第43話 極めて失礼な思考回路――考えてるだけなら自由だよね
大変ご無沙汰しておりました。
――ローズガーデン 王族専用室
王族が去った後、お茶を飲みながら、ラヴィアンが相談事を話し出した。
「さて、宰相様、ちょっと大げさな感じで騒がれていると伺ったので、たかだか半刻程度の出し物では、納得されない方々も出てくるかと、不安になりまして」
貴族のお茶会などで、演劇を見ている貴族が、見ていない貴族達にあること無い事を広めたんだろう。見た者は優越感に浸り、見てない者は心の中で悔しさを募らせた。そういう場合、得てして、期待ばかりがどんどん膨らみ、実際見てみれば、期待が大きかっただけに、がっかり感を生む。ラヴィアンはそこを危惧した。それがプレッシャーになった。
いや、別に、本職じゃないんだから、何言われても気にしなきゃいいんだけどね?でもね、引き受けた以上は、がっかりされたくないワケ。そこらへんちょっと妥協できないワケ。
「そこは、気にしなくても大丈夫だと思いますよ?ある意味、初めて見る娯楽になるわけですから」
「そうなんでしょうけれど、私が納得できないといいますか…」
変なところで負けず嫌いの性格が、ラヴィアンを突き動かしていた。
「それでですね、王宮管轄の部署に、魔道具開発部門の魔道具研究所がありますよね?そこで、開発されている魔道具の一覧とか見る事はできますか?」
「一覧ですか。まぁ、開発部門の報告書などはありますが。しかし、それは機密書類として保存されているものですので、おいそれと開示できるものではありません」
ですよねー。こんな小娘が見たいと言って、王宮の保管書類をホイホイ見せるわけないよねー。
あれ?なぜ開発途中って思ったんだろ?もう、すでにあるかもしれないじゃない。私が知っている魔石や魔道具が、この世界にあるものすべてだとは言い切れない。
こちらに転生してからのラヴィアンは、食べ物のまずさに衝撃を受け、調べる物といえば、食べ物関連に端を発したわけである。なので、魔道具や魔石に関して、それ以外の用途の物は世間知らずと言っていいレベルなのだ。
「えーと、世に出回っている魔道具とか魔石に関するものの一覧てあります?」
「それならば、王宮図書館にあります」
「あ、ローズの図書室にもあるんですか?」
「確か、あったと思いますよ」
なんとっ、見逃していたぜ。そう言えば、食べ物系の事しか探してなかったような気がするわ。後でみてみよう。
「わかりました、後で確認してみます。それで、その一覧の中に欲しいものがあったら、貸していただけますか?」
「それは、今回の演劇に必要なものという事ですか?」
「そうなんです。先程の話に戻りますが、なんとかもう少し時間を伸ばしてみようかと思いまして、それで、もう一つ出し物を増やすことにしました。その際、出演して頂く方の人数が増えますので、その人選もお願いしたいのです」
「なるほど、わかりました。つまり、男役を増やすということですね?」
「そうですね、まだ内容まではハッキリと決まったわけではないのですが……」
ラヴィアンは、ちょっと考えた結果、あることができるのではないかと思い当たった。それをするには、魔道具が必要と考え、相談したわけである。
あればいいけどなぁ~、あれっぽいもの。演目が二つ、二ヶ月で同時進行は難しい。ローズのメンバーとの合同練習も、中々時間が取れないと思う。無理だ、時間的に無理だ。ならば、あれしかない。
一人考えあぐねていると宰相から更なる申し出があった。
「時間を伸ばすのであれば、途中で休憩などを入れますよね?その休憩で、あのプリンを出して頂くわけにはまいりませんか?」
「え?プリンですか?んんん~、私は当日まで忙しいので、作れる時間が取れるかどうか…」
「バーンズに作って貰うことはできませんかね?」
宰相は、殊の外あのプリンを気に入っていた。なんとか、王宮でも食べられる状況に持っていきたかったのだ。その為、バーンズにレシピを伝授して貰いたかった。だが、ただ教えてほしいと簡単に言えるものではない。ラヴィアンが手間暇かけて作ったレシピだと思い込んでいる為だ。今後のサリスフォード領の利害関係にかかわってくる事ぐらい、簡単に想像できる。
まぁ、転生チートなので、ラヴィアンが作った訳ではないのだが、そんな事を知る由もない宰相は、じーっとラヴィアンを覗った。
一方、ラヴィアンもサリスフォードの売りの一つをプリンと定めていた。なので、ローズでもプリンは自分が作っていた。
んー、どうしようかな、ローズの厨房の面々には、何度となく見られているけど、口止めしてるしなー。バーンズさんだけに教えてもいいんだけど、少なくとも500個以上を1人で作らせるってのも、鬼だよね~。ブラックだよね~。ブラック無糖。……いや、別に1日で作ることないじゃん、2~3日なら持つし。
「構いませんよ。バーンズさんにだけ、伝授します。バーンズさんが大変でしょうけど」
「本当ですか!バーンズには、こちらから話しておきます」
宰相、心の中でガッツポーズである。
「それと、色々なレシピ等は専売登録してますか?」
「専売登録?」
「ええ、レシピだけに関わらず、開発したものは専売登録していると、後に、さまざまないざこざを回避できますのでね」
特許権みたいなものかな?
「私個人では、登録したことはありません」
「それでしたら、後で書類を渡しますので、サリスフォード伯と相談の上、登録をお勧めします」
「わかりました」
紙とか、レシピとか、バターとか。あー、結構あるなぁ。領では登録もしてるのかな?手紙で聞いてみよう。なるほど、それだったら、コソコソしなくても、マージンとれるじゃーん?
あっ、プリンのレシピ! 登録の話の前に約束した!やられた!ちっ、やるな宰相さん。
そんな感じで話が纏まり、宰相は宮殿に帰っていった。
「さーて、部屋へ戻って色々纏めるか~」
ちなみに、本日のローズの夕食については、言わずもがな。令嬢達は、ガッカリからのビックリ体験を味わったのだった。後日談。
次の日、早速図書室で魔道具一覧を見つけ、調べてみると
「おー、あったじゃん。これ借りよう~っと」
早速借りる為に、ルナディ様に宰相宛の手紙を預けた。あとは届くのを待てばいい。
自室に戻り、新たな劇の構想を練っていると、早速宰相から返事が来た。
説明書きと共に魔道具も一緒に届いた。
「どれどれ、ふんふん……、ぶっ、ナニコレ使えね~」
「お嬢様!その言葉使いはなんでしょうか?」
はっいけね。心の声が漏れた。
「気にしたら負け、カリサ」
「は?勝ち負けの問題ではありません。令嬢としてのなんたるかを説いているのですけど?」
「そう!絡まった糸を解くのは大変よね~」
「絡まった糸の話ではありません!」
「じゃあ、カリサは絡まった糸は解かないで捨てちゃうの?勿体ない。物を大事にしなきゃダメよ~?」
「うっ、あの細い糸が絡まるともう、キーっとなるのでたまには捨ててしまいますけど…、わかりました。なんとか解くよう努力します……、て、あれ?」
毎度の如くカリサの小言をけむに巻くラヴィアン。
「――それで、お嬢様、それは何ですか?」
「魔道具なんだけど、中々使い勝手が悪い代物なのよね~。魔道具研究所、働けぇ~」
令嬢らしからぬ言葉使いに、眉間に皺寄せたカリサからの視線を物ともせず、手の中に収まるほどの魔道具BOXを色んな角度から見分するラヴィアン。
中には数種類の魔石が組み込まれてるっぽい。右横の金属部分に手を当てて発動。溜められる魔力、つまり動力として使える時間は2~3分程度らしい。短すぎるだろ!動力が切れたら、左横の金属部分に手を当て魔力を供給するのか。
ふ~ん、わかった、手に持ちながら魔力供給を続ければいいわけね。ただし、要、魔力量(大)。そんじょそこらの魔力持ちが持っている魔力量では、数分が精々。生活魔石を動かせる程度の人だと、起動すらしないらしい。魔道具研究所が作っては見たものの、使える者がごく少数に限る、使えない代物だった訳である。
ふむ、私の魔力がどれ位あるのか、2~30分位なら耐えられるだろうか?この前の講義で、魔力切れを起こすと、体力が減っていくって言ってたな。だるおも~って感じになるのかなぁ?まぁ、取り敢えず、なんとかなりそうだ。
――日が変わり、商人との顔合わせの時となる。
今回、王宮と取引のある商会の会頭4人を呼んだ。その中には、ラスティも含まれている。宰相は商人達に「誰と」会って貰いたいとは、説明しなかった。同時にラヴィアンにも人物説明はしていないと言ってある。国の宰相に対しては、なんら問題の無い者達を召集したが、相手が変わればどう接するかは、計り知れない。まぁ、宰相であるから、商人達の仕事ぶりや人となりはある程度把握はしている。諜報部くらい、どの国にもいるのだ。
王宮の1つの部屋で待機している商人達。部屋の外に人の気配が近づき、ドアから入室してきたのは、この国の宰相。その後に入室してきたのは、年端もいかぬ、少年?らしき人物。
会頭達はすぐさま席を立ち、頭を下げた。
大きな机に向かい合って立ったところで、着席を促し、宰相が紹介を始めた。
「こちらが今回会って貰いたかった、ラヴィアン殿だ」
ラヴィアンは今回、サリスフォードは伏せて貰った。父からの手紙に、極力ラヴィアンの事は伏せてあると書かれていた為である。今後、王都の商人達と長く付き合う事になるとしても、表立ってやり取りするのは、父や兄になる。その時にラヴィアンの名が出ることはない。領で伏せているのに、本人がほいほいと「私が動いてまーす」とは言えない。言いたくない。サリスフォードの特産は、これからどんどん世に出していく計画だが、開発者がラヴィアンという事は、機密事項になっている。演劇の関係者であることも伏せた。
新しい紙、新しい食材、新しい美容関係イコール「サリスフォード」、新しい娯楽「演劇」イコール「ラヴィアン・サリスフォード」と公にすると、すべての開発に、ラヴィアンが関わっていると連想されたら困るからだ。
「始めまして、ラヴィアンです」
続いて会頭達が名乗った。
「お会いできて光栄です。ロダンと申します」
シルバーグレイの短髪をきちっと撫でつけた、ガタイのいいおじ様だ。ブロンズ像とか作ってないよね?
「お初にお目にかかります。ラスティと申します。よろしくお願い申し上げます」
中肉中背の柔和に見える、いかにも商人という感じのおじちゃん。アライグマ……は、ラス〇ルだった。
「始めまして、私、フォースと申します。本日はお呼び頂き、光栄至極に存じます」
ちょっとキザっちくて、したたかそうなおじ様。話かたは下手に出ているけど……。
フォース。一瞬、あの、テーマ曲が頭に流れた。
「この御三方と肩を並べるには、まだまだ、おこがましいのですが、ロイと申します。何卒、よしなに」
虎視眈々と上を狙っている感じの、恰幅のいいチョビ髭のおじさん。思わず手を見てしまった。指パッチンで炎出さないよね?
ブルブル。いかんいかん、思考があさっての方向へ飛んでいく。
それぞれが笑顔だけど、こちらを品定めしている感じがヒシヒシと伝わってくる。
目が笑ってないよ~(汗)コワ!
「よろしくお願いします」
こちらは貴族だけど、平民相手でも年上には敬語を使ってしまう、元日本人のサガよ。貴族としての矜持とか、元々持ち合わせていないわけさ。
「では、ラヴィアン殿、ご説明を」
「はい、私が提案する催しは、「アームレスリング」というものです。簡単に言えば、力自慢を集って競い合わせ、勝敗をつける。何か商品でも賞金でもあれば、出場者も盛り上がるかと」
「「「「 ………… 」」」」
あら?4人共、ポカーンとしちゃって。説明が短絡的過ぎたかしらん。
「えーと、今まで剣技の大会はあったと思いますが、他にも競い合う何かの大会ってあったんですか?」
「いえ、競い合う大会などはございません。そして、我々が主催する大きな催し物も特にはございません。そして、「アームレスリング」とやらは、どういったものなのでしょうか?」
ロダンさんが口火を切った。ああ、そうか。見てないからわかんないよね。
「腕力の勝負なんですが――、ちょっと宰相様とやってみますね」
デモンストレーションをやった後、それぞれ隣の人と対戦してもらった。結果はロダンさんとロイさんが勝利した。
「まぁ、このような感じの力自慢競技なんですが、その大会を開催するにあたって、運営をお願いしたいのです」
どちらかというと、キョトンとした感じの皆々様
「我々がですか?」
「そうです。ダメでしょうか?」
「その前に少し教えていただきたいのですが、なぜ、今、この催しを?」
ロダンさんが質問と同時に視線を宰相に移した。
「ああ、それについては私から説明しよう。先に王宮で、貴族だけの催しがあるのは知っているな?」
すかさず、4人共頷いた。市井に発表してないのに情報は掴んでいるようだ。さすが。
「貴族ばかり娯楽で愉しんでしれば、民から不満も出ようという物、同じ様な時期に市井にも娯楽を、という陛下からの有難いお言葉を頂いてな」
「なるほど、そういうことでございましたか。かしこまりました。――御三方も異存はございませんな?」
他の3人も首を縦に振った。まぁ、王様の意向を無碍にできないよね。
「そうしますとまず、大会に出場する者を集めねばなりませんな。それと、会場は――」
さすがは名うての商人達、ロダンさんがまとめ役な感じで、次々と大会に必要な案件を羅列していった。
よーし、丸投げ、丸投げ。
?さっきからチラチラとこっち視線を向けてくるアライグマ、もとい、ラスティさん。なんだろ?
はっ!そんなことより、大事な事があった。王都に販路を開拓するには、こっちの商人達と顔を繋いどいたほうがいいよね。さて、父様達に誰を押すか。
じーーーーーーーーーーーーーー。 うん、わからん。
父様達とそこまでまだ話してないけど、とりあえず、私がサリスフォードってのは伏せてるし、名前だけ父様達に知らせて、あとは任せるってことで。丸投げ丸投げ。私まだ12歳だし。
都合のいい時だけ12歳と言い切るラヴィアンである。
商人達へタスキを渡し、状況は報告してもらうという形で会合は解散となった。
ふ~、何か疲れた。王族との初対面とは違った緊張感があったなぁ。後は父様への手紙に4人の名前を書いて送ればいいか。宰相が推す商人達なら、知ってると思うけどね~。あとはよしなに。
今日のおやつは何にしようかなぁ、なんて思いながら宰相様と部屋を出ると、アライグマが柱の陰から出てきた。もとい、ラスティさんだった。いや、もう見た目ずんぐりむっくりなんでアライグマでいいや。
本日の思考回路も極めて失礼なラヴィアンだった。
ピョンチャンが盛り上がってますね~。




