「ええ、こちらにまとまっています」
テーブルではなく壁側に設置されている棚の上にカゴがあった。
香草っぽい物が入っている。ニンニクに似たものは無いのかな? 丈の短いネギっぽい物はポロネギかな?
棚の上の窓を見るとなにやらぶら下がっている。
「あれはなんです?」
「ああ、あれは虫よけです」
「ふ~ん。あれも見ていいですか?」
「……どうぞ」
手を伸ばして一つつかみ取ったそれは、房が重なったナスの様な形状で、一つの房をはがしてみると薄皮に包まれた白乳色の長細い物だった。
あっにんにくっぽい! 臭いし。
なんか予感はしたんだよね、ヴァンパイア除けのにんにく的な扱いに。
「これは食材として使わないんですか?」
「ええ……、虫よけですから」
なんか、胡乱な目で見られた。ふ~ん、食べる習慣はないわけか。
「あとは~、お肉はありますか?」
「こちらの奥に低温で保管してます」
冷気を吹き出す魔石で冷やされている部屋を覘く。
「今日は3種類の肉があります。ダッチとモウとピグの肉です」
ダッチは大型の鶏のような分類の動物だ。大きさで言うとダチョウに近いのかな?モウは牛肉に近い。ビグはブタに近い味で姿形を聞くと牙があるらしくブタというよりイノシシに近いのだろう。 それと乾燥したモウの干し肉、乾燥した白い身の魚、生の魚は無いようだ、ずーっと西に行けば海があるという。
昆布とかあれば出汁に使えるのになぁ……、あるわけないか。海に生えてないのかなぁ。
「えーと、動物の乳とかって食材にありませんか?」
「ええ?子を育てる時に飲ますあの乳ですか?」
「そうです」
「動物の乳はほとんどの貴族は食しません。」
なるほどね、やっぱりここでも自領と同じで出回ってないか。
「そうなんですか、仕入れることは可能ですか?」
「どこかの村、モウを飼育している村で飲むことがあると聞いたことがありますが、慣れないと体調を崩すと聞いてますので、貴族には食する方はいらっしゃらないかと。……仕入れることは可能だと思いますが」
ふむ、殺菌ができてないのか日本人同様分解酵素を体質的に持っていないのか。
見た目が欧米人なので体質じゃないことを祈ろう。
殺菌だ殺菌……希望的観測。
あー、チーズもないよね……これじゃぁ。…がっくり。
生クリームしかり、バターしかり。
うーむ、実家でいろいろできなかった分ここで色々作れると思ったけど…、ここなら私の事知らないしね。多少色々やってもオカシイことはないと思いたい。
一二歳の令嬢が色々作れるのは……、どこでもおかしいの、か?
四年我慢したんだし! す、少しくらいイイジャナーイ?
「……あの」
「あっ、ありがとうございました。大体わかりました。それともう一つ、卵は使うことありますか?えーと小さい鶏の卵的な?」
「コッコの卵はたまに使いますが、遠くの村から運ばれてくるのであまり多くは出回っておりませんし、ここでもたまにしか使いません」
卵は体にいいんだぞぉ~?積極的に食べようよ~。
「今日は無いのですか?」
「五日位前の物なら冷温室に置いてありますが、数が少ないのと日にちが立っているので、そろそろ破棄しようかと思っていたところです」
こちらです。と渡された卵は言われた通り殻が硬そうで日にちが立っているようだ。
「割ってみていいですか?」
お皿に割ってみたが黄身が割れることもなく、だらっとすることもなく、普通に食べられる範疇だと思われたので
「少し調理していいでしょうか?」
「え?……、えと、どなたが?」
「私ですけど」
「え?? ラヴィアン様……、が?」
調理室の者たちは全員驚いた顔をしてこちらをみた。
それはそうだろう。貴族令嬢が自ら調理をするなんてこの世界ではありえない。
カリサが慌てて
「お嬢様お嬢様、それはいくらなんでも…」耳元でコソっとささやかれた。
「だめ、かな?」
「いえ…、禁止要項にそのようなものはありませんが……」
「サンディ様」
「様付けは要りません、サンディとお呼びください」
「ではサンディさん、捨てようとしていた卵をいただくことは可能ですか?」
「――すっ、捨てる物をご令嬢に差し上げるというのは、ちょっと…」
「あら、気にしなくていいわ、私が欲しいんだし」
そこに居た全員の心の声が重なった気がする。
≪周りが気にするっちゅうーの≫
「それなら買おうかしら」
「そ、そんな捨てるものを売りつけるなんて! できません!」
そんなこんなで結局破棄寸前の卵五個+皿に割ったものを手に入れた。
夕食の用意までまだ余裕があり、厨房の皆は昼の片付けをしたあと休憩に入るとのことで、カリサは騒いでいたがなし崩し的にここで調理してもいいと許可を貰った。
部屋のキッチンじゃ他の材料がないしね~。
卵、卵……、 フレンチトーストは牛乳がない。
出汁巻きは出汁がなぁ……、食べたいけど。
プリン……も、牛乳や生クリームがないし。
マヨネーズはできそうだけど。
う~~~ん。 おっと、そうだ。
「カリサ、ちょっと部屋へ行って私の道具箱持ってきて頂戴」
箱の中にはアレイに作ってもらった調理道具が入っている。
アレイとはサリスフォード邸に仕える何でも屋的な人。警備や修復やいろいろ出来る初老のおじさんである。
兄様と屋敷周りを探索していた時に、屋敷の東側の林の奥に竹に似たような木材を発見。アレイにそれを運んでもらい調べてみると竹にそっくりだった。
コソコソとアレイの作業場に行き茶筅に似たものや泡だて器に似たものを試行錯誤し作ってもらった。
やっと陽の目を浴びる日が来たよ!道具たちっ!
さて、調理開始!
卵1つを卵白と卵黄に分ける。
道具と一緒に持ってきていた貴重なハチミツを卵白に少し加え卵白を泡だて器で攪拌する。
遠巻きで見ている厨房の人が道具を見て興味深々だ。
かちゃかちゃかちゃかちゃ しゃかしゃかしゃかしゃか・しゃ・・か
つ 疲れた……。
持久力、体力がまだ子供な私は固いメレンゲを作りきれない。 ふぅ。
「カリサ、ちょっとこれ続きお願い、逆さまにしても落ちない位に」
「は い、 こんな感じでいいでしょうか?」
「グー」 「……グー?」 細かい疑問はスルーの方向で。
卵黄にもはちみつを少し混ぜ白っぽくなるまで攪拌したい――。
う~~ん 魔石で動くハンドミキサー考えないとなぁ~。
「あの、お手伝いしましょうか? 卵がこんな風になるなんて興味深いです」
厨房に居る一人が見るに見かねてお手伝い、キター。 好奇心旺盛らしい。
「白っぽくなるまでお願いします。手首で上手く回すようにすると疲れないと思います。―それからサンディさん、庭園の花を少し摘んでも構わない?」
「えーと、1つ2つでしたら問題にならないかと」
みなさん何してるのか皆目見当もつかないって顔でみている。
「じゃちょっと行ってきますー」
庭園で見つけていた花は花が枯れたあとの種の段階でバニラに似た香りがする。
自領の花壇で育てていた花と同じものが咲いていた。
枯れた花の中の種を二~三個取り急いで戻った。
その種を潰し香りだててから、出来上がっていた卵白と卵黄を混ぜ、生地に仕上げた物に少し加える。
ゆっくり泡が消えないようにそーっと混ぜ蓋つきの器を借りて入れる。
「サンディさん、これを急激に冷やしたいんですけど」
「冷暗室の魔石の側は温度が低いです」
肉の保管してある部屋へ一人で行く。
周りをみて誰も居ないのを確認し、魔法で冷気をかけて暫く放置。
ちゃらちゃらっちゃらーん。なんちゃってアイスクリーム~ by○○○もん
言ってて自分が恥ずかしくなった。――さて残りの卵は5つ。
卵一個分の卵黄を混ぜながら少しだけもらった植物性の油を少しづつたらし、乳化したら酸味の強いレーゼとかいう果物を絞る、塩を少々ふりマヨネーズのできあがり。
卵二つを卵黄、卵白に分ける。先ほど余った卵白とバニラモドキとハチミツを加え、また攪拌作業。
「カリサ……お願い……」
「ま、またですか……。 腕が攣りそうです」
カリサにメレンゲをまかせ卵黄にもハチミツを入れ混ぜる混ぜる混ぜる。
ふー。 植物油を少し混ぜ水も少々、粉もひとつかみ分けてもらい混ぜる混ぜる。
メレンゲとゆっくり合わせ、紅茶の葉を細かくしたものを香りづけに入れ、焼いても割れない器の真ん中に陶器のコップを入れ、生地を流す。
オーブン(窯)はこの世界にもあるので二十分強焼く。振り時計で時間を確認した。
なにやらカリサがへたばっている姿が見えたけど、気にしない気にしない。ぷぷ
残りの卵二個を普通に溶き、先ほどのマヨネーズ少しと塩と胡椒、出汁は…無いから干し肉を細かくして入れてみる。 フライパン?に薄く伸ばし、巻くを繰り返し出汁巻き風の玉子焼きを作る。
こんな焼き方この世界じゃしないからね。 ふふーん
「!?」
気づけばいつの間にか近寄って来ていた厨房の人達にびっくりした。
カリサは使った道具類を洗っていた。とてもよく気が付く侍女だ。
「もうそろそろ窯の物も焼けるはず」
「危ないですから私が取りだしますね お嬢様」
焼きあがった物を火傷しないよう布をあてがい取りだす。
うーん、逆さまにしたいが、どうする。
重たい器二つの間に逆さまに端を乗せなんとかお茶を濁した。
干し肉出汁巻き卵もどきにナイフを入れると見た目が懐かしい。
味は違うけどっ
「それが少し冷めたら戻りますね。食材を分けていただきありがとうございました」
((((( え? 持って行っちゃうの? )))))
全員の心の声が聞こえたような気がした
ラヴィアン最初から飛ばしてるね~
自重のたがが外れたらしい・・